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あたりはすっかり暗くなり、提灯やろうそくの炎がところどころ、夜闇に明るく輝いていた。結局少年は、今日一日ずっと歩いてきたが、都から出ることはできなかった。なにせ都は百万都市、農村からの流入で年々増加する人口に比例する形で拡大しているのだ。それでも少年は、都の端のほうまでは来ていると確信していた。
(宿を探さないと)
少年は少し焦っていた。早くしないと、安い宿から順に泊り客でいっぱいになってしまう。手持ちのお金は老人の老後のための貯金をそのままもらい受けたもので、ありがたく使わなければならないのはもちろん、ただでさえ少ない。その上、先ほどは見知らぬ豆腐売りに一両もごっそり持っていかれてしまった。ある意味危機的状況と言えた。
「すいません」
少年は近くの宿屋に入った。
「一名、部屋空いてますか」
少年は聞いたが、残念なことに、
「悪いねえ坊や、今晩はもう一杯なんだよ」
そっけなく返された。こんな調子が五回ほど続いた。
「そんなに旅に出る人がいるとは思わなかったなあ……」
少年には少し心外に思えた。なぜなら、五年ほど前に、米どころが飢饉に見舞われてから、各地で同時多発的に飢饉が発生し、その影響で、飢饉が落ち着いた今でも不景気が続いていたからだ。飢饉の原因は、南蛮の学問を学んだ学者によると、非常に小さな、目に見えない虫のような生き物による流行り病だとも言われていた。対策として人々は鯨油を田に撒いたり、火で畦を炙ったり、あるいは神に祈願して恩寵を受けようとした。が、直接的な効果のありなしは分からないままで、収束を待つ形になった。
各地の農村は荒れ、あぶれた農民たちが食い扶持を探しに都へ出てきたというわけだ。彼らはある意味で難民と言えた。
「この不景気に、よくこんなに旅に出る人がいることだよ……」
少年は独白した。
(まあ、こんな時だからこそ、じゃないのか)
それが話題に入ってきた。
(起きてたのか……)
少年は少し驚いた。それは、普段は寝ている。とは言っても、動物の「睡眠」とは違う。それは植物であるが、意識があった。もっと端的に言えば、「魂」と言うべきものなのかもしれない。その意識が覚醒せず、何も言わないことがほとんどの時を、少年は「寝ている」と定義していた。反対に、それの意識が覚醒して、何か喋っている時のことを、少年は「起きている」と呼んだ。
夜になると光量が減り、栄養を作ることができない植物であるそれは、多くの場合日の入りと共に就寝していたのだったが、今回は違った。
(今が不況だから、さ。聖地ってあるだろ? 不死の山とか、おのころ島とか。そういう処に巡礼に行くんだよ。困ったときの神頼みってやつさ)
それが解説した。
(すごいな。植物のくせに人間様より人間のことに詳しい)
少年は素直に感嘆した。
(植物のくせにとは何だ、人間のくせに)
それは植物が低く見られたことにむきになって反抗した。表情がないのに、表情がありありと浮かんでくるようだった。
「ふふっ」
それが何でかおかしくて、少年はつい笑ってしまうのだった。