第68話 戦いの後
静寂が戻った王都に、レオンの低い声が響いた。左手の震えを隠すように、彼はゆっくりと立ち上がる。
「……終わったか」
クラリスは杖を杖代わりにして体を支え、瓦礫の山となった街並みを見渡した。誇り高かったアステリア王国の景色は、人工魔族の暴走によって無残に引き裂かれている。
「終わった……みたいだけど。でも、王都がこんな……」
やり場のない喪失感が漂う中、レオンたちの目の前の空間が、水面に石を投げたかのように波打った。そこから、何事もなかったかのような足取りでキャロルが、そしてその隣に、険しい表情ながらも確かな足取りのアルガスが現れる。
「終わったみたいだね。……いい戦いだったよ、みんな」
キャロルのいつもの飄々とした声に、一同の緊張がわずかに解ける。レオンは彼女の姿を確認し、短く息を吐いた。
「キャロル……。騎士団長も無事か」
「ああ、少しばかり、古い友人に騙されていたようだけどね」
キャロルの言葉が終わる前に、エレナが弾かれたように駆け出した。
「お父様!!」
「エレナ……! 無事だったか」
アルガスは駆け寄ってきた娘をしっかりと抱きとめる。その視線は、愛娘の無事を確認すると同時に、友を失い、拳を握りしめたまま動かないジルヴァの背中へと向けられた。
「……ジルヴァ、フェリス。済まない。私の不徳が、ガルドスを……あのような結末に追いやった」
アルガスの沈痛な声が、夜風に混じって響く。王都は守られた。しかし、その代償はあまりにも大きく、残された者たちの心に深い影を落としていた。
ジルヴァは泥を払うようにゆっくりと立ち上がった。その瞳には、先ほどまでの激昂ではなく、静かで冷徹な覚悟が宿っている。
「いや……ガルドスが悪かったわけじゃねぇってのはわかった。今は、それで十分だ」
友が裏切り者としてではなく、誇り高き騎士として、何者かに抗いながら逝った。その事実だけが、今のジルヴァの心を辛うじて支えていた。
「そうだな……。あいつの誇りまで汚させるわけにはいかん」
アルガスは短く応じると、すぐに騎士団長としての顔に戻った。
「生存者を捜索する! 騎士団員、私に続け。市民の安全を最優先に確保するのだ!」
騎士団長の号令とともに、生き残った騎士たちが瓦礫の街へと散っていく。
一人、また一人と大人が持ち場へ向かう中、ジルヴァはレオンたちに向き直った。
「ガキ共。……よく戦ったな。ガルドスのことも、礼を言うぜ。ありがとな」
不器用な、だが心のこもった言葉に、レオンは短く「ああ」とだけ返した。余計な慰めは、今のジルヴァには不要だと分かっていたからだ。
「みんなよくやったよ。今日はもう休むといい。王都のことは大人に任せておいてさ。……僕の弟子を、これ以上こき使うわけにはいかないからね」
キャロルの優しい、だが有無を言わせない言葉を聞き、クラリスは「そうさせてもらうわ……」と力なく呟いて、その場に力なく座り込んだ。白炎を出し尽くした彼女の体は、もう限界だった。
「いや、俺たちも復興の手伝いを……」
レオンが前へ出ようとするが、急激に世界が歪んだ。人工魔族から流れ込んだ膨大な術式の負荷――オーバーヒートのダメージが、今になって全身を蝕み始める。
「――っ!?」
膝から崩れ落ちそうになるレオンを、隣にいたルシフェリアが素早く、かつ慎重に支えた。
「ご主人様、お言葉に甘えましょう。これ以上は、わたくしの心臓が持ちません」
「……悪い」
朦朧とする意識の中で、レオンはジルヴァが背中を向けて歩き出すのを見た。
「子供はもう寝とけ。……後は、俺たち大人の仕事だ」
去っていくジルヴァの背中は、崩壊した王都の夜明けに、長く重い影を落としていた。
崩れ落ちた石畳の冷たさが、戦い抜いたレオンたちの体にじんわりと伝わってくる。去っていくジルヴァやフェリスの背中を見送りながら、四人は力尽きたようにその場に座り込んでいた
「はぁ……今日は本当に疲れたわ……。体中の魔力が空っぽになった気分」
クラリスが杖を横に置き、長い溜息をつく。レオンもまた、左手の鈍い疼きを抑えながら、視界に広がる瓦礫の山を見つめた。
「そうだな……。しかし、王都がこれほどまでの被害を受けるとはな。これだけの規模の術式を、俺たちの目と鼻の先で構築されていたとは」
「ええ。キャロル様ですら事前に気付けないほどの緻密な術式を、一体どうやって仕掛けたのでしょう……。ガルドス様の身に起きたことを思えば、恐ろしすぎますわ」
エレナが胸元のネックレスを握りしめ、震える声で呟く。その疑問に、レオンは重苦しく口を開いた。
「魔族の頂点、四極星はキャロルと同等か、あるいはそれ以上の魔法を操るんだろう。理屈じゃ説明できない現象を引き起こすのが、あいつらだ」
「ねぇ、四極星と同等って言うけど……そもそもキャロルさんって何者なのよ? 魔道具も使わずにあんな規格外の魔法を使うなんて、普通じゃないわ。あんた、何か知ってるの?」
クラリスの問いに、レオンは空を仰ぎ、少しだけ目を細めた。
「……俺も詳しくは知らんぞ。あの人がどこから来て、何を目的にしているのか、あまり興味もないしな。俺にとっては、ただの『師匠』でしかない」
「ご主人様らしいですね。ですが、あの御方がいなければ、私たちがこうして生きていることもなかったのでしょう」
ルシフェリアがレオンの肩にそっと寄り添い、優しく微笑む。
王都を包む夜霧の向こうで、復興を告げる騎士たちの声が響き始めていた。最悪の夜は明けたが、フォルネウスという名の脅威、そしてキャロルの謎——。新たな動乱の火種は、まだ消えてはいなかった。




