ん? 空からやってくるアレは……?
翌日もオレ達は人間の街へ向かっていた。
今回、果実の持ち込みは無し。マンドラゴラだけを売却して、とっとと帰って来る予定だ。
というのも、あの商人が昨日の言ったように白銀貨二枚で残りの二本のマンドラゴラを買い取ってくれるというのであれば、今回必要な返済金額が達成となるからだ。
昨日の夕食の後。手に入れた白銀貨を手元に置きながら、リーデルがコアトークを介して色々な所に買い取り額を聞いた結果、マンドラゴラの人間界における相場としては金貨三枚から五枚。よって一本を金貨十枚相当の白銀貨で買い取りというのは破格だった。
加えて支払いに使われたこの白銀貨にも付加価値があった。
実は流通数が少なく、金貨十枚を持っているからといってすぐにどこかで両替できるというものでもないらしい。
恒常的に大金を扱うような富裕層、もしくは商人でなければあまり手にする機会もないという。
ゆえに人間界に生業を持つ魔人で、大金を扱う者などからすると白銀貨は金貨十枚以上の価値があるそうだ。それを持っているだけである程度の金銭的信用を得られるし、使い道も多いのであればあっただけ困る事はないそうだ。
要するに魔界では、非常に高額でやりとりされている、と。
銅貨や銀貨が扱いやすいから人気があって、金貨は扱いくにいから不人気なのに、その上の白銀貨はまた人気があるというのは、ちょっと金貨がかわいそうだな。
ちなみにさらに上に白金貨というものあるらしいが、こちらは貨幣とは名ばかりで市場には流通していないらしい。
国からの勲章などにつく副賞みたいなもので、一般人の換金は難しいとの事。
ただ、それゆえに、前述したようなお貴族様とかが、我が家には何枚の白金貨があってうんぬんみたいな自慢話に使えるらしく、うまく現金化できる伝手があるならコレも一攫千金だろう。
だが出どころも不明な白金貨を、初見の人物からに買い入れるわけもないので、もしオレ達が入手してもやっぱり金に換えるのは難しい。まぁ、手に入れる機会もないだろうけどね。
「ふっふっふーん」
色々といい方向の偶然が重なった事もあるが、リスク覚悟で人間の街で出入りした甲斐はあったな。
あとは通販で注文を受けた、足りていないぶんの果実を採取したらオサラバだ。
トラブルもあったが、結果から見ると幸運に恵まれたダンジョン経営だったなぁ。
「坊ちゃん、ご機嫌ですね」
「そうだなー。予定通りどころか、予定より早く帰れるってんだからな。やっぱり慣れない暮らしってのは大変だ」
「窮屈な思いをさせてしまって申し訳ありません」
「いやいや。リーデルが謝るのはおかしい。ウチの親父の不手際でリーデルに余計な苦労をかけてるんだ。リーデルがいなかったら本当にやばかった。というか、リーデルは生活環境変わっても平気なんだな?」
「……ぼ、坊ちゃんのいる場所が私の居場所ですから」
「真面目だねぇ」
別にオレが雇っているんじゃなくて、あくまで雇用主の親父がリーデルにオレの面倒を頼んでいるだけだ。
もちろん、リーデルもそれをわかっていて言ってくれているんだから、それをココでオレが言うのも野暮だよな。
「いつも感謝してる。これからもよろしく。オレにできる事があれば言ってくれな?」
「朴念仁には無理ですよ」
「なに?」
「お耳の掃除も今度して差し上げましょうか? さ、先を急ぎましょう」
街に近づき、リーデルがオレの手を握ると、オレたちの姿は幼い姉弟となった。
***
約束通り商人はいつもの場所に布を敷き、オレ達を迎えてくれた。
そして残り二本のマンドラゴラを確認すると白銀貨二枚、さらに金貨五枚を上乗せしてくれた。
商人にとって必要な薬は一人分だけではないらしく、もしまた見つける事ができたら是非にも譲ってほしいと頼まれた。金貨五枚の上乗せは心づけだという。
次などありえないが、わざわざそれを言ってもらえる金貨を断る理由もない。
オレ達はそれをありがたく頂戴した後、すぐにダンジョンに戻ろうとしたのだが……その後がまずかった。
手をつないだまま森に入り、ダンジョンまであと少し。
滝と湖が見えたあたりまできて、面白いものを見た。
湖のしげみを所定位置としているアルファアイ、黒い方のアイちゃんが姿をあらわし必死に触手を振ってオレ達を出迎えたのだ。
こんな事は初めてだったが、なかなかに愛嬌のある動きだ。
ここまで来ればつないでいる手をはなしてもいいだろうと、オレがリーデルから離れようとした寸前。
「君達、下がれ! 魔物がいるぞ!」
昨日、尾行してきた素人とは違い、まったく気配も物音もしなかった。
背後から飛び出してきたのは、金髪と赤毛の騎士の二人組だった。
オレ達の前に颯爽と現れて剣をアルファアイに向けた方が赤毛の騎士、金髪の騎士は周囲を警戒しつつオレ達を守るように側につく。
「あ、あの、騎士様方、なんでこんな所に!?」
リーデルが驚きながらも、離れかけていたオレの手を握りなおし、いつもの子供口調で問いかける。
「なに。例の商人殿から頼まれてな。君たちがどこに住んでいるのかはわからないが、今日だけは送ってやってくれと。大金を持っているとかぎつけた悪人がいれば、襲われてもおかしくない。何もなければ我々は黙って戻るつもりだったが……」
金髪の真面目騎士が答え、赤毛の騎士がアルファアイから目を離すことなく言葉をつなぐ。
「目玉野郎か。あれは監視や警戒の魔物のはずだが、見た事もない色だ」
希少種だからな。奥に行けば目を疑うような色をしたもっと珍しいのがいるぞ、紹介するつもりはないが。
「交戦は避ける。子供達を連れて街に戻るぞ。見張りの魔物がいるという事は、このあたりはすでに危険領域の可能性が高い」
「了解、相棒。いっそ抱き上げていくか? その方が早いぞ」
一応は金髪の騎士の判断に赤毛の騎士が従い、赤毛がまずい事を言う。
リーデルはともかく、オレは触れられるだけでもヤバい。
何かないか?
何か、何か、何か?
考えもまとまらないうちに、金髪の手がオレに伸びる。
「あ、どうした!?」
赤毛の騎士の声が響く。
見ればリーデルが駆けだしていた。向かう先はアルファアイの方向。
リーデルはオレに目配せする。注意を引くために走ったか?
ならばオレも別方向へと走り出す。
リーデルから離れたため、あとどれくらい幻惑効果が続くかわからないので、必死に走る。
「む、止まりなさい!」
金髪の騎士の手が届く寸前で、身をかわし……仕方なく滝の方向へとオレは走る。
そして滝の後ろ、見えない洞窟の入り口で待機している『栄光の架け橋号』に命令を送る。
とにかく早くコッチへ走れ、と。
「なに!?」
『栄光の架け橋号』が姿を現し、オレへと向かってくる。
金髪の騎士の場所からだと、滝の中からゴーレムが現れたように見えて、さぞ驚いた事だろう。かろうじて洞窟の入り口は見えていないはずだが。
「止まれ、危ないぞ! 止まれぇ!」
金髪の騎士の切羽詰まった声。
ゴーレムに子供が潰される、そう思っての絶叫だった。なんか申し訳なくなってくる。
オレは『栄光の架け橋号』のわきをすり抜けて洞窟へ駆け込んだ。
事態を把握して慌てているのか、わちゃわちゃと触手を動かしているベータアイの横も走り抜け、すぐさまダンジョンコアを起動。アルファアイの視界を確認。
すると赤毛の騎士から、いまだうまく逃れているリーデルの姿がある。
縦横無尽に飛んだり跳ねたり、おお、すげぇ、一瞬で木に登ったぞ。
重い鎧を着込んだ騎士ではさすがに木登りは無理で、下から声をかけている赤毛の騎士。
「『栄光の架け橋号』、リーデルのもとに向かって、赤毛の騎士にけん制!」
金髪の騎士と対峙していた『栄光の架け橋号』が向きを変え、リーデルの登った木へと向かう。
赤毛の騎士も『栄光の架け橋号』の接近に気付いたらしい。
狙いが自分と判断したのかリーデルから離れ、二人の騎士は合流して剣を抜いた。
「攻撃してこないな?」
『栄光の架け橋号』とにらみ合う二人の騎士。しかし彼らが動く気配はない。
そもそも剣でゴーレムの相手は厳しい。ならばさっさと撤退するべきだと思うが、オレとリーデルがいるから見捨てて逃げられないという所だろうか。
もしくはゴーレム一体ならば、今の二人の装備でもなんとかできるという自信があるのか?
「うーん。どうしたものか」
何か打開策がないとリーデルはあの場に釘付けだし、オレも出るに出られない。
そんな中、状況を切り開くものが空からやってきた。
かなり大きめの飛竜、そして背に乗せた巨大な木箱。
「……シャーリーン! 戻ってきたか!」
しかし事前の知らせは特になかったが……と、あらためてコアを見ると昼過ぎあたりに師匠からのメールが届いていた。
すぐに内容を確認すると『最終テスト、今終わったから速達で送るよ。ボクの伝手で最も速い飛竜便が空いていたからすぐ届くと思う。解説書は同封してあるけど、聞きたいことがあれば夜にでもトークを。ボクはこれから寝るよ』と淡々とした文章だった。
文面からうかがえるのは、何日徹夜したんだろうという事くらいだ。
しかし師匠もいろんな伝手を持ってるな。やっぱり長生きしてそうだ。
オレの歓喜とは真逆に、騎士達はその大きな羽根が生み出す轟音と突風に身じろぐ。
腰を落とし臨戦態勢を崩さないようにするのがやっと、という所だろうか。
なんならこの飛竜に騎士達をやっつけてもらいたいくらいだが、もちろんそうはいかない。
飛竜便に使われている飛竜というのは、だいたいが前線で負傷したり、加齢により戦闘力が落ちた個体だ。それでもなお高価な使い魔であり、故意に損害などを与えれば、責任を追及される事もある。
むろん、現状のように届け先がすでに戦闘になっている場合は、無理やり着地して荷物を下ろすのか、出直すのかは遠隔操作してる竜騎士の判断しだいではあるが……。
飛竜は荷物を背に乗せたまま、リーデルと騎士達のやや上空を旋回し始めた。
「ああ……速達って言ってもんな、師匠」
無理をして飛竜を傷つけたくない、しかし速達扱いなので再配送というのも避けたい、そして受取人として指定してあるだろうオーガの姿が見えないので、旋回して探している、と。
歴戦の竜騎士も速達料金という枷に縛られて安易な撤退もできない。オレも借金さえなければこんなところにいない。金というのは本当に恐ろしい。
しかし、危険度はいまから盛り上がろうとしているわけで、もし竜騎士が安全をとって撤退してしまうと、再配送でいつ戻ってくるかもわからない。それはオレが困る。ならば多少の危険はあっても無理やりに受け取るのが最善だ。
オレは洞窟から頭を下げ姿勢を低くして走り出し、森へと入り込む。
そしてオーガの巨体を騎士達の視線から隠すように、木々に紛れながら飛竜に向かって手を振った。
飛竜もオレを見つけて、くるりと首をひねり向かってくる。
木箱は落としてもらって、即座にシャーリーンを展開する。
つもりだったが、飛竜の動きを見た騎士達が、良い方向に勘違いしてくれた。
「降りてくるか! 相棒、これは無理だ!」
「……仕方ない、別れて撤収! かならず姫様に伝えろ!」
「おう、悪くない相棒だったぞ!」
「こっちは苦労してばかりだったがな……いつかまた会おう!」
そうして騎士達は二手に分かれて森へと撤退していった。
「……ああ、なるほど」
すでに相手どっている『栄光の架け橋号』に加えて、飛竜が参戦となれば戦いにすらならないと判断し、出直してくるという判断はわかる。
二手に分かれたのは、どちらかが狙われても、オレ達という子供が危険な場所にいるという事を、姫様に知らせて救助に戻ってくるため、というわけか。
しかも互いにどちらかが死ぬ事を前提としている。
「カッコいいなぁ。オレにはとてもできない」
もしオレがああいう状況になったら、誰かの為に身を挺したりできる自信はない。そもそも同僚とか戦友とか、いないんですけどね。
「ま、オーガ種ですからね。だいたいは相手が逃げてくださるので生きやすいです。オーガに生まれて良かった良かった」
騎士達が撤退したのをみとめ、飛竜がゆっくりと降りてきた。
シャーリーンの帰還に、オレは諸手を挙げて出迎えた。
――返済期限まで七日




