『屋敷からの脱出』
オレとリーデルは冷たいロビーの床が、尻の体温と同じぐらい温まるまで時間をかけて話し合い、なんとか結論をひねり出した。
「よし、整理するぞ」
「はい」
確認の意味も込めて、今後の方針を言葉にする。
「第一目標。この屋敷からの即時撤退。ただし、中庭の骨どもに触られないように」
「はい」
可能ならこれが全てだ。命より大事なものはない。
命は大事に使えば死ぬまで使えるが、一人一個しかないのが玉に瑕だ。
依頼人のお嬢様には申し訳ないと思う。オレをずいぶんと買ってくれていた点は心苦しいが、他人を見る目が節穴だったという事で納得してもらうしかない。
「とはいえ、そうしたくても中庭を抜けるのは厳しい。命がけの博打は打てない」
あんだけ骨どもがワラワラ出てくるとなぁ。
倒したそばから復活してくるし、シャーリーンと栄光号だけではオレ達二人の護衛は無理だろう。うまく敷地外に出る事が出来たとしても、その後も追いかけてくる可能性だってある。
かと言って、坂道を下って人間の街へ逃げ込むというのも現実的じゃない。
リーデルの幻影を使えば人に紛れる事はできるかもしれないが、どのみち人間界から帰る手段はこの屋敷のどこかにあるダンジョンコアでメールを売って飛竜を呼ぶしかないのだから。
どういう状況であれ、オレたちが生還するにはダンジョンコアを確保する事が絶対条件であり、この屋敷の応接室には依頼人のお嬢様が展開したダンジョンコアがある。
コアを使うには設置から24時間が必要だが、すでにそれ以上経過している。加えて持ち込んだ魔結晶で魔力を補充しているという話だから、コアトークなどの機能もすぐに使えるはずだ。
そしてコアさえ使えれば飛竜便も呼べるし――師匠にも連絡がとれる。
「というわけで今回も師匠を頼ろうと思う。まずは応接室に向かって、ダンジョンコアにアクセスする」
「はい」
コアにアプローチ後は、すぐに屋敷をダンジョン化。庭からスケルトンが入ってこられないように扉や窓を物理的に塞ぐ。
マナが足りるなら床も強化して、屋敷内でもシャーリーンが身動きできるようにしたい。
コアに溜まったマナは自由に使っていいと許可はもらっている。どうせオレの懐に入らない魔力なら使わなきゃ損だ。
「師匠ならこんな状況下でも、簡単にオレたちを救い出してくれるだろう。情けない話だが、また半人前の報告になっちまう」
「想定していたスケルトンの数が違いすぎます。仕方ありません」
「聞いてなかった、知らなかった、それですまないのがダンジョン経営だろ?」
「今回はダンジョン経営ではなく、忘れ物の回収依頼ですよ」
「それもそうか。いや、それはともかく、他にも問題はある」
師匠なら必ずこの可愛い弟子を救ってくれるだろう。
ただし。
「すぐに師匠と連絡がとれるかはわからない。家にいる事の方が少ないフィールドワーク派の人だからな。その場合、連絡がつくまで長期戦になると思うけど、持ち込んだ食料ってどれくらいあるっけ?」
「パンや乾物などで三日分です」
「三日、か」
スケルトンに囲まれながらも栄光号が木箱を搬入してくれたおかげで、今日明日、腹を鳴らす事はないようだ。
「良し。まずは応接室行に向かおう。シャーリーンは引き続き重しになって扉を塞いでおいてくれ。栄光号、先頭を頼む」
さっきのように這って移動させるわけにもいかないし、四つん這いになったゴーレムの戦闘力には期待もできない。
ォオォォ……という、どこか物悲しい稼働音とともに、横たわったままのシャーリーンが稼働音で返事をする。
ごめんな。けれど外敵を侵入させてない大役でもある。頑張ってくれ。
一方で栄光号はスカートを軽く摘み上げ、カーテシーというかっこいいお辞儀をした後、オレの前に立った。
この屋敷内では、軽量で高機動型の栄光号が頼りの綱だ。
「よし。目的地はこの上。二階の応接室、バルコニーがあった場所だ。リーデル、行くぞ?」
「は、はい」
少しだけ、返事が遅れたのは……オレと同じ事を考えているからか。
スケルトンに追い立てられて屋敷に侵入したが、例の長い髪の女の子がこれから目指す応接室にいたはずだ。
幽霊なんているはずがない。
アンデッドと違って、肉体を持たない存在なんているはずがない。
だがスケルトンが巣食う屋敷に、ただの少女がいる可能性と比べてどちらが現実的だろう?
覚悟を決める間もなく、先頭に立った栄光号がロビーの中央にある階段を上り始める。
オレとリーデルが横並びでその後ろからついていく。
「骨どもは出てこないな」
「そうですね」
お嬢様の話では屋敷の中でもスケルトンが現れたという話だ。
中庭にはあれだけ現れて、屋敷内に出てこないのは謎だが都合はいい。
今のうちにダンジョンコアを確保できれば先行きも明るい。
階段を登りきると、左右両壁にそって廊下が続いていた。
どちらに向かっても最終的には最奥の応接室にたどりつくようだ。
逆に言うと、応接室に行くには常に最長距離を歩く必要がある。
不便じゃない、このデザイン?
「よし、右から行こう……いや、リーデルはどう思う?」
どちらに進むか判断する選択材料はない。カンだ。
「なんとなく左の方がいい様な気がします」
「よし、なら左だ」
「言っておいてなんですが、根拠はありませんよ?」
「オレ、クジ運悪いんだよ。リーデルのカンに頼ろう。栄光号、左を行くぞ」
愛読雑誌『ゴーレム魂』の巻末懸賞とか一度も当たった事ないからな。毎月買ってるのに。
栄光号が左の廊下に向きなおり先行する。
ずらりとならぶ部屋の扉を横に眺めながら、長い廊下を進むオレたち。
歩くたび、ギシ、ギシ、と音を立てる廊下。
無人の屋敷というは、小さな音でもよく響く。
今の所、オレたちが歩く以外の音は無い。
「急に横のドアが開いて骨が出てきたらヤバい。もうちょっと端にいけ、端に」
「……は、はい。ありがとうございます」
オレがドア側を歩き、逆側をリーデルが歩いている。
このポジシヨンなら、いざという時リーデルの盾になれる。
魔力量の多いオレの方が呪いに対する耐久力があるからな。
呪いなんて雑に言っているが、正確には不死者が生者に触れて魔力を奪いとる際に起きる、様々な症状の事だ。
激痛を伴う事もあったり、快楽を感じる事もあったりと様々だが、なんにせよ精神的に正常な状態ではなくなり、逃亡や戦闘への判断力を損なって無防備になる。
結果、獲物は為すがままとなり、その後はあっという間に魔力を吸いつくされ廃人か、もしくは死に至る。それが呪いと言われる全容だ。
つまりスケルトンへの対処は、最初にどれだけ抵抗できるかが全て。
魔法使いほど抵抗力が高いという実例も多く、それすなわち体内魔力量の高い者ほど呪いに抵抗力があるという説につながっている。
リーデルもそれは知っているので、オレが危険な扉側を歩いても、申し訳ない顔をしながらも異論は唱えない。
リーデル自身、自分が一撃で失神すれば、オレが大変だとわかっているからだろう。
オレの魔力でも耐え切れず一発でダウンしたら笑えない話だが、今はこれが最善だ。
栄光号が廊下のカドにさしかかり、体を隠しながら顔だけを少し出してのぞきこむ。
わずかな時間、様子を見ていた栄光号が問題無いと判断して、カドを曲がっていく。
オレたちもそれに続き、再び長い廊下を歩きだす。
二つ目のカドに差し掛かる。
ここを曲がって、少し行けば応接室だ。
再び栄光号がカドに体を寄せて、顔を少し出す。
メイド服の背中が少しだけ反応した。
身動きせず、ジッと様子をうかがったままの栄光号。
……イヤな予感がする。
ゴーレムマスターの弱点の一つに、状況がヤバそうでもゴーレムとは会話ができない、というものがある。
結局、なにがどうヤバそうなのかはマスター自身が確認するしかない。
こういう悪い予感こそ、よく当たるんだよな。
「リーデル」
「坊っちゃん」
互いにうなずき、オレたちも栄光号にならってカベに体を寄せた。
オレはカドから顔を出している栄光号の頭二つぶんの高さから。
リーデルは栄光号の頭を両手で押し下げ、その上から顔を出す。
そうして皆で一緒にカドの向こう側の様子をうかがう。
廊下の真ん中ほどで立派なドアがあった。あそこが応接室だろう。
「……む」
「……あ」
「……!」
その立派なドアは少しだけ開いており――小さな顔をのぞかせている少女と目があった。
少女はオレたちを見て驚いたのか、大きく目を見開いた。
間違いない。
窓辺に立っていた女の子だ。
「……」
「……」
「……」
女の子は動かない。
想定外の事でオレたちも動けない。
「……」
「……」
「……」
少女が顔をひっこめると、応接室のドアがゆっくりと動き始め、やがてパタンと閉じてしまった。
オレたちも出していた顔をひっこめ、廊下の曲がりカドに座り込む。
「どう思う?」
「……どうも何も、あまりに予想と違う出会い方でしたから。襲っては来ませんでしたけれど……」
積極的な敵対行動はとってこない。
あと、少なくともドアに触れている時点で実体のない幽霊ではない。
じゃあ今度は、あの子がなんなのかという事になる。
「半分冗談で言っていたが、本当に人間の子供が迷い込んでいる、とか?」
「スケルトンに襲われる事もなく、ですか? それに門は鎖と鍵で封じられていましたよ? あの小さな体で鉄柵をよじ登ってきたと?」
「うーん……」
少女への恐怖は薄まったが、謎はますます深まった。
どちらにしろ、オレたちは少女が姿を消した応接室の中に用がある。
あの少女が生身とわかった以上、少なくともケンカで負ける事はない。
こっちの戦力はゴーレム一体、イケメン一人、何でもできるメイドさんが一人。
人間の少女相手には過剰戦力だが、相手の素性と正体は不明のままだ。用心に越したことはない。
見た目が幼いというだけで油断できない存在をオレは二人も知っている。
「よし、行くぞ。接触後の方向性としては、まず対話でお互いの目的を確認しよう」
「万が一、人里の子が迷い込んでいたらどうしますか?」
「……んー。もしあの子が本当に迷い込んでいたなら、ふもとの街の近くまで送ってやろう。もちろん会話が成り立った後、本人の希望しだいだが」
「わかりました」
栄光号を先行させ、応接室の前までやってくる。
「……ノックした方がいいかな?」
「ええと、どうでしょう……」
特殊すぎる状況だ。正解の見当もつかない。聞かれたリーデルも困るわな。
「常識で考えてレディがいる部屋はノックすべきだな。今が常識的な状況とは思わんが」
オレは意を決して、コンコン、とノックをする。
「……」
「……」
しばらく待ったものの。
「返事がない」
「あの子が人間だとしたら、魔族の私たちを見ておびえて震えているかもしれません」
それもかわいそうな話だ。なら早い所、危害を加えるつもりはないと説明してやりたい。
「入るぞ。念のためオレの後ろにいろよ」
「はい」
オレは応接室の豪華なドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
キィ、と軽くきしむ音とともにドアが開いていく。
庭から見えていた大きな窓からは陽の光が差し込み、明るい室内には一見して高価とわかる調度品が多く飾られていた。
中央には大きなローテーブルがあり、それを囲むようにしてソファが配置されている。
「あったぞ。コアだ」
ローテーブルの中央に、黒く丸い石が半分埋まっている。
おや? すでに稼働状態なのか?
お嬢様は設置だけで起動していないはずだが、お金持ちのコアだし、自動で稼働状態に入るとかそんな改造でもされてんのか?
それよりも。
「……お嬢ちゃん?」
応接セットのソファには、横たわっている少女の姿があった。
目を閉じたままで、微動だにしない。
「眠っているのでしょうか。お昼寝、とか……?」
「そんなバカな」
オレの背に隠れていたリーデルが声をあげる。
魔族と目が合ってすぐお昼寝できる?
そんな胆力のある女の子がいるはずない。
オレはおそるおそる声をかけ……ようとして、すぐに気づく。
「いや、これ、人形だ」
「え?」
「さっきの子と同じ服、髪の色だけど人形だ。球体関節人形。ヒジとヒザ、よく見てみ?」
ドレスを着た人形だが、そこから伸びている手足は人のものではない。
「あ、本当に。よく一目で人形とわかりましたね?」
「それくらいはな」
ゴーレムマスターなんて名乗っている以上、類似学ともいえる人形分野に関してもある程度はかじっている。
「ちなみに、体を起こしてやるとまぶたが開くと思うぞ」
「そうなんですか?」
興味を持ったリーデルが横たわっている人形を抱き起こす。
優しくソファに座らせると。
「あ。本当に目が開きました」
「子供の玩具だからな。子守りのママゴトにも対応してるのさ」
「綺麗な瞳ですね」
「その手の人形の眼球はガラス玉が基本だからな。これだけ立派な屋敷の人形なら宝石が詰まってるかもしれんなー」
オレはリーデルの話に耳をかたむけつつも、さきほどの女の子の姿を探す。
広い部屋とはいえ、かくれんぼにも限界はある。
テーブルの下、ソファの陰、窓枠の両端で束ねられたカーテンの中など。
かつて自分がガキの頃に隠れていた場所を思い出しながら、少女の姿を探す。
「……かくれんぼの上手な子だな」
見回す限り、あの子が隠れられそうな物陰や隙間は探しつくした。
例の大きな窓を開けてバルコニーにも出てみたが、そちらにもいなかった。
中庭にいたスケルトンたちは消えていたが、外に出た瞬間、また出てくるだろう。
応接室のドアの所には栄光号が立っているから、オレやリーデルの隙をついて抜け出したということもない。
「どこかの壁に抜け穴があるとか?」
壁にかけられた絵画の裏なども確認したが、そういったものはない。
「リーデル、そっちはどうだ?」
「いえ、見つかりません」
リーデルも同じような事を考えていたのか、物陰などを探しているが空振りだった。
「どういう事だ? 泡になって消えたとでも?」
「さぁ……」
オレはソファに座りこむ。
リーデルも対面に座る。その横には人形が座っている。
目の開いた人形がこちらを見ているようだったので、つい愚痴をこぼしてしまう。
「お前さんがさっきの女の子ってんなら、わかるんだけどなぁ」
けれどさっき目が合った少女は、確実に人間の女の子だった。
驚いた表情をしたからだ。
例えドールマスターが屋敷に隠れていて、この人形を操っていたとしても、顔の表情は変えられない。
「かわいらしい顔ですね。まるで生きているようです」
「腕のいい職人の作だろう。造形技術はウチの師匠といい勝負だな」
「本当に生きているようです。今にも喋り出しそうなぐらいですね」
「お褒めにあずかり光栄だ。世辞でも嬉しいものだな」
「お世辞じゃないぞ」
「ふむ、口の上手いお客人だ。使用人がいれば茶菓子でも差し上げたいが、今は暇を出していてな。無作法、申し訳ない」
「いえ、お構いなく。私どもも仕事で来ておりますから」
「ああ。用事が済んだら出ていく、から……さ……」
ん?
んん?
なんか今、おかしくなかった?
リーデルに目をやる。
リーデルがオレを見て。
その視線をつい、と横にそらした。
視線の先には、物言わぬ人形が座っていて、蒼い瞳が虚空を見上げている。
その蒼い瞳がぐるんと動き、リーデルを凝視した!
「ひっ!?」
リーデルが悲鳴をあげて、ソファから立ち上がろうとするが、人形の手がリーデルの腕をつかんだ!
「どうした、お嬢さん。来たばかりだ。ゆっくりしていくといい。ああ、これは心ばかりの贈り物だ」
動く口もない人形から声が響く。
「ひっ、ぼ、坊ちゃん!」
人形に捕まれたリーデルの手首に絡むように、蒼色の鎖のような模様が浮かび上がった。
「リーデル!」
とっさにオレがリーデルをつかむ人形の腕をとろうとするが、人形の逆側の腕が下から上へ軽やかに動いた。
するとオレの前髪がふわりと下から持ち上げられ、直後、オレと人形の間にあったテーブルが真っ二つに割れてゴトンと折れる。
風魔法!?
しかもこの分厚いテーブルを、無詠唱の風魔法一発で真っ二つだと!?
「座れ、客人。次はこの娘の腕が飛ぶぞ?」
「……ッ」
人形の言葉にオレは従うしかなく、ソファに腰かける。
リーデルの手首に浮き出ち模様を見て不安にかられるが、ここで暴れて人形を破壊してもおそらく解決しない。
アレは多分……呪いの類だ。
「よろしい。では歓談の時間といこう。おっと、少し前の客人には話の途中で退席されてしまったからな」
パチン、と人形が指をはじいた。
すると応接室の床のあちこちから蒼い光柱が立ち上り、それらはメイド服を着たスケルトンとなってドアや窓といった出口を塞ぐ。中庭で見た光景だ。
「格好はメイドだが、あいにく茶を淹れられるものはおらん。不手際、ご容赦願いたい」
顔の変わらぬ人形が、まるで笑顔を浮かべているように見えた。




