『家族会議』
「さて、マリアーノちゃん。パパたちが探しているペットは……あと何匹だっけ、リーデル?」
ヘビも合わせて、全部で三匹だったか四匹だったか。
手元にお嬢様から受け取った資料を持っているリーデルにたずねる。
「……」
しかし対面からの反応がない。
隣に座っているマリアーノちゃんが、首をかしげているあたり、オレの声が届いていないはずもないのだが。
「リーデル?」
「……」
やはり返事がない。
視線すら返ってこない。
けれど怒っている時に無視されているようなチクチクする雰囲気でもない。なんなんだ?
「ママ?」
「なぁに、マリアちゃん?」
しかし隣に座るマリアーノちゃんには反応した。
オレだけを無視? いや違うな。つまりこういう事か。
「逃げたペットはあと何匹いるんだっけ? ママ?」
「三匹です、パパ」
やはり。ママと呼ばなかったから返事をしなかったか。
リーデルもずいぶんと演技に凝るな。真面目すぎるとも思うが頼りになる。
「というわけだ。資料も頼む」
「……」
「ママ、資料を。マリアーノちゃんにも見えるように頼む」
「はい」
手に持っていたイラスト入りの資料をテーブルに並べるリーデル。
頼りにはなるんだが、融通が利かない所はやっぱり面倒くさい。
「どれどれ」
目の前に並べられた出来栄えの微妙な絵。
胴の長いネズミ、六本足の白虎、シッポが二股の黒猫、と判別できる。
「わぁ! みんなお屋敷の中にいるの?」
「そのはずだが。リーデ……ママ、コアで居場所を調べられるか?」
「はい」
リーデルがコアから操作パネルとモニタを出現させる。
この応接室には『パパ』『ママ』『マリアーノ』とネーム付けされた光点がある。
確か最初は『坊ちゃん』『リーデル』『マリアちゃん』だったが……リーデルが気を利かせて変更したのか。
ちなみに『シャーリーン』と『栄光号』は今も玄関ロビーで置物兼番兵となっている。
「現在、コアの侵入探知反応の対象は人型の動体反応のみにしていますが、これを魔力を持つ小動物以上に拡大します」
「ほいほい」
対侵入者モードの検知だと人型以上の検知がデフォルトだ。
ダンジョンも大きくなると勝手に棲みつく獣なんかも出てくる。
そのたびにアラートが鳴っても困ってしまうからな。
今回の場合、魔力持ちの動物に指定すれば、普通のネズミなんかは検知せずにチェツクできる。
魔獣がダンジョンに紛れ込んだときなんかに使う指定だ。
ダンジョンマスターにとって野良の魔物や魔獣は脅威の一つだからな。
「切り替えました。屋敷の中に『小型動物』が一体。『中型動物』が一体。あら? 大型動物である虎のマーキングが足りませんね」
小型はフェレット、中型は黒猫だろう。六本足のデカい虎は大型だろうしな。
「屋敷にいないなら中庭は? ヘピは外にいたろ?」
噴水の修理ができるなら中庭もダンジョンの範囲内だ。当然、検索の範囲内になる。
「そうでしたね、中庭を検索します……いました『大型動物』です」
「とりあえず手の届く範囲に全部いる、か」
森に逃げていったペットはいないらしい。
特別ボーナスはの条件は捕獲コンプリートだからな。命がけにならない程度にがんばりたい。
「さて場所は知れた。あとはどいつから手をつけるかだが」
難易度的にはどれがいいんだ? と考え、それぞれの特徴が書かれた紙を一枚ずつ再確認していく。
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*フェレット『グロリア』ちゃんについて
自身の身に風の魔力をまとわせ、動きを早くしたり少しの距離なら飛んだりできます。
またシッポに風魔力を集めて鋭い刃にする事ができます。
私を襲ったスケルトンの腕を真っ二つにして守ってくれた勇敢なナイトです!
ですが他人を傷つけた事はありませんので、ご安心ください。
・捕獲アドバイス
エサに釣られやすい子なので、同梱の乾燥果物を使っておびきよせて下さい。
乾燥果実はお酒につけてあります(グロリアちゃんはお酒も大好物で、よく私の目を盗んで飲んでいます)。
たくさん食べるとお腹を見せてお昼寝するので、その時が狙い目ですよ!
警戒されると目にもとまらぬ速さで隠れてしまいます。不意打ちがオススメです!
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「ふーむ。酔ったら腹を見せて眠りこけるとか、野生を忘れたペットの鑑みたいなヤツだな。世の中ナメてやがる」
「私達にとっては都合がいいですけれどね」
風系魔力なんて物騒な攻撃手段を持っている点は怖いが、攻撃してこないならただの腑抜けた胴長ネズミ。
エサでおびき寄せた所を捕まえられれば、それはそれで良し。
もし捕獲に失敗してもエサを食べて腹がふくれれば、そこらでひっくり返るイージーなヤツだ。
「体の長いネズミさん?」
フェレットを知らないのか、マリアーノちゃんがイラストを見てたずねかけてくる。
「そう、かな?」
「ふぅーん?」
オレも胴とシッポが長い以外の違いなんて知らん。というか気にした事もない。
「よし、次は?」
「こちらを」
リーデルが差し出したのは、白い虎のイラストが描かれたものだ。
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*六本足の白虎『クリスティーナ』ちゃんについて
私がご挨拶にうかがった時、連れていたキャロライナと双子の白虎です。
足が六本もあり力が強く、足も速いです。
人を舐めるのが大好きです。
舌がザラザラしていて、舐められるとちょっと痛いかもしれません。
・捕獲アドバイス
体はとても大きいですがペットの中で一番人懐っこく、鬼ごっこが大好きです。
追いかけると逃げてしまいますが、こちらが逃げると追いかけてきます。
その習性を利用して、うまく捕まえてください。
好物はお肉です。乾燥肉をたくさん入れておきましたので、よろしくお願いいたします!
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「うーん。相手にしたくない筆頭。シンプルに怖い」
「大きな相手というのはそれだけで脅威ですね」
いくら相手に敵意がないとしても、巨体の虎に追いかけられるというシチュエーションが恐ろしい。
クリスティーナとか名乗っていいビジュアルじゃないだろ。
もしリーデルにジャレつかれて押し倒されたら大ケガしそうだ。
「大きな猫さん?」
「マリアーノちゃんはこの大きな猫さんに近づいたらダメだよ。ぺしゃんこにされちゃうからね?」
「はーい!」
「お。いいお返事」
人形であるマリアーノちゃんがケガをするかどうかはともかく、突き飛ばされてバラバラになってしまう可能性もある。
素直に言う事を聞いてくれる子でパパは大変満足です。
「次は?」
「これが最後になります」
最後と言って差し出された紙には黒い猫が描かれている。
ただし瞳が蒼く描かれ、シッポの先は二股に別れていた。
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*黒猫『タマ』について
私が生まれた日、お祝いにと大魔王様から譲り受けた子猫です。
ずっと一緒に育った姉妹のような存在です。
他のペットたちはタマのいう事は何でもききます。
蒼い瞳で幻覚のスキルを使います。気を付けくてださいね。
・捕獲アドバイス
とっても素直で良い子なので、呼べばすぐに来てくれますよ!
最初に捕まえられれば、他の子たちも集まってくるはずです!
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「……この黒猫。一番、簡単そうに見えて、絶対にヤバいヤツだろ」
こいつだけタマちゃんと呼ばず、呼び捨てにしているのも特別感がある。
あと大魔王様ゆかりの猫という時点で色々と考えてしまう。大魔王様の飼い猫が生んだ子だろうか?
名前を呼べばすぐに来るという事だし、他の二匹もタマに命じてもらって捕まえる事ができそうだが……オレのカンが告げている。絶対にこのネコは一筋縄ではいかないだろう、と。
うまい話にはウラがある。
うまい依頼だったはずなのに、今まさに呪いの生き人形のパシリにされているオレが言うのだから間違いない。
「さて、どいつからいくか」
テーブルの上に並ぶ三枚のイラストを見て悩む。どいつもこいつも相手にしたくない。
「消去法でコイツからだな」
フェレットのグロリア。
エサでおびき寄せる事が可能で、しかも満腹になったら腹を見せて休むという。
体も小さいし、力づくでもなんとかなりそうだ。
「フェレットですか? こちらの黒猫を確保できれば芋づる式にできませんか? ペット達のボスのようですし……あっ、そういう事ですか」
不審な顔をしていたリーデルが急に納得した顔になる。
なんだ? と思っていたらオレの耳に唇を寄せて。
「ペットの回収が早く終わってしまうと、マリアちゃんとの時間が減ってしまいますもの。坊ちゃんはお優しいですね」
「……お、おう。それほどでもない」
好意的に解釈するリーデル。
解く必要のない誤解は解かない、それがオレの処世術の一つだ。
「では、まずはフェレットを。マリアちゃんも捕獲に参加できるアイデアがあります」
リーデルがフェレットの紙を裏返すと絵を描き始めた。
「こういったものを作って、おびきよせましょう」
スラスラと描かれたイラストは罠の図面だった。
図面に起こすほどでもない仕組みと道具で構成されているが、マリアーノちゃんにとっては見た事のない不思議なもののようで、リーデルが詳しく説明している。
ちなみにどんな罠かというと。
「――というわけで、このヒモをひっぱると棒が外れて、支えていたカゴが上から獲物におおいかぶさるんですよ」
「すごーい! ママ、すごーい!」
こんな罠だ。
罠というのもおこがましいが、これで捕まえられたら儲けもの。
リーデルだって半分遊び気分に違いない。
ヒモをひく役目をマリアーノちゃんにやらせたいがための罠だろう。確かにこれならマリアーノちゃんでも参加できる。
「それでは今日中に罠の制作やエサの準備などをしておきますので、明日決行という事でよろしいですか、パパ?」
「お? あ、おう」
さすがにリーデルも呼び慣れてきたのか、パッパパからパパに修正された。
「それで。ええと。そろそろのはずですけれど」
リーデルが話の区切りがついたと息を吐き、コアを見ている。
同時にポンと小さなモニタがコアの上に浮かび上がり『お風呂が沸きました』というアナウンスが応接室に届く。
「……風呂?」
「はい。三人とも濡れてしまいましたから準備をしておきました」
オレが蛇に首輪をつけている間、なにやらコアをいじっていたと思ったが風呂の準備をしてくれていたのか。
濡れていた服もほとんど乾いているが、そういう問題でもないか。
「じゃあ、すぐに入ってきた方がいいぞ」
「パパが先でもよろしいですよ? 一番大変でしたし」
笑顔でそう言ってくるリーデルに、オレも笑って言い返す。
「バカ言え。濡れた奥さんより先に風呂に浸かる旦那がいるもんか」
「……は、はい」
なんでそこで急に静かになってうつむくのか。
と思ったら、ボソリとこんな独り言が聞こえてきた。
「奥さん呼びもいいなぁ」
知るか。あとマリアーノちゃんが不審がるから、自分のこだわりよりも演技を優先しろ。
「ママ、私も一緒に入っていい?」
「ええ、もちろん。さ、行きましょう」
そう言って二人は応接室から出ていった。
その後ろ姿を見て、改めて思う。
「……人形に魔力のガワをかぶせて偽装しているとか、わかっていても信じられないな」
本当に生きているようで。
本当に楽しそうに笑っている。
「望みが叶えばあの子の魂は天に召される。フランソワはそう言っていたが、いっそこのままっていう選択肢も……」
あるかもしれない。
けれど、もしマリアーノちゃんが自分はすでに死人であると悟ったら?
あの幼い魂はそれを受け入れられるのか? それとも狂ってしまうのか?
そんな博打のような結果を迎えるよりも、このままごとを続けた方がいいのだろうか?
「……フランソワに従うか。リーデルの呪いを解いてもらわにゃいかんし」
どのみち、オレのすべき事は変わらない。
なにより、他人の魂の行く末を決める資格もないのだから。




