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トガリ  作者: 吉四六
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光を齎す者、それは、空気を読まぬ者の称号である

 朝、目が覚めるとオルラ以外がトンナを中心に固まって眠っていた。

 ヒャクヤとアヌヤはトンナの右脇の下で、それぞれトンナにしがみ付き、左脇下ではロデムスが香箱を作っている。

 俺は、トンナからずり落ちて、ロデムスの背を枕にして、トンナとロデムスに挟まれていた。

 俺は皆を起こさないように、瞬間移動で床へと下りる。

 歩きながら服を再構築して、瞬間移動で部屋を出る。

 東の空は明るいが、太陽はまだ出ていない。

 北のホルルト山脈が長く険しい影を作っていた。

 中央のロータリーでは既に食事の用意が行われている。

 馬に飼葉を与える者や、馬具の手入れをしている者もいる。

 俺は、屋外通路の手摺を右足で蹴って、直接、屋上に出る。

 見回りの数人が、俺に気が付いて跪こうとする。俺は右手を上げて、それを制止するが、跪かれた。

 うん、仕方がない。その内、立ち上がるだろうと思い、俺は鍛錬を始める。

 小太刀を抜く。

 銀光を含む鈍色が、冷めた空気に響く。

 いまだ、この刀身を作ることは出来ない。

 あらゆる物を分解する能力を持っているのに、刀身としての形状を保っている。

 矛盾する二つの力を有したマイクロマシンの集合体。

 分解しようとすれば、結合している互いのマイクロマシンをも分解する筈だが、鋼の形状を保っている。

 刀身の中央、鎬から峰にかけては鋼である。

 (はばき)から(なかご)も鋼である。

 この小太刀で鋼を分解しようとすれば、鎬から峰も分解されなければならない。鎺から茎も分解される。

 小太刀全体を同質のマイクロマシンで作り上げれば、持つことが叶わない。

 肉体を斬り裂こうとすれば、握る己の手も分解対象となるからだ。

 指先で刃先に触れる。

 触れるだけで斬れる。

 赤い血が指先から垂れるが、刃先に血が残ることはない。

 刃先が血を分解しているからだ。

 刃を引くこともなく、押すこともしていない。

 それなのに斬れる。

 俺が斬るという意思を持って、この小太刀を握っているからだ。

 斬るという意思を収める。

 別の指で刃先に触れる。

 斬れない。

 視界に入った物質を認識し、斬ろうという意思を働かせれば、どんな物でも斬ることが出来る。

 逆に、斬るという意思を収めれば、何物も斬れない。

 俺のように、分子結合や原子の結合まで認識出来る者ならば、分子結合を斬ることもなく、分子の隙間に差し入れることさえ出来る。

 掌に刃先を当てる。

 掌に刃先が沈み込み、鋼の鎬で止まる。

 刃を引き切る。

 掌には、傷も、刃の跡さえ残っていない。

 刀身全てを同じマイクロマシンで作刀すれば、骨だけ、内臓だけを斬ることも可能だろう。

 小太刀を振るう。

 切っ先を返して、斬り上げる。

 吐く息が白い。

 見えざる敵に対して、俺は小太刀を振るう。

 間合いを外し、動くことを止めない。

 留まれば斬られる。

 動き続ける。

 緩急をもって、間合いを狂わせる。

 速い動きは必要ない。

 斬ろうとする意思があれば、この小太刀で斬れない物はない。

 動くことだ。

 俺が動きを止めた時、太陽が顔を覗かせていた。

 流れる汗を分解消去する。

 便利な力だ。

 その力でも、この小太刀を作るに至っていない。

『知るべきこと、学ぶべきことは多い。』

 イズモリの言葉に俺は頷く。

 納刀する。

 跪く見回りの兵士達に頭を下げ、俺は中央ロータリーへと飛び下りた。

 既に、食事を始めていた兵士達が、慌てて、食器を脇に置いて、片膝を立てて頭を下げる。

「そのまま、そのまま食事を続けてください。」

 俺は焦って、跪く兵士達に声を掛けるが、誰一人として顔を上げようとしない。

 食事をしようと下りて来たが、この調子じゃあ、俺が邪魔で食事が出来ないだろうと、食事当番の兵士に、俺達の食事を届けてくれるように頼んで部屋に戻る。

 俺に気付いた兵士達は、終始、跪いていたので、本当に申し訳ない思いで一杯だった。

 部屋に戻ると、アヌヤとヒャクヤ以外は起きて、身支度を整えていた。そこにノックが響き、オルラがドアを開ける。

 ローデルが頭を下げて、朝の挨拶をする。

 俺の前で跪き「ご無礼ながら」と前置きする。

「光を齎す者には、我々の上に立つ者として、ご自覚を持って頂きたく進言いたします。」

 いや、ここまでが前置きだった。長いな前置き。

「まず、お目覚めになられましたら、トンナ殿をはじめといたします一等星の方々にご命じ頂き、二等星をお呼びくださいませ。今朝のように御一人で、誰にも所在を知らせることなく外出なされてはいけませぬ。」

「えっいや、でも、外出って言っても屋上に出て、広場に下りただけだよ?」

 ローデルが更に頭を低くする。

「光を齎す者に対し、下々の兵士達の反応は如何でございましたでしょうか?」

 俺は顎先を指で掻きながら天井を眺める。

「皆、跪いてた…」

「左様でございます。光を齎す者が、直接、皆の前にお姿をお見せることは、皆の仕事の手を止めることになります。それ故のご配慮、頂戴いたしたくての進言でございます。」

 思わず頭に手をやって、すみません。と謝ろうとするが、ローデルが即座に待ったを掛ける。

「なりません!光を齎す者が、安易に頭を下げてはなりません。」

 顔も上げずに、俺が頭を下げようとしていたのがよくわかったな。このオッサン、もしかしたら爺やキャラの達人か?

「光を齎す者が、我々に頭を下げれば、頭を下げられた者を不敬として、処断せねばならなくなります。光を齎す者は、決して頭を下げてはなりませぬ。」

「じゃあ、この場合はどうすれば?」

「褒めればいいんだよ。」

 オルラだ。

「ローデル卿、トガリへの配慮、御指南、痛み入ります。今後もトガリに対し、足りぬ部分については、しっかりと御教示して頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。」

 オルラが凄い。

 思いっきり馴染んでる。前々から思ってたけど、こういう時のオルラって凄く頼りになる。

「御意。一等星シリウスのお言葉、感謝に堪えません。しかと、この胸に刻み付けましてございます。」

 ローデル、本当に目頭を押さえてるよ。

「お許し頂けるのであれば、もう一点、進言いたしたきことがございます。」

「ああ、はい。どうぞ。」

「ありがたく存じ上げます。では、僭越ながら進言いたします。光を齎す者がお造りになられました二頭立ての馬車でございますが、あの馬車、周囲を囲って頂き、皆の目からお隠れ頂きたいと進言いたします。」

 そうか。俺が顔を晒したままだと、さっきの理由と同じで、色々拙いのか。でも、そうするとトンナの膝から下りなきゃならない。そうなると、トンナがうるさいだろうなあ。

「それは、俺の顔が出てることが拙いってこと?」

「はい。」

「じゃあ、仮面で顔を隠すのはあり?」

 ローデルがしばらく考える。

「前例がございませぬが、何か理由がございましたら、その訳をお教え頂きたく思います。」

 やっぱり無理かな?

「トンナ姉さんの膝から下りるとトンナ姉さんが悲しむから。」

 ローデルが再び頭を下げる。

「左様でございましたか。承知いたしました。カノープスの膝上におわしますのが光を齎す者のおわすべき場所。そのことに否やはございませぬ。それでは仮面のご着用をお願いいたします。」

 良かった。問題解決だ。

「わかった。じゃあこれで。」

 俺は顔の上半分を隠す、白い仮面を再構築する。味も素っ気もないツルリとした物だ。赤い服を着れば、通常の三倍速くなるかもしれない。

「ありがたき幸せ。」

 ローデルは、頭を下げて、辞去の言葉と共にこの部屋を出て行った。

 そのローデルと入れ替わりに「失礼いたします。」と言って、何人もの兵士が俺達の食事を運び込んでくる。

 顔を上げずに、自分の頭よりも食事を上に掲げている姿は何だか痛々しい。

 俺はベッドを含めた寝具を分解、アヌヤとヒャクヤが床に落ちて「いたっ!」と叫ぶが、そのままテーブルと椅子を再構築した。

 兵士達は食事を掲げたまま、跪き、トンナ達がその食事を受け取り、テーブルに配膳していく。俺が礼を言うと、ようやく立ち上がり、この部屋を出て行った。

 部屋を出て行った筈のローデルが、部屋の前で待機していたのに、ちょっと驚いた。

 食事中もそこに居るのだろうかと気になったので「ローデル卿も一緒に食事しますか?」と、問い掛けるが、丁重にお断りされた。って言うか、ちょっと怒られた。臣従のケジメをしっかりつけなさいって、昨日までは一緒に食べてたよね?

「昨日の夜で、お前の立場は、変わったのさ。」

 オルラが、俺に早く慣れろと言ってくる。昨日の夜で、俺の立場は五百人に認められた神の子らしい。だから、子爵とか伯爵とかの爵位に関係なく、俺は特別の立場になったらしい。

「ほら。やっぱりトガリは神様だ!だからトガリを様付けで呼んで良い?」

 トンナの下僕根性は不滅だな。

「ダメ。」

 そんな下僕根性は斬って捨てる。

「えええええええ~。」

 座りながら体を揺するのは止めなさい。椅子が可哀想だから。

「そうなんよ。チビジャリに様付けなんて、そんなことしたらチビジャリ様って呼ばなきゃいけなくなるんよ。変なんよ。」

 お前はもっと俺を尊敬しろ。

「変なの。変態が神様なんて神様が可哀想なの。」

 お漏らし様は黙ってろと言いたい。

「お漏らし様は黙ってろ。」

 あっ言ってた。

「何言ってるの!漏らしたことなんてないもの!」

「名前をモラシーヌに変えるぞ。」

 ヒャクヤが身を乗り出して、プルプルと震えてる。頬っぺたがパンパンに膨らんでるぞ。突っついてやろうか?

「止めるの!突っつかないの!」

 あっ突っついてた。

「およしよ。トガリ、あんまりギンテンを苛めるんじゃないよ。」

 あれ?苛めてたの?

 俺が変態って言われたのはスルー?

「そうだよ。トガリって二人には意地悪だよ?」

 あれえええ~?おっかしいぞおお?トンナまでその立ち位置?何で?そうなの?俺が意地悪なの?

 俺が二人からディスられるのってデフォルト?そういう既定のアプリケーションはアンインストールしてくれよ。

「致し方あるまい。主人とて幼き童べ、女子(おなご)に対する処し方などわかろう筈がない。そこはトンナ殿が、しっかりご教育なさるが筋であろう。」

 ロデムス?なにお前サラっと言っちゃってくれてるの?爺やキャラをここで使うなよ。

 皆でコンボを決めて俺を殺す気?

「そうかああぁ。あたしが、トガリに女の子との話し方とか?付き合い方とか?ウフフなこととか?教えてあげなくっちゃいけないのか~。そうだよねええ~、一応あたしが年上のお姉さんだしねぇ~。」

 だから、椅子が可哀想だから、体を揺するのは止めなさい。

「トンナ。ウフフなことが、どんなことかは知らないけれど、程度ってものを(わきま)えなきゃいけないよ?」

 あっトンナが、止まった。

「でもね、オルラ姉さん…」

 あっオルラに睨まれて、トンナが止まった。

 まだ睨んでるよ。

「はい…わかりました…」

 トンナ撃沈。

 オルラ怖~。トンナが瞬殺だよ。

「わかれば良いんだよ。」

 食事の終わった頃合いを見計らって、ローデルがドアをノックする。

 兵士達が頭を下げたまま、食器を片付けようとするが、俺が「必要ないよ。」と言って分解してしまう。

 兵士達は驚き、それをローデルに無作法であると怒られてる。可哀想なことをしたな。ごめんよ。と心の中で謝っておく。

 その後、俺もローデルに怒られた。

 従者の仕事を奪ってはいけませんって、仕事を奪えば、従者の必要性がなくなり、従者は糊口を凌ぐ術を失うからだそうだ。

 成程、納得。

 でも、今まで、そういうことって経験がないんだから仕方ないでしょ?それに実際必要ないし。

 ローデルには、自分の身の回りのことは、自分ですると言ったのだが、そうすると、ローデルとヘルザースも同じように従者をクビにしなければならない。

 そうなると、失職する者が百人単位になると言う。

 それは(まず)いな。うん、かなり拙い

「簡単で、無駄にも思える仕事でも、それを廃止するということは、その者の生きる術を奪うことだとご理解ください。」

 う~ん、大変だ。

 理解した。

 理解できるだけに大変だ。

 俺だって、明日から会社来なくて良いよって言われたら自殺コースがチラついてくるだろう。

 現代日本は世知辛いんだよ。こっちの世界でも世知辛いんだな。

 でもって、今度はトンナが怒られてる。

「一等星とは言えど、光を齎す者の従者。同じ一等星でもオルラ様は光を齎す者の伯母上様。では、トンナ殿が、光を齎す者の第一の従者でございます。その第一の従者が、共に食事をとることを許されていても、光を齎す者のお食事のお世話をしないとは、言語道断でございますぞ。今後は、兵士達にもご対応頂かなければなりませぬ。(それがし)をお使い頂いても構いませぬ。光を齎す者のお手を(わずら)わせることのなきよう、ご注意なさるように。」

「…はい…」

 これはトンナが可哀想だ。

 だって、トンナは、俺から下僕として振舞うことを禁止されている。ここは俺が何とかしないといけないな。

「ローデル卿」

 ローデルが跪いたまま、待ったを掛ける。

「お待ちください。光を齎す者よ、私のことはローデルとお呼びください。勿論、ヘルザース閣下に対しても同じくお願いいたします。」

「うっうん。じゃあ、ローデル。」

「はい。」

「トンナ姉さんは俺にとっては特別なんだよ。此処に居るアヌヤもギンテンも、今となってはロデムスも特別だ。だから従者としては扱えない。家族を従者としては扱わないだろう?」

 跪いていたローデルが正座に座り直す。

「申し訳ございません。出過ぎたことを申しました。」

 土下座だ。

 いい年をしたオッサンに土下座をさせてしまった。罪悪感半端ねえ。

「土下座はお止めなされ。ローデル卿よ、我らは新しき仲間であり、新しき組織でございます。それ故に、今までの慣習に囚われることなく、新しき決まり事を制定されるが宜しかろう。今はその過渡期、そのような中にあって、(ことごと)くをそのように謝っておられては、進む話も進みませぬ。ささ、頭をお上げくだされ。」

 なんだ?このオルラの対応力の凄まじさは?

 オルラって御台所(みだいどころ)とか、御前とかって呼ばれてたの?

「勿体無きお言葉。ローデル、これよりシリウス殿のお言葉に従い、光を齎す者のために、新しき組織、連なる星々の法度を策定いたしまする。」

 オルラが俺の方を向いて頷く。

 ああ、俺に締めろってことね。最近、オルラが締めてばっかりだから、全然、気が付かなかったよ。

「よろしくお願いします。」

 締まらねえ。敬語になるよ。どうしても。

 そりゃあ、現代日本で、年上には敬語でって散々教育されてきたんだもの、俺って四十五歳の大人だよ?働いてたんだよ?目上の人には敬語になるよ。

「御意!」

 スゲエ元気よく出て行ったよ。ローデルも下僕根性入ってんなぁ。あっトンナがちょっと羨ましそうに見てる。

「主人よ。」

 ロデムスが静かに話し掛ける。

「我らを家族と同じように扱ってくれるのは喜ばしいことじゃが、それを口に出すのは、あまり感心せぬのう。」

 え?何で?

 言われてる意味が分からなくて、俺は周りを見回す。

 オルラが肩を竦めて「やれやれ。」と溜息を吐いている。

 アヌヤとヒャクヤがショボーンとしながら部屋を出て行く。

 トンナがちょっとプリプリしながら俺を抱え上げる。

 何で?何が拙かった?

「何?トンナ、怒ってる?」

 俺に目を合わせずに「怒ってないよ!」と怒りながら言う。

 何で?

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