第十二話:暇を持て余す
向島君との模擬戦から数日後。
私たちは何の問題もなく、平和な日々を過ごしていた。
それはもう、ラクライールの宣戦布告が無かったかのように。
「何か、このままだと駄目な気がする」
「平和な場所で生活してるから、感覚が麻痺しそうなんだよなぁ」
まるで、魔王なんていう脅威が嘘で、そんなものが無いと思えるほどだ。
普通なら、すでに旅立っているはずの向島君たちが、現在進行形で未だにこの城に居るのも、奴ーーラクライールの宣戦布告のせいである。
「鷺坂ぁ。模擬戦しないか?」
「却下。後始末、私たちに押しつけておいて、よく言えるよね」
「あの時は悪かったって」
あの後、演習場はみんなで直しましたよ。ええ、みんなで。
「それで、何作ってるんだ?」
「時間が掛かりそうなもの」
そうは言うけど、ぶっちゃけると『暇潰しのためのお菓子作り』です。
暇潰しのためだけに、っていうとアレだが、スペースの都合もあって、厨房の一部を借りましたよ。
「ほらほら、手伝うならまだしも、邪魔になるから、さっさと出て行く」
「はいはい」
あっさり出て行くのが引っかかるが、今の私には好都合なので有り難い。
「なぁ、嬢ちゃん」
「何ですか?」
休憩中の料理長が声を掛けてくる。
「あの勇者の兄ちゃんと仲が良いように見えるが、恋人だったりするのか?」
「…………はい?」
思わず、作業する手を止めてしまった。
つか、料理長の言う『勇者の兄ちゃん』って、向島君のことだよな? 桐生君の可能性もあるが、この場に居たのは向島君だったし。
「同年代なので、一緒に居るだけですが」
「さっきの兄ちゃんのことだぞ?」
「そうでしょうね」
流れ的に見てもそうでしたし。
そもそも料理長、貴方は何の用で声を掛けてきたんですか。
「それで、何でそんな質問を? もしかして、娘さんか知り合いのご令嬢が、彼に惚れましたか」
じゃないと、話を振ってきた理由が分からない。
けど、そうなると……一緒に居るクリスさんたちは大変だろうなぁ。
そう考えながら、作業を続行する。
「いや、俺に娘は居らんよ。息子なら居るがな」
「そうだったんですか」
「それに、知り合いがあの兄ちゃんに惚れたなんて話も、聞いた覚えが無ぇしな」
「はぁ……」
だったら、何故あんな質問をしてきたんだ?
もし、今までの言動で恋人同士に見えていたのだとしたら、何かヤバくないか?
「うーん……」
それでも、考え事しながら手を動かしていたためか、
「嬢ちゃん。随分、器用な真似しとるなぁ」
と料理長に言われたことに気づかなかった。
☆★☆
目的のものも出来たので、手にしたまま城内を歩いていく。
ちなみに、誰かにやるつもりはない。
「で、結局ここに来たわけだけど」
ここというのは、ラクライールと遭遇した、あの中庭である。
「……」
嫌なこと思い出した、と思いながら、作ったクッキーを口の中に入れる。
そして、ついでにクッキーの入っているケースに伸びてきた手を叩く。
「くくっ、よく気づいたなぁ。榛名ちゃんよぉ」
「今日は何の用だ。ラクライール」
伸びてきた手の先から上へと見ていけば、黒髪赤眼の男が笑みを浮かべていた。
「この前とは違って、青褪めたりはしないんだな」
「一々、あんたに会う度に青褪めてなんかいられないっつーの」
「確かにな。俺としても、それはつまらん」
「それで、本当に何の用だ。襲撃しに来たなら、私にちょっかい出す必要は無いだろ」
こいつの標的は桐生君たちのはずなんだから。
「今回は気まぐれと暇潰しだ。だからーーその剣を収めないか? ノーウィストの騎士様とイースティアの勇者様」
ラクライールの言葉通り、ウィルと向島君が奴の首に剣を向けていた。
「襲撃予告をしておいて、呑気に敵とお喋りとは、随分余裕なんだな」
「余裕? まさか。正直、イースティアの勇者一行まで来るとは思っていなかったが……」
ラクライールがこっちを見る。
「他国の勇者まで呼ぶとは、相当、運が良いみたいだな。ノーウィストの勇者様は」
「その口、今すぐ閉じろよ、ラクライール。氷漬けか丸焼きか。どちらを選ぶ?」
「おー、怖い怖い」
大げさなリアクションするが、仮にも勇者二人にも囲まれてるっていうのに、本当、こいつは余裕そうだよな。
「けどまあ、どれかを選ばないといけないっつーのなら……っと」
何か答えようとしていたラクライールに何かが振ってくるのだが、楽々と避けやがった。
「おいおい、自国の勇者様を巻き込んでまで、俺を仕留めたかったのか?」
「その前に、その子を離してくれない?」
ララとクリスさんが魔法を放ったのは分かったけど、さすがというべきか、周辺への被害が少なかった。
ラクライールが居た場所が焦げているのを見ると、威力を集中させていたのが分かる。
「後ついでに、その手にあるものもね」
ちゃっかり、私のクッキー入りのケースまで確保してたしな。この魔族。
「はいはい。ほら」
「……」
とりあえず、受け取るが、あまりにも素直に返してきたから、疑ってしまう。
「ああ、そうだ。そいつ、美味かったぞ。じゃあな」
最後にそう言うと、この場から去っていった。
「結局、何しに来たんだ? あいつ」
「さぁ……?」
だから、ウィルの呟きのような質問にも、答えることは出来なかった。
けれど、この時の私はうっかりしていた。
この中庭には大きな木があり、最初にラクライールが来たあの日のように、鷹槻君が木の上に居て、それが定位置になっていることを知らなかったのだ。
「勇者……?」
だから、そんな呟きとともに彼が私を疑い始めたことも、勇者だと知ったことも、私は気付きもしなかった。




