第99話 リプカイドのギルド
馬車が停まったのは、街の中心部に構える、ひときわ頑丈で大きな石造りの建物の前だった。看板には、剣と盾をあしらった冒険者ギルドの紋章が掲げられている。
一歩中に入ると、そこは熱気と喧騒に包まれていた。
鎧をまとった戦士、怪しげなローブの魔術師、軽装の盗賊風の男たちなど、様々な冒険者たちでごった返している。酒を飲みながら大声で笑う者もいれば、真剣な顔で武器を磨く者もおり、独特の緊張感と活気が漂っていた。
「いやぁ、相変わらず賑わってまさぁ。カスパールさん、あっしはさっそく受付に例の不届き者どもの報告に行ってきますんで。皆さんはご自由にどうぞ!」
リントはそう言って、混雑する受付カウンターの列へと向かっていった。
残された四人がロビーを見渡していると、クラリスが壁際に設置された巨大な掲示板に目を留めた。
「あ、あれって依頼書じゃない? 凄い数!」
クラリスが小走りで近づき、壁一面にピンで留められた羊皮紙を興味津々で覗き込む。エレナもその隣に並び、丁寧に書かれた文字を一つ一つ目で追った。
「本当に、色々な依頼がありますのね。周辺の魔物退治から、猫探しまで……。リプカイドの規模が大きい分、持ち込まれるお悩みも多様ですわ」
「ご主人様、私たちは魔族に関する記述、またはそれに類似する不審な事件の報告がないか、精査いたします」
ルシフェリアがレオンの傍らにピタリと寄り添い、感情の起伏がない声で告げる。
「ああ、頼む。ただの魔物災害に見せかけた魔族の暗躍があるかもしれない。見落とすなよ」
レオンは白い手袋をはめた手で顎をさすりながら、掲示板に貼られた無数の依頼書や、ギルド内に張り出された「危険区域の警告」などの張り紙に鋭い視線を走らせ、魔王の残滓や魔族の手がかりに繋がる情報がないか、調べ始めた。
レオンたちが掲示板を調べていると、背後から荒々しい足音が近づいてきた。
ドン、と重い衝撃とともに、レオンの肩に乱暴に男の身体がぶつかる。
「チッ、邪魔だ。そこをどけよ」
振り返ると、そこにはいかにも素行の悪そうな、武装した三人組の冒険者が立っていた。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、品定めするような視線でレオンたちを見下ろしている。
「見ねぇ顔だな、おい。新入りか? ギルドのルールってやつを教えてやろうか?」
大柄な男がそう言って凄むが、彼らの本命はレオンではなく、その背後にいる少女たちだった。男たちの視線が、三人の少女へと移ると、その瞳に一気に下俗な欲が浮かぶ。
「へぇ……それにしても、後ろの嬢ちゃんたち、可愛いねぇ。こんなむさ苦しいギルドにはもったいない珠玉の揃い踏みじゃねえか」
実際、彼女たちはこの荒くれ者ばかりのギルド内で、異様なほどに目を引いていた。
エレナは突然の不埒な絡まれ方にも眉一つ動かさず、ただ静かに佇んでいるだけで、名門貴族としての凛とした、圧倒的に上品な品格を漂わせている。その高嶺の花のような美しさは、男たちの征服欲をそそるには十分すぎた。
一方のクラリスは、露骨に嫌そうな顔をして見せる活発な少女らしさがあり、その小動物のような躍動感と瑞々しさが、かえって男たちの目を引いて離さない。
そして、レオンの影に控えるルシフェリア。端正なメイド服に身を包みながらも、一切の隙を感じさせない冷徹さと、どこかこの世の者ではないようなミステリアスな雰囲気を放つ彼女は、目の肥えた冒険者たちにとっても、得体の知れない強烈な魅力を放っていた。
「おいおい、そんなに警戒するなよ。リプカイドの街を案内してやろうってんだ。なぁ?」
男たちの一人が、ニヤけ面でエレナの肩に手を伸ばそうと、一歩踏み出してきた。
「――やめてください」
エレナは毅然とした声とともに、差し出された男の手をピシャリと払いのけた。その凛とした瞳には、怯えなど微塵もない。
「チッ、気の強ぇ女だな。まぁいいぜ、それならギルドの上下関係ってやつを教育してやるよ!」
拒絶されたことでプライドを傷つけられたのか、男たちは一瞬で顔を真っ赤に染め、躊躇なく武器や魔道具を抜き放った。ギルドの喧騒が引き、周囲の冒険者たちが「おいおい、あいつらまた始めたぞ」と野次馬の視線を向ける。
「まずはそのすましたツラを拝めなくしてやる!」
リーダー格の男が腰の剣を激しく引き抜き、エレナを目がけて容赦なく斬りかかった。
「ひゃはは! 少し痛ぶるだけだぜ! 熱いのがお好みだろ!」
もう一人の男が不気味に輝く魔道具の杖をクラリスに向け、凶悪な笑みを浮かべる。杖の先端から、一気に膨れ上がった激しい炎の塊が放たれ、クラリスへと迫る。
「こんなひょろい男なんか放っといてよ、俺と遊ぼうぜ、お姉ちゃん!」
そして最後の一人が、狂暴な咆哮とともに巨大な戦斧を振りかざし、レオンの隣に立つルシフェリアへと一歩踏み込んだ。
三方向から同時に襲いかかる、剣、炎、そして鋭い斧の刃。
しかし、襲撃を受けた当人たち――そして、背後に立つレオンの表情には、焦りも恐怖も一切浮かんでいなかった。
キィン……ッ!
静寂を切り裂くような、鋭く美しい金属音が響き渡った。
エレナは流れるような所作で腰の細剣を抜き放つと、正面から迫る男の荒々しい剣条を最小限の動きで受け流し、そのまま手首のスナップ一閃、男の剣を天高くへと弾き飛ばした。
回転しながら宙を舞った剣が、ガガァンと虚しく床に転がる。
「なっ……!?」
「そんなお遊びの炎で、私に挑もうなんて100年早いわよ!」
ほぼ同時に、クラリスが自身の大きな魔導杖を力強く振りかざした。放たれた男の炎を、彼女が凝縮させた圧倒的な熱量の『白炎』が正面から完全に呑み込み、相殺どころか男の杖ごと爆風で吹き飛ばす。
「うわああああっ!?」
そして、ルシフェリアの元へ迫った戦斧。
彼女は感情の消えた瞳のまま、袖口から滑り出た双短剣でその巨大な刃を軽々と受け流した。火花が散った次の瞬間には、男の懐へと一瞬で潜り込み、その分厚い首元へ容赦なく冷たい刃を突き立てていた。
「ひっ……!?」
蛇に睨まれた蛙のように硬直する男を見下ろし、ルシフェリアは凍りつくような声で告げる。
「――これ以上、ご主人様を侮辱しないでください。次はありません」
あまりの早業と圧倒的な実力差に、ギルド内は水を打ったように静まり返った。
さっきまでニヤついていた三人組は、剣を失い、魔道具を焼かれ、刃を突きつけられて完全に腰を抜かしている。
エレナは弾き飛ばした細剣の切っ先を、呆然とするリーダー格の男の喉元へとピタリと突きつけ、冷ややかに微笑んだ。
「これが、あなたの仰る『教育』ですか? 随分と退屈な授業でしたわね」
完璧なまでの返り討ち。
周囲の冒険者たちが「おい、あの新入りたち何者だ……!?」とざわつき始める中、中心に立つ黒い外套の青年――レオンは、ただ一人呆れたように頭を押さえていた。
「やれやれ……」
レオンは深いため息をつきながら、白い手袋の手をポケットに突っ込み、三人の少女たちを見やる。
「おい、情報を集めに来たんだ。あんまり騒ぎを起こすなよ」
「レオン、それはこいつらが突っかかってきたからよ!」
「そうですわ、私たちは身を守ったまでです」
「不審者は排除いたしました、ご主人様」
不満げに口を尖らせるクラリス、涼しい顔で剣を収めるエレナ、そして何事もなかったかのように一歩下がるルシフェリア。
一瞬でギルドのパワーバランスをひっくり返した四人は、周囲の畏怖の視線を浴びながら、再び平然と魔族の情報収集へと戻るのだった。




