『大人の事情』
屋敷に戻り、まずは首輪の置いてある応接室に直行する。
濡れた服も着替えたいが、まずは手元のヘビが逃げ出さないように首輪をはめないと安心できない。
「リーデル」
「はい、こちらを」
オレはリーデルから受け取った小さな首輪を受け取り、二股に別れている根本あたりのヘビの首(?)にそれをつけた。
リーデルいわく魔道具であり、依頼人のお嬢様の縫い込まれた髪に彼女の魔力が刻んであるという。
仕組みや理屈はよくわからんが、これでヘビはオレに従属するはずだ。
試しにオレは蛇に命令してみる。
「三周回ってシャーと言ってみ?」
コアテーブルの上でとぐろを巻き、首輪をつけた鎌首をもたげているヘビに向かって命じてみる。すると。
「おお、まわったまわっ……うおっ!?」
三回くるくるっと周った直後、オレの顔ギリギリまで迫ってきて、シャーッ! とやりやがった。
ビビったオレがソファから転げ落ち、マリアーノちゃんが心配して駆け寄ってきた。
「パパ、大丈夫?」
「お、おう、ありがと」
ソファに戻ればヘビは何事もなかったようにコアテーブルの上でとぐろを巻いてのんぴりしている。
果たして今のは命令に従ったというべきだろうか?
「坊ちゃん。期せずして一匹目が確保できたことは僥倖です。そちらの双頭蛇、本来であれば確保する事は難しかったようですよ」
リーデルが数枚の紙を差し出してきた。
「ん、なにそれ?」
「依頼人から頂いた荷物の中に入っておりました。各ペットの特徴です。そのヘビに関してはこちらですね」
その中から一枚の紙が差し出される。
あまり上手ではないが二つ頭の蛇の絵が描かれたもので、細々とした説明もついている。なになに?
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*双頭の蛇『アグネス』ちゃんについて
口から炎と氷を吐き出す蛇の魔獣ですが、害意のない相手に加害する事はありません。
ただし、遊び相手を見つけるとすぐにまきついてきます。
首をしめて窒息させるような事はしませんが、好んで服の中に入ってくるため、その際は転んでアグスネちゃんを潰さないよう注意してくださいね!
*捕獲方法について
女性に懐きやすく、特に子供好きです。
楽しそうな声を聞くと、仲間に入れてほしくて寄ってきます。
対して男性には反抗的です。
自分より鈍い相手と判断すると、触れられない距離まで近寄ったり、挑発的な行動をとります。
逆に手ごわい相手と見れば警戒心が高まり、姿を現さなくなります。
そうなると捕獲は不可能ですので、ご子息様にはうまく弱者を演じて頂き、油断させて捕獲して頂ければと思います!
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「……なるほど?」
オレは双頭蛇ことアグネスちゃんの説明を読んで色々と納得した。
バカにされていると感じたのは気のせいではなかったし、ノロマと思われていたのも間違いなかった。
バカにされてノロマと思われていたのだ。
納得したが納得いかない。
オレはこんな蛇畜生に下と思われていたのだ。今からでも固結びにしてやろうか。
「とは言え一歩前進なのは間違いない。世の中、結果とお金が全てだ」
ラッキーが重なった結果とはいえ、性悪で面倒なヤツを捕まえられた事には感謝しよう。
「パパ。ヘビさん、触ってもいい?」
出会いがしらは驚いて逃げ出したマリアーノちゃんだが、今も非常に気になっているらしく、ずっとソワソワしたままだ。
こんな警戒色バリバリのヘビに触りたいという感性は疑問だが、子供ながらの純粋さというべきか。今もコアテーブルの端に身をかがめて、ジッとヘビを見つめている。
「うーむ。ちょっと待ってね」
お嬢様からの手紙にもあるように、危険はなさそうだが命令はしておく。
「おい、性悪蛇。マリアーノちゃんの遊び相手になってくれ。噛んだり強く巻き付いたりするなよ?」
双頭蛇アグネスはオレの声にピクリと反応した後、テーブルの端でおいでおいでしているマリアーノちゃんへゆっくり進み始める。
舌をチロチロと出して少女に迫る絵面は非常に怖いものがあるが……大丈夫だよな?
「ヘビさん、ヘビさん」
しかしマリアーノちゃんは巨漢でイケメンのオーガに対しても物怖じしない子である。
両手を差し出して迎えようとすると、アグネスはその小さな両手を足掛かりにして、スルスルとマリアーノちゃんの体を登っていく。
「きゃっ、きゃっ!」
しばらくはマリアーノちゃんの小さな体のあちこちにまきついては移動を繰り返していたが、二つの頭をマリアーノちゃんの左肩に乗せ、体は首で一巻きして右肩から垂れさがるという姿勢で落ち着いたらしい。
遠目から見ると趣味の悪いマフラーをしている美少女のようだ。
美男美女は何を着ても似合うというが、さすがにこれをお似合いと褒めるのは何か違うな。
代わりに。
「マリアーノちゃん、重くない?」
「うん、大丈夫だよ、パパ!」
と聞いてみるものの、二つのヘビ頭を撫でる本人は喜んでいるし、撫でられているアグネスも大人しくしている。
子供好きというのは間違いないらしい。マリアーノちゃんのご機嫌が良くなるのであれば、このままでいいだろう。
「ねぇ、パパ、ママ」
「ん?」
「なんですか?」
アグネスの頭を交互に撫でていたマリアーノちゃんがオレたちを見る。
「このヘビさんは、パパとママのお友達なの?」
マリアーノちゃんは、テーブルに乗っているイラストを見てそう尋ねかける。
彼女からすれば突然現れた珍獣だ。
字は読めないようだが、依頼人の描いたイラストをオレたちが持っていたところからそう考えたのだろう。
「んー……」
「ええと……」
ペット回収は後回しにするつもりだったから、マリアーノちゃんに説明するつもりもなかった。
とはいえ仕事と説明するのは少しはばかられる。
仕事でずっと家にいなかった両親に焦がれるマリアーノちゃん。
オレたちは一時ながらも両親代理であり、姉フランソワの友人というポジション。
実はコレもアレも仕事などとは言いたくない。
フランソワからもペット回収は指示されているが、アイツだって優先順位をつけるなら、当然マリアーノちゃんのやりたい事リストが上だろう。
さて、どう言ったものかと考えていると。
「マリアちゃん。ヘビさんかわいい?」
「かわいい!」
唐突な質問をしたリーデルに、マリアーノちゃんが即答する。
「実はそのヘビさん、パパとママのお友達のペットなんですよ。迷子になってしまったので探して欲しいと頼まれていたんです。迷子の子は他にもいるので、これから探さないといけません」
色々と説明不足だし、説明できない部分は端折っている。
しかし子供にとって重要な部分は伝わっていたようだ。
「他にもいるの!?」
他にもペットがいると聞いたマリアーノちゃんは、まさに喜色満面とばかりに満開の笑顔になる。
「ええ、このお屋敷の中でかくれんぼしています。マリアちゃんも一緒に探してくれますか?」
「マリアも一緒に探す!」
仕事ではないとうまく誤魔化してくれたが、マリアーノちゃんに手伝いをさせるのはどういう事だ?
屋敷内をあっちこっち駆けずり回るだろうし、小さな女の子には大変だと思うんだが……そうオレが思っていると、リーデルがそっと耳打ちしてきた。
「坊ちゃん。マリアーノちゃんの"やりたい事リスト"の中に『ペットを飼いたい』『動物と遊びたい』というものがありました。実現不可能項目と思っていましたが、今の状況を利用すれば達成できるでは?」
マリアーノちゃんに見えないように差し出された"やりたい事リスト"には、確かに動物関連のものがある。
なるほど。そういう魂胆か。
オレもマリアーノちゃんが喜ぶことなら歓迎だ。
「他のペットも双頭蛇と同様に人懐っこいようですし、捕獲の際にも危険は少ないと判断します」
オレはマリアーノちゃんの体に巻き付いているアグネスを見て、さきほどの一騒動を思い出す。
「例え毒蛇に噛まれても……生身の子供ってわけじゃないからな」
「……私はマリアーノちゃんをそう考えたくありません」
「オレもさ」
あくまで幼子に見えるだけであって、生身の人間ではない。
最悪ペットに襲われたとしても、フランソワが出てきて色々と都合をつけるだろうと予想もしている。
だからと言って人形扱いを良しとはしたくない。
見た目が幼い女の子で宿る心もそうなら、オレはその見た目通りに接するだけだ。
「あの子が楽しんで一緒に過ごせるように、オレたちがカッコよく捕まえようぜ」
「ええ、坊ちゃん」
リーデルが微笑み、資料の続きを読み上げていく……につれて、ほほえみが苦笑に変わっていく。
「ちなみに全てメスで、男性に対して警戒心が強いそうです」
「あのお嬢様は男嫌いのペットの回収を、どうしてオレにまかせようと思ったのか」
いや、わかってる。スケルトン対策としてのゴーレムマスター採用だった。
愚痴ってばかりでは借金の桁は減らない。なら行動するしかない。
「よし。じゃあ、マリアーノちゃん。パパとママのお手伝いをしてくれるかい?」
「うん! マリアがんばる!」
こうしてマリアーノちゃんをペット回収要員として迎え、早速初めての作戦会議を行う事にした。




