41話 魔甲②
―――――
――魔甲を纏った巧は、それでも立っていた。
「……はぁ……はぁ……」
荒い息が漏れる。
全身を覆う白銀の魔甲には、無数の傷が刻まれていた。
装甲の一部はひしゃげ、肩口からは火花が散っている。
それでも、巧は【ハヤテ】を握ったまま倒れなかった。
「……まだ……だ」
「まだやるのか?」
目の前のレグルスが、呆れたように笑う。
「魔甲まで使って、そのザマだぞ?」
「……うるさい」
巧は震える脚に力を込める。
「俺には……やらなきゃならない理由があるんだ!」
床を蹴った。
魔甲によって強化された脚力が、巧の身体を一気に加速させる。
「――ッ!」
一瞬で間合いを詰める。
【ハヤテ】が閃いた。
狙いはレグルスの肩。
しかし――。
ガキィンッ!
「なっ――!」
レグルスは腕一本で刀を受け止めていた。
「惜しいな」
「くっ……!」
巧は刀を引く。
そのまま横薙ぎ。
さらに一歩。
斜めから二撃目。
続けざまに三撃目。
巧の剣閃が連続して走る。
だが。
「遅ぇ」
レグルスは、その全てを紙一重でかわしていく。
「――ッ!」
次の瞬間。
拳が迫った。
ドゴォンッ!!
「ぐあっ!」
魔甲へ拳が叩き込まれる。
巧の身体が宙へ浮いた。
そのまま数メートル吹き飛び、壁へ激突する。
「お兄ちゃん!」
「来るな……!」
陽菜の声を制し、巧は瓦礫を押し退ける。
「……っ」
立ち上がる。
魔甲が衝撃を受け止めてくれた。
それでも。
身体の芯まで響くような痛みが残っている。
「これが……魔人……」
巧は荒い呼吸を繰り返す。
視線の先。
そこに立つレグルスには、ほとんど傷がない。
「どうした?」
レグルスが拳を鳴らす。
「もう終わりか?」
「……まさか」
巧は刀を構え直した。
「まだ……これからだ!」
「……そうか」
レグルスの口元が僅かに吊り上がる。
「なら――少しだけ付き合ってやる」
「……?」
その瞬間だった。
レグルスの表情から、笑みが消えた。
「――《ビーストハート》」
ドクン。
低い音が響いた。
それは、心臓の鼓動。
しかし、ただの鼓動ではない。
空気そのものが震えた。
「……っ!」
巧の身体が強張る。
レグルスから放たれる圧力が、一気に膨れ上がった。
「お兄ちゃん……」
陽菜も思わず後ずさる。
目の前にいるのは、先ほどまでのレグルスではない。
身体の奥底から、何か巨大なものが目を覚ましたような感覚。
魔力。
それだけではない。
もっと原始的で、純粋な力。
まるで――。
巨大な獣が、今まさに檻から解き放たれたかのようだった。
「これが俺の《ビーストハート》だ」
レグルスは胸元へ手を当てる。
「心臓から全身へ、限界まで力を送り込む」
ドクン。
再び鼓動。
筋肉が軋む。
魔力が全身を巡り、身体能力そのものを底上げしていく。
「力も」
ドクン。
「速度も」
ドクン。
「反応も――全部上がる」
レグルスが顔を上げる。
「まあ……今のところ三割程度だがな」
「……三割……?」
巧の額を冷たい汗が伝う。
――今まででさえ、まるで歯が立たなかった。
それなのに。
まだ三割。
「……冗談だろ」
「残念ながら、本気だ」
レグルスが拳を握る。
「――行くぞ」
「……!」
消えた。
「速――」
巧の視界から、レグルスの姿が消失する。
次の瞬間。
目の前に拳があった。
「――ッ!」
咄嗟に【ハヤテ】を立てる。
ガァンッ!!
「ぐ――ッ!」
刀身へ衝撃が走った。
腕が痺れる。
魔甲が軋む。
そのまま巧の身体が吹き飛ばされた。
「お兄ちゃん!」
「まだ……!」
空中で身体を捻る。
壁へ足をつけた。
魔甲の補助を利用して壁を蹴り、そのまま反転。
「うおおおおっ!」
再びレグルスへ突っ込む。
刀を振り下ろす。
「――ッ!」
レグルスは避けない。
拳を握る。
ガギィィンッ!!
刀と拳が激突した。
「……!」
押し負ける。
巧の刀が、ゆっくりと押し戻されていく。
「まだまだ経験不足だな」
「……っ!」
「技術も悪くねぇ」
レグルスが笑う。
「身体能力も十分だ」
「なら――!」
「だがな」
拳に力が籠もる。
「経験が足りねぇ」
「――ッ!」
刀が弾き飛ばされる。
「しまっ――」
レグルスの拳が迫る。
ドンッ!
「ぐあっ!」
魔甲が大きくへこむ。
巧の身体が再び吹き飛んだ。
床を転がる。
「お兄ちゃん!」
「……来るな……!」
巧は震える腕で身体を起こす。
視界が揺れていた。
息が苦しい。
魔甲を纏っているはずなのに。
まるで自分の身体そのものを殴られているようだった。
「……くそ」
巧は歯を食いしばる。
(勝てない)
認めたくなかった。
(俺じゃ……レグルスには勝てない)
魔甲を使った。
これまで以上の力を引き出した。
それでも目の前の男には、ほとんど届いていない。
(このままじゃ……)
巧は陽菜を見る。
少女は不安そうにこちらを見つめていた。
(陽菜を連れて帰れない)
ならば。
(せめて……)
巧は【ハヤテ】を握り直す。
(陽菜だけでも――)
目的は最初から一つだった。
レグルスを倒すことじゃない。
陽菜を取り戻すこと。
ならば、戦い方を変えるしかない。
「どうした?」
レグルスが歩み寄る。
「怖気づいたか?」
「……」
「さっきまでの威勢はどうした?」
挑発。
それは分かっている。
だが、巧は動かなかった。
(どうする……)
そのとき――。
「巧さんっ!!」
「――!?」
聞き覚えのある声が、施設内に響き渡った。
「エ、エヴァ!?」
巧が振り返る。
そこには息を切らしながら、こちらへ駆けてくる少女がいた。
「やっと……追いつきました……!」
「なんで……ここに……」
「そんなの決まっています!」
エヴァは巧を睨む。
「本当に一人で来るなんて、無茶にもほどがあります!」
「……ごめん」
「謝って済む問題ではありません!」
怒っている。
それでもその声には、安堵も混じっていた。
そしてエヴァは、巧の隣に立つ陽菜へ視線を向ける。
「陽菜ちゃん!」
「エヴァ……!」
「無事でよかったです……!」
エヴァは胸を撫で下ろす。
だが、次の瞬間。
「――ほぉ、このガキを連れていく前に邪魔した女か。まだ痛めつけるのが足りなかったか?」
レグルスは楽しそうに笑った。
「女に手を挙げる人はサイテーですよ!」
エヴァが巧へ目を向ける。
「巧さん」
「……何?」
「一人で勝てないなら――」
エヴァはカードを握り直す。
「二人なら、どうでしょう?」
「……」
巧は理解していた。
二人でもレグルスに太刀打ち出来ないことを。
レグルスは二人を見つめ――。
「……面白ぇ。まとめて相手してやるよ」
「ーーーエヴァ、頼みたいことがあるんだ」
巧は陽菜に聞こえないようにエヴァに耳打ちをした。




