がっつり食いつく商人とその理由。
果実とマンドラゴラを一本だけ持って、オレとリーデルは人間の街へとやってきた。
例の大通りに到着すると、前回世話になった商人がいないかどうか視線を回す。
「お、あれじゃないか」
「あの方、周辺が空いているからわかりやすいですね」
込み合った大通りゆえ、目立つ事この上ない。
手をつないだまま、オレ達は商人の元に挨拶に向かう。
「あの、おはようございます」
リーデルがよそ行きの声で挨拶をし、オレも頭を下げる。
前回はたまたましゃべる機会がなかったが、どうせならば年相応に口数を少なく、なんなら一切無言という方が自然かもしれないと事前に打ち合わせしている。
よってオレは今回も無口で可愛らしい少年だ。
「おや。来ましたね。さ、座りなさい」
挨拶をされて振り返った商人はオレ達を見て微笑んだ。
あの時の言葉は本当で、歓迎してくれるようだ。
前よりもさらに大きめの布が敷いてあり、商人はもともと寄せてあった商品は動かさず、空いている場所にオレ達を誘った。
並べていく果実を見て、商人はうなずく。
「ちゃんと採りなおした物ですね。みずみずしい。良い事です。古くなったもの、傷んだものを商えば小銭になるかもしれませんが、いつか大金を手にするために必要な信用を得られませんから」
商人というとガメつい印象があるが、このふとっちょ商人は言葉一つ一つから誠実さを感じる。
本人が高級品を扱っている大金を手にした商人なわけだから、その言葉も重いものがある。
もっとも、オレ達としては後々の信用より、目先の小銭の方が重要ではあるが、それはともかく。
タイミングを見てまずこの商人にマンドラゴラの買い取りを打診してみようと、リーデルとは事前に打ち合わせしていたが、もう今でもいいかもれない。
「……」
「……」
オレは無言でうなずき、リーデルもうなずき返すと、胸元からハンカチに包まれたマンドラゴラを取り出した。
あ、オレが踏んづけたヤツじゃないぞ。アレは昨日リーデルが水で洗って、部屋の中で陰干しされてる。
「あの……これ」
リーデルが遠慮がちに商人に声をかける。商人もあえてハンカチで包んできたものが何かと興味をもったのか、どれどれと目を向けたが、すぐにその目を大きく見開いた。
「これ、見つけました……どこか高く売れませんか。手数料、ちゃんとお渡しします……」
自分たちでは売るアテがない、または適正な価格がわからない。
そういった事を暗に示しつつも、つまり自分たちはコレが高価なものであると認識しているからはした金ではだまし取られないぞ、とリーデルは語っている。
だが商人はそんな事を一切聞いていないようで、リーデルよりもさらに小さな声、かつ急かすように。
「もとのようにしまいなさい。こんな所で出してよいものではありませんよ」
すぐに周囲を見回し、リーデルを見ていた者がいない事を確認すると胸をなでおろす。
なに? そんなに高く売れるの?
「本来、商人として他の商人の品物の出どころを尋ねるのは、褒められたものではないのですが……それをどこで?」
「森で。近くの森に生えていました」
「ふむ。ありえない、とは言い難いですね。実際にモノがあるわけですし……」
本物と疑っていない上で、森に生えていたという事は疑問に思っているようだ。一目で本物と見分けられるほどの観察眼があるんだな。
「それは魔力の強い場所でしか採れないものです。それこそ魔族が住まう、森や海などに自生すると言われています」
「そうなんですか……?」
きょとん、と見た目相応に、わたしよくわかりません、といった演技でうなずくリーデル。
「あの森もそれなりに魔力が漂っている場所ですが……生えているとしても、せいぜいモドキの方ですね」
おお、モドキちゃん知ってるのか。
その上で、一目で本物と見分けられるというのもスゴい。いや、モドキだったらこうして持っている事はできないか。
「ええと、その……」
話が脱線しかけたのでリーデルが、そわそわする仕草を見せる。
「ああ、申し訳あません。買い手には心当たりがあります。間違いなくこの街で最高値をつける商人です」
「本当ですか? その方はどちらに?」
「ええ。貴方がたの目の前にいるでしょう」
この展開は予想していた。
問題はこの商人が本当に高値をつけているのか、判断できないという事だ。
「……」
リーデルも同じ考えに至っているだろうし、商人もリーデルが聡い子だと理解しているので、先周りで説明を始めた。
「別の品であれば勉強も兼ねて色々な商人をまわり、買い取り値を聞き比べてからの売却を勧めますが……」
リーデルの胸元にしまわれたマンドラゴラに視線をやった商人は眉をひそめる。
「そのような高価で希少な物を幼子が持ち歩いている、という事が周知される事は危険です。商人の誓いなどなんの担保にもなりませんが、互いに最高の利益になる事は約束します。私に売ってくださいませんか?」
……なんだか。
お金だけが目的、マンドラゴラで得られる利益だけが目的、という雰囲気でもない気がする。
真摯、誠実、そういった雰囲気はもともとあったが、今の商人には必死さをも感じる。
「……情にほだす、というのは私の商売人としての矜持が許さないのですが……」
無言になってしまったオレ達に売却を拒否されると感じたのか、商人は身の上を語りだした。
「私はそれなりに大店の主です。正直言えば、駆け出しの商人たちが集まるこの場所では場違いですし、疎まれもしていますが……」
あちらをご覧なさい、と言われてオレ達は商人が指した先を見る。
かなり傷んだ旅装の男が、わずかばかりの品を小さな、それこそハンカチほどの布に置いていた。
「流れの者はごくまれに希少な品を持ちこみます。ああいったものは、直接買い付けなければ手に入りません」
「あれは貴重な物なのですか? あんなに小さな場所で売っているのに?」
「そうですね。あの布であれば必要な税は銅貨一枚。最低額の税金ですが……」
布が小さいという事は、それだけ持ち合わせがないという事だろう。その上にのっかる品が高価とは思い難い。
「あちらにある最後の小瓶の錬成水。あの錬成度であれば金貨一枚を出しても良いですね」
「金貨ですか……え、最後? というのは?」
もともと一本の可能性もあるだろうと思ったが、商人は自分の懐をポンポンと軽く叩く。
「あちらより質の良い錬成水が他に四本もありましてね。私が買い取らせていただきました。全て買い占めるのは仁義にもとるので、泣く泣くあの一本だけはあきらめました」
「ちなみに質の良かったものの……」
「値段ですか? それは秘密ですよ」
ふふふ、と商人はふざけて笑う。
「ともかく、このような幸運にありつくには、自分の目で探さなければなりません。そして今日のような最上の幸運が重なる日は私の一生でもう二度とないでしょう」
「そこまでしてこちらが必要ですか、お金に困っているわけではないようですけれど」
リーデルが単刀直入に聞く。
「はい。私の妹を助ける為に必要なものが残り二つ。一つは極上の錬成水。これを得るまでに三年かかりました。」
胸元にしまい込んでいる瓶をなでる。
「そして最後……こちら関してはいつ手に入るかもわからないほどに希少な品でした。妹の命が尽きるまでに手に入るかどうかもわからない。目にする機会すら無いかもしれないと思っておりましたが」
もうダメだ。ここまで聞いてしまっては売買成立だ。
もしこれが全部ウソで、オレ達からマンドラゴラを買い上げる為だけの即興の作り話だったというのなら、逆に拍手したいほどの演技力だ。
しかしオレよりもシビアなリーデルはどうだろうか。このメイドもこれで悪魔のような演技派だからな。真偽はどうかと、疑り深い目を向けているに違いない。
そう考えてリーデルを見てみる。
切れ長の目をいつもより細めていた。商人の話の真偽をはかっているんだろう。
と思っていたら、その細い目からぼったぼった涙を流していた。
「あ、ぅぁ、そ、それは、たいへん、でした、ね……」
なんかもう胸元に手を入れて、マンドラゴラを包んだハンカチを取り出している。
……ま、いいか。
差し出されたマンドラゴラを大事そうに受け取った商人は、深く頭を下げた。
「代金はこちらで。決して大きく開けないで下さいね」
商人は懐から取り出した、手のひらほどの紙に包まれた何かをリーデルに渡す。
オレがそれに目をやって、リーデルがゆっくりと開くと。
「……白銀貨」
「価値はわかっていますね?」
「銅貨十枚で銀貨、銀貨十枚で金貨、金貨十枚で白銀貨です」
「よろしい」
は?
どうなんだ、これ、適正価格なのか?
かなりの大金だと思うが、そんなポンと出てくるものか?
いや。この商人、本当に掘り出し物を見つけるために通ってたんだ。
それで、いざという時に買えないでは困るから大金を持ち歩いていたと。
なら、やっぱりウソはついていないのかな。
「私は、今日はもう店じまいです。今日得た幸運を、すぐにでも薬師様の元に持っていきたいので」
「薬師様……お薬を作ってもらうんですか?」
「その通りです。それがうまくいけば、もうここに来ることはなくなるかもしれません。ですが貴方達の事は根回ししておきますから、いつでも果実を持って売りに来ても大丈夫ですし、あるいは……」
商人はリーデルが懐にしまった白銀貨を見据えて言う。
「小さな店を間借りして、屋根のある場所で商売をするのも良いでしょう。もしそのつもりがあれば、この街で一番大きな屋敷に来なさい。私はそこにいます」
オレ達が親なし家無しと察しての発言だろう。しかもこの街一番のお金持ちだったらしい。
「ありがとうございます」
「いいえ。互いに利のある取引でした。帰路、くれぐれもお気をつけなさい」
こんな子供が大金を持ち歩いているのは危険だ。
そんな危険な大金を渡してしまう商人もどうかと思うが、金を稼ぐためにきているわけだから難儀な所である。
オレは考える。リーデルも同じことを考えているだろう。
オレはこちらを見てきたリーデルにうなずく。
「あの……実は……」
リーデルが小声で立ち上がった商人に伝える。
「あと二本、あります……」
「なっ!?」
高価な指輪やら腕輪を包んだ布を盛大に取り落とし、商人がまたも目を剥く。
横に大きい商人が小刻みに震えながら、小柄なリーデルに「ほ、本当ですか」と迫る様はどうにもいかがわしい。
「それも私に売ってくださいますか? ええ、もちろん金額はさきほど同じ、いえ、状態次第ですが、今回のものと同じ極上品であればさらに上乗せも……」
などとリーデルの肩をつかんでゆさゆさしだしたあたりで、それをとがめる仕事をする方たちが登場した。
「ついに正体を現したな悪徳商人! 加えてまさか幼女趣味だったとは!」
赤毛の不良騎士が遠くから駆け付け、商人をリーデルがひきはがし、ついでとばかりに商人の腹の肉をグリグリしていた。
「い、痛いです! 私は何もしていませんよ!」
「不貞の輩は皆そう言うんだ! お嬢ちゃん、大丈夫か! お兄さんが悪者をやってつけてやるからな!」
太い商人と引き締まった騎士では争いにすらならないが、はたから見ればじゃれているだけのようにも見える。騎士もこの商人が本当に何かをしでかしたとは思っていないのだろう。
遅れてやってきた金髪の騎士が、またやっているのか、と呆れた顔をしたのもつかの間。
「おや、君達は……あれから無事だったかい?」
オレ達を見てその安否を案じてくれた。森での邂逅の事だろう。
「おかげ様で果実もたくさん採れました。あと、この商人さんは場所を貸してくれました。ひどい事をしないでください」
「ああ、うん。大丈夫だよ。彼らは仲が良くてね。すぐケンカするんだ」
金髪の騎士が苦笑して視線を向けた先では、赤毛の同僚がなおも商人をいじめている。
「なんだ、今日はもう店じまいか? ちょうどいい、オレ達も今日はもう上がりなんでな! 一杯付き合え! 今日は負けねぇぞ!」
「き、君達! 私は明日もここにいますから、またお会いしましょう! 騎士様、私は今日大事な用事ができてしまいまして!」
「用事のない奴は皆そう言うんだ!」
連行されていく商人がそう叫ぶ。金髪の騎士も仕方ないな、とオレ達に軽く手を振った後、騒がしい二人の後ろをついていった。
「……なら、明日も来るか」
「そうですね」
リーデルとうなずき合い、さて帰るかという所で思い出した。
「リーデルのパン!」
「……覚えていましたか」
お前、覚えていたのに言わなかったね? そういう所、よくわからんのだけど、パン嫌いとかじゃないだろ?
「別に私、痩せていませんから。今のままで大丈夫です」
なんだか急にツンツンするリーデル。
メシの話になると。なんか機嫌が悪くなるんだよなぁ。
「いや、痩せてからじゃ遅いんだって。お前が倒れたらオレ一人じゃなんにもできないからね? 事の重大さってのわかってる?」
リーデルは無責任すぎる。
一人では何もできない、オレのか弱さをもっと知っておいて欲しい。
「もともと細いお前がさらに細くなったら、マッサージどころじゃないぞ?」
「坊ちゃん、もう一回」
「なに?」
「今のところもう一回。よく聞こえませんでした」
「マッサージどころじゃない?」
「違います」
「いや、違わなくないぞ。今でもなんかポキっと折れそうなくらい細いし。特に腰とか中身入ってんのかって思うんだが……」
「パン買っていきましょう! お店はあちらにありましたね!」
「お、おう?」
いきなり機嫌が良くなったリーデルが、オレの手をぐいぐい引っ張って歩き出した。
なんかというか精神が安定しないような気がする。躁鬱というか。やっぱりダンジョン経営で長期間人間界にいると、リーデルぐらいのシッカリ者でも不安定になってくるのだろうか。
いや、きっとメシが足りてなかっただけだ。
たくさん食べさせて、すこしでも大きくなったらちゃんと誉めてやろう。
そんなわけで、今回こそはしっかりとパンを買ってから帰路についた。
いざ買うとなるとリーデルはじっくりと選んでいた。どうせ食べるのならば、おいしいものを、と。
アレがいいかな、やっぱりコッチがいいかな? と、パン屋の中をウロウロと行ったり来たり。
「食べたいもの全部買えばいいじゃん? 甘いの好きなんだろ?」
と言ったら親の仇のような目でにらまれた。
「いいですよね。オーガ種は。食べたら全部筋肉になるみたいですし」
「いや、それは……」
言われてみれば腹の出たオーガとか見た事ないな。いや、そう断言できるほど同族に知り合いがいるわけじゃないが、少なくとも運動不足を自覚するオレでも腹は出ていない。
オレこそ、オーガは食っただけ筋肉になるという説の生き証人ではなかろうか。
「そうかもしれない。気にした事すらなかったからなぁ」
「……」
またもすごい目でにらまれた。オレなんにもしてないじゃん、何だってんだ畜生。
結局、白パンをリーデル消費換算で三日分くらい購入。それ以上は傷んで味が落ちるそうだ。
それとは別に、はちみつがたっぷりかかった小さ目のパン、甘い果実が挟んであるパンなど、色々と買っていた。いい事だと思うぞ。甘いモノは肥えやすいそうだから、どんどん食べて欲しい。
そうして、現在、森に向かって歩いているのだが。
「ん―……」
どーにも気になる事が一つある。
背後からの尾行者である。
リーデルは抱えたパンに気を取られていて感づいていないようだが、数人の男どもがついてきているっぽい。
商人とリーデルは用心して取引していたが、あの商人が慌てた所を見ていた者なら、何かしらあったと推測できるだろう。
大商人が大事な商品を取り取り落とす。例えば、それほどのお宝の取引があった、とかね。
となると、今、オレ達の後ろからついてきている奴らは、まっとうな人物ではない。
子供達が森に入っていくのを見とがめて、心配でついてきているなら、まず声をかけてくるだろうしな。
ふーむ、と何かいい手はないかと考えて、すぐに思いついた。天才ではなかろうか、オレ。というわけで、オレは手をつないでいるリーデルに大きめの声をかける。
「お姉ちゃん、きのこ、見に行こうよ!」
「ひぁっ!?」
急に大きな声をかけたせいか悲鳴をあげてしまうリーデルだったが、きょとんとした顔をこちらに向けつつ。
「ぼ、坊ちゃん、もう一度」
突然呼び掛けたせいで内容が伝わらなかったか。もしかして尾行者にも聞こえてないといけないから、改めて大きな声で同じことを繰り返す。
「お姉ちゃん! きのこ! 見に行こうよ!」
「……お、お姉ちゃん……」
今までに見た事ないような、ふわっとした表情を浮かべるリーデル。なにこの反応、大丈夫?
「リーデル。尾行されてるぞ」
オレは小声になり、いつもの声色でリーデルに緊張をうながすと、すぐに真顔になった。
「確かですか」
「まず間違いない。商人とのやりとりを見て尾けてきたって事は、まっとうでない奴だと思うが」
良くてスリ、悪くて強盗、というところだろうか。
「明日も街に行く予定だしな。片づけられるならそうしたい」
「森に引き込んで力づくという事ですか?」
「いや、どこに目があるかわからん。自滅してもらうつもりだ」
「……ああ、それで」
リーデルもオレの言いたいことを理解したらしい。
少し大きめの声で「きのこ、見て帰りましょうね!」と自然な口調の演技をした。
そしてダンジョンへの最短距離ではなく、ぐるぐるっと回り道をしてマンドラモドキちゃんの所へやってきた。
二人して近くに座り込み、決して刺激をしないようにしながら。
「もう少し大きくなったら街に売りにいきましょうね!」
リーデルの演技が冴える。不自然な大声だが、幼い弟に言い聞かせるような雰囲気もあるし、尾行者たちも、子供に気付かれているとは思っていまい。
オレたちはマンドラモドキさんを囲んで少しの間だけ様子を見て、再び歩き出した。
これでもなお尾行してくるようであれば、オーガパンチをお見舞いするのもやぶさかではない。
その際は、オレたちの正体を吹聴されても困るので……アレな感じになってしまうのだが、正直やりたくない、臆病者的な意味で。
オレとリーデルは、この手の荒事に慣れていないからな。
絶対的な種族の差があろうと、精神的な面や戦いの経験というのは種族差を凌駕する。
でなければ人間の冒険者にやられる魔族がいるはずがないからだ。
しかし不幸中の幸いというのだろうか。オレ達をつけてきた足音と気配はなくなった。
「子供を襲うほどの非道でもなかったか」
「小銭をくすねるスリや詐欺師、そのあたりでしょうか」
ならこの後は自己責任だ。マンドラゴラを見つけたという夢が、実は悪夢だって気付くといいがな。
――返済期限まで七日




