表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主従そろって出稼ぎライフ!  作者: 吐息
~この館では、とある主従が新婚暮らしをしています! ただし呪いの生き人形を添えて~
51/65

『地下倉庫のグロリア』


「坊ちゃん、逃げられる前に!」


資料には風魔法を使って動きを早くしたり、短い距離なら飛んだりもすると書いてあった。


あの小さな体で逃げ回られたら厄介だ。すでに警戒モードに入っている。


逃げられる前に捕まえなければ! と、意気込んだオレが次の瞬間に見たものは。


再びタルの穴に頭を突っ込み、酒を飲み始めるグロリアの揺れる尻だった。


フリフリと振られる尻尾に警戒という二文字はない。


「……坊ちゃん、あの」

「言うな、リーデル。これはアレだ。絶対に飼い主のしつけが悪い」


あのヘビ畜生に続いて、この胴長ネズミもオレを"下"に見ているようだ。


警戒している気配どころか、あざ笑うように揺れ続ける尻。


いいだろう。ああ、いいさ。


そっちがその気なら、手加減はしない。


少しくらい毛をむしっても、悲しいトラブルという事で飼い主には承知してもらう。


オレは首輪を握りしめ、ズカズカと樽に向かって歩き出す。


あと五歩というあたりで、グロリアが穴から顔を出した。


ここが本当の警戒ラインか。


と思いきや。


オレを一瞥したあと、再び穴に頭を突っ込んで飲み始めた。


「……焼いて食ってやろうか。お前のご主人様には最初からいなかったと伝えておくからな?」


オレは油断、いや、ナメくさった胴長ネズミに向かってダッシュする。


挑発するように揺れるシッポへ手を伸ばす。


捕った、そう思った。確実につかんだ、と。


しかしオレの手は空を切った。


わずかなつむじ風を残し、グロリアは一瞬にして姿を消していた。


これが風魔法か!


バッと周囲を見回すも、突如オレの視界が白色で染まる。


「坊ちゃん……あのぅ」

「言うな、リーデル。わかってる」


突如オレの視界を奪った白。


いや、正確には白い何かが目の前を右に左に揺れているだけだ。


「クソが!」


頭の上のグロリアを両手で捕まえようとするが、ぱんっ、といい音だけが響く。


オレのデカい両手を軽々とかわして床に降り立ったグロリアは、スンスンと鼻を鳴らすと今度はリーデルの胸元へ飛び込んだ。


「きゃっ!」


ファスナーが少しだけ下がっていたジャージの首元から、あれよあれよと潜り込んでいく。


「お前もか! しかもヘビ同様に手慣れてやがる! あのお嬢様はペットを湯たんぽがわりにでもしてたのか!?」


両手をあげてワタワタしながら、再びくるくる回りだすリーデル。


「また!? ちょ、ちょっと、この……んんっっ、もう!」


ジャージを脱ぎ捨てるリーデル。


今度は腹ではなく、背中にへばりついている。


フェレットはその口に小さな革袋をくわえていた。


「なんか袋をくわえてるぞ?」

「あ、そちらがフェレットのエサの乾燥果実です。胸元にしまっていたのですが……」


自分の背中に手をまわそうと苦戦しているリーデルが答える。


なるほど、トラップに使うために持ってきたエサの匂いをかぎつけたか。


「坊ちゃん! 見ていないでなんとかしてください!」

「お、おうっ!」


オレはグロリアを背負った形のリーデルに両手を伸ばす。


左右からはさむように捕まえようとするが。


「きゃああ!」

「クソッ! 速い!」


オレの手は、やはりグロリアを捕獲できず、勢い余った手がリーデルの脇腹を捕まえる形になった。


やわらかイっテェ!


「坊ちゃん、またっ! いい加減にして!」

「ワザとじゃねぇ! なんだよ、減るもんじゃねぇだろ!」


胸を触ったとかそんなラッキースケベで開き直ってるわけじゃない! 腹だぞ、腹!


「減らしたいんですよ! 減らしてからだったら触ってもいいですけど!」

「わけわかんねぇ事言うな、それよりあのネズ公は!?」


周囲を見回すと、今度はマリアーノちゃんの頭に乗って乾燥果実をボリボリと貪っていた。


「いやいやー! グロリアちゃんの食べカスがこぼれてくるー!」


上からボロボロと降り注ぐ乾燥果実のカケラ。


悲鳴をあげたマリアーノちゃんがやめさせようと手を伸ばす。


器用にその手をかいくぐり、ボリボリボリボリと果実をかじり続ける腐れネズミ。


こういう場合、愛らしい少女だけには懐くというのがペット枠のマナーじゃなかろうか。


しかしこの胴長ネズミ。老若男女全方向に対しナメくさるスタイルらしい。


「相手を選んで態度を変えないのは立派だと思うぞ? ただし、お前の場合はダメな方向の立派さだ!」


マリアーノちゃんの頭へオレが手を伸ばすものの。


「きゃー!」

「くっ、またか!」


マリアーノちゃんの髪が竜巻のように舞い上がり、グロリアが姿を消す。


「坊ちゃん、あそこに!」


リーデルの声に従って視線を向ければ、最初のタルの上に戻って果実をボリボリやっているヤツの姿があった。


風魔法、厄介すぎるだろ。


「坊ちゃん! これを!」

「お、いいモン見つけたな!」

「ママ、マリアにもちょうだい!」


リーデルがどこからか虫取り網や小さな投網のようなもの、それとカゴを持ってきた。


害虫、害獣を捕まえるために置いてあったものだろうか。


クモがいたぐらいだし、ネズミなんかも出たんだろうな。ちょうどいい。


「よし、今度こそとっつかまえるぞ」


虫取り網を勇ましく構えたオレは二人に目配せをする。


オレ同様に虫取り網を装備したマリアーノちゃんと、投網を持っているリーデルが、タルを囲むようににじり寄る。


二人は手にした得物をしっかり握りしめ、準備万端とうなずいた。


「覚悟しろ、クソネズミ!」


などと威勢よく迫ったオレだが、確たる予感がある。


この戦いはきっと長く、そして悲惨なものになるだろうという悪い予感が。




***




――この地下室に来たのは、朝メシを食ってすぐだったと思う。


明かり取りの格子から差し込む陽光は、すでに赤みかがった夕日になっていた。


「はあっ、はぁっ! 手間ァ、かけさせやがって!」


今、オレの足元には首輪をつけて、大の字になって転がっているグロリアの姿がある。


ピクリともしないが、死んでいるわけじゃない。


「二人ともお疲れさん。大丈夫か?」

「はぁ、ふぅ……ええ。坊ちゃんもお疲れ様でした」

「マリア、つかれちゃったー」


辺りは惨憺たるものだ。


転がったタル。倒れた棚と割れたワインの瓶。


酒の匂いが充満した中、リーデルもマリアーノちゃんも床に座り込んでいる。


全員、髪も服も乱れ、呼吸も荒い。


そんな中、もっとも悲惨な姿なのがオレだ。


ナメきったグロリアに何度も頭に乗っかられ、髪の毛はめちゃくちゃ。


それを捕まえようとしたマリアーノちゃんに、何度も虫取り網をかぶせられ。


リーデルにまとわりついた所を捕まえようとすれば失敗し、代わりにオレはリーデルの手形をほっぺに増やし続けた。


最悪だったのはグロリアを追っかけている最中、クモをとらえていたカゴを蹴っ飛ばしてしまった事だ。


カゴの中のクモごと、見事にリーデルの方へ飛んで行った。


必死の形相で回避したリーデルは、カゴから飛び出したクモを見ると悲鳴をあげて逃げ回り、マリアーノちゃんに助けてとすがっていた。


マリアーノちゃんは、てててっ、と駆け出し虫取り網でクモをさらっと確保。


武勇を誇るようにそれをリーデルに見せようと近づき、再びリーデルが絶叫する。


そんなやりとりを背にしつつ、オレは愚直にグロリアを追い続けた。


急にグロリアの動きが遅くなった。


オレはすぐ原因に思い当たる。いや、実は途中からコレを予想していた。


「グロリア、お前。魔力切れだな?」


それまでどこか飄々としていた顔のグロリアが焦りを浮かべた。


げっ歯類の感情表現には詳しくないが、弱者と強者が入れ替わる瞬間に種族など関係ない。本能でわかる。


「こっからはズル(魔法)無しだ。覚悟しやがれ」

「キュイ……」


ジリジリと間合いをつめていくと、初めてグロリアが声をあげた。


憐憫をさそうような、か細い声。


「坊ちゃん……」


すぐ情にほだされるリーデルがオレを止めた。


いや、違った。


乱れた髪と服のまま、こう言った。


「絶対に逃がさないでください!」


まぁ、そうなるな。


その後は体力で勝るオレの粘り勝ちとなった。


フラフラになったグロリアは、それでも最後までオレに触れさせる事を許さなかった。


最後は魔力切れになったゴーレムのようにパッタリと後ろへ倒れ込んだ。


そこでようやく首輪をつけることに成功し、今に至る。


「敵ながら大したヤツだった。お前との鬼ごっこは二度とゴメンだよ」


オレがグロリアの首根っこをつかんで持ち上げると、マリアーノちゃんが立ち上がり駆け寄ってくる。


「マリアが抱っこしていい?」

「ん? じゃあ、お願いしようかな」


危ないか? と少しだけ迷う。


だが、従属の首輪もつけたし、あれだけ激しい追いかけっこをしても、噛んだり風魔法で攻撃してくることはなかった。


最後の最後までオレたちを、おちょくり倒してきたが、凶暴ではないし危険はないだろう。


オレは差し出されたマリアーノちゃんの両手にグロリアを乗せる。


疲労困憊でグッタリしているグロリア。


大事そうに撫でるマリアーノちゃん。


その優しさが少しでも性悪ネズミに伝わるといいが、そいつは悪い意味で真っすぐな性格だから可能性は低そうだ。


一方でリーデルは散らかった倉庫内を見てため息をついている。


どう片付けるか、どこから手をつけるか? そう考えている表情だな。


オレの部屋に入ってきた時、よくあんな顔をしてる。


「片づけは明日にしようぜ。今日はさすがに疲れた」

「そうですね。お食事もとられていませんし。すぐにご用意します」


昼食も食べ損ねたからな。


メシを食いに行ってる間に姿を消されたら、警戒されて二度と見つからないかもしれない。抗議する腹の虫にはそう言って我慢してもらった。


もっともグロリアなら逃げださず、ずっとタルの上でイビキをかいていそうだが。


「ありがとう。リーデルも疲れてるだろうけど、頼む」


オレが手伝うと余計な仕事が増えると言われているので、こういう時は邪魔にならない事が一番だ。


「……」


しかしリーデルからの返事がない。


どうかしたか? やっぱりメシを作るのは大変だし、今日は抜きでも……。


「ママ! マリアもお腹すいた!」

「ええ。すぐに用意しますね」


ああ、そうか。


グロリアに体力も精神も追い詰められて、さっきまでつい素のやりとりに戻っていたが、オレとリーデルは演技の最中だった。


「オレは大盛で頼むぞ、ママ」

「はい!」


さすがリーデル。プロ意識が高い才女だな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ