『屋敷への侵入』
「先行するシャーリーンの後ろにオレ。オレの後ろにリーデル。栄光号は木箱を持って最後尾だ」
「はい」
リーデルがうなずき、その後ろに小さな木箱を抱えた栄光号がつく。
「リーデルはオレの背中に手をあてながら周囲を警戒。何かあればすぐに教えてくれ」
背後の様子というのはなかなか把握しづらい。
万が一、魔法やトラップでリーデルが声をあげられない状況になった場合でも、これなら背中に触れている手から異常を察する事ができる。
「シャーリーン、鉄門にかかっている鎖を頼む」
シャーリーンの大きな腕が観音開きの鉄扉に絡んでいる鎖と錠前をつかんだ。
太い鎖だが錆びて赤くなっていたそれは、シャーリーンが軽く引っ張っただけでボロボロと崩れていく。
長い間、この扉を開けて中庭に入った者がいない証だ。
もっとも、依頼人のお嬢様のように直接庭に降り立った侵入者は別だがな。
「よし、シャーリーン。行くぞ」
鉄柵門を両開きにして、シャーリーンが敷地内に侵入する。
「出てこないな」
「出てきませんね」
中庭に踏み入った瞬間、ドバッと骨どもがでてくるのではないかと身構えていたが、そういう事もなさそうだ。
「行くぞ。手、離すなよ」
「はい」
屋敷へ向かってまっすぐ伸びる舗装された歩道を、オレたちは一歩、また一歩と警戒しながら進んでいく。
途中、中庭の真ん中にある大きな噴水の所にたどりつく。
そこで噴水を囲むように道が左右に分かれ、丸いロータリーとなり、再び道が一つになって屋敷にまっすぐ伸びている。
オレはシャーリーンの肩越しに前方を見つつ、首を振っては左右も見つつ、背中に触れているリーデルの手の感触を確認しながら、枯れた噴水の横を通り抜けた。
屋敷まであと半分。
キッチリと閉まっている屋敷の扉を見て、そのままなんとなしに二階へと視線をあげた。
いくつかある窓のうち、二階正面にあるバルコニーの大きな窓が目に留まる。
「ん?」
オレは目をこらす。
「んん?」
ジッと目をこらし、さらに指でごしごしと目をこすった。
「……」
いる。
「すー……はー……」
深呼吸して、もう一度見る。
いるぅ!
いや、まだ早い。取り乱すのはまだ早いぞ。
オーガ族限定で起きるなんか不思議な目の錯覚という可能性だってある。
「……リーデル」
「はい」
であれば、ここは常に冷静で怒りっぽく、クールな湯沸かし器のメイドさんにも確認してもらおう。
オレは背にあてられていたリーデルの手をとり、ずいっと前に突き出す。
「な、なんですか?」
「あそこ。ほら、二階のバルコニーのとこに大きな窓あるよな? よーく見てくれ」
「はい?」
オレが指す先にある、大きな窓を見るリーデル。
「バルコニー? あそこに何……が……」
合ったな?
今、目が合ったな。
「ぼ、ぼぼ、坊ちゃん……ッ」
「落ち着け。あそこからオレたちをどうこうできるはずない……と思う」
距離だけ見れば、はるか先にアレは立っている。
そう。
窓に手をべったりついて、ジッとこちらを見ている少女との距離はまだまだ遠い。
長い髪の間からのぞく目は……なんか蒼く光ってる。
どう見てもまっとうなお嬢さんじゃない。
だが、アレがオーガだけではなくサキュバスハーフエルフに対しても有効な幻覚の可能性もわずかに残されている。いや、ぜひともそうあってほしい。
だがそれを確かめる気はさらさら無い。
「リーデル」
「坊ちゃん」
対スケルトンのエキスパートなゴーレムマスターと、付き従う優秀なメイドさんが視線で意思疎通をする。
オレが手を伸ばすとリーデルがその手をつかむ。
そのまま引き寄せ、軽い体を抱き上げた。
普段ならこんなバカな事をすれば張り手でも飛んできそうだが、リーデルもオレの首に腕を回して自分の体をガッチリと固定する。
「逃げるぞ!」
「はい!」
スケルトンが相手ならゴーレムマスターの面目躍如だ。
だが、これは話が違う。
お化けを苦手とするオレたちは、その場で反転。すぐさま中庭の出口へと引き返す。
「やっぱりうまい話には裏があるんだよ! お化け屋敷攻略は料金のうちに入ってない! 帰ったら真面目にコツコツとダンジョン経営再開だ!」
「はい!」
しかし、それまで静かだった中庭に異変が起きる。
地面のあちこちが無数に蒼く輝き、そこからスケルトンが這い出てきたのだ。
メイド服を着ている者と使用人服を着ているものが大半だが、鎧をまとった者もいる。
「陽の光が苦手ってのはただの噂だったか! シャーリーン! パンチだ! 栄光号も応戦!」
オォォオォ!
オレたちに近寄ってきたスケルトンたちを、シャーリーンが質量と表面積をいかしたデカい拳で粉々にする。
「よしっ! やっ……てないよね! やっぱりね!?」
地面に転がった骨たちはバラバラになったものの、すぐにその場で蒼い光に包まれて、元の姿になって立ち上がる。
一方、栄光号は右手で木箱を頭の上にかかげ、左手でひるがえるスカートをつまみ上げながら、ひざ蹴り、跳び蹴り、回し蹴りでスケルトンの頭を狙ってかっ飛ばしていた。
頭蓋骨を失ったスケルトンは、カクンと力が抜けてその場にへたりこんだ。
「おお、えらい器用だな」
師匠の所からオーバーホールされて帰ってきた栄光号は、御覧のように余ったリーデルボディに換装されているが、あきらかに市販の性能ではなくなって帰ってきた。
きっと表に出たらダメな技術とか、表立っては見えないようにしてあるパーツとか追加されてるに違いない。
だが、オレは何も知らされていないし、知るつもりもない。
いざとなったら、師匠が勝手に全部やりました! と真実を語るだけだ。
「シャーリーンみたいに破壊すると再生されちまうが、ああやって頭を吹き飛せばイケるか?」
栄光号の非合法な脚線美により頭蓋骨を失ったスケルトンたち。
しばらく地面にへたり込んでいたものの、飛んで行ったはずの頭蓋骨がその足元に湧き出てきて、それを拾い上げると頭を戻してまた襲い掛かってくる。
「飛んで行った頭が戻ってくるのはズルくない!?」
単体火力ではこちらが有利だが、やはり多勢は無勢に勝る。
このままではいずれ囲まれ、オレやリーデルにも骨の手が伸びる事は必至だ。
スケルトンなどの不死者は、生者に触れる事で相手の魔力を奪う。
そして周囲にはこれだけの数のスケルトン。
オレはそこそこの魔力量を自負しているし、それなりに耐えられるだろう。
だがリーデルは危ない。
いや、危なくなくても、危ない目に合わせるわけにはいかない。
「ちっ、しゃーない! 近場のピンチより、遠目のお化けだ! もしかしたら人里から遊びにきて屋敷に迷いこんだ目が光るだけの女の子かもしれない!」
絶対にありえないだろう希望を口にして自分を騙し、迫ってくるスケルトンから逃れるようにオレは屋敷へとダッシュする。
「坊ちゃん! まさか屋敷の中へ!?」
オレに抱っこされたままのリーデルが血相を変える。
「リーデル。お化けが怖いか?」
「……ぼ、坊ちゃんと一緒なら怖くありません!」
「そうか! 良かった! オレは怖い! もし出てきたらリーデルが相手してくれ!」
「もうっ!」
オレの首をぐいぐいと締め始めたリーデルを無視して、栄光号に指示を出す。
「栄光号! 先行して屋敷の扉をあけて中へ入って警戒態勢! シャーリーンは殿に変更! 行くぞ!」
最後尾で無双していた栄光号が、近くのスケルトンの頭を踏み台にして跳躍した。
スカートをひるがし空を跳んで囲みを抜け、華麗な着地と同時に屋敷に向かってダッシュ。
あっという間に屋敷の扉にたどりつき、そのままの勢いで扉を蹴り開けた。
「よし、栄光号でかした! リーデル、舌かむなよ! シャーリーンも全力機動だ、付いて来い!」
「きゃっ!」
リーデルを落とさないように強く抱きしめて、オレは全力で走り出す。
スケルトンたちから逃れるように蛇行しつつも、無事に屋敷内へたどりついたオレは背後を振り返る。
最後尾のシャーリーンも、追いかけてくるスケルトンを大きな拳で粉砕し、腕や肩を砕け骨の破片で飾りながら屋敷の中へ入ってきた。
「シャーリーン! ドアを閉めろ!」
屋敷に三歩ほど踏み込んだシャーリーンが、ドアに向き直ろうと勢いよく振り返った時。
ミシリ。
という音が聞こえた、そう思った瞬間。
「げ」
今度はドゴン! という派手な音とともにシャーリーンの足元の床が抜けてしまい、一気に腰まで埋まってしまった。
ゴーレムは重いほど強い。
昨今、技術の進歩により古臭い考え方という向きもあるが、ゴーレム界隈では基本思想でもある。
そしてシャーリーンの重さは、その古い浪漫を体現するものだが、残念なことに屋内での運用を想定していない。そりゃあ床も抜けるわ。
なんとかはい出そうと床に手をかけるシャーリーンだが、その超重量を引き上げようとする腕の負荷に耐え切れず、さらに床の穴が広がってく。
その様相、まさにアリジゴクのはまったアリさんのごとく、だ。
開け放しのままの玄関、その向こう側からは多くのスケルトンが追いかけてきている。
「くっ、やばいやばいやばい! 栄光号! ドアを閉じろ!」
スカートをひるがえし、埋まったシャーリーンの肩に手をかけ、軽やかに乗り越えて玄関に向かう栄光号。
あわや、という所まで迫っていたスケルトンたちだが、栄光号が素早く扉を閉めて鍵をかけた。
さほど力は強くないが、ドン、ドンと、骨度どもが扉を叩く音がする。
栄光号が扉を押さえているが、いずれ破られそうだ。
こちらは最新鋭のゴーレムらしく流行に乗って軽量タイプなので、シンプルな重し役としてはいささか心もとない。
オレはすぐにシャーリーンに駆け寄る。
魔力は自動で補充するシャーリーンだが、オレは手をあて過剰に魔力を補充した。
ォオオォオオ!
瞬間的なブーストを得たシャーリーンが、全身を駆動させ、なんとか床から抜け出すことに成功。
「シャーリーン、体を扉にくっつけて開かないようにしろ! ゆっくり動けよ。雑に動くとまた底が抜けるぞ!」
シャーリーンは赤ん坊のように四つん這いになって扉まで移動すると、その巨体を押し付けて扉が開かないように寝転がった。
栄光号だけでは扉がガタガタと揺れていたが、今やビクともしない。
シャーリーンの重さは比較にならないからな。やはりゴーレムは目方の重さこそ本質だ。
しばらくは扉を叩く音が続いたが、ビクともしない扉に諦めたのか、それとも脳みそのない空っぽの頭では、オレたちの事を覚えていられないのか。
殴打の音は次第に少なくなっていき、それもやがて途絶えた。
「とは言え、外に出たらまた出てくるよなぁ」
危急は去ったが、虜囚にされてしまった。
どうしてこうなってしまったのか、とため息しか出ない
「うまい話って、やっぱりないんだなぁ」
「坊ちゃん、ご無事ですか!?」
「ご無事だけどなー。さて、これからどうするか」
オレはリーデルとともにロビーの床に座り込み、作戦会議を始めた。
以降、週末更新予定となります。
どうぞよろしくお願いいたします。




