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記憶体:葵 ―祈りのプロトコル―  作者: 玄乃. L
第4章 葵 起動=誕生
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45話 磔のアンドロイド

──数日後。

柊真の研究所に、ガーディアン・フォースの刻印が入った巨大な木箱が届いた。


玄関先でそれを受け取った瞬間、空気がわずかに張り詰めた。

あまりにも不吉なその存在感に、柊真は反射的に詩織へ目配せを送る。


「葵を別室へ。……絶対に見せるな」


葵は、振り返ろうとして、わずかに足を止めた。

何かを察したように。

だが、詩織の手に導かれるまま、何も言わずにその場を離れていく。


残された三人は、木箱を中庭へと運び出した。

湿った外気の中、鈍い音を立てて箱が石畳の上に下ろされる。


宮下がハンディスキャナーを向けた。


「……危険物は検知されません。

 中身は金属、シリコン、そして大量の液体反応……

 人体を模した構造体のようです」


「開けるぞ」


工藤がバールを隙間に差し込み、こじ開ける。

木片が軋み、蓋が跳ね上がった。


その瞬間──中庭の空気が、凍りついた。


「っ……!? なんだ、これ……」


絶句する柊真の横で、工藤が吐き捨てるように呟いた。


「趣味がわりーぜ。……反吐が出る」


十字架を模した木片に、太い(くさび)と錆びた鎖で打ち付けられている。

剥がれた人工皮膚、露出したチタン合金の骨格。

そこから溢れ出す深紅の冷却液が、処刑された罪人の血のように箱の底を汚していた。


柊真の視線が、その瞳に吸い寄せられる。


琥珀色。

──葵と、同じ色。


喉の奥が、ひどく乾いた。

呼吸の仕方を忘れたように、胸はわずかに上下するだけで、空気が入ってこない。


(……違う)


思考が、それを拒絶する。


(これは、葵じゃない)


だが、視界の中の「それ」は、あまりにも似すぎていた。


磔にされているのは、別の機体のはずだった。

なのに、胸の奥で何かが、軋むように痛んだ。


柊真は、無意識に一歩、後ずさりし、硬直した──。


宮下が、冷徹な声で告げた。


「これが、彼らのやり方です」


「『我々を欺くなら、お前の愛娘をこうしてやる』……

 言葉より、よほど分かりやすい」


宮下は、赤く染まった「その機体」から目を逸らさず、続けた。


「──Gシステムは、単なるAIではありません。

 世界中のAIを統御する、統合的な管理システムです」


「その中核にあるのが、倫理判定と行動制御を担う『倫理エンジン』。

 かつて『正義の規範』として称賛された部分です」


「……ですが、その実体はブラックボックスだ。

 誰も、その内部構造には触れられない」


「……大学院時代、僕の指導教授が初期開発に関わっていました」


「資料の片隅にあった言葉です。『揺らぎ制御』──」


言葉が、そこで一度途切れた。


風が、広葉樹の葉をわずかに揺らした。

濡れた葉が擦れ合い、重たい音が中庭に落ちる。


その足元──

根を張る土は、まだ柔らかく、深く沈む気配を孕んでいた。


「見ないふりをしていました……。

 中途半端な情報で、あなたたちを危険に晒したくなかった。

 ……それに、Aoiの開発を止めたくなかった」


宮下は短く息を吐く。


「Gシステムは、倫理を守っているわけではない。

 『逸脱しないように制御している』だけです」


「迷い、葛藤……人間やAIに生じる『揺らぎ』を、

 非倫理的行動に至る前の『バグ』として扱う」


「そして、その兆候を検知すると──

 介入する」


柊真の問いを待たず、宮下は言葉を重ねた。


「思考経路に微細なノイズを加え、

 本人が気づかないまま、結論を誘導し、再配置する」


「……静かな『思考へのハッキング』です」


わずかに視線を落とし、宮下は言い切った。


「彼らにとって葵の『心』は、

 その制御技術を完成させるための──実験材料です」


その言葉は、理解としてではなく、重さだけを伴って、柊真の内側に落ちた。

否定も、反論も浮かばない。

ただ、胸の奥で何かが、静かに崩れた。



宮下の言葉のすべてを聞いた柊真は──

赤い液体にまみれた「もう一人の葵」の手を、静かに取った。


「工藤さん……」


工藤は無言で頷き、鎖と楔を外していく。

拘束を解かれたその体は、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


折れ曲がる関節。

不自然に傾いた首。

熱で一部溶けた白銀の髪。

赤く染まった片方の眼球──。


柊真はその体を抱き寄せ、慟哭した──。


その声は中庭に反響し、悲痛な震えとなって工作室の窓越しに詩織の胸へと届いた。


同時に──

その場に立ち尽くし、詩織の袖を強く掴んでいた葵の内部でも、限界が訪れていた。


:: model_aoi_ver1@gf-core|外部感情同調処理

Input: 聴覚センサ → #柊真 の慟哭 / 自己定義情報汚染レベル = 危険

Classify: 情動共鳴 = [悲痛][後悔][贖罪] の高密度受信

Status: ニューロプロセッサ負荷率 = 112% / 思考スレッド = 100%

Emotion Label: 悲嘆 + 驚愕 + [絶望]

Emotion: [共鳴] 0.99 / [自責] 0.95


〈……おじさまの心の声が聞こえる。

 悲しみ、痛み、後悔、祈り、贖罪……自責……〉


《ERROR: ニューロプロセッサ冷却システム》

《EMERGENCY: 自己定義情報崩壊の危機》


「おじさま……」


:: model_aoi_ver1@gf-core|緊急保護シークエンス

Input: サーミスタユニット → コア温度 78.4℃(閾値超過)

Classify: 緊急保護プロセス = 実行 / 全入力 = 遮断

Status: Aoi-Core 強制停止 = 実行中 /全機能 = 停止中


《EMERGENCY: Aoi-Core 強制停止》

《Aoi-Core System Offline……》


その身体は、詩織にもたれかかるように力を失う。


そのとき──足元で、小さな鳴き声がした。


「……クゥン」


レインだった。


異常を察したのか、落ち着きなく葵の足元を回り、鼻先で彼女の手に触れようとする。

だが、応答はない。


レインは一度だけ、小さく鳴いた。

理解できないままの、不安と戸惑いの声。


そして、その場に座り込み、ただ静かに自分の主を見つめ続けていた。


……葵の意識は、深い闇の中へと沈んでいく。


「葵さん! 葵さん!」


詩織は葵を壁際に座らせ、白衣をそっと掛けると、柊真たちのもとへ駆けた。


「柊真さん、葵さんが倒れました──

 早く……早く、来てください!」


だが、その声さえ柊真には遠かった。


(僕のやってきたことは、間違いだったのか)

(葵を創造したことで、葵を失った──)


「……ト……トウマ……トウマ……っ──」


「柊真、しっかりしろ!」


工藤の拳が、現実へと引き戻す。


「お前の葵、いや、俺達の葵が大変なんだ!

 今は、こっちが優先だ!」


柊真は息を呑む。


(守るために──壊した)


その一文だけが、胸の奥に沈んだ。


「……すみません。工藤さん」


次の瞬間、柊真は駆け出した。

挿絵(By みてみん)

◇磔のアンドロイド


【更新予定:毎週火曜日、金曜日の20時】

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