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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第50話 裏切り者

 混乱するレオンを余所に、室内には刺すような沈黙が流れた。


「……どういうことだ。エレナ、それにアルガス……なぜあんたたちが一緒にここにいる」


 レオンが低く問いかけると、アルガスは娘に一瞥もくれず、影を収めたフェリスへと冷徹な視線を向けた。


「フェリス、少々やり過ぎだ。私の私室で学生を相手に私刑リンチまがいの真似をされては困る」


「ハイハイ、ごめんなさい。ちょっと躾が楽しくなっちゃって」


 フェリスは悪びれる様子もなく手のひらをひらひらと振り、壁に背を預けて観客を決め込む。


 エレナが近寄り、レオンに話しかける。


「カスパールさん、実は……」


---------


 レオンたちが私室を捜索していたその時、執務室では未だにエレナとアルガスの「親子」の対峙が続いていた。

 アルガスは無機質にペンを走らせていたが、その音はどこか苛立たしげに規則性を乱している。彼はペンを机にトントンと叩きつけ、低く吐き捨てた。


「……いつまでそうしているつもりだ。時間の無駄だと言ったはずだぞ」


「……答えてくださるまでですわ、お父様」


 エレナは一歩も引かず、父の作業を見守るようにその手元へ視線を落とした。怒りと悲しみの混じった瞳が、アルガスが今まさに書き殴っている書類を捉える。


 そこには、公務の内容とは全く無関係な一文が、震える筆致で小さく書き記されていた。


『――ここでは話せない。耳がある』


 エレナはその一文を目にした瞬間、心臓が跳ね上がるのを感じた。父の冷徹な態度は、誰かを欺くための「演技」だったのか。

 アルガスはエレナがその文字を読んだことを確認すると、即座にその紙を丸め、立ち上がった。


「……まったく、我が娘をこんなところでは叱れん。屋敷で説教をつけてやろう。そこの白炎の娘も一緒にな」


 そうして、アルガスはエレナとクラリスを伴い、屋敷へと向かったのだった。


---------


「 ……というわけですわ、カスパールさん。お父様は、あえてあのような態度を取って、耳目を欺いていたのです」


 エレナが説明を終えると、レオンはようやく険の取れた表情でアルガスを見据えた。



アルガスは部屋の入り口に立つと、鋭い視線を室内へ走らせ、誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。

「……フェリス、外を警戒しろ。外に誰も近づかせるな」


 その言葉は、もはや「敵」に対するものではなかった。アルガスはゆっくりと机の引き出しの三番目――レオンが違和感を覚えた場所を、特定の魔力パターンで叩いた。


「……なるほどな。あんたも最初から疑っていたのか」


「レオン・カスパール。これでわかっただろう、誰が『真の裏切り者』か」


 アルガスの問いに、レオンは先ほど工場で見た、あの不敵な笑みを思い出した。


「ガルドス・ブロンズゲート……やはり奴が、元凶か」


「……ああ。執務室には奴の飼っている『耳』が潜んでいる可能性があった。ここならば術式結界で守られている。……フェリスには、ガルドスの動きに関する密偵の報告をしにくるよう事前に伝えていたのだが……まさか、お前たちと出くわすとはな」


 アルガスが皮肉げに視線を向けると、壁に寄りかかっていたフェリスが、くすくすと肩を揺らした。


「本当に驚いたわ。団長の部屋に、血気盛んな学生さんたちが忍び込んでるんですもの。少しばかり『お掃除』が必要かと思ったけれど……まさかエレナちゃんたちが味方に引き入れていたなんてね」


「……ふん。悪趣味な『教育』だったな、フェリス」


 レオンは左手の拘束が解けた跡をさすりながら、アルガスに一歩歩み寄った。


 レオンは納得したように鼻を鳴らし、アルガスへ鋭い視線を向けた。


「……最初から分かっていたのか。ガルドス・ブロンズゲートが怪しいと」


 アルガスは重厚な椅子に腰を下ろし、組んだ指の隙間から冷徹な瞳を覗かせた。


「……ヴォルカニカスが報告してきたのだ。ブロンズゲートの管理する工房から我々の魔術が流出した疑いがあるとな。そしてその直後だ、北部に人工魔族が現れたのは。……おそらく、口封じのために消そうとしたのだろう」


 その言葉を聞き、背後に控えていたクラリスがハッとしたように声を上げた。


「……あ! あの時、お父様がわざわざ学校に来たのって……」


 クラリスは、北部での事件直前、ヴォルカニカスが「娘の様子を見に来た」という名目で学園を訪れた時のことを思い出していた。あの時、彼はすでに事態の深刻さを悟り、アルガスに報告しに来ていたのだ。


「一週間後、ガルドスは南部で大規模な『新型兵装』の演習を行う。私も視察に赴く予定だ」


 アルガスは淡々と続け、机の上に広げられた王都の地図の一点を指差した。


「だが、それはあくまで陽動。主力騎士団を南部に引き付けているその隙に、奴は王都で『何か』を仕掛けるつもりだ。完成した人工魔族を解き放つか、あるいは……」


「……クーデターか」


 レオンの言葉に、部屋の空気が一気に張り詰める。

壁際で話を聞いていたフェリスが、楽しげに目を細めて杖を弄んだ。


「あら、穏やかじゃないわね。でも、あのガルドスならやりかねないわ。真面目すぎる人間ほど、一度壊れると手が付けられないもの」


「フェリス、この事はジルヴァに伝えたのか」


 アルガスの低い問いに、フェリスは肩をすくめて、どこか呆れたような、それでいて楽しげな笑みを浮かべた。


「もちろん、わざわざ西部まで足を運んで伝えてきたわよ。でもあの人ったら……『分かった』の一言でおしまい。相変わらず愛想のない男ね」


「そうか……。あいつも、自分の一部を汚されたことに腹は立てているだろうがな」


 アルガスは短く応じると、ゆっくりと椅子から立ち上がり、真っ直ぐにレオンたちの方を向いた。その眼差しには、もはや「学生」を侮る色はなく、一人の術師、あるいは一人の男としての重みが宿っていた。


「……本来ならば、騎士団内部の不始末は我々だけで処理すべき問題だ。だが、ガルドスの暴走は、もはや私の権限や力だけで抑え込める範疇を超えつつある。……レオン・カスパール、そしてエレナ、クラリス、ルシフェリア。私に、力を貸してくれるか」


 王国騎士団団長としての矜持を横に置き、頭を下げんばかりの言葉。

 レオンは黙って三人の顔を見渡した。

 クラリスは拳を握り、炎のような情熱を瞳に宿して頷く。

 エレナは聖女としての慈愛と、不正を許さぬ強い決意を込めて見返す。

 ルシフェリアは静かに、しかしレオンの意志に従う準備を整え、淡い光をその身に纏わせている。

 三人の揺るぎない「決意」を確認したレオンは、不敵に口角を上げた。


「……あんたに言われるまでもない。魔族を生み出すなんていう術式の使い方は……反吐が出るほど、許せないからな」


 レオンの言葉に、アルガスは一瞬だけ、硬かった表情をわずかに緩めたように見えた。


「感謝する。……決戦は一週間後の演習当日だ。それまでに、奴の息の根を止めるための準備を整えろ」



 アルガスに「今日はもう帰りなさい」と言われ、アルガスの私室を後にした一行は、冷え込み始めた夜の王都を、学生寮へと向かって歩き出した。

 緊張の糸が切れたのか、クラリスが大きく両腕を上げて背伸びをする。


「はぁーっ、今日は本当に疲れたわ! まさか騎士団本部に突撃するなんて、入学した時には思いもしなかったわよ」


「ええ……。でも、お父様の真意も、そして誰が真の敵なのかも、はっきりと分かりましたわね」


 エレナは少し寂しげながらも、吹っ切れたような表情で夜空を見上げた。すると、クラリスがふと思いついたように拳を叩く。


「ねぇ、一週間後なんて待たずに、今すぐガルドスを捕まえちゃえばいいんじゃない? 逃げられる前にさ!」


「……そんな簡単な話じゃない。あちらの戦力がどれほどのものか、まだ全容が見えていないんだ。不用意にこちらから仕掛ければ、返り討ちに遭うか、証拠を隠滅されて終わりだ。それに、奴は俺たちが嗅ぎ回っていることを知っている……間違いなく『構えて』いるはずだ」


 レオンの冷静な指摘に、クラリスは「そっかぁ……確かにそうね」と肩をすくめて納得した様子だった。

 しかし、レオンの胸中には拭いきれない違和感が残っていた。


「……だが、腑に落ちない。ガルドス・ブロンズゲート……あいつがなぜ、あそこまでリスクを冒して人工魔族なんて代物を作る必要がある? 名門の隊長という地位がありながら、国を裏切ってまで得る『理由』が見えてこないんだ」


「……そうですわね。誇り高いはずのブロンズゲート家が、なぜ禁忌に手を染めたのか……」


 エレナも神妙な面持ちで頷く。単なる権力欲か、あるいはもっと根深い「何か」があるのか。

 レオンはポケットの中で、何も掴めなかったはずのガルドスの工場の感触を思い返していた。

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