8話 スキャンダルですよ!④
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「くっそうっ!! 魔法少女なんていなかったじゃねーか!! あの噂はデマだったってことかよ!!」
翌朝。
月菜は日直のため早めに登校していた。
俺はというと、のんびり一人で来るはずだったのに――よりによってショージに捕まった。
「あんたさぁ……魔法少女なんているわけないでしょ。アニメの見過ぎよ、ショージ」
途中で合流したミアは呆れ半分の声で言う。
――いや、実際いるけどな。
しかも、 めちゃくちゃ身近に。
俺の妹・月菜、その友だちの陽那ちゃん。
昨日判明した田中さん……本名エヴァンジェ・ソトさん(?)。
でも当の本人たちは「絶対バレたくない」らしいので、俺は気付いてないフリをしている。
それが兄の優しさだ。……たぶん。
「そうだな。アニメの見過ぎだぞ、ショージ」
「裏切ったなタクロー! お前もアニメ好きなんだよなぁ!」
うん、俺は よくできた一般人 でいよう。
「おっ、あれ田中さんじゃね!? 目の保養のために話しかけようぜ!」
おい待て。そういう動機を口に出すな。
止める間もなく、ショージは田中さんに突撃した。
「グッモーニング田中さん! 今日はエンジョイな一日だね!!」
「え、えぇ……」
案の定、田中さんは困惑した表情。
ショージ、そんな英語じゃ多分伝わらんと思うぞ。
「ショージ、朝からうるさいの。田中さん困ってるでしょ」
ミアがすっと割って入る。
「あっご、ごめん田中さん……いや、そのー……」
「……わ、私も……困ってはいないので……」
田中さんは小声で答え、そっと会釈した。
その表情は少し戸惑っている感じだった。
そら、昨日田中さんの魔法少女姿を見てしまったんだから、まず、気まずい。
「……田中さん、なんか昨日より元気なさそうだな」
言った瞬間、田中さんはピタッと動きを止めた。
「……え?」
「あ、いや……顔色? 悪い感じっていうか」
だって昨夜、魔法少女形態で派手に戦ってたからな。
そりゃ、疲れが残ってるか気になるだろ。
でもそれを言えるはずもなく、俺は曖昧に笑った。
「そ、そう……見えますか?」
「うん。まぁ、無理はすんなよ」
田中さんは少しだけ目を丸くして、それから――
ふっと、小さく笑った。
「……ありがとう、タクローくん」
その笑顔に、俺は思わずドキッとした。
「な、なに照れてんのタクロー! お前もしかして……!?」
「いや照れてない! あとお前声デカい!!」
ショージの騒音は校舎中に響いていきそうだ。
そんな中、ミアが俺の袖を引いた。
「タクロー……あとで、ちょっと話したいことあるの」
「……おう」
「何だなんだ? 田中さんに見惚れているタクローに嫉妬か?」
「……鞄、その脳天に食い込ませてやろうか?」
ニヤニヤするショージにマジな表情を見せるミア。
勿論、俺もミアに対して好意がある訳ではないが、その態度は傷つくぞ。
「ふふふっ……やっぱりあなた方は、面白い人たちですね」
田中さんの疲れ気味だった表情が、ふっと柔らかくなった。
昨日よりも自然な笑顔だった。
あれを見た瞬間、胸の奥が少し温かくなる。
「そ、それじゃ……私、先に教室に戻りますね」
「ああ、お疲れ」
田中さんは軽く会釈して去っていった。
長い金色の髪が朝日に照らされて、ほんの一瞬、キラリと光る。
――あれ、まるで月の光だ。
「……なぁ、タクロー」
「ん?」
「今の田中さん、なんかオーラ出てなかった?」
「気のせいだろ」
「いや絶対出てた! ほら、背後に謎の光とか!」
「それ、朝日だよ」
「マジかよ……」
ショージの想像力には本当に感服する。
ある意味、現実より魔法を信じてる男だ。
けど――その勘の良さ、別のところで発揮されないことを祈る。
もし彼が真実に近づいたら、うちの妹たちは一瞬で正体バレだ。
俺は、誰にも聞こえないように小さく息をついた。
「――なぁ、ミア」
「ん?」
「魔法少女、いない方が平和だな」
「え?」
「いや、なんでも」




