セディナラの剣とトガリの剣
血に染まった光景だった。
自分と同じ年の少年から血が溢れ出していた。
初めて人を殺したのは十二才のころだ。
互いに、窃盗団のようなものに所属し、セディナラの稼ぎをちょろまかしていた少年だった。
金額にすれば一食分に足りるか、足りないか。
たったソレだけの金額だが、殺し合いにまで発展してしまった。
友達だと思っていた。
それが裏切られた。
裏切りという言葉が切っ掛けになって、血溜まりに倒れる少年の顔が、壮年の男の顔に変わる。
父親だった。
狼人の父であった。
毒を使い、酒を使い、女も使って罠にはめた。
確か…あのとき使った女も死んだはずだ。
そう思い出すが、女はいなかった。
刃物には毒を塗っていた。
含み針を使ったのもこの時が初めてだった。
油断させるために、毒を仕込んだ酒を一緒に呑んだ。
あの時の女は…?
そう考えると、怨みのこもった目を向ける女がすぐ傍に立っていた。
その女が呪詛のように「父親を殺しなさい。」と、セディナラの耳元で囁き続ける。
女の腕が伸びる。
その伸びた腕がセディナラに絡み付く。
「あの男を殺しなさい。」
母が、セディナラに、その体に染み込ませようとするかのごとくに呟く。
そうか、あのガキ…あのガキの足は伸びたのか。
母にまとわり付かれ、死んだ父を足元に、セディナラは、そんなことを考えていた。
そして…
「意識は戻ってるんだろう?」
その言葉でセディナラは覚醒した。
「意識は戻ってるんだろう?」
小さな声で話し掛けるが、セディナラは微動だにしない。
不貞寝だな。
俺はそう思って、トンナ達の方を振り返る。
カナデとクノイダは椅子にへたり込むようにして座ったまま、静かになった店内を見回している。
トンナ達の動きに目が付いて行っていないだろうが、銃弾を叩き落したり、避けたり、摘まんだりと、人間どころか獣人でも不可能な技は認識できたろう。少しばかり蒼褪めた顔で俺と視線が合う。その視線が俺の頭上へと移動する。
「止めとけ。俺に不意打ちは通用しないってわかってるだろう?」
カナデとクノイダの方を向きながら、俺は後ろのセディナラに話し掛ける。
それでも、セディナラは俺に向かって引き金を絞る。
発射音と共に俺の頭に穴が開く。
後頭部から額を抜けた銃弾が、頭蓋骨によってあらぬ方向へと跳ぶ。
吹き飛んだ俺の脳漿と血が、空中で止まり、巻き戻しのように俺の頭蓋内へと戻って行く。
ゆっくりと振り返る。
振り返る俺の頭を追い掛けるようにして、血が俺の頭へと吸い込まれていき、セディナラと目が合った時には、穴も完全に塞いでしまう。
セディナラの戦意は衰えていない。
既視感を覚える。
ここまで頑なに俺と闘おうとしたのは…トンナだ。
トンナは、どうあっても負けを認めようとしなかった。
俺は一歩、セディナラから離れてやる。セディナラは、俺に銃口を向けたままだ。
その銃口が、連続で火を吹く。
俺の顔に集中して、何発も銃弾が当たる。
額、右目、左頬、鼻、顎。
いずれの銃弾も俺を穿つが、俺は、ただ、力なくそこに立っているだけだ。
撃鉄が空撃ちの音を立てて、俺に向かって投げられる。
俺の頭に銃が当たり、セディナラが、匕首ごと俺の体にぶち当たって来る。
腰だめに構えた匕首が、俺の首に突き刺さるが、俺は微動だにしない。セディナラ諸共受け止める。
セディナラが、俺から離れて、俺の顔を見る。
銃創は塞がり、匕首の刃が俺の内側から押し戻される。
金属音を立てて、匕首が床に転がる。
踏み出した足が匕首を踏み、分解消失する。
「塵は塵に…」
俺を中心にボックス席のソファーとテーブルが消えていく。
「灰は灰に…」
ボックス席の腰壁が消える。カナデとクノイダが、床に音を立てて尻餅をつく。
俺は掌を上に向けて胸の高さにまで持ち上げる。
両掌に刀が再構築される。
赤い鞘と黒い鞘の二振りの刀。
赤い鞘の柄をセディナラへと差し出す。
「セディナラ、本物の刀だ。抜けよ。」
セディナラが柄を握り、鯉口を無造作に切る。
抜刀と同時に突きが来る。
空鞘となった赤い鞘を、切先に合わせて移動させ、そのままセディナラの刀を納刀させる。
鯉口の嵌る音と共にセディナラが、再び抜刀しようとするが、今度は俺がそれを許さない。
鞘を操り、セディナラの動きに合わせて鯉口すら切らせない。
「くっ!」
セディナラが、初めて、表情に焦りを滲ませる。
ソファーも何もない広い空間で、俺とセディナラの追掛けっこが始まる。
この空間で立っているのは、俺とセディナラ、トンナ達の獣人三人娘、あとはエダケエの構成員が五人だ。カナデとクノイダは床に座り込んだまま、他の構成員はグッタリと横たわっている。
横たわっている構成員の体に足を取られ、セディナラが転倒する。
肩で息をするセディナラを見詰めながら、俺はセディナラの握る刀の鯉口を切ってやる。
空になった赤い鞘を左肩に担いで、三歩、後ろに下がる。
セディナラが荒い息を吐きながら、立ち上がる。
その目には怒りの色が見て取れた。
セディナラが中段に構える。
綺麗な姿勢だ。
「フウウウウウウ~。」
深い所から吐き出される呼気。
呼吸を無理矢理に整えているのがわかる。
目から一切の感情が消えている。
正中線に、綺麗に重なった刀。腰の据わった立ち姿。
達人だ。
セディナラは間違いなく達人だ。
俺は黒鞘の刀を空中でクルリと持ち直し、鯉口を切って、鞘を放り投げるようにして抜刀する。
右手に本身、左手に赤鞘。
お互いに相手の間合いの中だ。
無言のままにセディナラの左足が動く。上体がブレることなく刀が振り上げられ、そのまま俺の脳天へと振り下ろされる。
斬ろうとする意識のないまま、セディナラは俺を斬りに来る。俺の意識外からの‘起こり’に俺は内心舌を巻いていた。
俺は赤鞘を突き上げ、セディナラの刀を受ける。
赤鞘の鯉口がセディナラの物打ちに触れる。
鯉口から、バターのように斬り割られ、鞘を縦に裂く。
鞘が中ほどまで断ち割られて、俺は左手を外に捻って刀の軌道を変える。
小気味良い破裂音と共に、割れた鞘の破片が飛ぶ。
セディナラが刀に引き摺られるように俺の左へと体を流すが、体勢は崩れていない。
俺は両足を、同時に左方向へと回転移動させる。
軸足はない。
両足が同時に床を噛む。
捩じれた腰が元に戻ろうとする力を使って、ぶら提げた右手の刀を切り返しながら跳ね上げる。
「フッ!!」
俺の刀を避けて、セディナラが左に回転しながら、宙を飛ぶ。
右膝を床に着け、切先を俺に向けたまま着地する。
俺は、真直ぐに天へと向けた刀を、再び、だらりと下げる。
「恐ろしいガキだ…」
そう呟きながら、セディナラの口元が楽し気に歪む。
セディナラが、再び、中段に構える。
俺は割れた赤鞘を投げ捨て、セディナラに正対する。
空いた間合いを前に進んで詰める。
セディナラが俺を待つ。
互いの間合いが重なる。
互いの呼吸が重なり、同時に動き出す。
セディナラが僅かな振り上げで、前に出る。
低い俺の頭を狙うなら、振り上げの幅は低くていい。刀の切先から俺の頭までの到達距離は短い。
それに対して俺の切先からセディナラの頭までの距離は長い。
加速する。
俺の霊子回路が、意図せぬ加速を生む。
手首を返して、下を向いていた切先を上へと向ける。
マイクロマシンが悲鳴を上げて、俺の体中を駆け巡る。
駆け上がる切っ先と振り下ろされる切っ先が寸毫の間隙をもってすれ違う。
刃が翻る。
左手で柄尻を掴む。
振り下ろされるセディナラの刃。
俺は、セディナラの刃を擦りながら、刀を振り下ろす。
「くおっ!!!」
裂帛の気合と共に渾身の力を籠める。
鼓膜をつんざく、甲高い金属音を発して、刀の物打ちから先が宙を舞う。
互いに振り下ろした刀。
互いに握られた刀。
ただ、俺の刀の切先は健在で、セディナラの刀は半ばから消失している。
セディナラの横、床の上に消失したはずの切先が突き刺さる。
セディナラの口元が歪む。
「恐ろしいガキだ…」
先程と同じセリフを呟いて、セディナラは切先のない刀を放り出した。




