『みんなで晩御飯、そして、おやすみなさい』
「ごちそーさん!」
「ごちそうさま!」
「お粗末様でした」
三度のお代わりを経て、ようやくオレの腹の虫もご機嫌になった。
応接室の端っこでは、反抗的な捕虜の二匹がそれぞれ乾燥果実や干し肉をかじっている。
エサはお嬢様が首輪と一緒に用意してくれたものだが、保存や調理の取り扱いが簡単なものばかりで助かった。
もしエサとして生きた虫が用意されていたら、触れる事ができないオレたちは詰みだからな。
「さて。オレは最後でいいから、先に風呂入って休んだら? マリアーノちゃんも今日は疲れて眠いだろ?」
あとは風呂入って明日に備えて寝るだけだ。
コアテーブルのはしっこに置かれている捕獲ペットリストに目をやる。
ヘビとフェレットには横線が引かれており、残りは二頭。
デカい六本足の虎と性悪ペットたちの親玉である黒猫。
どっちも相手にしたくないがこれも仕事。イヤよイヤよでやっていけるほど、世の中は甘くないのだ。
「ではお言葉に甘えまして、私達から先にお風呂をいただきます。それで、ですね……」
「ママ、ちゃんとパパにお願いしてね?」
空になった皿を持って立ち上がったリーデルだったが、腰にしがみついているマリアーノちゃんに何かをうながされているようだ。
「ええと、ですね。パパも入浴後、パジャマに着替えたら私たちと一緒に休みましょう」
「ん?」
「ですから! こ、今夜は一緒に寝ませんか、と……」
オレが耳を疑っていると、マリアーノちゃんが声を上げた。
「違うよ、ママ!」
……あせった、何かの言い間違えだったらしい。
「ええっ? マリアちゃんがパパにそう言えって……」
アタフタしてるリーデルの声をさえぎり、前に出たマリアーノちゃんが言葉を続ける。
「今夜は、じゃなくて今夜からずっとだよ! パパ、いいでしょ!」
オレの腕をとって、ねぇねぇとせがんでくるマリアーノちゃん。
視界の向こうでリーデルが一枚の紙を広げている。
マリアーノちゃんの"やりたい事リスト"か。
困った顔をしながら"みんなでお昼寝"という項目を指さしている。
確かに似たようなもんだが、さすがにこれはどうなんだろうか。
しかし子供と親が一緒に寝るのは当たり前とも思うから無下にも断れん。
「うーん、どうする?」
マリアーノちゃんの頭の上を飛び越し、リーデルに確認する。
「え、ええと。坊ちゃんさえよろしければ。マリアちゃんも喜ぶことですし……」
「そうか。じゃあ、ま、そうしよう。風呂入ったらそっちの部屋に枕もってお邪魔するよ」
「ええっ!?」
なんで誘ってきたほうが驚くんだよ。いや、別にリーデルが言い出した事じゃないけどさ。
「ホント! じゃあお部屋で待ってるね! ママ、早くお風呂に行こう!」
「えっ、本当に!? 坊ちゃん? 本当に……?」
「ママ、はやくはやく!」
マリアーノちゃんが動きの止まったリーデルの手を引いて応接室から出ていった。
――しばらくして。
コンコンと控えめなノックのあと、扉の向うからリーデルの声が聞こえてきた。
『お湯、お先にいただきました。では……部屋で待っていますので』
『パパ、早く来てねー!』
部屋の外からそれだけを言い残し、去っていく二人。
「……とりあえず、風呂に入るか」
それからオレは何を考え、何をどうしたかの記憶もないまま、入浴を終え、着替えをすまし、自分が昨晩から使っている寝室から枕を持って、隣の部屋のドアを叩いていた。
『ど、どどっ、どうぞっ!』
返ってきたリーデルの声を確認し、オレはゆっくりドアノブをまわす。
「パパ、おそーい!」
すぐに出迎えてくれたマリアーノちゃん。
白いお寝間着で準備万端という姿だ。屋敷にあったものだろうか?
「ふっ、ふつつ、つっ、つかものですが……」
そして、なぜかベッドの上で正座しているリーデルの姿。
リーデルはピンクの寝間着だ。こっちは予想通り。
私服はだいたいピンクのリーデルだが、メイド服は一般的カラーなあたり公私の区別をつけているという事だろうか? よくわからん所でも真面目だな。
「パパはこっち。ママはこっち。マリアが真ん中!」
入口で立ち止まっていたオレの手を引き、マリアーノちゃんがベッドにひきずりこむ。
二つのベッドをくっつけて一つの大きなベッドになっていた。
もともと大きめのベッドがくっつけば、オーガと少女と細い女が一緒に転がっても余裕はあるだろう。
「マリアーノちゃん、真ん中は痛くないかい?」
ベッド同士にスキマはないが、くぼみはある。あまり寝心地が良いとは思えない。
「大丈夫!」
大丈夫らしい。本人がそう言うのであれば、無理にどうこうすることもないか。
マリアーノちゃんがゴロンと寝転ぶ。
「パパも寝て!」
手をとられ、オレもその横に転がる。
横顔同士、息がかかるほどの距離で見つめ合って、自然と笑顔がこぼれる。
「ママも!」
「で、では、失礼して……」
マリアーノちゃんを挟んで、リーデルも横になった。
同じベッドにリーデルがいると思うと落ち着かない。そしてオレより落ち着きがないのはマリアーノちゃんだ。
オレの方を向いてはグロリアとの激闘を思い出し、自分の活躍を褒めて欲しくて話し出す。
すごかったよと褒めると、今度はリーデルの方に向き直り、同じ話を始める。
同じ話を聞いたリーデルもすごかったですよと褒めている。
そうしたらまたオレの方に向きを変え、明日のご飯は何が食べたいのかと言い出した。
オレは肉がいいなぁと言うと、マリアーノちゃんがわかった! という顔になる。
すぐに背中を向けてリーデルに、パパはお肉が食べたいって! と伝えてくれた。
リーデルが、では朝はサンドイッチにお肉をはさみましょうと言うと、やはりマリアーノちゃんは勢いよくこちらに向き直り。
「ママとマリアでお肉のサンドイッチを作ってあげるね!」
と笑顔で教えてくれた。
そんな脈絡もない会話がえんえんと続き、いつの間にかマリアーノちゃんは寝息を立て始めた。
「眠ったかな」
「そのようですね」
「子供ってのは元気だな」
オレは立て肘をして、マリアーノちゃん越しにリーデルと苦笑し合う。
「そ、それにしても坊ちゃん」
「なんだ?」
「子守が上手ですね」
感心したように言うリーデルだが、それは買いかぶりだ。
「話を聞いてるだけさ。メシの用意も風呂に入れるのもリーデルがやってるんだし」
子供の機嫌がいい時だけあやすなんて誰でもできる。
子供が大変な時に面倒を見る事を子守って言うんだろ?
「そうかもしれませんが、子供の扱い方が丁寧だなと」
「そりゃ、オレみたいな図体のヤツが雑に扱ってみろ。こんな細い腕なんて簡単に折れるぞ?」
「この子は人形ですよね?」
「……ま、そうなんだけど」
つい忘れてしまうがこの子は人間の少女の姿をしているが、正体は人形であり、中身はすでに亡くなった魂。
わかっているが、見た目にひっぱられてしまう。
「坊ちゃんは子供が好きなんですか?」
「自分でもよくわからんが……」
すうすうと寝息をたてるマリアーノちゃんを見る。
「嫌いじゃないと思うよ」
「わ、私も子供は好きです! いつか未来の旦那様と子供と一緒にこうして並んで眠るのが夢ですから……なんて……」
そんな事を言うリーデルに、オレも軽口で返す。
「リーデルならいい奥さん、いいお母さんになるだろうな。旦那さんが羨ましいよ」
「ッ!? ほ、本当にそう思われますか!?」
もっともその幸せな旦那は尻に敷かれるだろうがな。
という言葉を発しない程度にはオレも成長した。
「た、例えば! 例えばですが! 坊ちゃんでしたら子供は何人欲しいですか? 最初は男の子と女の子、どっちがいいですか? あと、名前はどういうものが良いですか?」
「あん? いやそこまで考えた事は無いけど」
なんか言い出したが、突然どうした?
「大事な事ですよ? もっと真剣に考えて頂かないと」
「いや、そんなもん未来の旦那と相談しろよ」
さすがにそこまで付き合いきれん。というかオレも眠い。
「だ、だから、こうして、相談して……」
それでもリーデルが何ボソボソ言いだした時。
「――盛り上がっている所、失礼するぞ」
「ん? おわっ!」
「きゃあ!」
眠ったはずのマリアーノちゃんが、目を開けてこちらを見ていた。
「二人とも、大きな声を出すな。マリアが起きてしまう」
顔も声も同じなのに、すぐに別人だとわかる。
「フランソワか。その声のかけ方はびっくりするからやめろ」
「今日はご苦労だった。マリアの目を通して見させてもらったが、オーガの巨体がネズミ相手に転げまわる姿はなかなかの見世物だったぞ」
「楽しんでもらえて何より。見物料とっていいか?」
「ふむ? 地下の酒はずいぶんと散らかしたようだが、弁償金の相談を始めるか?」
う。年代物のワインってずいぶん高いって聞くしなぁ、とオレがドキドキしていると。
「冗談だ。不慮の事故、必要経費として考えよう。私が飲む事はもうないし、金に換えた所であの世では使い道もない」
フランソワが肩をすくめてそう言った。
「おお、さすが貴族の娘さん。太っ腹だな!」
「……坊主。それが女性に対する褒め言葉と思っているのなら、今すぐ改めた方がいいぞ?」
なんでだよ、と思ってリーデルを見たらコイツも怖い目つきで頷いていた。なんでだよ?
「さて。たった二日だというのに、マリアはずいぶんと満足しているよ」
フランソワが胸に手を当てている。
「特にリーデル嬢には世話になっている。パパ、ママ、と熱の入った演技までしてくれて、私も感謝している」
「た、たいした事ではありませんからっ」
ニタリと笑うフランソワ。
いい事言ってるワリに笑い方がイヤらしいヤツだ。
皮肉屋だから礼もまともに言えないんだろうが、そういうのは良くないぞ。
「さて。真面目な話だ。マリアの"やりたい事リスト"の根幹は寂しさを埋める事。今のように昼寝が共寝になる事もあるだろうが、うまく都合をつけてやってくれ」
「ああ」
子供のおねだりだ。その日の機嫌でコロコロ変わることだってあるだろう。
「胸の隙間が埋まれば、天に召され永遠の眠りにつける。私たちの魂をこの世にしばりつけているのは強い未練だからな。すでに今のマリアは昨晩に比べて眠りが深い。未練が減った証だよ」
「そんなに単純なものか?」
「マリアは生きていた時間が短い分、世界がシンプルなのさ。ともかくこの調子で頼む。明日は虎か猫か? せいぜい私も特等席で楽しませてもらうよ」
そう言ったフランソワは、トントンと自分の胸を指で叩いた後、フッとその皮肉めいた笑顔を消した。
すうすうと寝息を立てる安らかな寝顔に戻る。
「ふう、驚いた。フランソワも急に出てくるからな。マリアーノちゃんが眠ってる時は油断できん」
「そ、そうですね……せっかく二人きりなのに……」
「なに?」
「いえ、何でも!」
「で、なんだっけ? なんか言いかけてたな? 子供の数?」
「な、何でもありません! もう休みましょう! おやすみなさいませ!」
そう言ってリーデルは背中を向けてしまった。オレも眠いし、明日もあるからな。
「ああ、おやすみ」
そう言うとリーデルは肩をびくっとさせ、背を向けたままこう言った。
「も、もう一回。やりなおしです」
「え?」
「おやすみママ、って言ってください。マリアちゃんの前ですよ」
いや、マリアーノちゃん寝てんじゃんと思ったが、押し問答しても疲れるだけだ。
「はいはい。おやすみ、ママ」
「お、おやすみなさい、パパ」
リーデルの生真面目さも良し悪しだな。
オレは苦笑しつつ、頼りになるリーデルの背中を見ながら眠りに落ちた。




