建国する?YAAA!
セディナラが、その場に胡坐をかいて、頭を下げる。
「俺の負けだ。斬り落とせよ。」
どうやら、首を差し出しているようだ。首級を挙げろということらしい。どこの戦国武将だ?
「よせやい。そんな首、貰ったって嬉しくも何ともない。」
セディナラが、頭をもたげ、俺に視線を向ける。
「そんな物、貰ってどうしろって言うんだ?飾れってのか?死体を隠すのだってタダじゃないだろ?」
セディナラが口元を吊り上げて、笑う。
「そうだな、こんな世の中でも、死体の洗い屋は必要だ。しょうがない。自分で始末をつけるか。」
自分の上着を脱いで、それを落ちた切先にクルクルと巻き付かせる。切先を右手で逆手に持ち、上着の袖部分を自分の右手に器用に括り付け、シャツのボタンを千切りながら腹を見せる。
マジか~?
勘弁してくれよ。せめて、俺の居ないところでやってくれ。
「お待ち。」
トンナが声を掛ける。
セディナラが、眉を顰めながら、トンナの方を見る。
「あなた馬鹿だわ。トガリが、あなたを殺さなかった理由を聞きもしないで死のうとするなんて、とっても不敬だわ。」
トンナの口調が怒ってる時の口調だわ…止めたんじゃないのか?
「あなたは私に、八つ裂きの刑にされるために生き残ったのよ?勝手に死んでいい訳がないじゃない?」
はい!止める気ありました。ってか、殺すために止めるってどうよ?
「トンナ!待って!待って!」
トンナが立ち止まって、俺の方を振り返る。
「どうしたの?トガリに銃弾を撃ち込んだのよ?あっ!ごめんなさい。もしかして、八つ裂きの刑じゃ足りなかった?」
俺は顔の前で手を振って「ちゃうちゃう。」と答える。
トンナの手を取り、トンナの目を見詰める。
「トンナ、お前のこの手が、血で汚れるのを見たくないんだよ。だからやめて?な?」
優しく話しかける。
一拍置いて、瞬時にトンナの顔が真っ赤になる。
「そっそっそっそ、そうなの?あっあっあっあっあの、うん。わかった。やらない!」
顔を真赤にして、俯いてるゴージャスクールビューティー。何だこのギャップは?
「じゃああ、あっあっあっあっあたしが、トンナ姉さんのかっかっかっかっ替わりにやってやんよ!」
アヌヤが、俺とトンナの横をすり抜けて、セディナラに近付こうとする。
俺はアヌヤの肩を掴んで「アヌヤ!」と声を掛ける。
「なんっなんっなんな何なんよ?」
アヌヤが顔を真赤にしながら、俺から視線を外したまま問い返す。ナン、ナン、ナンと、お前はナン料理でも食いたいのか?
「アヌヤ、お前の可愛い手が、血で汚れるなんて、我慢できないよ。」
アヌヤの顔面の筋肉が大変なことになっていそうだ。眉が痙攣して、口元が見たこともない形で歪んでいる。
「っそっそっそう?チッチッチッチビジャリがそうまで言うなら、しょうが、しょうがないんよ。がっがっ我慢してやるんよ!」
俺が溜息を吐く横を、今度は、ヒャクヤがすり抜けて、セディナラに近付いて行く。
お前もか…
ヒャクヤは顔を真赤にして俺の方をチラリと振り返ってからセディナラに向き直る。
「ウチがあ!お前をおおお!八つ裂きにしてやるうぅのお!」
チラリと俺の方を見る。
「お前えのぅ、手とぉ、足をぉ圧し折ってえ」
期待一杯のキラキラした目で俺をチラリと見る。
「一本ずつうう、千切るのおおお。」
イントネーションが変だが、言葉の節々で俺の方をチラリと見る。
「ヒャクヤ…」
俺はヒャクヤの前に回り込んで、その両手を取る。
ヒャクヤは、キラキラした目で、鼻の穴を目ぇ一杯に広げて俺を見詰めてる。
「お前の、この白い手を血で汚さないんで欲しいんだ。」
キラキラした目で、口元が大きく笑みを作る。
「はいなの!!しょうがないの!セクハラ魔人が言ってることだから!しょうがないのおお!」
もう、こいつら何とかしてくれ。
カナデとクノイダが、口をだらしなく開けて、ポカーンとこちらを見ている。もう、恥ずかしいったらないよ。
「はははははははは!」
おう、吃驚した!
背後で起こる、突然の笑い声に、俺は慌てて振り返る。
そこには、足を投げ出し、天を仰いで、大きく笑うセディナラが居た。
「クックックッ…いや~、参った!参ったよ!クソガキ。」
笑いが収まらないまま、セディナラが俺の方を見詰める。俺は訝し気な視線をセディナラへと向ける。
「いや、本当にスゲエよ。これだけの筋者をぶっ倒したのが、こんなに可愛い嬢ちゃんと男の子だってんだから、本当にスゲエよ。」
セディナラが立ち上がり、俺の方へと近付いて来る。
俺の眼前で足を止め、手を差し出して来る。
「すまなかった。詫びは、いずれキチッとした形でさせて貰う。今は俺の自己紹介を受けてくれ。俺の名前はセディナラ。セディナラ・ゴルタスだ。」
俺はセディナラの差し出す右手を眺めて「ふん!」と口を捻じ曲げる。
「俺は犯罪者とは、手を組まない。だから握手はしない。」
セディナラが差し出した右手で、頭を掻く。
「そうか。」
セディナラが目を瞑って苦い顔で笑う。
「じゃあ、今日限りで足を洗うよ。それならいいか?」
再び、俺の前に右手を差し出す。俺はセディナラの目を見る。
「まあ、それならいいか。」
セディナラの右手をしっかりと握る。
「お前の名前を聞かせてくれ。」
「俺はトガリ。ヤートのトガリだ。」
「そうか。お前、ヤートだったのか。」
セディナラの手に力が籠る。
「お前、凄い奴だな。」
素直な声に真摯な瞳、一瞬、セディナラが犯罪者だってことを忘れたよ。
「それじゃあ、一旦引き揚げて貰えるかい?エダケエには、改めて、俺の方から詫びに行かせて貰う。」
普通の話し方だ。
それだけに、俺は、セディナラが本気で足を洗うのだと信じた。
「いや、此処で、ちょっと話そう。」
俺は、その場でソファーとテーブルを再構築して、全員を呼び寄せる。
所々で、呻き声も聞こえ始めるので、倒れている構成員達の意識を覚醒させてやる。
カナデとクノイダを三人掛けのソファーに座らせ、俺は一人掛けのソファーに座ろうとしたが、トンナに抱き上げられ「トガリ、椅子が小さいよ?」と言われたので、トンナのお尻用にソファーを大きく変形させてやる。したがって、俺は、デフォのトンナの膝上だ。
アヌヤが「チビジャリ、あたし達の席が無いんよ。」と言ってくる。
三人掛けのソファーを別に作ってやったのに、それを無視して、俺とトンナが座る一人掛けソファーの肘掛け部分を指差す。
そこが指定席なの?と疑問に思いながらも、俺は肘掛け部分を大きく広げてクッションを効かせてやる。トンナが肘を置いても、二人が十分に座れる大きさだ。
アヌヤとヒャクヤが、左右に分かれて、その肘掛けに腰を掛ける。
俺の対面にセディナラのソファーを再構築して、座るように促すが、セディナラは座らない。周りを見回して自分の部下達が起き上がって来るのを見ている。
「一人も、殺していないのか?」
セディナラの言葉に「そうだよ?」と素直に答える。
「エダケエのメンバーにも、死んだ奴がいないってのか?」
「勿論、そっちの人間を助けて、こっちの人間を助けない道理はないだろう?」
セディナラが、俺の顔に視線を転じて、ジッと俺の顔を見詰める。
「それも、お前の力か?」
口から零れ落ちたようなセディナラの呟きに、俺は、無言で頷く。
「あなた。トガリのことを何だと思ってるの?」
あ、また、トンナが怒ってる。
「丁度いいわ。全員をこの周りに集めなさい。トガリの素晴らしさと凄さをあたしが教えてあげる。」
あれ?
もしかして、久々にトンナが暴走してる?
「トンナ、何を話すつもりだ?あんまり無茶苦茶なことを言うなよ?」
俺はトンナの顔を振り仰ぎ、小さな声で話し掛ける。
「あら、大丈夫よ?トガリのことを普通に話すんだもん。」
だもん。って、それが心配なんだよ。
両勢力の構成員達が、意識を取り戻して、互いに睨み合うが、セディナラとカナデの一声で、両勢力は大人しく俺達の周囲に集まり出す。
ヘルザースの兵士達なら、もっとキビキビと動くんだが、こっちは筋者だ。致し方ない。
「皆、集まったわね。」
セディナラがソファーに座って、トンナが、周りを見回す。何か、凄い堂々としてるんだけど、何なんだ、この自信というか、カリスマ性というかは。
「いいこと?トガリはね、この一月程で魔獣を二十頭以上は狩っている一流の魔狩りなの。狩った魔獣には龍もいたわ。」
ドヨリとざわめきが生じる。
ん?二十頭も狩ったっけ?ああ。セクションの通路にいたDナンバーズも入れてか。
「龍を狩った時は、かのドラゴンスレイヤーのローデル子爵を始めとして、ヘルザース伯爵とズヌーク男爵もいたわ。」
ローデルの名前が出たところで、更にどよめきが大きくなる。
「そうなんよ。あたしらのチビジャリはすんごいんよ。」
おお?アヌヤまでが参戦か。
「チビジャリに逆らったズヌーク男爵とヘルザース伯爵は手足を消されて、芋虫扱いだったんよ。」
おお?!何だ?その言い方は?!
「そうなの。ウチらの変態デストロイヤーは生かしたまま地獄を味わわせるの。ローデル子爵なんかは、ガロノアの群統括中央役所が壊されて、悲惨だったの。」
おおおおおおおっ!まて!事実だ!確かに事実だけど!事実だけどおおお!
「なんだって!あれは!あんたらの仕業だったのかい!!」
待て!カナデ!黙ってろ!大げさにするな!ローデルも承知のことだ!気にするな!
「そうねえ。細かい所だと、書類の偽造は当たり前だし、武器の密入街に、武器も勝手に作ってるから密造もしてるか。あっ!宿場町を丸ごと消したってのもあったっけ!」
ト、トンナ?犯罪暴露大会じゃないよ?
「トンナ姉さん、それを言い出したら村出の嫁の時が酷かったんよ。」
な、何を言い出しとるんじゃ、コイツは?お前ら、獣人だってことバラすんじゃないぞ!
「そうなの。あの時は宴席で、悪魔を召喚しといて、無茶苦茶して知らん顔だったの。」
あの時の悪魔はお前が操作してたんだろうがっ!何をいけしゃあしゃあとぬかしとるんじゃコイツは?!
「でも極めつきは、やっぱりズヌークとかの貴族をだまくらかして、自分の配下にしちゃったことよね。」
極秘!それ極秘事項ですから!
「いや~カルザン帝国の帝城に単身乗り込んだってのも捨てがたいんよ。」
こいつら、何を喋っとるんじゃ…
「ウチは、王宮の鳳瑞隊を洗脳して、自分の配下に治めた方を押すの。」
コイツら、自白剤も無しに、よくもこれだけベラベラと秘密を喋れるな…
「これだけ悪いことしといて、ケロッとしてるんよ。信じらんない精神構造なんよ。」
信じられないのは、お前らの口の軽さだよ…
「良いのよ、トガリなんだから。トガリの言うこと、聞かない奴らが悪いのよ。」
だから、トンナ。
「そうなの。皆、極悪マスターの言うことを素直に聞いとけば酷いことされなかったの。」
もうお前ら…真剣な顔で、俺を極悪人扱いするのは止めてくれ。
俺は頭を抱えながら「そうです。全部本当のことです。」と取調べを受けている犯人が口にしそうなことを呟いていた。
「じゃあ、デルケード宿場が突然消えたってのは、その…」
カナデが驚きの表情で口を挟む。
「そうだよ。」
もう開き直りだ。
「俺だよ。俺がやったんだよ。」
辺り構わず睨みまわす。
トンナ達以外は悪魔でも見るような目で俺を見ている。
「今、こいつらが言ったことは全部事実だよっ!やったよ!やりました!ハイ!全部私がやりました!」
もうどうにでもなれだ!
「しょうがないだろう?宿場町を消したのは悪いと思ったけど、アギラを十頭も討伐したのに、奴ら報酬を払うどころか、荷物を全部置いて、出て行けって言いやがったんだぞ?持たない奴らの苦労を教えてやったんだよ!」
セディナラの方を睨む。
「ハイ!ごめんなさいね!さっきは!犯罪者とは、手を組まないなんて言って!そうだよ!俺が極悪人です。細かい犯罪から、帝国を脅かすテロ行為まで!あまねく、すべからく、全て俺がやりました!だってしょうがないだろう?戦争は止めたいけど正攻法では止まらない。法律だってよく知らないから、どれが犯罪行為で、どれが犯罪行為じゃないのか、よく知らないんだからよう!」
しまいに、俺はソッポを向いて腕を組んでいた。
「そうなのよ。トガリって優しいのよ。だから、ヘルザース伯爵の反乱を未然に止めたのよ。」
トンナが俺を抱き締める。
「そうなんよ。宿場町を消したけど、他の、沢山沢山の人間を助けたんよ。」
アヌヤが俺の頭を撫でる。
「そうなの。それにウチらには凄く優しいの。」
あれ?トンナはともかく、お前らには優しくしたっけ?
シーンと静まり返っている。
そんな中、セディナラが口を開く。
「まあ、何にせよ、トガリ、あんたもこっち側の人間なんだな。」
俺は、即座にセディナラを睨む。
「違う!俺は人を殺さないし!麻薬も売らない!自分の弱さを言い訳に、自分よりも弱い奴から搾取しない!!」
俺は、いつの間にか、体を前のめりにして、話していた。
「俺は自分一人でも生きていけるんだ!トンナがいて!アヌヤがいて、ヒャクヤがいて、他の仲間!魔獣狩りの仲間がいれば、山奥で生きていけるんだ!他人の生き血を啜って、他人を踏みつけてまで生きてるお前達と一緒にするな!!」
セディナラが身を引いて、カナデとクノイダは俯く。
「俺はヤートだ!確かにヤートの素性を隠してるが、これは周りとのトラブルを避けるためだ!恥じてもいないし、この境遇に捻くれてもいない!お前達!お前達はどうだ!自分の境遇にしがみ付いて!他人と比べて不幸に落ち込んで!だから犯罪に手を染めて、他人を不幸に貶める!自分の不幸を他人に押し付けて、飯を食らって、女を抱いて、良い服を着て!一〇歳のガキに伸されて!恥ずかしくないのかっ!!」
カナデが顔を上げる。怒りではない。怨みの籠った視線だ。その視線を遠慮なく俺にぶつけてくる。
「大したもんだよ。確かに力を持ったアンタなら出来るし、言えるだろうよ。でも、ヤートなら知ってるだろうっ?!この世界では、ヤートは生きていけないんだよっ!泥水啜って、残飯を漁るしか、生きる術がないんだよ!普通に生きたいと思ったらやるしかないんだよっ!人を殺してっ!女を売ってっ!子供を売ってっ!薬を売ってっ!弱い奴らを踏みつけるしかないんだよっ!!」
俺はトンナの膝の上に立つ。
「世界が間違ってるなら世界を変えろ!!」
天に向かって俺は叫ぶ。
トンナが頷く。
アヌヤが頷く。
ヒャクヤが頷く。
「そうだね。ヘルザースもローデルもズヌークだって、トガリがヤートだってわかってて、配下になったんだからね。」
トンナの言葉に全員が絶句する。
セディナラが糸に操られるようにフラリと立ち上がる。
「な、なんだって…」
カナデが目を見開きながら、ソファーから床に膝を付ける。
「伯爵…貴族がヤートの下に…?」
クノイダがソファーの上で頽れる。
「そんな…嘘だろう…」
黒人の男が前に出て来る。
「嘘だ…そんなこと信じられる訳がねえ!嘘に決まってる!!さっきは、だまくらかしてって言ったじゃねえか!!」
「そうよ。最初は騙して、ヘルザースの反乱を止めたの。でも、その後のことよ、トガリは、自分で自分がヤートだって、千人の兵士達の前で宣言したわ。あの時は凄かった。千人の兵士全員が、ヤートのトガリの前に跪いて、皆が忠誠を誓ったのよ。」
トンナがウットリと遠い目で話す。
「そうなんよ。あんときは流石のあたしも鳥肌が立ったんよ。」
アヌヤが何度も頷く。
「ウチも、あれは吃驚して、おしっこチビリそうになったの。」
いや、お前は絶対チビッてるだろ。
セディナラが夢遊病者のように俺に近付いて来る。
「あんたは…一体、どうしたいんだ?この世界をどう変えたいんだ…」
求めている。セディナラは何かを求めている。
俺の答えが、セディナラの求めるものかどうかはわからない。それでも、俺は答えてやる。
「国を作る。」
砂漠を彷徨った末に辿り着いたオアシス。
信じられないものを見た。
セディナラの表情は正にそれだった。
「俺は、俺の国を作る。飢えない。争わない。人が踏みにじられない国。俺はそんな国を創る。」
セディナラが両膝を着いて、俺を見上げる。
カナデが呆然と俺を見詰めている。
俺は、意志を込めて、目の前のゴロツキ共を睥睨した。
お読み頂き、ありがとうございました。本日の投稿は、ここまでとさせて頂きます。ありがとうございました。




