第十話:約束のための準備をする
「それで、本当に戦うつもりか?」
ウィルが尋ねてくる。
向島君と模擬戦とはいえ、戦うと言ったためか、心配そうにこちらを見てくる。
「彼らに知られたくないんでしょ? それなのに、やるの? 彼女にも怪しまれてるっていうのに」
今度は、フィアーナ殿下が尋ねてくる。
「エレンシア殿下に関しては、大丈夫じゃないかな。今はララとクリスさん、レアちゃんだけじゃなく、栗山さんも一緒だし」
魔法使いな面々は、今は魔導演習場に居るが、剣とか扱えないわけじゃないし。
ちなみに、フィアーナ殿下がこっちにいるのは、こっちの方が人が多い上に私たちがいるからだとか。
それに、流血沙汰になっても、即座に治療できる人が一人ぐらいは居た方が良いから、というのもある(なお、もう一人の治療担当でもあるレアちゃんは「なら、私は……あちらの、担当ということで」とあちらに行ってしまった)。
「時間稼ぎが上手いって言うか、何て言うか……」
今は、向島君とアスハルトさんの二人が、桐生君たちの相手をしている。
向島君からは「約束、違くない?」と視線で訴えられたけど、今は無視します。
「鷺坂ぁ。お前も話してないで、訓練に加われよぉ」
そう言いながら、吾妻君がこっちに来た。
「そうは言うけどさ。私と君たち、得意分野違うじゃん」
私は剣より魔法の方が得意だが、彼らは魔法より剣の方が得意なはずだし、第一、そんな私がここに居るのは、向島君との約束があるからだ。
「だったら、栗山たちの方に行けば良かったんじゃね?」
「私、剣より魔法が得意だってだけで、剣が使えないとは一言も言ってないよね?」
「じゃあ、俺たちの相手ぐらいしろよ。お前、そんな素振りすら無ぇじゃねーか」
「ごめんごめん」
吾妻君には苦笑して返すけど、剣より魔法が得意な私でも、剣は扱えるし、桐生君たちよりは強い方だと思うんだけど。
「まぁ、時間が有れば加わるし、相手をするかもね」
「絶対しないだろ、それ」
疑いの目を向けられるが、知らない振りをする。
「そうだなぁ。じゃあ、イースティアの勇者様と戦ってみようか」
「……いきなり勇者と戦うとか、飛躍しすぎじゃね?」
「まあ、模擬戦とはいえ、使うのは真剣じゃないから、ぎりぎり勝てるんじゃない?」
それでも、ぎりぎりじゃなく、今回は向島君が勝つと思うんだよなぁ。私が延ばしに延ばしてるから。
「鷺坂が戦う気なら文句は言わんが、俺たちに対して言ってるなら、かなりの無茶だぞ」
「もちろん、分かってるよ。あんなに翻弄されてたら、勝てるとは思わないだろうし」
「悪かったなぁ。翻弄されてて」
私が吾妻君(たち)の立場だったとしても、後に召喚された勇者が、先に召喚されていた勇者に勝てるとは思えなかっただろうし。
事実、私と向島君の召喚時期は私の方が早かったとはいえ、元の世界と行き来していた私よりも、ほとんどこの世界にいた向島君の方が、実力が上がるのは当たり前で。
「……うん?」
つまり、私が向島君に勝てた理由は魔法による部分が大きい、ってこと?
「こうなったら、絶対に意地でも勝ってやる」
「ああ、頑張れ。応援してやるよ」
吾妻君、そう言ってくれるのは有り難いけど、引かないでくれるかな。
あと、隣でウィルとフィアーナ殿下が顔を背けて、小さく肩を揺らしていたから、もうここまでにしておこう。
「じゃあ、木剣取ってくるから、向島君が来たら、そう言っておいて」
「ああ、分かった」
吾妻君に伝言を頼みつつ、剣などが置かれている用具室に木剣を選びに行くのだがーー
「これも、何か違うなぁ」
こうして木剣を探していると、召喚された最初の頃を思い出す。
「……やっぱり、真剣にするべきかなぁ」
「別に、真剣同士にしてもいいんだけど、多分、そっちが困ることになるよね?」
「っ、びっくりしたぁっ!?」
呟きに返事があって驚いて振り返れば、向島君が居た。
「何で君まで、こっちにいるかなぁ。木剣、持ってるじゃん」
「確かに持ってるけど、鷺坂って剣より刀派じゃん」
「いや、否定はしないけど」
現に私は剣と刀の二刀流が出来なくもないが、基本的に使うのは剣だ。
今だって、勇者装束からの着替えついでに持ってきた剣を帯剣はしているけど、これは念のためだし。
「だから、これ」
「あれ、木刀?」
向島君に渡されたのは、木刀だった。
「この前、イースティアに戻ったときに見つけてさ」
「ああ、そういうこと」
向島君の召喚国でもあるイースティア帝国は東にあるためか、東方の国からのものが入って来やすい。
そして、この世界での『刀』は東方の国からのものなので、入手するには、どうしてもイースティア帝国に行かなくてはならなくなる。木刀も同様に。
「けど、問題ないよ。木剣で相手するから」
「そっちがそれで良いなら良いけど、負けても文句だけは言うなよ?」
「そっちこそ。私に魔法の使用を許可したこと、後悔させてやる」
二人して、ニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、向こうで待ってるからな」
そう言って去っていく向島君を見送り、私も木剣選びを再開させる。
「……やっぱ木剣、壊れない方が良いよね」
それでも無茶な使い方をするのは、簡単に予想できるから。
「結局はこれか」
ノーウィストから、ずっと持ってきていた木剣。
騎士団長さんから試しにと渡されたものだったけど、何故か馴染んでしまったから、持ってけ、と言われたものでもあるんだよなぁ。
「……無理させるかもしれないけど、頼むよ」
そう木剣に言うと、用具室から向島君が待っているであろう演習場に出て行った。




