アンセルムとモードリンの婚約
アンセルムとモードリンは客間にいた。
「アンセルム殿下、私が知らないうちに、私達は婚約したのでしょうか?
私は、まだイグデニエル王国王太子の婚約者のままです。正式に解消も破棄もされておりません」
モードリンは王妃の言葉にも不安があるが、いつのまにか婚約者のように扱われているのが哀しいのだ。
「私の婚約は父が決めました。家の為、国の為、それでも私は受け入れました。その結果が今です。
今度は、貴方が私の気持ちを確認しないで決めてしまうのですか?」
子供の頃から王太子の婚約者候補として、エルモンドとは仲が良かった。結婚するのだと、思っていたけれど、アンセルムに出会い、恋を知った。
それを諦めたのは、戦争を避けるという名分で、アンセルムに飛び込む勇気がなかったからだし、自分を押し殺すことになれていたからでもある。
アンセルムはモードリンの手を取り、片膝をついた。
「悪かった、モードリンに会えてうかれていた。順番がおかしくなったが、聞いて欲しい」
アンセルムとモードリンの視線がからまる。
「モードリン・レプセント辺境侯爵令嬢、どうか私と結婚して欲しい。
貴女が好きだ」
モードリンはアンセルムの手にもう片方の手を添える。
「はい、嬉しいです。私もアンセルム殿下が好き」
これからは、自分の気持ちを伝えたい。
立ちあがったアンセルムは、モードリンを抱き上げた。
「ありがとう。モードリン。必ず幸せにする。立会人の神父も枢機卿もいないが、今、婚約は成り立った。いいね?」
「はい、私も殿下を幸せにするわ」
モードリンはアンセルムの首に腕を回し、唇を重ねる。
アンセルムはモードリンをソファーに降ろすと、隣に座った。
「母の事は任せて欲しい。心当たりがある」
公式の場で王妃として、モードリンの存在を否定した母親。
政略でガイザーンに嫁いできた小国の姫君。
父王は母を大切に扱ったが、政略の相手としての扱いだった。母が望む愛情は与えられなかった。
父が若い頃、従妹であるケイトリア・メルデルエ公爵令嬢を妃に望んでいたことは、公然の秘密である。
ケイトリアはレプセント辺境侯爵に嫁ぎ、その娘をアンセルムが婚約者として連れて来たのだ。
王妃として、王の心を奪った女の娘が、息子の心を奪ったというのは許せないのだろう。
自分の母であっても、アンセルムにとって、モードリンを守ることが最優先である。モードリンに危害を加えようものなら、切り捨てる対象だ。
諦めて、耐えた2年。それが手に入ったのだ。絶対に守り通す。
「私には婚約者はいない。
イグデニエル王家とレプセント辺境侯爵家は、敵対関係になった。ましてや、モードリンに冤罪を被せた王家に気を使う必要もあるまい。婚約は破棄されているか、モードリンは死んだことになっているだろう。
私達の婚約に支障になるものはない」
たとえ婚約が成立したままでも、アンセルムは奪い取る立場だ。
「レプセント辺境侯爵領では、ユージェニー・レプセントが兵をあげたと情報が入っている。
すぐにイグデニエル王国は内戦状態になる」
アンセルムがユージェニーの名を出せば、モードリンの頬を涙が流れる。
「お兄様は生きているのね!」
良かった、と安心しても、戦になれば、その命もいつ消えるかもしれない。
レプセント領の騎士団が精鋭ぞろいでも、王国の軍には圧倒的に数で負ける。
モードリンは隠し持っていた指輪を取り出し、アンセルムに見せる。
「父から、兄に渡すよう預かりました。
レプセント辺境侯爵当主の指輪です」
ふむ、とアンセルムは考えて、指輪を手に取る。
「では、これは私から義兄になるユージェニー・レプセントに渡そう」
アンセルムはレプセントの援軍として、参戦すると言っているのだ。
「陛下の許可はおりるだろう。いや、すでに準備をしているかもしれない」
行方不明のケイトリア・レプセントを探す為に、王は参戦を急ぐだろうとアンセルムは考えていた。
アンセルムとモードリンの結婚は、戦争と直結している。
たくさんの血が流れる。
だが、アンセルムと結婚しなくとも戦争は避けられなかった、とモードリンは思う。
この流れる血の責任を背負っていかねばならない。




