契約
五百人の兵士にアイドルのように祀り上げられて、何だか無性に疲れたが、やらねばならぬことをやってしまおうと、気持ちを立て直す。
「トンナ、ロデムスとニャン馬鹿二人を呼んでくれる?」
もう、外に出る勇気がないので、トンナに頼む。
「うん!」
下僕として嬉しいのか、凄い良い笑顔で外に出て行く。
少しして、トンナの脇に抱えられたヒャクヤが連行されて来る。
トンナのニコニコ顔に対してヒャクヤの泣きそうな顔が対照的だ。
魔獣モードのトンナがヒャクヤを睨みながら「大人しくここで待つんだよ。」と恫喝、いや、命令すると「ひゃい。」と怯えながら返事してる。
あ、ちょっと漏らしやがった。
トンナが再び出て行くと、ヒャクヤは、やおら立ち上がって部屋を出ようとして、頭を抱えて床を転がる。
「痛いのおおお!痛いのおお!頭が割れるのおおお!」
馬鹿だなこいつ。
脇にアヌヤ、肩にロデムスを乗せて、トンナが戻って来る。
「あたしは関係ないんよ!トンナ姉さん!ごめんなんよ!もう悪いことしないんよ!」
本当に、ほんっとうに、こいつら十四歳なのか?馬鹿だから、自分の年齢、数えらんねぇんじゃねぇの?
「困ったのう。主人の命令には逆らえんからのう。」
十分逆らった後のように見えるんだが?気のせいか?
コルナもそうだが、トンナ以外は、全員、俺の言うことを、まったく聞かねえな。言うこと聞く奴は、異常に、と言うか、狂信的な信者みたいになるし、もっと普通に下僕してくれねぇかな?
「諦めな。トガリがやるって決めたんだ。どうやったって逃げられないよ。」
オルラの言葉で、二人と一匹が諦めて、俺の前に来る。
何だかなぁ…
オルラって、誰とも下僕の契約してないよね?俺がしてるつもりになってるだけかなぁ?まあアヌヤとヒャクヤとは契約してないけどさ…
俺はロデムスの前に、皿と肉を再構築してやる。
「尻尾を切ったら、食べていいから。」
既に、肉に喰らい付いていたロデムスを止めながら、俺はその頭を撫でる。
「…左様か…」
俺はロデムスの尻尾を持って、二十センチメートルの所で分解して尻尾を切り取る。
「おっ?あまり痛くなかったのう?主人よ、本当に切ったのか?」
「ああ、ちゃんと切ったよ。」
俺はロデムスの前に、切り取った尻尾を見せる。
「ほほう、主人は色々と器用に出来るのう。大したものじゃ。」
俺は尻尾を指先で摘まんだまま「それより、再生してくれ。」とロデムスを急かす。
ロデムスが、肉を咥えながら、一つ頷くと、尻尾がピクンと動き、徐々にその形を変えていく。
俺は床に尻尾を置いて、その再生が完成するのを待つ。
『呑み込めよ。』
イズモリが急かすが、二十センチって結構大きいんだよ?
『足が出来始めると呑み込み難いぞ?』
確かに…俺は、再生途上の小型ロデムスの襟首を摘まんで、目を瞑って、えいやっと呑み込む。
「ごぅえっ…」
思い切り嘔吐いた。
マイクロマシンで無理矢理に食道を押し広げて呑み込んだが、二度とやりたくない。
胃に到達したところで再生が完了する。
ロデムスの遺伝子情報から、組成成分、構成等の全ての情報が俺に取り込まれる。
切り取られた部位が再生する仕組み、可燃性マイクロマシンの製造器官、起爆する牙の仕組み、超音波発生器官、その全てを作成できるように、イズモリが解析して、俺の体に再現する。
こうして考えると俺の体って人間の体なのか?
『人間の体だよ。』
『そうだねぇ。相当に体を弄ってるよねぇ。』
『人間の体?』
『何でも良いじゃねえか、強けりゃ。』
俺の脳底には、五つの霊子回路があり、体の各部位、各臓器にも小型の霊子回路がある。
アギラの遺伝子情報を解析した結果、手の筋肉は発電板としての機能を持ち、指先には蓄電器官、その蓄電器官に繋がる爪は放電器官として機能する。
今回、ロデムスの遺伝子情報を解析できたため、声帯には超音波を発生させる機能を持たせ、耳は霊子回路と直結しているためソナーとしても機能する。
部位欠損に対して再生複製遺伝子を組み込み、欠損部位は即座に再生し、分裂した部位は小型のトガリとして再生する。
腹腔内に作成されたマイクロマシン製造器官は、複数の機能を選択付与することの出来るマイクロマシンを製造する。
胃袋は物質の解析能力を付与され、ほとんど万能解析器だ。
右目は粒子を見ることが出来る超観測機能付き。
異常な性欲を有する第三副幹人格と接触しないために、成長ホルモンの分泌を止め、俺はこれ以上成長することはない。
魔人モードになれば、音速で空を飛べるし、超高速ゾーンに入れば、時間が止まったような空間で、部分瞬間移動で動くことが出来る。
どんどん人間離れしてる。
『気にするな。この世界なら普通だ。』
『そうかなぁ?』
『少なくとも普通じゃないと思うね。』
『良いじゃないか、普通だったら強くない。』
『そうだな。そもそも、この世界にこういう状態でいることが普通じゃないんだ。体を作り変えるぐらいで悩む方がおかしい。』
そうなのか?そういうもんなのか?
『実際、今まで違和感はなかっただろう?』
そうだな。今までは、少しずつ作り変えてきたからな。それで違和感がなかったんだ。
「アヌヤ、ギンテン、痛い目を見るが、強くなれるとしたら、痛みを我慢するか?」
アヌヤとヒャクヤが顔を見合わせ、再び俺の方を見る。
「強くなれるんなら我慢するんよ。」
「我慢するの。強くなるなら。」
二人の言葉に俺は頷く。
「二人の主人を持つことは出来ないから、俺と下僕契約することは出来ないよな?」
トンナが頷く。
「何か、俺と二人の魂をリンクさせることが出来る契約ってないかな?」
俺の言葉に、獣人三人娘が顔を顰めて首を傾げる。
「あるのう。」
ロデムスだ。
「獣人との契約は下僕の他に二通りの契約があるのじゃ。」
全員の視線がロデムスに向く。
スフィンクスのように寝そべったまま、ロデムスが言葉を続ける。
「一つは使徒の契約、もう一つは守護者の契約じゃ。」
「それぞれの契約の違いは?」
ロデムスが頷いて答える。
「使徒の契約は、その体、獣人の体を主人が自由に使うことが出来るようになる、最も優先度の高い契約じゃ。それに対して守護者の契約は、主人の怪我や病気、痛みを肩代わりする、最も優先度の低い契約になる。」
「優先度って?」
「下僕の契約をした者に、守護者の契約は出来ぬが、使徒の契約を履行させることは可能じゃ。」
俺は「成程。」と呟きながら頷く。
契約の種類によって、上書き出来たり、出来なかったりするということか。
「トンナ。」
俺はトンナを見詰める。
「二人と使徒の契約をしようと思うが、お前はどうだ?俺が二人と契約するのを、お前が嫌がるなら止めようと思う。」
トンナが首を横に振る。
「二人がトガリの使徒になるって言うなら、あたしは良いと思う。」
アヌヤとヒャクヤに視線を転ずる。二人が即座に頷いた。
決まりだ。
その様子を見ていたオルラとトンナが部屋を出て行く。
ロデムスには、アクセスコードとなる呪言を教えて貰わなければならない。
「アクセスワードを教えてくれ。」
ロデムスが、俺の前でアクセスワードを呟く。
「まずは主となる者を特定する。その後のアクセスワードはこうじゃ。‘虚ろなる肉、真実の魂、常世の陰りは現世の陽だまり、換り替わりて変ずると’そして、使徒となる者の真名を入力してから、最後に‘命じる。’と言えば完了じゃ。」
「わかった。」
ロデムスが肉球で器用にドアノブを回して、部屋を出て行く。
「さて、ギンテン。まずはお前からだ。」
ヒャクヤが頷いて、俺の左手を右手で握る。俺も右手でヒャクヤの左手を握る。
「ウチの真名は…」
ヒャクヤの言葉を最後まで聞かずに、俺は知っていると頷く。
「そうなんよ。このクソガキなら、あたしらの真名ぐらい知ってるんよ。」
アヌヤが呆れ顔でヒャクヤに話し掛ける。
「じゃあ、やるぞ。」
ヒャクヤが頷く。
「ヤートのトガリ、虚ろなる肉、真実の魂、常世の陰りは現世の陽だまり、換り替わりて変ずると、テルナのハデルデに命じる。」
遺伝子情報にロデムスの再生能力を組み込むため、今回は神経まで改変する。そのために痛覚遮断が行えず、ヒャクヤはかなり痛がった。
アヌヤにも同様の契約をしたため、二人とも一時間ずつ、キッチリと激痛に苛まれ、そして耐え切った。
アヌヤとヒャクヤの霊子回路がバージョンアップされて、足りない霊子力はカナデラが常駐してフォローすることになった。
面白いのは、双子であるために、俺の所から常駐しなければならない副幹人格が一人で済んだことだ。
二人は、形質は同じなのに、アヌヤは虹彩異色症、ヒャクヤは黒色色素欠損個体だ。
当初は二卵性の双子だと思っていたのだが、イズモリ曰く『一卵性だな。基礎遺伝子のほとんどが同一だ。ただ、獣人として、遺伝子情報を弄られ続けた結果、この二人には、その影響が色濃く出たんだろう。ま、イレギュラーだな。』とのことだった。で、俺は「結局、よくわからんが、とにかく一卵性なんだな?」と答えておいた。
一つのイベント、この場合は一つの卵子になるが、一つのイベントから発生した複数の量子は量子もつれを起こして、量子テレポーテーションを可能にする、らしい。なんだか、よくわからんが、とにかく、二人は卵子が分裂した時点で、その量子もつれ状態にあるから、常駐する副幹人格は一人で良いとのことだった。よく、わからんが。
で、カナデラ曰く『この二人の、量子もつれの能力は、俺にとっちゃ魅力的なんだよねぇ。』とのことだったが、一体、何をするつもりなのかは、教えて貰えなかった。
『まあまあ。この後、見せるから、楽しみにしててよ。』
こう言った時のカナデラの顔が、漫画で、神になると宣言していた某高校生の主人公みたいで、ちょっと怖かった。‘計画どおり。’とか言い出すんじゃないだろうな?
「それで、二人はどんなことが出来るようになったんだい?」
部屋に戻って来たオルラが、ベッドで横になる二人を眺めながら俺に聞いてくる。
「ギンテン、起きられるか?」
俺の問い掛けに「うん。」と応えながら上半身を起こす。
「いいか?自分の分身、二十センチくらいの人形をイメージしながら右手で体のどこでも良いから摘まんでみろ。」
ヒャクヤが怪訝な顔をしながら右手で左の二の腕を摘まむ。
摘ままれた箇所が搗き立ての餅のように長く伸びてヒャクヤが「何なの?」と驚く。
「大丈夫だから、そのまま伸ばしてみろ。」
俺の言葉に従い、二の腕の肉を伸ばすと根元が次第に細くなり、一塊の肉が千切れる。
「千切れちゃったの…」
泣きそうな声で、現状を訴えるが、みんな、見ているので言われなくてもわかってる。
千切れた肉塊が顫動するように震えだし、その形を人形へと変えていく。
「気持ち悪いの…」
そう言いながら、手から離さないのは流石だ。
やがて、その人形はヒャクヤそっくりの外観となって、その動きを止める。
全員がその人形に注目する。
人形の口元が動き、両手を上げて欠伸をする。
「嫌なの!!」
ヒャクヤが人形を放り投げる。
「おおっとぉ!」
俺は、慌てて、その人形をキャッチして、潰さないように両手で包み込む。
「何するの!危ないの!」
人形がヒャクヤに対して抗議の声を上げる。
「ひいいいい!気持ち悪いの!」
ヒャクヤ、何かある度に漏らすなよ。
「そう言うなよ。お前の分身なんだからさ。」
俺はそう呟きながら、素っ裸のヒャクヤの分身に服を作ってやる。
「ありがとうなの。チビジャリはやっぱり優しいの。だからウチはチビジャリのことが、だ~い好きなの!」
チビヒャクヤがそう言いながら俺の顔に飛びついてくる。
「あっ?!」→トンナ
「えっ?!」→ヒャクヤ
「にゃにゅ?!」→アヌヤ
「あらら。」→オルラ
「ほう。」→ロデムス
「そうか、そうか。チビヒャクヤは俺のことが大好きか?」
俺は、そう言いながら、チビヒャクヤの頭を指先で優しく撫でてやる。撫でられたチビヒャクヤが喉を鳴らして喜んでいる。
ああ。何か久しぶりだ。この猫を撫でるような感覚。
「ちっちっ違うの!ウチはチビジャリのことなんて、何とも思ってないの!」
鼻頭を真っ赤にしながら大げさに両手を振りながら真向否定してくる。
「その人形は変なの!おかしいの!ウチが変態チビジャリマスターのことを好きな訳ないの!」
トンナがヒャクヤの目の前で仁王立ちだ。
魔獣モードのトンナを目にしてヒャクヤが音を立てて漏らす。
「あ~あ。まぁた、漏らした。」
「そんなことは良いから!助けてなの!チビジャリ!トンナ姉さんを止めてなの!」
なんだ、お漏らしはどうでも良いのか。俺は笑いながら「やめてやれ、これから説明するから。」とトンナを窘める。
俺の言葉に、トンナは止まるが、いまだ魔獣モードだ。
掌にチビヒャクヤを乗せたまま「こいつは…」と説明を始める。
ヒャクヤの霊子受発信回路はそのままにして、新たに霊子送受信回路を作成した。
今までの受発信では一方向からの発信だったが、双方向通信を可能にしたのが霊子送受信回路だ。
送受信素子を生み出すことが出来、その送受信素子を備えた小型のヒャクヤを生み出すのが、今回の改良点だ。
ヒャクヤからの信号を受信するだけでも良かったのだが、それでは、小型ヒャクヤからの情報をヒャクヤが受信出来ないので、双方向にしたいと言うのがカナデラの提案だった。
複数の小型ヒャクヤからの情報を、一気に処理するために、ヒャクヤの霊子回路も凄まじい能力を持っている。
ロデムスの分裂再生能力を改良し、自分の意思で小型ヒャクヤを作成出来るようにした。
ヒャクヤの意思で動かすことも出来るが、自立して勝手に動くのがミソだ。
試しに、小型ヒャクヤを部屋の隅に連れて行き、小声で小型ヒャクヤに話し掛ける。
「ヒャクヤってションベン漏らしすぎ。」
「漏らしてないの!いい加減なこと言わないの!!これは水!水を溢したの!!」
本体のヒャクヤが、鼻頭を真っ赤にして怒鳴る。
成功だ。
大体、床をそれだけ濡らしておいて、よくもそんなことを言えるもんだと感心する。
俺は小型ヒャクヤ用のツブリと銃、そして剣を作成して、小型ヒャクヤに渡してやる。
ヒャクヤにパスワードを設定するように説明して、普段はスリープ待機モードにしておくように教える。
「小っちゃいのはご飯とかどうするの?」
そう。そこは俺も悩んだ。
小っちゃいヒャクヤが、次第に痩せ細っていく姿は、見るに堪えないだろうと思って、本体ヒャクヤの消化器官と小型ヒャクヤの消化器官を何とか繋げようかと提案したが、カナデラに無理。と断言されて諦めた。
じゃあ、普通に食事させて排泄させるかと考えていたのだが、イズモリが解決策を提案した。
量子情報体だ。
量子情報体は物質ではないが、肉体情報を保存、維持管理している。
幽子と物質を摂り込み、稼動状態にある肉体を保存維持しているのだ。
その量子情報体を解析、作製し、製造できるようにしたのは、イズモリである。
この量子情報体製造器官をヒャクヤの体内に作成し、本体ヒャクヤから小型ヒャクヤに摂取させることで、食事問題と排泄問題を解決した。
ヒャクヤはスリープ待機モードにした小型ヒャクヤをモッズコートの内ポケットに仕舞う。
コートの内ポケットは沢山作ってやったので、ポケット一杯になるよう、折を見ては小型ヒャクヤを作るようにと言うが、あからさまに嫌そうな顔する。
「ションベン垂れ、太っている箇所から小型ヒャクヤを作れば、簡単にダイエット出来るぞ。」
という言葉を聞いて、早速、左右の脇腹から一体ずつ作り出していた。
ションベン垂れという言葉には反応しなくなっていた。もう当たり前になっちゃたんだね。おかしいな?俺の感覚が変なのかな?
俺はヒャクヤのお漏らしを始末して、アヌヤの方の説明に移る。
アヌヤには可燃性マイクロマシンと吸着電荷マイクロマシンの製造器官と新たな霊子回路を作ってやった。
アヌヤの新たな霊子回路には弾丸生成プログラムを走らせてある。タングステンと霊子結晶、魔石を渡し、弾丸をイメージしてみろと命じる。
「どんな弾丸なんよ?」
「そうだな。普段使ってる弾丸で良いよ。それをイメージしてご覧。」
アヌヤの手の上でタングステンと霊子結晶が輝いてその形を弾丸へと変える。
「うにゃ?ちょっと形が違うんよ?失敗なんよ。」
自分のイメージと違ったために失敗と思ったようだがそうではない。
弾丸に一定の機能を持たせているために、一種類の既定の形状となってしまうだけである。
どんな弾丸を作ろうとしても、決まった形状の弾丸しか作れないのだ。でないと、訳のわからない弾丸が出来てしまうからな。
俺が、思った通りの物をポンポンと生み出せるのは、イズモリを始めとした副幹人格のお陰なのだ。
カナデラと繋がっているアヌヤとヒャクヤにも可能だろうが、俺と違ってタイムラグなしで出来るかと言われると、それは無理だ。戦闘中でのタイムラグは致命的だ。
したがって、決まった形状の弾丸しか作れないようにした。
俺は、その弾丸を摘まんで、アヌヤに説明してやる。薬莢部分は通常の弾丸と同じだが、弾頭が違う。薬莢内の火薬は通常弾よりも少なめだが、弾頭部分には霊子受信回路と少量の吸着電荷マイクロマシン、そして大量の可燃性マイクロマシンが詰め込まれている。
霊子受信回路は、以前、アヌヤの頭に作製した霊子受発信回路から増殖するもので、受信することしか出来ない。
俺はアヌヤから銃を受け取り、その弾丸を込める。
アヌヤにドア方向に立たせて、俺は紙の的を作製、その的をアヌヤに見せて「これの真中を撃ち抜くんだ。」と命令する。
「そんなのチョロいんよ。」
と断言するが、目を瞑るように命令する。
「こんなの無理なんよ!的を定めてから目を瞑れば、銃が勝手に狙ってくれるけど、的を定める前から目を瞑るなんて無理なんよ!当たる訳ないんよ!!」
「心配するな。的をイメージしてれば必ず当たるから。」
そう言って、俺はアヌヤの後ろに回り込み、右手に持った的を高く掲げる。
「アヌヤ!撃て!」
俺の命令に瞬時に反応、ファストドロウでホルスターから抜いた瞬間に引き金が絞られる。
軽くて小さな発射音、弾頭は霊子銃によって十分に加速されてから射出され、同時に弾頭に仕込まれた霊子受信回路の指示に従い、吸着電荷マイクロマシンが可燃性マイクロマシンに着火、弾頭の尾部から炎を吐き出し、ジェット推進で急角度のカーブを描いて、障害物を避ける。そして、ほぼ後ろに掲げられていた的を撃ち抜いた。
「アヌヤ、目を開けて確認してご覧。」
アヌヤが目を開いて周りを見回し、俺の右手に掲げられた的を見つける。その的を見て驚きの表情を見せる。
「…当たってるんよ…」
「拳銃の場合は射撃を見られるから、避けられる可能性があるからな。それでこの弾丸を考えた。一度認識した的は三回のベクトル修正以内であれば必ず当たる。」
「…ベクルートシュウレイナイって何よ?」
うん。俺が悪かった。難しい言葉を使って。
弾丸を使って説明してやる。
「こう弾頭が飛ぶだろ?」
真直ぐに弾丸を動かす。
「で、もしも、的の直前に、こう遮蔽、障害物が出てくるとするだろう?」
弾丸の前に掌を出す。
「するとこの弾丸はこう、一回方向を変えるのな?」
弾丸が掌を避けるように方向を変える。
「障害物を避けられる位置で、また一回方向を変えるのな?」
弾丸が掌を超えるように方向を変える。
「で、障害物を超えたところで、また的に向かって方向を変えるんだよ。」
弾丸が掌の裏側で、方向を変えて、直進する。
俺の説明を聞いて、アヌヤが「にひゃあああ~。凄いんよ。」と驚く。
「今、何回方向が変わった?」
「四回なんよ!」
あれ?四回も方向が変わった?あれ?俺の説明っておかしかった?
「良いじゃないか。とにかく、今度の弾丸は、見えてなくても、的をイメージしてれば、当たるってことだろ?」
「そうなんよ!隠れてる相手にも当たるんよ!凄いんよ!」
結局オルラに締められた。
おっかしいなぁ。小学生にだってわかるように説明したつもりだったのになぁ。
『俺の気持ちがわかったか。』
…お前にとっては、俺はアヌヤレベルってことね。わかったよ。よ~くわかった。
「取敢えず、アヌヤにはこれだけ渡しとくから、暇なときに弾丸を作っとくんだよ。」
俺はそう言ってアヌヤにタングステンの塊と霊子結晶を渡す。
ガックリ肩を落として、溜息を吐くと、ロデムスが俺の隣に座って、前足で俺の肩を叩く。
「主人よ。獣人は押しなべてちょっと足りんのだ。」
納得してるよ。わかってたよ。
魔獣に慰められるってどうなのよ。
「もう疲れた。寝る。」
トンナに凭れ掛かるとヒャクヤが俺の手を取る。
何だ?
「ウチとアヌヤはどうするの?」
何言ってんだ?
「何が?」
「寝るのにウチとアヌヤはどうすればいいの?」
「お前らの部屋は作ってあるだろ?」
ヒャクヤが俺の手を離す。何だか微妙な顔だな、何が言いたいんだ?
「じゃあ、お休みなの…」
ヒャクヤとアヌヤのテンションが明らかに下がったまま、部屋を出て行く。俺はトンナの方を、何なの?という意思を込めて見詰める。
「トガリと一緒に寝たかったんじゃないの?」
トンナの言葉に思わず眉を顰める。
「嘘ぉぉ。」
「十四歳だからね。微妙な年頃なんだよ。」
四十四歳のオルラに言われても、何だか納得できないな。
「主人よ。魂を結ぶ契約をしたのじゃ。何かしらの変化はあるのが普通じゃ。」
ロデムスの言葉に成程と納得する。トンナの顔色を窺う。
「トガリが構わないなら、あたしは構わないよ。」
「それじゃあ、皆で一緒に寝るか。」
そういうことになった。
大きなベッドにトンナが真中、左隣にロデムスが香箱を作り、右隣にアヌヤとヒャクヤが抱き合うように包まって、その隣にオルラが眠る。俺はデフォのトンナの上だ。
何か家族みたいだな。




