離れてゆく心
最近は、夕方のお茶の時間がなくなっていたこともあり、エルモンドとモードリンが合うのは2週間ぶりである。
「エルモンド様?」
モードリンは、エルモンドの言うメイリーンがわからない。
「メイリーンには僕が許可を出していた。若い令嬢が楽しく話をしているのが気にくわないのか!?」
エルモンドの言葉に、やっと理解が追い付く。先ほど、庭で大声をだしていた令嬢のことか。
「令嬢というには恥ずかしいほどの大声でしたわ。
こちらの庭を入場禁止にしているのは、機密情報があったり、重鎮の執務室があるからです。
先ほどは、国務大臣の会議がされていたはず。
エルモンド様が分からないはずありませんでしょう」
メイリーンというのが、エドモンドと噂になっている男爵令嬢だろう。
執務室にいる誰もがそう思い、王太子の醜態を見ていた。
モードリン自身が、エドモンドの心変わりを感じ取っていた。
「エルモンド様、ご自身が王太子という地位で言動に責任があるとご自覚なさっていたはずです。
品位を損なうような事をすれば、人心が離れます」
「君はいつだってそうだ。僕には王太子という価値しかないのか」
モードリンは言い合いにバカらしいと思っていたが、エルモンドはそうではないらしい。
「まさか、王太子でなくとも殿下はステキです、なんて言われて舞い上がっている訳ではないですよね?」
モードリンも言い過ぎだと思ったが、図星だったらしい。
「君は絶対に言わない言葉だ」
エルモンドはモードリンを睨むように言い捨てる。
「エルモンド様、少しは冷静になってください。
あのご令嬢は庭園を追いだされた後、エルモンド様の執務室に泣きつきに行ったのですね。
それで、執務を放り出して文句を言いに来られた、と?」
言っているモードリン自身が情けなくなってきている。これからエルモンドと尊重し合っていけるのか?
エルモンドは、モードリンの言葉によほど怒りが沸いたらしい。
握りしめた拳が震えている。
「もう、君とはやっていける自信がない。僕の妃にはメイリーンを望む。
だが、今更結婚式も止められない。
君は側妃として、大好きな公務に従事すれば満足だろう」
「殿下!」
声を荒げたのは、モードリンではなく、事務官達だ。
それほど、エルモンドは取り返しのつかない言葉を言ったのだ。
エルモンドは、来た時と同じように大きな音をたてて扉を開けて出ていった。
残された者達に緊張がはしるが、その静寂をモードリンが破る。
「殿下は王族として、言葉の責任を取らねばなりません」
婚約者の辺境侯爵令嬢を、男爵令嬢の下に付けると言ったのだ。
辺境侯爵家だけでなく、ガイザーン帝国を敵にまわす行為である。
「今日は帰ります。皆様もお疲れでしょう」
モードリンの顔色は悪い。
「軍部にいる、ユージェニー・レプセントに迎えが必要だと連絡してちょうだい」
よろけて椅子に座り直したモードリンは、侍女に伝言を頼んで、額に手を当てた。
事務官の一人が慌てて執務室を出て行くのは、王か王妃に報告に行くのだろう。
モードリンは、その様子を成す術もなく見ていた。
庭で騒いでいるのを注意しただけで、どうしてこうなるのか。元から不満があったのだろうか。
エルモンドが親しくしている令嬢がいると聞いていても、立場をわかっているはず、と放置したからこうなったのだろうか。
側妃として、嫁がねばならないのだろうか。
とりとめもない考えが、頭の中をまわる。
いままでの疲れが一度にでたように、身体が重い。動くことさえ億劫である。
こんな時は涙さえでないのね、とモードリンは思っていた。
侍女から事情を聞いたユージェニーが駆け付けて来て、モードリンを抱えて王都のレプセント辺境侯爵邸に連れ帰った。