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トガリ  作者: 吉四六
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再びのズヌーク

 廊下に出ると、中央ロータリーで五百人の兵達が斉一に並んでいた。ヤバ、スゲエ待たせてたかも。それでも先頭のオルラが、ゆっくりと歩く。

 五百人の兵士を睥睨しながら、ゆっくりとだ。階段を下りきったところで、ヘルザースが跪いて待っていた。両側から支えられ、不格好ながらも必死で跪いていることが伺える。

「無作法、お許し下さいませ。出立のご準備、整っておりまする。」

「うん。」

 俺は頷いて、右手を一夜限りの砦に向ける。

 砦が端から分解されて、元の草原へと戻る。

「じゃあ、行こうか。」

 トンナと共に馬車の御者台に乗る。

 俺が右手を挙げると、ヘルザースの息子が声を高らかに出立の号令を掛ける。

 一糸乱れぬ騎乗の動きに、騎兵の練度の高さを知る。

 今日も晴れだ。

 今日中にはズヌーク邸に到着するだろう。

 草木が減少し、岩と土塊の大地へと様相が変わる。強い西風が吹き始め、口の中に砂と砂利が入り始める。俺は仮面に合わせた防塵マスクを再構築して着用する。

 同じ様な意匠で、オルラ、トンナ、ヒャクヤ、アヌヤにも作り出す。

 ロデムスだけは、魔獣なので意匠が違う。

 俺の周りに配された近衛騎士団にも、同様の仮面とマスクを渡し、各隊長に防塵装備を取りに来るよう伝達させる。

 どうせ、帰りにも使うだろうから支給ということにした。

 仮面とマスクの材質はそのほとんどがカルビンだ。元素としては炭素なのでカルビンは重宝する。軽くて頑丈だからな。

 そうだな。ついでに兵士達の鎧も改造するか?

『ふむ。元素は幾らでもあるからな、ただ、タングステンだけは少し心もとないな、それさえ何とか出来ればどうとでも出来るだろう。』

 あと硬いガラスなんかが作れると便利だな。

『素材さえあれば、作れるぞ。防弾どころか鉄と同等の硬度のガラスがな。』

 そうなの?

『タンタル、鉱石で言えばコルタンか、それがあればボーキサイトから精錬したアルミナと混合して作れる。まあ、採掘することが出来ればな。』

 マイクロマシンで探せないのか?

『探せるが、この世界で発見できるかどうかが問題だ。』

 タングステンがあったんだ、あるかもしれないだろう?

『確かにな。じゃあ、鉱物探査専用にマイクロマシンに命令を走らせるか。』

 ああ、頼む。

 風が、かなり強くなりそうだ。俺達は瞬間移動で動いていたから、環境については無知同然だった。考慮する必要がなかったのだから。

 俺は馬用にもマスクとバイザーを作製してやる。それを全馬に支給する。ローデルの話を聞くと、春から夏にかけて、この風が吹くというのだ。この風が作物を枯らす原因になっていると言うので深刻だ。

 ズヌークの男爵領にあるルードース峡谷を抜けた途端、この風は治まった。

 あっけないほどに強風が微風となる。

 ルードース峡谷は全長約十四キロメートルの峡谷だ。

 北にホルルト山脈、南にゴーラッシュ山脈と約一万メートル級の山脈に挟まれた幅は、狭い所で約二十メートル、広い所で約五百メートルに及ぶ。

 この峡谷は、常に強風に晒されており、春から夏にかけては風に熱気を含むようになる。

 乾燥した風は植物の水分を奪い、植物を枯らしやすくするそうだ。

 峡谷から東へと吹き抜ける風は拡散されるが、植物から水を奪うという仕事はキッチリとこなすのだから大したものだ。

 いや、皮肉だよ?風に皮肉ってもしょうがないのはわかってるけどさ。

『山脈を超えた風が、乾燥して、吹きつけるせいだろう。何とかするならホルルト山脈とゴーラッシュ山脈に穴を開ける必要があるな。』

 マジか?そんなこと出来ないだろう?

『やってみれば、案外と簡単に出来るかもしれんぞ?』

 そんな気候を変動させるなんて、怖いこと言うなよ。

『確かに世界的な影響が出るかもしれんな。でも俺達が住む地域以外が、どうなっても良いだろう?』

 いやいや。そんな訳にはいかないよ。

『まあ、この惑星を覆うだけのマイクロマシンがあれば、世界規模の気候を操作することは可能だろう。』

 どんだけだよ?そんなこと、どんな演算能力でも出来ないだろう?

『いいや。量子コンピューターでもある霊子回路が沢山あれば出来る。』

 断言しやがったよ。マジか?

『ああ。量子コンピューターの能力にもよるが出来る。』

 科学信奉者って怖いねぇ。

 ズヌークの屋敷に到着する前に、ある程度の情報を整理しておく必要があるだろうと考えて、俺は、ローデルとの通信を行う。

 首元のチョーカーに繋がったルビーの一つを指先で摘まんで、持ち上げる。

「ローデル、聞いておきたいんだけど、ズヌーク閣下は、どうやって説得したんだ?」

『はい。ズヌーク卿には申し訳なかったのですが、勅命の事前通達を偽造いたしました。』

 何してんだこのオッサン。

「偽造ってどんなことしたんだよ?」

『はい。今、考えればお恥ずかしい限りですが、本来の徴兵令は一村に付き二十人の徴兵のところ、百人と、大幅に人馬を徴兵するように偽造いたしました。』

「それでズヌークは、そんな無茶な徴兵は国王が悪いと義憤にかられた訳か?」

『左様でございます。また、お恥ずかしいですが、ズヌーク卿が、私めのことを尊敬しておられると聞いておりましたので。』

「成程、王国唯一のドラゴンスレイヤーだっけ?そのことも利用したのね?」

『左様でございます。』

 う~ん。根が深いぞ。憧れてる人物に騙されたとなったら、怒り心頭だろうなぁ。

 西に日が沈み込む頃、俺達はズヌークの邸があるサテネ連長町に到着した。

 街道では、時折、他の軍隊の行進姿を見る。

 ズヌークの男爵領でも、勅命に備えて集結しているのだろう。騒がしくなってきたな。

 サテネ連長町に近づくにつれ、その数は増え、遂には、軍が野営しているのが見て取れるようになってきた。サテネ連長町に収まりきらない軍隊が、郊外で、野営しているのだ。広大な畑にポツリポツリと見えていた大型のテントが、徐々に増えてくる。

 その大型テントが、サテネ連長町の城壁付近では一つの街を形成するような状態で密集していた。物騒な感じがするが、逆に治安は良くなるだろう。他の地域では治安が悪くなるかもしれないが、この地域では安定するはずだ。

 俺は、街道に兵達を待機させて、街道脇にまで溢れる兵士達の間を抜け、サテネ連長町の城門に繋がる行列の最後尾に並ぶ。

 ローデルの使者が城門に走る。

 同一の国軍とは言え、他領主の軍だ。許可を取らずに町を抜けることは許されないだろう。

 ローデルの使者が即座に戻り、俺達魔狩りとローデル、ヘルザースの一行に通行の許可が下りる。

 城門を守る衛士長に迎えられ、そのまま、ズヌークの屋敷へと案内される。

 武器を身に帯びているままだ。

 俺とトンナは無手だが、アヌヤは腰のホルスターに霊子銃、背中に対物霊子ライフル、ヒャクヤは腰に単分子ブレードを佩いている。オルラはハガガリの兜を被っているのに無手では違和感があると思ったので、太刀と小太刀を造って渡してある。刀を渡されたオルラは、これを腰に帯びるなら、Pコートをノースリーブにして、陣羽織みたいにしてくれと言って来た。

 もしかすると、ファッションセンスはともかくとして、オルラが、一番、服装にうるさいのかもしれない。

 屋敷では執事用人のオルタークが出迎えてくれる。数人のメイドが横に並び、俺達のコートを預かると申し出てくれるが、丁重に断る。アヌヤとヒャクヤのコートには武装が一杯に詰まっているからだ。特にヒャクヤのモッズコートには、チビヒャクヤがスリープモードで入ってる。

 一見して武装のない俺とトンナ、そして太刀と小太刀をオルタークに渡したオルラのみが屋敷に入ることを許可される。

 勿論、武装を解除しているローデルとヘルザースも一緒だ。

 俺達が屋敷に入る時、チビヒャクヤが、こっそりと付いて来たのは内緒だ。

 ヒャクヤをチラリと見ると、悪戯っ子のような笑みを見せながら、俺達に右手を振っていた。食えない女だ。

 俺のコートの内側にこっそりとチビヒャクヤを隠す。

 屋敷の応接間に通され、そこでズヌークを待つ。

 さて、どうしたものか。

 ズヌークからすれば、ローデルとヘルザースを裏切ったことになる。空っぽの領地でヘルザースの軍が決起するのは困る。

 ローデルとヘルザースの目線なら、反乱に加わるように(そそのか)した負い目がある。また、反乱止めました。とか言っても信用して貰えないだろう。

 力技が必要かな?

 いやいや。そうじゃないでしょ。

 こいつらは、日頃は気品だ、誇りだと言ってはいるが、結局は暴力で解決する貴族だ。

 生半可な妥協点じゃ納得する筈がない。

 ローデルとヘルザースは新王国建国を諦めた訳じゃないしな。俺を旗頭に()げ替えただけだ。

 ローデルとヘルザースはコルナの洗脳で、俺の信者…信者だよな?まあ兎に角、軍門に下った。

『信者で良いだろ?』

 うるさい。考えがまとまらないだろ。

 さて、ローデルとヘルザースの目的はズヌークとの同盟関係の継続だろう。

 ズヌークにしたって仲違いしたい訳じゃなかろうし、騙したってのが良くないよな。詐欺だよ。

『俺達もな。』

 そうそう。俺達は超マッチポンプだから、極悪人だよな。って違うわ!考えがまとまらないから静かにしてろよ。ホントにもう。

『だが、実際問題どうする?人の心だぞ?魔獣討伐とは違って、そう簡単には思い通りにならんぞ?やっぱり洗脳するか?』

 いや。別の力技で行く。その時は全員、俺に協力してくれ、恐らくペンタコア全開でやることになるから。

『?…まあ、お前が何を考えているかわからんが、その時は全力で協力するよ。』

『オッケィ。頑張るねぇ。』

『うん。頑張るよ。』

『おう!任せとけ!』

 ああ頼むぞ。

 お前達だけが頼りだ。

 室内にノックの音が轟き、緊張が走る。オルタークが失礼いたします、とズヌークの訪いを告げる。

 ヘルザース以外の者は頭を下げてズヌークを迎える。

「おお、これは、これは、皆様お揃いでのご来訪歓迎いたしますぞ。」

 ズヌークもヘルザースと同じく車椅子だ。

 ただズヌークは両手が使える。その両手を大きく広げて俺達を歓待してくれる。人は良いんだよな。人は。あ、だからコロッと騙されるのか。納得。

 ヘルザースが頭を下げる。

「お初にお目にかかります。ヘルザース・フォン・ローエルと申します。此度はズヌーク卿のご領地を通過させて頂くにあたり、ご挨拶と謝罪にお伺いいたしました。」

 ヘルザースの言葉にズヌークの視線に嬉々とした色が見て取れる。その視線が俺に向けられる。

 俺は頷き、言葉を発しようとするが、ローデルに阻まれる。

「ズヌーク卿、此度のこと、ヘルザース卿に責はございませぬ。全て私、ローデ…」

 俺は前に進み出て、ローデルの言葉を遮る。

 ええい。ややこしいことを言い出すな。俺に喋らせろ。

「ズヌーク閣下。お約束通り、ヘルザース閣下とローデル閣下の反乱、お諫め致しましたこと、信じて頂けますでしょうな?」

 ズヌークが笑顔で頷く。

「勿論でございますとも、トガリ殿、誠に感謝致します。」

 ズヌークが俺の手を両手で握って来る。

「それでは、ズヌーク閣下、このような場で言うのも何ですが、三つ目の願いを聞いて頂けますか?」

 ズヌークの両手に力が籠る。

「わかりました。其方の申すこと、必ずやお応え致しましょうぞ。」

 真摯な眼差しに、罪悪感がムクムクと起き上がるが、ここはスルーだ。

「ヘルザース閣下とローデル閣下をお諫めすることが出来ましたのは、ズヌーク閣下との仲を、私が取り持つとお約束したからです。」

 俺の言葉にヘルザースとローデルが驚いたままに顔を上げる。聞いてないよって顔だ。

 おい。ここはシレッとしとけ。バレるだろうが。

 ズヌークの視線がヘルザース達に行かないように慌てて、言葉を繋げる。

「私の願いは、領民のためにも争わないことを誓って頂きたいのです。」

 俺の言葉にズヌークは目を見開いている。

「其方は…いや、貴方様という方はなんと尊い方なのか…」

 ヤバイ。こいつも信者フラグが立ったかもしれん。

「無論…無論でございます。トガリ殿、私は元より、ヘルザース卿と争うつもりなど、毛頭もございませんでした。逆にヘルザース卿からの責めを負うつもりでおったのです。それなのに、トガリ殿は、今この場で誓われよと仰る。争わぬことを誓えと仰る。何たる僥倖、何たる優しさ。トガリ殿、誓います。私はヘルザース卿とは争わぬと誓いますぞ。」

 だから。ヘルザースもローデルもそんな吃驚(びっくり)した顔するなよ。バレるだろうが。

「しかし、トガリ殿、国王からの勅命は如何いたします?国王の勅命では、ヘルザース卿には、一村に付き百名の成人男性と二十頭の馬、百日間の糧食と飼葉を供出するように事前通達が出ております。それだけの兵力と糧食、如何いたすのですか?」

 そうだよね~。そこに引っかかるよね。

 ほら、だからお前ら、そんな罪悪感一杯の顔するな。ヘルザース!顔上げろ!顔!

「ご心配なさる必要はございません。私に手がございます。」

 俺は自信満々で答える。

「おお。左様でございますか。トガリ殿ならば、何か手を打っておいでだろうと思っておりましたが、やはり左様でございましたか。」

 ホントかよ?こいつ人が良いにも程があるな。

 ヘルザース!目!目が泳いでる!ローデル!鼻!小鼻がひくついてる!

 俺は思いっきり振り返って、大声でヘルザースに呼び掛ける。

「ヘルザース閣下!」

「おっおお、いや、はい。」

 驚かすつもりで大声出したんだから(うろ)が来るのはしょうがない。

「ズヌーク閣下との不戦の誓い。よもや破られるようなことはありますまいな?!」

 ヘルザースが何度も頷く。

「もっ勿論でございます。ひか、トガリ殿の仰る約束、決して違えることはございません。」

 こいつ、慌てて光を齎す者って言いかけたな。

 ズヌークが、動かないヘルザースの手を両手で握り、ヘルザースの目を見詰める。

 俺が睨んでいるので、ヘルザースも堂々と見詰め返している。よしよし。

 大体、三つ目の願いは、ヤートへの差別解消と獣人への待遇改善を要求するつもりだったのだ。それを諦めて、コイツらの仲を取り持つんだから、バレるようなことをされたら、何をしてるのか、サッパリわからん。

「ヘルザース卿、閣下には、お詫びしなければなりませぬ。この、み手とおみ足、我が曽祖父セヌカ・デロ・セヌークが成した所業でございましょうか?」

 あう。今度は俺の胸にグサリと来たよ。

「お気になさらず。奸臣ゆえの処断と思えば、この程度で済んで良かったと思っておりまする。私よりもズヌーク卿には、ご迷惑をお掛け致しました。某がズヌーク卿に甘言を弄したためにそのようなおみ足となられて…謝罪の言葉もございませぬ。」

 そうだよ。こいつらは戦乱の世を望んでたんだ。だから良いんだ。ちょっとは痛い目を見れば、ちゃんと治してやるんだから。

『そう考えておけば、罪悪感も少しはましか?』

 だから、煩いっての!

 とにかく、ヘルザース、ローデルとズヌークの三者会合はつつがなく終わった。後は、野となれ山となれだ。

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