セディナラ(挿絵あり)
「えええええ。何で、そんなことにィウチらが行かなくっちゃダメなのおおぉぉ。」
案の定、ヒャクヤがブーたれる。
「寝心地勝負で白黒ハッキリさせるのが怖くなったんよ。」
いや、そこはどうでも良いんですけど、俺的には。
「グズグズ言うんじゃないよ。トガリが行くって言ってるんだ。あたしらが行かないでどうすんのさ。」
下僕長トンナの一言で、アヌヤとヒャクヤは「は~い。」と気のない返事をする。
「じゃあ、用意しようか。」
オルラとロデムスも立ち上がるが「いや、今日はトンナ達だけで良いよ。」と俺が止める。
「どうしたんだい?」
オルラが中腰のまま聞いてくる。
「いや、カナデの奴がさあ…」
カナデが、オルラは来るのかと随分と気にしてたので、オルラとロデムスには遠慮して貰おうと思ったのだ。
「ああ、成程ね。あたしが居ちゃ、カナデは嫌がるだろうね。」
オルラは素直に納得してくれた。オルラが、再び座ると、ロデムスもその傍に香箱を作る。
「じゃあ、今日は四人で行こうか。」
俺はブーツを履きながら獣人三人娘に声を掛け、屋上へと上がる。
四台の霊子バイクが並んで駐車されており、俺が自分の霊子バイクに向かおうとすると、トンナが俺を抱え上げる。
トンナの霊子バイクは、アメリカンを彷彿とさせるチョッパーに似たエイプバーハンドルだ。砲弾型のヘッドライトが、三つ、横並びに取付けてある大型のバイクに仕上がっている。
ソロとタンデムが一体となったキング&クイーンシートの前、キングシートに俺を乗せて、トンナが一段高くなったクイーンシートに座る。
俺はトンナの足と腕に囲まれる格好でチョコンと座っているだけだ。
おかしいな。俺は、自分のバイクに乗る筈だったんだけどな。
アヌヤの霊子バイクもアメリカンタイプだが、こちらはドラッガーをイメージした。
直線を、いかに速く走るかを追求するドラッグレース用のバイクがドラッガーだ。
ロードタイプでタンクに体を密着させて、空気抵抗を極力減らしたカウルを装着させている。
ヒャクヤは可愛いバイクが好みだろうと思い、スクーター風に作ってやった。
雰囲気で言うならベスパ風だ。ボディフロントには赤のラインとリボンが付いている。
「行くよ!!」
トンナの大きな声って、気合が入るな。
でも、そんなに気合を入れて、殺すんじゃないよ?相手は普通の人間なんだから。
トンナのバイクを先頭に、三台の霊子バイクが、砂埃を上げながら浮き上がる。
霊子バイクは、青白い光を発しながら夜の空へと昇って行き、瞬く星と区別がつかなくなると、流星のように光の尾を引いて夜空を駆けだした。
僅か三十秒ほどで、目的の建物に到着し、その建物の屋上に着陸、俺は、一旦、霊子バイクを分解保存してから、言われていた店のトイレに一人ずつ瞬間移動させる。
最後に俺がトイレに瞬間移動して、三人が待つ、店内へと足を踏み入れる。
広い店内だった。
店の片側に、木製の丸テーブルと椅子が重ねて集められている。テーブルの数は二十脚ほどだ。
その反対側の壁際には、飲み物を提供する長いカウンターがある。
明け透けになった店の奥に進むと、下る階段が現れる。
階段の両サイドにはボックス席として、大きなソファーが並び、低いテーブルが置かれている。
階段の先には眩いライトで照らされた舞台が設けられていた。
劇場としては小さいが、飲食を楽しむ空間としては破格に大きい空間だ。
舞台に近い、真正面のボックス席に、男の立ち姿がシルエットになって見えている。
立っている男は六人。
ボックス席に座っている男は三人。同じ席には女も一人居る。
手前のボックス席には何人もの男が居る。
その中の一人が俺達の前に立つ。
「貴様ら、どこから入って来た?」
ドスの効いた声と物言い。
トンナが無造作に、男の顔を鷲掴みにする。
男は声を上げることも出来ずにそのまま意識を消失して、だらしなくトンナの手の中でぶら下がる。
たちまち起こる喧騒と怒号。
その声に反応したカナデが、慌てて立ち上がり「止めな!その方に手を出すんじゃない!」と怒鳴る。
一瞬で静まり返り、俺は首を傾げながら、一人一人の顔を見回す。
舞台袖に二十人。ボックス席に三十六人か。
エダケエ側の構成員はその内の十八人。舞台袖に居るのは全てセディナラの構成員だ。
カナデが俺の元へと走って来る。
腰を深く折って、頭を下げる。
「お待ちしておりました。ご足労頂き、恐縮でございます。こちらへどうぞ。」
ボタンの沢山付いたコルセットタイプの赤い上着に、赤のパンツ。黒いブーツの踵を鳴らしながら、俺を先導してくれる。
俺は、ボックス席からの遠慮ない視線を感じつつ、カナデの案内する席に到着する。
トンナがぶら下げていた男を舞台へと放り出す。
「カナデ姐さん、まさか、その坊主がさっき言ってた尻拭きじゃねぇでしょうね?」
太ったネグロイドの男。十本の指全てに太い金の指輪をしている。
「生きて此処から帰りたかったら、口の利き方に気を付けな。」
カナデが本気で言っているのが伝わったのだろう。男が黙る。
「どうぞ。」
カナデに促されて、トンナが俺を抱えてソファーに座る。
右隣には八穢の物の怪の一人、目の下に傷のある男が座っている。たしか俺が拉致ったモンゴロイドの男だ。
その奥に、俺を坊主と呼んだネグロイド、黒人の男、更に、その奥には、白人の男が座っている。
トンナがモンゴロイドのスカーフェイス越しに、覗き込むようにして、太った黒人にガンをつける。
トンナと太った黒人の間に座っているスカーフェイスは、中々に迫力のある男なのだが、トンナのことを知っているため、迫るトンナに顔を蒼くしている。
「おいおい、でかい姉ちゃんだな。そんなに俺の顔が珍しいのかい?」
太った黒人が、冷笑を交えてトンナに話し掛ける。
トンナは男の言葉を無視して、両眼を見開いたまま、男の顔を見詰め続ける。
「いい加減にしろよ…」
男の雰囲気が変わる。
笑みの形に歪められていた口元が、真一文字に引き絞られ、身に纏っていたものが殺人者のソレへと変わる。
「でっカナデ、話は何処まで進んだ?」
俺はそんな二人を無視して、カナデに話し掛ける。
カナデは俺の左隣に座っている。
アヌヤとヒャクヤはボックス席の中に居るが立ったままだ。
「はい。クノイダが現在の量不足について説明し、違約金の交渉中です。」
そうか、このモンゴロイドのスカーフェイスはクノイダと言うのか。
「どっちがボスだ?」
顎を振って、二人のどちらがセディナラのボスか問い掛ける。
「奥の白人の男、奴がセディナラ・ゴルタスです。」
白人へと視線を向ける。
スペイン風の顔貌に口髭を生やした陰気な男だ。
タバコを燻らせながら、静かにロックグラスを傾けている。
「セディナラ、お前、獣人だな?」
ロックグラスを傾けていた手が止まる。
陰気な目を、俺にゆっくりと向ける。
ザワリと周囲の空気が動く。
「何を仰ってるんです?奴は見たとおりの人間ですよ?」
カナデが笑いながら俺の言葉を訂正する。
「お前の真名で呼び掛けてやろうか?」
俺の言葉を聞いた途端、セディナラが音を立てて立ち上がる。
殺気が膨らんでいるのがハッキリとわかる。
「座れよ。真名で命令するぞ?」
俺の言葉に過剰な反応を見せるセディナラに、構成員達が固唾を呑んで見守っている。
そんな中、黒人の男が俺の話に割って入る。
「おい、坊主。このでかいのを何とかしろ。このままじゃ、このでかいのを殺しちまうかもしれねえ。」
「駄目だな。」
俺はトンナと睨み合いを続ける黒人の男に刑の執行について話してやる。
「何が駄目なんだ?あっ?」
「お前は二度も俺のことを坊主と言った。刑は確定だ。だから諦めろ。」
「このでかい女が死んでも良いんだな?」
「大丈夫、死なないから。」
俺の言葉が終わった瞬間、黒人の男が銃を抜く。
トンナの右手がクノイダの背後を回り込み、黒人の男の右手を銃ごと鷲掴みにする。
「ぐわっ!!」
黒人の男が喚き声を上げる。
万力で硬い物を圧し潰す音がして、銃声が連続で轟く。
一瞬にして店内の緊張の糸が張りつめる。
トンナが右手を開いた時、黒人の男の手は、オートマチックの銃にめり込んで、ぐしゃぐしゃに潰れていた。
「くっ」
それでも黒人の男はトンナを睨み返している。
「テメエ…」
顔中に脂汗を流しながら、黒人の男がトンナを睨むが、トンナは眉一つ動かしていない。
銃を握り潰した時も視線をブレさせることはなかった。
セディナラは沈黙を守っている。
そのせいで、セディナラの構成員達はどのように対応したらいいのか決めあぐねているようだった。
「セディナラ、よく見て、よく考えな。このお方は普通じゃないよ。」
カナデが、俺の後ろから、本気の声でセディナラに声を掛ける。
三白眼の陰気な目が俺を捉えている。
不意にセディナラが笑う。
「全員殺せ。」
その一言が引き金となった。
セディナラの構成員達が鞭を入れられた競走馬のように、一斉に動き出す。
それでも反応速度に差がありすぎる。
トンナは俺を片膝に乗せたまま、片足で立ち上がり、黒人の男の頭を掴んで一瞬で意識を消失させる。
黒人の男を放り出し、そのままソファーの背凭れに跳び上がり、その勢いで浮き上がった俺を左手に抱え直して、さらに跳躍すると、その足元を、横殴りの雨のように銃弾が奔り抜けた。
アヌヤは低い姿勢で走り出し、近くに居た男の脛を手刀で叩き折る。
ヒャクヤは剣の柄尻に取付けた金属環に指を通して振り回し、背後の男の首を叩き飛ばす。オイオイ、折れてねぇだろうな?
怒号と奇声と絶叫が、高い天井にエコーとなって響き渡る。
着地寸前で、トンナは長い足を振り回して男達を薙ぎ払い、着地する空間を確保する。
低い姿勢で着地してから、滑るように軸足を移動させ、さらに足を振り回して周りの男達の足を薙ぎ払う。
立ち上がれば、舞うように手刀を閃かせて、数発の銃弾を全て叩き落す。
「トンナ、舞台に上がれ。」
俺の言葉を聞いたトンナが、三メートルはある舞台までの距離を、バックステップの一歩で埋めてしまう。
舞台袖から出て来た男達を相手に、左右の蹴りだけで吹き飛ばす。同時に、空いた右手は飛び交う銃弾を悉く叩き落していた。
アヌヤは縦横無尽に店内を走り回って男達を打ちのめしている。
遠くから銃で狙ってくる男達を確認しつつ、飛び来る銃弾を左右に躱しながら、その足を緩めない。
男達の脇をすり抜けた瞬間には、次の男の顎に掌底を打ち込み、別の男の腹に膝をめり込ませる。
足を払いながら回転して、手刀を男の蟀谷に打ち込み、空いた手で別の男の足を取る。
転んだ男の足を蹴り飛ばし、壁を蹴って、次の男の側頭部に踵を喰い込ませる。
アヌヤを狙う銃口は、右往左往するだけで、火を噴くことが無い。
ヒャクヤはテーブルに立っていた。
左の足を前に出し、爪先を上げて踵をテーブルの天板に着けている。これで右手で振り回している物が傘なら、まるで、デート待ちの少女のような立ち姿だ。
しかしヒャクヤの右手でヘリのローターのように回っているのは傘ではない。
色は確かに可愛いピンク色だが、それは、れっきとした剣だ。
その剣が鞘に入ったまま、高速で回転している。
「もう、何でウチだけこんな役まわりなの?」
ブツブツと呟きながら、カナデとクノイダに向かって飛んで来る銃弾を弾き飛ばしている。
「トンナ姉さん、まだなの~?」
舞台上の男達をあらかた片づけたトンナが、ヒャクヤの待つテーブルに跳び移る。
「待たせたね。行って来な。」
トンナが飛んで来る銃弾を右手だけでヒョイヒョイと掴む。
「うん!じゃあ、行ってくるの!」
ヒャクヤがテーブルから両足を揃えてピョンと飛び下りる。剣を回しているから、マジでヘリコプターの真似をしている女の子みたいだ。
ヒャクヤが床を蹴って、アヌヤとは逆方向に走り出す。
アヌヤが外周の男達を打ちのめし、ヒャクヤがその内側の男達を打ちのめす。
俺はトンナの左腕から跳び下りて、セディナラの目の前に立つ。
セディナラが立ち上がる。
俺はテーブルの上、セディナラは床の上だ。
セディナラの右手の爪が、鉤爪になっている。
俺の右目は騙せない。
銃声が消える。
奇声も消える。
絶叫も消える。
「構成員は全部片付いたぞ。正体を見せても良いんじゃないか?」
俺の言葉に、唇の右端を吊り上げる。
大したものだ。徹底的に、俺の意識を右に誘導している。
右手の爪が翻る。
俺はフェイントだと知っている。
左腕も同時に動いている。
セディナラの要求通りに、俺は頭を前へと下げてやる。
左の袖から銃が飛び出す。
俺の頭上をセディナラの右手が薙ぎ払う。
体の陰から銃口が、俺の頭を正確に狙っていた。
俺の右手がその銃を払いのける。
左の膝蹴りが俺の股間に飛ぶ。同時に、伸びた右腕が折畳まれ、肘が俺の延髄を狙う。
対処が早い。
二手、三手先を読んでる。
俺は右膝でその蹴りを受け、左腕で肘を受ける。
来いよ。本命。
セディナラの口が窄まって、舌先にのった細い管が見える。
キラリと光る物が俺の左目に向かって飛ぶ。
含み針だ。
頭を右に振って、長い髪で針を絡め捕る。
そのまま体軸を回して、膝を受けた右足でセディナラの腹を打ち抜いてやる。
「ごぼっ!!」
口から吹矢筒を吐き出しながら、セディナラが吹き飛ぶ。
ボックス席の腰壁に足が引っ掛かり、隣のボックス席の中に派手な音を立てて転がり込む。
俺とトンナの後ろにはアヌヤとヒャクヤが戻って来ている。
セディナラが立ち上がって来るのを待つ。
奴は獣人だ。
腹への一発だけでは意識を刈り取ることは出来ない。
セディナラの左手が、ボックス席の腰壁に掛けられる。
鉤爪が生えている。
駄目だ、セディナラ。その手も見えてる。
セディナラが、左手の位置とは全く違う場所から飛び出して来る。
俺の右後ろからだ。
右手に血塗れの匕首を握っている。
俺は、前に倒れ込みながら、右足を跳ね上げる。
右手を斬り落としたセディナラは、左からの攻撃に対処出来ない。
俺の右の踵を避けようと頭を後方へと反らせるが、俺は、右足を僅かに伸ばす。
こいつは予想できなかったろ?
曲げていた足を真っ直ぐにするわけじゃない。足の長さそのものを伸ばしたのだ。
伸びた長さは僅かだが、その僅かで充分だ。
セディナラは、自身の目測を誤ったと考えるか?それとも、カラクリに気付いて戦術修正するか?
でも、この蹴りを避けることができればの話だ。
俺の右踵がセディナラの左顎を捉え、脳を揺らされたセディナラは、意識を消失しながら吹き飛んだ。
俺は、左足を軸に、縦回転させた右足を元の位置に戻す。
セディナラの切断された左手首を掴み上げ、セディナラの傍にしゃがむ。
セディナラの左手首を元通りに繋げてやる。
「獣人化したのは腕だけ、お前、人間とのハーフだったんだな。」
俺は誰にも聞こえないようにそう呟いた。




