6︰クエストは突然に
「それじゃあレオス、これからゼルコバと話をつけてくるわ」
ブラッディゴーレムから獲得した素材をギルドで鑑定してもらった僕は、なんとAランク冒険者になった。
さらにその素材はざっと見積もって百万ゴールドって言われていたんだけど、詳しく鑑定すると百二十万ゴールドまで金額が跳ね上がったのだ。
ホント思いもしない出来事に僕はついつい小躍りしていた。
でも、全ては借金で苦しんでいるルナのためにやった行動だ。
ゼルコバ達から庇ってくれたのはルナだけだったし、僕のために泣いてくれたのもルナだけだった。
そんな優しいルナが、ゼルコバにいいように使われるなんてひどい話だ。
「気をつけてね、ルナ。ゼルコバのことだから、何かイチャモンをつけてくるかもしれないよ」
「そうね、じゃあそうできないように仕掛けて借金返済してくるわ」
だから僕は、ルナを仲間にした。というのは建前だ。
本当はルナがルナのために生きてくれたらいいと思っている。
ルナが自由に生きてくれたらそれでいいって、僕は思っているんだ。
ルナがいなかったら、僕はとっくに冒険者なんてやめていただろうしね。
「レオス、すぐに戻ってくるから待っててね」
「うん。じゃあ僕は出発の準備を整えておくよ」
僕は手を振って元気よくかけていくルナの後ろ姿を見送る。
彼女の姿が見えなくなるまで手を振って見送った後、僕はアクビをこぼしていたラディッシュに声をかけた。
「ラディッシュ、出発の準備をしたいんだけどいい?」
『いいぞ。確かお前の短剣、ゴーレムとの戦いで壊れちゃったんだったな』
「うん。結構古かった武器だし、仕方ないんだけどね。だから新しい武器を買おうと思ってさ」
『そうかそうか、なら仕方ないな。付き合ってやるよ』
かくして、僕はラディッシュと一緒に町の商工区画へ向かった。
『お、もしかしてあれが武器屋か?』
ギルドから西の大通りを抜けると、露店が立ち並んでいた。
どの露店にも武器が置かれており、オーソドックスなブロードソードから盗賊が使いそうなダガー、怪力ならば扱えるモーニングスターと様々な武器種があった。
でも、どうせならもっといいものが欲しいな。
ルナにたくさんお金を渡したけど、まだまだたくさんあるし。
『お、あんなところにリンゴがあるぞ。レオス、あれ買ってくれよ!』
「いいよ。あ、どうせだからいくらか渡そうか、ラディッシュ?」
『いいのか!? オイラ、久々にいろんなものを食べたいって思ってたんだよ』
「たくさん食べるのはいいけど、無駄遣いはしないでね」
僕はそう注意してラディッシュに一万ゴールドを渡す。
ラディッシュは大喜びをして近くの露店へ向かい、リンゴだけでなくトウガラシやカブといった様々な食材を買い漁り始める。
もしかしてあれ全部、そのまま食べる気なのかな?
まさかなー、って思いつつ僕は品定めを再開する。
「んー」
露店に並んでいる武器はどれも魅力的だ。
だけど、どれがいいのか全くわからない。
そもそも何を基準に武器を買えばいいのかわからないってがある。
「今まで短剣を使ってたしなー」
自分の戦い方(そんなに戦ってないけど)を考えれば短剣を買ったほうがいいと思う。
でも、どうせなら攻撃力が高い武器を手にしたいって思っちゃうんだよね。
どうしたものか。
ああ、ここで経験の浅さが露呈しちゃうなんて。
せめて武器扱いに詳しい人が身近にいれば。
そんなことを考えていると、後ろから唐突に慌てたような大声が放たれた。
『た、大変だィ! 誰か助けてくれィ!』
なんだ、って思って振り返るとそこにはハチマキを頭に巻き、赤いハッピを着た犬みたいな黄色の精霊がいた。
何やらその精霊は慌てているようで、誰かに助けを求めているように見える。
「お、どうしたんだガロ坊。そんなに慌ててよ」
『今慌てなきゃいつ慌てろってんだ! いや、そんなことより大変なんだィ』
「だからどうしたって――そういやメルクはどうしたんだ?」
『ダンジョンで離れちまったんだよ!』
「ハァッ?」
黄色の精霊は詳細を仲間である鍛冶師と精霊達に話をし始めた。
なんでも、ガロという精霊は契約者であるメルクと一緒に必要な素材を手に入れようとダンジョンに潜ったそうだ。
でも、不運なことに間違って罠を踏み、ガロだけがダンジョンの外へ追い出された。
慌てて戻ろうとしたらしいけど、精霊は契約者がいないとスキルが使えない。
つまり、ゴブリン程度でもやられてしまう可能性に気づいたガロはみんなに助けを求めた。
という状況らしい。
「そりゃヤバいな。一体どこまで行ったんだ?」
『五階層だィ。オレァがいれば何ともないレベルなんだが……』
「人間だけだとヤバいな。といっても、俺達で救出に行ける場所でもないな」
本当にとんでもない状況のようだ。
ダンジョンで一人ぼっちか。
とても辛いし、怖いし、もしかしたら死ぬかもしれないし。
例え五階層だとしても、ダンジョンはダンジョン。
何が起きるかわからないのがダンジョンだ。
そんな危険がたくさん待ち受けている場所を一人で脱出なんて不可能に近い。
そんな場所で取り残されるなんて、心細いに違いない。
「あのー」
僕はいつの間にか彼らに声をかけていた。
単なる善意による行動だ。
でも、それが一つの大きなキッカケとなる。
『なんだお前ィ?』
「僕、冒険者です。その、よかったら詳しく話を聞かせて欲しいんですけど」
『わりィが依頼するだけの金と時間がねィ。それにこれは俺達の問題――』
「僕も、似たような目にあったことがあります。だから、ちょっとだけでもいいです。話を聞かせてくださいっ」
僕はガロと呼ばれた精霊を見つめた。
ガロはそんな僕を見て、腕を組み考え始める。
途中、ガリガリと後頭部を掻いた後でガロは僕にこう訊ねた。
『礼なんてできねィぞ。いいのか?』
僕は力強く頷く。
そしてハッキリとした言葉で、答えた。
「はい! ぜひ話を聞かせてくださいっ」
僕は鍛冶師の精霊ガロに起きたトラブルに首を突っ込んだ。
まさかこれが、僕にとって大きなキッカケになるなんてこの時は知るよしもない。