ヘルザースに会いに行こう!
ヘルザース・フォン・ローエル伯爵は、王国の制度にのっとって、都に居城を構えている。
ヘルザース・フォン・ローエル伯爵領には、三つの都が存在し、都は四つの群を統括管理している。それぞれの群は子爵が統治し、群は十二の連で構成され、連は領土持ちの男爵、連長男爵が統治する。
連は六つから八つの組で構成され、組を統括管理するのは、連長男爵から給金を貰う準男爵で、組男爵と呼ばれる。
組は二十四から二十八の村で構成され、村長は騎士爵が務めることになっている。
組男爵は世襲ではあるが、連長男爵が気に入らなければ罷免できる。
騎士爵は、世襲制でもない役職爵位である。村長に任命されると、連長男爵から爵位を賜れる。
男爵には、他に宿場街道を統治する男爵もおり、街道男爵と呼ばれている。
この街道男爵は、街道の統治をしており、街道沿いの宿場町もこの街道男爵が統治している。金銭的な実入りはいいが、領土を持っていないため、収穫物の徴収はできない。
従って、組男爵のような準男爵を雇う余裕が無いということを名目に、宿場町の宿場長は全て騎士爵の者を充てている。
利口な街道男爵は、連長男爵を常に立てて、街道の通行料、宿場町への投宿税を上手く懐に溜め込み、力をつけている。
俺達は宿場町を通る度に、ヤート帯同許可証に日付と宿場長の捺印が必要だったが、今は事情が違う。
ズヌーク・デロ・セヌーク男爵の客分として、公式の連絡通達要員として、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵に会いに行くのだ。
ズヌークは俺がヤートだとは知らない。
知っていれば、俺を客分とした時点でアウトだ。
知らないからこそ、俺達の身分証を発行した。よく知りもしない相手に身分証を発行するなんて、その時点でもアウトだな。
俺は、今、ズヌーク・デロ・セヌーク男爵客分兼使者トガリとしてヘルザース・フォン・ローエル伯爵に会いに行く。
なぜ使者としての身分証を発行して貰ったかというと、ぶっちゃけ、その方が、手間が掛からないからだ。
当初はヘルザース・フォン・ローエル伯爵から、魔獣討伐の依頼を受けていると嘘を言ったが、その嘘を貫こうとすると、各宿場町で一々投宿税や街道通行料を支払ったり、関所での書類作成など、やることが煩雑になるからだ。そういったことを鑑みれば、結果としてヘルザース・フォン・ローエル伯爵との面会が遅れるため、気を利かせたズヌークの用人、オルタークが使者としての身分証を用意してくれていた。
まあ、使者とは言っても俺は随行員で、トンナにアヌヤとヒャクヤの三人は護衛官だ。
使者は見た目、あくまで見た目ね、見た目が最年長のオルラだ。
俺はオルラの息子で、魔法が使えるために随行員の一員として加えられたという設定だ。
俺達は瞬間移動で、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵領の主都であるローエル都の郊外に到着していた。
現在、俺のマイクロマシンはヘルザース・フォン・ローエル伯爵領とディラン・フォン・コーデル伯爵領を覆い尽くしている。
広大な領域だが、俺の周囲を検索せよ、という命令を走らせたマイクロマシンには、同時に検索用のマイクロマシンを増殖せよ、との命令も走らせているので、鼠算式に検索用マイクロマシンが増えている。
従って、二つの伯爵領は俺の瞬間移動の範囲内になっている。
郊外の人が少ないところや、空家、路地裏、屋根の上、人に見つかることがなければ、何処にでも移動が可能だ。
俺達は畑の広がる広大な平地をのんびりと歩いていた。
アヌヤとヒャクヤが先頭で、オルラが続き、トンナが最後尾だ。俺?俺はトンナの肩だよ。左肩。
俺は、トンナの肩に装着してある、アギラの角を握って、トンナの左肩に腰掛けている。視点が高くて気持ちが良いのだが、どうにも恥ずかしい。
断ろうとすると、トンナが泣きそうな顔をするので、断れない。
これって下僕?何か脅迫されてるような気がするんですが?気のせいですか?
それに、アヌヤとヒャクヤはトンナの下僕なのに、トンナは、二人から、こんなことお願いされてない。
アヌヤとヒャクヤは、結構自由にあちこち走り回りながら、街道を進んでいる。主のトンナのことはほったらかしだ。
カエルを捕まえたり、虫を捕まえたり、花を摘んだりと…こいつら本当に十四歳か?
「気持ちのいい季節になったね。」
トンナが誰にともなく話し掛けるが、その口調は明らかに俺に対してのものだ。
「ああ、そうだな。」
空を仰ぎ見ながら、トンナに話し掛ける。
「トンナ」
「肩からは降りないでね。」
「…」
『無理だろ。降りないでって、漢字が乗物からの乗り降りに使う漢字だ。』
『自分をトガリの乗物認定してるからねぇ。』
『トガリの家具認定もしてるんじゃないの?』
『ああ。確かに。ベッドになったり、椅子になったりねぇ。』
『鬼畜だな。人を家具や乗物にするなんて。』
俺がいつ、そうしたよ?
『今もそうしてるだろ?』
やっぱり下りる。
『いや~、それはどうだろ?トンナちゃんが可哀想じゃない?』
『そうそう。このまま、このまま。イズモリはお前を弄って楽しんでるだけだからね。』
「ねえ。じゃりン子マスター、この服って何で出来てるの?」
ヒャクヤが両手を広げて、飛行機のように旋回しながら俺の前にやって来て、唐突にそんなことを聞く。ホントに十四歳か?六歳の間違いじゃないのか?
「その服はアギラの革だよ。」
俺は、下着の上からウェットスーツのような服を全員に着せている。
このウェットスーツはアギラの絶縁体の革を使っている。形状はそのままウェットスーツなので、着用するのに多少の苦労はするが、電気を通さないというのが大きい。
それと、今回発見したのだが、魔獣の素材とマイクロマシンは非常に相性が良い。
アギラの絶縁体の革は、元は脂肪なので、温度変化による変質や、固形物として維持することが難しい素材なのだが、マイクロマシンを分子構造の結合に使用することで、絶縁性能を向上させることと、強固な素材へと変貌させることに成功した。
俺は、この絶縁体を元に、極細の、それこそ、最小の蜘蛛が吐き出す程度の細さにまで形状を変更した糸を作製し、ウェットスーツの布として織ったのだ。
布の裏と表にはマイクロマシンを吸着させ、繊維の隙間にもマイクロマシンが入り込んで、布としての絶縁性能は保持している。
それどころか、表と裏そして繊維の隙間に入り込んだマイクロマシンが、通気調節と乾燥調節を行うから、防寒、防暑対策になっている。
裏のマイクロマシンは摩擦を調節してくれるので、着る時は、普通のウェットスーツよりも比較的すんなり着られるが、無理に脱がそうとすると、中々脱げない。脱ぐ時は襟元のスイッチで、マイクロマシンに逆方向の摩擦を与える命令を走らせる。元が脂肪分のため、伸縮性に優れており、体の動きを阻害することもないから、着心地は抜群に良い物が出来上った。
手袋と靴下も同じ素材を使っているが、手袋と靴下は、その性質上、表のマイクロマシンにも摩擦を調節する命令を走らせている。
ただ、トンナ、アヌヤ、ヒャクヤの三人の手袋と靴下は、獣人特有の爪の関係で、指先は露出している。
各関節部分と胸、股間部分にはグラファイトのプロテクターを使用し、胸や腹部には小さいながらもタングステンのプレートを張っている。
全員お揃いのウェットスーツを着ているが、その上からは、各人の好みに合わせた上着を着たり、ズボンやスカートを穿いている。
ブーツは全員の性能は同じでも、やはり形状は好みに合わせている。
驚いたのはオルラの好みだ。
オルラはブーツの形状にピンヒールを要求してきた。
流石にそれは山道とか戦闘では使えないだろうと言ったのだが「その時は、トガリが形を変えてくれるんだろう?」との一言で片付けられた。
それを聞いていた獣人娘三人組までファッション性を重視した形状にしてくれ、いざという時は、俺に形状を変えてもらうと言い出したから堪ったものではない。
しょうがない、と、いうことで、俺はブーツに関しては形状変更の機能を持たせることにした。
形状設定したマイクロマシンを複数種用意し、そのマイクロマシンを分子結合に使用したのだ。
ブーツに取り付けられた小さなスイッチで形状を選択できるようにして、自分達で、その時の状況に合わせてブーツの形状を切り替えられるようにした。
すると、ヒャクヤが「色は?色も変えられるんじゃないの?」とか言い出した。
色は光の反射が基本だから、赤にしようと思うと赤を反射させて、他の色の光は吸収させなければならない。
マイクロマシンは、あくまで分子結合や原子分解、再構築そして元素の操作を行うもので、元素そのものを他の元素に変換する物ではない。
顔料や染料があれば話は別だが、色に関しては今後の素材集め次第だな、と、回答した。そしたら三人が、あからさまにガッカリした顔をしたので、何かチョットムカついたのは内緒だ。
トンナはエンジニアブーツのデザインを基本にしたミドルブーツ。
アヌヤもデザインはエンジニアブーツだが、ストラップを多めに付けたハードな感じのショートブーツだ。
ヒャクヤもエンジニアブーツのミドルだが、履き口がダブついていて、リボンを付けてほしいとのリクエストだったので、可愛さを前面に押し出している。
問題はやっぱりオルラだ。
十センチメートルのピンヒールにニーハイブーツ、八連バックルベルト。
まんま女王様だよ。
ニーハイブーツって膝上までブーツを履いてどうする?
横には八つもベルトが付いてて、脱いだり履いたりするのが非常に面倒くさそうなブーツだ。
まあ、これは俺の所為なんだが。
俺はエンジニアブーツのミドルにした。
いざという時、金属素材をマイクロマシンでプレートにしたり、暗器に再構築したり出来るようにと考えて、多めに金属を配しておきたかったので、サイドに三連バックルベルトを装着した。
これがいけなった。
オルラがそのベルトが沢山付いてるのは良いねと言ったのだ。
結果、八連。
うん。付けすぎ。
ウェットスーツの作りは、前の服と同様に排泄時に脱ぐ必要がない仕様になっているので、女性陣は非常に際どいデザインになっている。
その上、ニーハイブーツってどんだけだよってことで、女性陣にはウェットスーツの上からパンツかスカートを穿くことを義務とした。
トンナとアヌヤはパンツを選択して、他の二人はスカートを選択した。
ヒャクヤはいいけど、やっぱりオルラがやばい。もう無理だ。
地肌を露出してないのに、これだけエロイのはオルラの持って生まれた才能だ。
それでも、ホウバタイを腰に着けてるんだから、ヤートとしての誇りは健在だなと感じさせる。
これ以上は、俺にはどうしようもないってことで、四人に上着を作る。
トンナは丈の短いスタジャン風のジャケット。袖部分はアギラの毛皮で肩にはアギラの角をプロテクターとして装着している。
実は、トンナの服には蓄電、放電機能を付与している。
アギラの角は放電、蓄電の機能を備えていたが、その命令と電気を伝導させるための神経節があった。その神経節をそのままマイクロマシンで補強して、トンナのウェットスーツにプリントした。所謂プリント基板だ。
プリント基板の端をトンナの爪に刻んで、右手と左手の爪を合わせると放電スイッチになるように、アギラの神経節を配している。その関係で、トンナのウェットスーツの手袋は中指の第一関節までを覆う形状だ。
トンナの爪は偶蹄目の特徴を色濃く残している。
人間や猫のように指先が露出しておらず、第一関節から先は、正しく蹄と同じように爪が指先を覆っているから出来る設計だ。
トンナの体内に常駐しているマイクロマシンが生体電気を集めて、表皮部分のマイクロマシンに伝導、表皮からウェットスーツ繊維間のマイクロマシンに更に伝導し、アギラの神経節を通って毛皮と角に蓄電されるのだ。
角から放電される際にはウェットスーツの繊維間のマイクロマシンは絶縁性能を持ったマイクロマシンと入れ替わり、トンナからの放電命令を受けたマイクロマシンが標的に吸着、放電されるようになっている。
アヌヤはアギラの革でブルゾン。
内ポケットを多めに作って、霊子銃のマガジンを沢山持てるようにした。
ヒャクヤは丈の長めのモッズコート。
素材はやっぱりアギラだ。ヒャクヤのモッズコートも内ポケットを多めに作ってある。
オルラはPコートがお気に入りだったので、アギラの革でPコートを仕立て直した。
全員、グラファイトでコーティングしているので真っ黒集団だが、ローエル都に着けば、塗料関係があるだろうから、そこで顔料を仕入れて色付けしてやろう。
もっと可愛い服にしてやりたい。
両手を広げてアヌヤのところに戻って行くヒャクヤを見て、何となくそう思った。
今度はオルラから声が掛かる。
「トガリ、このままローエル都に入るのは拙くないかい?」
俺はトンナの肩の上で、クルリと後ろ向きに座り直す。
「何で?」
「だって、ズヌーク閣下が襲われたのが今日で、今日中に都に着いちゃ、早すぎるだろ?」
「あっそうか。早くても明後日の昼頃に着かないと拙いか。」
俺とオルラの会話を聞いていたトンナが立ち止まる。
「アヌヤ!ヒャクヤ!戻っておいで!」
トンナが先を歩くアヌヤとヒャクヤを呼び戻す。
「ちょっと、待ってて。」
俺はそう言うと、空を見上げて目を閉じる。
詳細なローエル都の情報をマイクロマシンから受信するためだ。
「よし。とにかくローエル都に不法侵入しよう。」
オルラが肩を竦めて「やれやれ。」と言う。トンナは俺の言うことだから「わかった。」と二つ返事。アヌヤとヒャクヤは訳がわからずキョトンとしている。
「じゃあ行くよ。」
そう言って、俺達はローエル都の裏路地へと瞬間移動した。
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