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期間限定勇者は  作者: 夕闇 夜桜
サーリアン国・王都~王都近郊編
12/50

第十二話:暇を持て余す


 向島(こうじま)君との模擬戦から数日後。

 私たちは何の問題もなく、平和な日々を過ごしていた。

 それはもう、ラクライールの宣戦布告が無かったかのように。


「何か、このままだと駄目な気がする」

「平和な場所で生活してるから、感覚が麻痺しそうなんだよなぁ」


 まるで、魔王なんていう脅威が嘘で、そんなものが無いと思えるほどだ。

 普通なら、すでに旅立っているはずの向島君たちが、現在進行形で未だにこの城に居るのも、奴ーーラクライールの宣戦布告のせいである。


鷺坂(さぎさか)ぁ。模擬戦しないか?」

「却下。後始末、私たちに押しつけておいて、よく言えるよね」

「あの時は悪かったって」


 あの後、演習場はみんなで直しましたよ。ええ、みんな(・・・)で。


「それで、何作ってるんだ?」

「時間が掛かりそうなもの」


 そうは言うけど、ぶっちゃけると『暇潰しのためのお菓子作り』です。

 暇潰しのためだけに、っていうとアレだが、スペースの都合もあって、厨房の一部を借りましたよ。


「ほらほら、手伝うならまだしも、邪魔になるから、さっさと出て行く」

「はいはい」


 あっさり出て行くのが引っかかるが、今の私には好都合なので有り難い。


「なぁ、嬢ちゃん」

「何ですか?」


 休憩中の料理長が声を掛けてくる。


「あの勇者の兄ちゃんと仲が良いように見えるが、恋人だったりするのか?」

「…………はい?」


 思わず、作業する手を止めてしまった。

 つか、料理長の言う『勇者の兄ちゃん』って、向島君のことだよな? 桐生(きりゅう)君の可能性もあるが、この場に居たのは向島君だったし。


「同年代なので、一緒に居るだけですが」

「さっきの兄ちゃんのことだぞ?」

「そうでしょうね」


 流れ的に見てもそうでしたし。

 そもそも料理長、貴方は何の用で声を掛けてきたんですか。


「それで、何でそんな質問を? もしかして、娘さんか知り合いのご令嬢が、彼に惚れましたか」


 じゃないと、話を振ってきた理由が分からない。

 けど、そうなると……一緒に居るクリスさんたちは大変だろうなぁ。

 そう考えながら、作業を続行する。


「いや、俺に娘は()らんよ。息子なら()るがな」

「そうだったんですか」

「それに、知り合いがあの兄ちゃんに惚れたなんて話も、聞いた覚えが()ぇしな」

「はぁ……」


 だったら、何故あんな質問をしてきたんだ?

 もし、今までの言動で恋人同士に見えていたのだとしたら、何かヤバくないか?


「うーん……」


 それでも、考え事しながら手を動かしていたためか、


「嬢ちゃん。随分、器用な真似しとるなぁ」


 と料理長に言われたことに気づかなかった。


   ☆★☆   


 目的のものも出来たので、手にしたまま城内を歩いていく。

 ちなみに、誰かにやるつもりはない。


「で、結局ここに来たわけだけど」


 ここというのは、ラクライールと遭遇した、あの中庭である。


「……」


 嫌なこと思い出した、と思いながら、作ったクッキーを口の中に入れる。

 そして、ついでにクッキーの入っているケースに伸びてきた手を叩く。


「くくっ、よく気づいたなぁ。榛名(はるな)ちゃんよぉ」

「今日は何の用だ。ラクライール」


 伸びてきた手の先から上へと見ていけば、黒髪赤眼の男が笑みを浮かべていた。


「この前とは違って、青褪(あおざ)めたりはしないんだな」

「一々、あんたに会う度に青褪めてなんかいられないっつーの」

「確かにな。俺としても、それはつまらん」

「それで、本当に何の用だ。襲撃しに来たなら、私にちょっかい出す必要は無いだろ」


 こいつの標的(ターゲット)は桐生君たちのはずなんだから。


「今回は気まぐれと暇潰しだ。だからーーその剣を収めないか? ノーウィストの騎士様とイースティアの勇者様」


 ラクライールの言葉通り、ウィルと向島君が奴の首に剣を向けていた。


「襲撃予告をしておいて、呑気に敵とお喋りとは、随分余裕なんだな」

「余裕? まさか。正直、イースティアの勇者一行まで来るとは思っていなかったが……」


 ラクライールがこっちを見る。


「他国の勇者まで呼ぶとは、相当、運が良いみたいだな。ノーウィストの勇者様は」

「その口、今すぐ閉じろよ、ラクライール。氷漬けか丸焼きか。どちらを選ぶ?」

「おー、怖い怖い」


 大げさなリアクションするが、仮にも勇者二人にも囲まれてるっていうのに、本当、こいつは余裕そうだよな。


「けどまあ、どれかを選ばないといけないっつーのなら……っと」


 何か答えようとしていたラクライールに何かが振ってくるのだが、楽々と避けやがった。


「おいおい、自国の勇者様を巻き込んでまで、俺を仕留めたかったのか?」

「その前に、その子を離してくれない?」


 ララとクリスさんが魔法を放ったのは分かったけど、さすがというべきか、周辺への被害が少なかった。

 ラクライールが居た場所が焦げているのを見ると、威力を集中させていたのが分かる。


「後ついでに、その手にあるものもね」


 ちゃっかり、私のクッキー入りのケースまで確保してたしな。この魔族。


「はいはい。ほら」

「……」


 とりあえず、受け取るが、あまりにも素直に返してきたから、疑ってしまう。


「ああ、そうだ。そいつ、美味かったぞ。じゃあな」


 最後にそう言うと、この場から去っていった。


「結局、何しに来たんだ? あいつ」

「さぁ……?」


 だから、ウィルの呟きのような質問にも、答えることは出来なかった。


 けれど、この時の私はうっかりしていた。

 この中庭には大きな木があり、最初にラクライールが来たあの日のように、鷹槻(たかつき)君が木の上に居て、それが定位置になっていることを知らなかったのだ。


「勇者……?」


 だから、そんな呟きとともに彼が私を疑い始めたことも、勇者だと知ったことも、私は気付きもしなかった。


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