第八十ニ話「魂に誓って」
みんなが、手を取り、肩を組み、再会を喜びあっている。
今登りきった太陽のように、眩しい笑顔ばかりだ。
そんな幸せな時間を打ち破るように、“あの声”が宙に響いた。
『ハァイ、まひる。再会の喜びは十分堪能できたかしら?』
みんなの会話がピタと止み、空気が一瞬にして張り詰めるのを感じる。
「あ、天照……ッ!」
あたしは虚空を睨み付ける。
「またあいつ……」
流那ちゃんも同じく宙空を睨みつけ、そこに姿のない天照に向け文句を言う。
「……私たちの動きを止めたら止めたで、追撃してこないの。夜だってしっかり寝させてくれてさ。何なのよまったく!」
「あいつの目的は俺たち人間の抹殺じゃない」
「そ。飽くまで本人は“救済”だと思ってる。そこがタチが悪いのよ」
ザコタ君と飛鳥ちゃんが次々に口にする。
『……あなたのお友達、みんな中々に興味深かったわ』
「天照、一緒にダイタニアを救う方法を考えようッ!?」
あたしがそう言うと、空気が重力を持ったように、無言の緊張が走った。
『……あなたは、まだそんな甘いことを言ってるのね?』
「あなたがこの世界を守ろうとしてるのは分かる! けどッ――」
『言ったはずよまひる。次に会う時にまだ“無力な理想”を掲げているなら、わたしはあなたを消去すると……』
天照の低い声が、あたしの言葉を遮った。
『あなたの“理想”がどれほどのものか、見せてもらうわ!』
「ッ!?」
その言葉の直後。風が、止んだ。
音が消え、誰の呼吸も聞こえなくなる。
次の瞬間、世界そのものが固まった。
「何よこれッ!?」
「そよッ! 大丈夫か!?」
「う、動けませーん!」
あたしだけを残して、天照はみんなの動きをいとも簡単に奪ってしまった。
「……何をしたの?」
『その“絆”、本物かしら? 彼らより上に立つ覚悟――あなたには、ある?』
天照はどこか沈んだ声でそれだけ言うと、あたしの目の前の地面が突如隆起した。
地を割り、銀の鎧に身を包んだ人が現れた。
左手に巨大な盾を掲げ、その顔は口から上が仮面で隠れていた。銀髪と言うよりは白髪に近い長いウェーブの髪を見るに、女性騎士のように見えた。
『超次元電神ダイタニア』
第八十ニ話「魂に誓って」
『さあ、まひる。この試練をあなたはどうやって乗り越えてみせてくれるの? この《銀騎士》を倒さない限り、仲間の拘束は外れないわ』
天照の勝手な物言いに、あたしは怒りがふつふつと沸いてきたのだった。
「……天照。それ以上、誰かを“道具”みたいに扱うなら――あたしは、あなたを止める」
『ふふっ、別におちょくってるわけじゃないわぁ? これでもわたしはあなたを買っているのよ、まひる?』
そういうところが、おちょくってるって言うのよ!
あたしはその言葉を呑み込み、目の前の重装甲の騎士に目を向ける。
一見武器は無い。仮面のせいで表情が読めない。倒せって言われても――
「ねえあなたッ! 言葉は通じる? 聴こえてたら天照の言いなりにならないで!」
そう話し掛けるが、《銀騎士》は動かない。
けれど――盾を構えた腕が、わずかに震えた。気のせいかもしれない。
でも、その震えは「拒絶」じゃなかった。
「ねえってば! 意味もなく戦いたくない!」
あたしは盾を構えたままの《銀騎士》に叫ぶが、全く反応が無い。
いや、これって――
「……天照ッ! あなたこの人に何かしたわね!?」
『ん? したわよ?』
「なッ!」
『だって、この子見つけた時、魔力切れで消滅するところだったのよ? 生命維持装置って言うの? あの仮面は、ソレよ』
天照は基本、生命を守ろうとする。けど、その魂まで救ってるとは限らない……!
「……決めた……」
あたしはゆっくりと銀騎士の後ろ、最奥にある神殿を指差す。
銀騎士は変わらずあたしの前に立ち尽くしている。向こうから来ないならこっちも好都合、構うもんか!
「天照。あたしは、この人とは戦わない。戦うなら――あなたよ!」
後ろでみんなの声を背中で聴いて、まだ命の危機に繋がっていないことに安堵しながら、あたしは天照に宣戦布告した。
その声は自分でも思ったほど、この広い地平に通った。
天照の音声に僅かなノイズ音が流れたあと、何故だかいつもより安心したような声が流れた。
『言ったわねまひる……ふふ……。でも、わたしの前にその子を黙らせてからいらっしゃい』
「そうはしないって言ったでしょうッ! 人の話を――」
興奮して足を一歩前に出した途端、あたしの目の前に地面から壁が生えた。
「くッ……!」
もう二三歩前に出ていたら体ごと土の壁に打ち上げられていた。頬から冷たい汗が垂れる。
「あれはッ! 《地殻障壁》!?」
後ろからマリンの声が上がる。
「まひるちゃん大丈夫ッ!?」
ウィンドも心配して声をかけてくれている。
「大丈夫……みんなは?」
あたしは目の前の銀騎士を見据えながら集中は切らさず、後ろのみんなに声をかける。
「なんかよく分かんないけど動けないの! 気をつけてまひるんッ!」
「今のところ体に害はないようだが……こんなの、プログラムには無かったッ」
「《風の衣》! ……発動しないッ!? まひるさん、聴いてください!」
シルフィの鬼気迫る叫びにも似た声に意識を向ける。
精霊たちの力は借りられない。今の状態じゃ電神喚んでもすぐにガス欠おこしちゃう……。
「天照はあの神殿、《箱庭》の中枢に本体が在る可能性が高いです!」
「オーケー……!」
あたしは一度舌で乾いた唇を湿らせ、視線を神殿に固定すると斜め前方に向け駆け出した。
銀騎士の脚は思ったより、速い!
あんな重鎧を着ているのにすぐにあたしの前に来て進路を塞ごうと立ちはだかる。
だが、それだけだった。
向こうから攻撃がくると思い、防御スキルを用意していたが、懸念に終わった。
あたしはバックステップで相手から再び距離をとる。
「…………」
この相手、何か違和感を感じる。今のところ、この人から恐怖を感じない。それって――
あたしはもう一度銀騎士に向き直り、その盾の陰に隠れた顔を見据える。彼女は盾を構えたまま、やはり動かない。
「……あなた、攻撃するつもりはないの?」
「……」
返ってくる言葉はない。
ただ、その仮面から覗く口元はどこか悲しげだった。
あたしは一呼吸おいて彼女ではなく、その奥の神殿を再び見た。ご飯粒くらい小さく見えることからも、そこまでの距離はまだ大分あることが見て取れる。
「天照はああ言ってたけど、あたしはあなたとやり合う気はないの……」
彼女に視線を戻し、あたしは自身にバフを掛けていく。筋力アップ、素早さアップ――
この人を振り切ってあそこまで辿り着ければ、あなたも少しはあたしたちの言うことに耳を傾けるんじゃないかしら? 天照……。
そうであって欲しい。
銀騎士が僅かに腰を落とし、あたしの次の動線を阻もうとしている。
ゲームではそういう初動の見極めってダイジよね?
「ついてこられるかしら? いくわよ!」
脚力上昇を重ね掛けしたあたしの脚が地を蹴ると、その場に土埃と音だけを残し、あたしを消した。
「……ッ!」
銀騎士の息を呑む音が聞こえた気がしたが、それも後ろに置いてきた。
はずだった!
突如あたしの目の前に地殻障壁が迫り上がり、行く手を塞ぐ。
「破ッ!」
あたしはそのままの勢いで強化した右手の正拳で土の壁をぶち抜いて失速せず走り抜ける。
本体は十分引き離した。
ここまで距離を空ければスキルの有効距離だって――
そう思った矢先に、あたしが今まさに足を着地させようとしていた地面が地鳴りより先に隆起した。
「うっそッ!?」
跳び箱を無理矢理飛ばされたような格好で宙空に放り出されるあたし。
「ひえーッ!」
落ちていく地面の先にはまた地殻が迫り上がり出してきている。
「よっと!」
あたしはその壁の上に着地し、周りに形成される壁の足場を走り飛びながら、止まらないよう神殿を目指す。
なんで、こんなに、効果距離が長いのよぉッ!?
視界に何かの影が入った。走りながら横を向くと、サーフィンの如く、波打つ地面の上を滑って追ってきている銀騎士が並走していた。
「……マジ?」
走れば壁、飛べばハードル、まるで容赦のない障害物競走でもやっているかのよう。でも少し、心は躍っていた。
それに、確実に神殿にも近づいている!
改めて分かったことがある。
この人はやっぱり、あたしに危害を加えるつもりはない。何とか足止めしようと危なくならない程度にスキルを連発している。
そして、そのスキルは悉く《防御スキル》だった。
「…………ふぅ」
あたしは足を止め、高くそびえる《地殻障壁》の上から飛び降りる。
目の前には銀騎士が息も切らさず立っている。こっちは久々の全力疾走で心臓バクバクだよ……。
「はぁ、はぁ……やるね……」
初対面だと言うのに、あたしの言葉遣いがゲーム内のそれに近くなってきてしまってることに、あたし自身気が付かないでいた。
「ちょっと休憩! あなたも座ったら?」
そう言ってあたしはその場に腰を下ろし、酷使したふくらはぎを軽く揉む。
銀騎士はその場に立ち尽くしたまま、相変わらず攻撃もしてこないし、立ち去ろうともしない。
何か、天照からそういう命令でもされてるのかな?
「ねえ? あなたは天照に逆らえないの? それとも、自分から望んであたしたちを彼女に近づけないようにしてるの」
あたしの問い掛けに、銀騎士はピクリとも動かない。
温かい風が通り過ぎ、あたしと彼女の髪を流した。蒼いリボンがひらひらと朝焼けを背になびく。
その時、銀騎士の口が僅かに開いた。
ゆっくりと、でも確実に。
この人とはきっと分かり合える。
さっきまでの追走劇を見ても、この人には心があると感じ取れた。
だから、これは確かな予感――
でも、このまま鬼ごっこを続けても解決にならない気がする……。
こんな時、軍師マリンが居てくれたら心強いのに、彼女の姿はもう遥か遠く、ゆで卵みたいに小さい……。
天照はあたしを試すって言ってたけど、あたしって、別に試されるような人間じゃなくない?
普通に経理の仕事して、週末にはゲームして、まあまあ気楽に人生送ってただけの、我ながら平凡な社会人だったよね?
あたしが一生懸命考えて、今どうにかしようとしている天照も、多分話せば解ってくれる気がするんだよねー。
なんか、あたしより全然頭良さそうなこと言ってるし……。
「よしッ!」
あたしは両膝を打ち、勢いよく立ち上がった。
銀騎士の正面に立ち、そっと微笑む。
「とりあえずさ、そのマスクに代わるもの、作ろっか?」
あたしが仮面に手を伸ばすと、初めて彼女は明確な拒絶の色を示した。
咄嗟に身を引き、盾を前にしてあたしに対して身構えた。その雰囲気が、どことなく怯えているようにも見える。
「え? あ、ご、ごめんね? びっくりさせちゃったかな」
あたしは伸ばした手を引っ込め、苦笑する。
さっきの、仮面を庇った?
今度は驚かせないように、まず言葉で説明しよう!
「えっとね、あたし、物の形を思い浮かべるだけで自由に物を出したりできるの。あはは、我ながら口に出して言うとヘンな能力だけど……」
銀騎士はあたしから一定の距離を保ち、一応話を聴いてくれているようだった。
「だからね? 多分、その生命維持装置? も、他の物に変えられると思う。顔を見て話せた方が、あたしは嬉しいなあ」
あたしが微笑むと、彼女が纏う緊張が少し和らいだ気がした。
「どう? やってみない?」
あたしは一歩だけ銀騎士に近づいてみる。すると、銀騎士はまた一歩後ずさった。
まるで「来るな」と言わんばかりにその右腕をあたしに伸ばす。
彼女の顔を見ると、歯を食いしばり、何かに耐えているようだった。
初めて見せてくれた感情を、こんな顔にしてしまうなんて――
「ごめんなさい! 何か事情があるのよね!? どうしたら……」
あたしがオロオロ取り乱すと、銀騎士はその場にしゃがみ込んでしまった。
「えッ!? 大丈夫ッ!?」
あたしが近寄ろうとすると、やはり手を伸ばして「近寄るな」と言うジェスチャーを送ってくる。
少しして彼女が立ち上がると、地面に見慣れた文字が残されていた。
「……え? なんで……」
それは日本語のカタカナ。
文字はこう書かれていた――
“ワタシ カラ ハナレテ”
文字でのコミュニケーションが可能と分かったあたしは、嬉しくなり自分も筆談しようとしゃがみ込む。
指で砂の積もった地面にあたしも同じようにカタカナで書いていく。
“ドウシテ?”
すると、彼女はまたあたしに向け、何か書こうと地面に指を伸ばそうとしたその時――
彼女の体が後ろに仰け反った。
頭を大きく反らし、そのまま後ろに倒れていく。
「え?」
アニメとかでこういうシーン観たことあるなあ、と、スローモーションのように時間が遅い世界の中、あたしはやたら冴えた頭で考えていた。
時間の流れがもとに戻ると、彼女はうつ伏せに地面に横たわっていた。動かない……?
震える手足が遅れて心に“恐怖”を運んできて、あたしは絶句した。
「……あ……あぁ……ッ」
『計画変更よ……』
そこへ天照の詰まらなそうな声が流れてきた。
『折角直してあげたのに、ノイズで処理の遅延を起こすなんて、それじゃホントのまひるを見られないじゃない』
天照が、何か言っている。
「……何をしたの?」
あたしはどうにか絞り出せた少ない言葉で天照に問うた。
『使えなくなった物を処分しただけよ』
彼女は平然と言ってのけ、そして続ける。
『言ってなかったっけ? あの仮面、触れたり外したりすると、それに蓄積されてるエネルギーが暴走しちゃうのよ。失敗作なの』
ゆっくりとあたしは倒れてる銀騎士のもとに向かい、その隣にしゃがみ込んで体に手を当てる。
手のひらに彼女の鼓動が伝わる。
まだ、生きてるッ!
すぐ隣りに落ちている外れた仮面からは異様なほどの魔力が溢れだしてきていて、それは視覚にも黒いうねりとして視えるほどだった。
「《魔力分与》……」
天照は彼女は魔力切れ寸前だと言っていた。これで少しでも持ち堪えてくれたら……。
どうか命を繋ぎ止めてと、祈る。
『わたしを睨むその顔、とても人間的ねまひる』
この人は――いや、やはり人ではないのかも知れない。こんなにも心ないことを平気でやってのけるのだから。
話し合いなんて、最初から無理だったんだ。
あたしが甘いことを言ったから、この騎士の人が倒れた。
だったら“優しさ”なんていっその事捨てたほうが――
「天照……あなたは……!」
心が、熱い。だけど心地よくない熱さだった……。後悔と復讐の念が渦巻き、黒い感情に良心が塗りつぶされていくよう……。
このまま、この感情に素直になれたら、どれだけ気が楽だろうか……!
あたしは初めて“武器として”ダイタニアを喚ぼうと構えた時だった。
「駄目、です……」
あたしが抱きかかえた彼女から初めて、声がした。
彼女の銀色の鎧に映し出されたあたしの顔は、怒りに駆られ、なんと醜悪なことか……。
怒りに我を忘れそうだったあたしを、彼女の一声が段々と正気に引き戻してくれた。
声を掛けてくれた彼女の顔を見ようと、顔に掛かる長い髪を横に流して綺麗に梳いていく。すると――
「……あ……あぁ……」
「まひるさん、怒りに身を任せては、駄目です……」
髪こそ白くなってしまっているものの、その蒼い目の優しい煌めきは誰のものでもない――
「……くッ……う、ぅ……ッ!」
声が出ない。言葉にならない。
「“優しさ”は、あなたの最大の武器……だから、私たちは、あなたを……」
息も途切れ途切れに苦しそうに言葉を紡ぐ銀騎士、いや――
「アースぅうぅ……ッ!!」
あたしは両腕でしっかりと彼女を包み込み、声にならない声でその名を叫んだ。
【次回予告】
[まひる]
……待って?
色々急展開で頭がおっつかない……
ウィンドが来てくれて、マリンがいて……
……え!?
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第八十三話「その手は離さない」
さあ、一緒に戻ろう?
――――achievement[仮面の下の…]
※《銀騎士》の仮面を外した。




