通じる想い
アンセルムはモードリンに薬と魔核を飲ませ、ガイザーン帝国への帰路に着いた。
魔核の影響で、モードリンは意識が混濁しているようで眠りから覚めずに丸一日が過ぎた。
馬車の中で、アンセルムはモードリンを抱いて離さなかった。
モードリンの髪を指に絡め、額にキスをした。
頬の腫れがなくなると、そこにもキスをした。
「早く目を覚まして、唇にキスをする許可をして欲しい」
アンセルムは目を細めて、眠っているモードリンを見る。手はモードリンの髪をなで続けている。
「アンセルム殿下?」
アンセルムの願いが届いたかのように、モードリンの目が開く。
「モードリン、傷の痛みはどうだ?」
言われてモードリンは身体を起こそうとして、ガイザーンの膝の上にいる事に気がついた。
あわてて身体を離そうとするモードリンを抱きしめて、アンセルムが離れないようにする。
「魔核が効いたようだ。傷は治ったように見えるが、痛みは残っているか?」
アンセルムにもう一度問われて、モードリンは首を横に振った。
「もう痛くないわ」
微笑むと、頭をアンセルムの肩にあずけた。
「夢みたい」
こんな都合のいいことなんて夢かも。逃走先にアンセルムが現われるなんて、ありえないもの。
「夢は困るな、やっと会えたのに」
アンセルムは、モードリンが本気で夢だと思っているようなので声をかけた。
「夢じゃない証拠に、キスしても?」
モードリンが返事をする前に、アンセルムの顔が落ちてきて、唇を塞がれた。
グイッ!
モードリンはアンセルムの胸板を押して、唇を離す。
「まだ、いい、って返事していない!」
真っ赤な顔でモードリンが言っても、アンセルムには響かない。
「ずっと一生大事にする、キスの責任を取らせてくれ」
真剣な顔で言うから、モードリンは思わず笑いだしてしまった。
「怒りたいのに、怒らせてくれない。ファーストキスだったのに」
本当は怒ってたりしていない。でも、ちゃんと返事を待ってほしかった。
「え、どうして!? 婚約者がいたのに? 本当か?」
アンセルムが喜色満面で力強く抱きしめてきて、モードリンにもアンセルムの気持ちが伝わってくる。
「ええ、本当です」
モードリンはそっと手を延ばし、アンセルムの顔に手を添えた。
「だから、私を好きなら、もう一度キスをして」
もう我慢などしない。自分の気持ちを押し殺したりしない。
自分の気持ちを抑えるには、国の為だとか、婚約者がいるとか、そういう大義が必要だった。
そっと重ねてきた口づけは、すぐに深くなって、二人で夢中になった。
諦めた気持ちが、もう一度巡り合う。
唇を離しても、指を絡め、見つめて微笑み合う。
馬車の振動がもたれ合っている二人を揺らす。指から、もたれている肩から、体温が伝わる。
『婚約者を連れ帰る』
手紙を先に出していた為に、アンセルムが皇宮に着くとすぐに謁見室に呼ばれた。
そこで、モードリンは強い視線を感じていた。
その視線は、謁見室でも同じようだった。
そして、謁見室に入ると視線の原因を知ることになる。
皇妃エカテリナが睨むように、モードリンを見ていた。
「アンセルム・ガイザーン、ただいま、戻りました」
皇太子として、アンセルムは皇帝と皇妃に帰還の挨拶をする。
「よくぞ連れ帰った。モードリン嬢は大変であったろう、ゆっくりするがいい」
皇帝は二人を祝福したが、皇妃は違ったようだ。
「陛下、ご令嬢はガイザーンのしきたりなど、何も知らない様子です。
皇太子の横に立つには、すぐに教育が必要ですわ」
皇妃が手にしている扇を閉じた音が、パチンと響く。
「皇太子は公務を放り出して、ご令嬢を助けに行ったとか。醜聞だということをお忘れなきよう」
「皇妃、君には人の心がないのか?
命がけで逃げてきたご令嬢に、優しい言葉もかけれないとは」
皇帝が庇うから、皇妃はますます苛立ちを覚えるようだった。
「逃げねばならないような事をしたご令嬢です。私は、賛同できません」
いくらでも条件のいいご令嬢がたくさんいるのに、と皇妃は反対姿勢を隠そうともしない。




