番外編11 リトルボス産駒その5 スノーソルスティス(前編)
12月22日、北海道の新冠にある川中牧場。
かつてエネルタイガーを生産した牧場でもあり、毎年100頭前後を生産する個人牧場としてはそれなりの規模を誇る牧場である。そんな牧場に一頭、時季外れの出産を迎えた牝馬がいた。
父にエネルタイガーを持つ牝馬が母で、お腹の子の父はリトルボスと後に競馬会を賑やかす園田配合とも呼ばれる血統を持つ。この時はまだこの配合は未知であったが世界を制した2頭の血に対して牧場側の期待は高かった。
「先輩、まずいですね。完全に産気づいてますね。」
「ああ、せめてもう10日待ってほしかったのだがなぁ。どうやらこのまま生まれそうだな。」
・・・
「元気な牝馬ですね。」
「ああ…これから大変だろうな。」
・・・
当歳をわずか10日間だけで過ごし、年が明けると1歳に。
見た目は黒鹿毛の当歳馬であるため他の1歳馬とは体格に大きく差があり、セールの時期になっても売れることがなかった。
「…それでこの仔が売れ残ったわけですね。」
「ええ、せっかくの良血でしたが、たった10日早く生まれたため1年多く年が増えた扱いになりまして。」
「ここには先代からお世話になってますし、この仔の母父は私の馬でしたからこの仔は私が引き取りましょう。」
「ありがとうございます。」
・・・
「というわけで新城、俺はお前のとこの馬の血を持つあいつの孫を4000万円で買ったわけだ。」
「へぇ~、12月生まれだとそんなことになるのですか。」
「大変なのはこれからだ。名前はスノーソルスティスと名付けて競走馬登録したのだが、宮西先生が言うには晩成型らしくてな。2歳になったが1歳と変わらない馬が晩成型なおかげでデビューがかなり遅くなりそうだ。3歳になってもデビューができるかどうか、下手すると4歳以降になるかもな。まぁ牝馬だから最悪走らなくても繁殖に回そうと考えてる。」
「それは大変だな。だから園田でデビューさせようとしたのですか。」
「ああ、中央では12月生まれはきつそうだし、ダートは問題なく走ってくれるみたいだからまだ地方ならいけそうだろ?昔を思い出すから園田でデビューさせたくはなかったがあの子は園田の英雄たちの血を引くからそこそこ走ってくれれば人気も出るだろうと思ったからなぁ。」
「それで宮西先生に預けたと?」
「そういう事だ。」
・・・
「お久しぶりです、先生。」
「これは亀田様、お久しぶりです。」
「やっとスノーのデビューが決まったとの事で伺いました。」
「はい、やっと仕上がってきました。とはいっても他の馬でいう3歳春位の仕上がりですが。それでも4歳なので斤量もその分多くなります。」
「こればかりは仕方ないですよ。デビューできただけ良しですから。」
「ではそのデビュー戦ですが7月の仁方ダッシュC3二、距離は820です。スノーはエネルタイガー譲りのゲート巧者の逃げ、短距離適性がありますがスタミナ面にどうしても劣る部分があるので短距離で勝負をかけようと思います。鞍上は私の娘の宮西奈緒ですがよろしいですか?」
・・・
私はスノー、スノーソルスティスという名の競走馬である。
見た目は普通の馬のはずなのだが12月生まれという事だけで競走馬としてかなりのハンデらしい。
生まれた日時は私の力に及ぶ話ではないので仕方ないが園田という競馬場でデビューとは。
私と同い年扱いの馬たちは大半は売れていて、生まれて間もなくで売れ残り扱い。
母は優しく接してくれたが他の馬は序列的に私に対する扱いに困ったせいかあまり接点はなかった。
馴致や調教は苦にはならなったけど他の馬たちとあまり会話がない疎外感が少し辛かった。
気が付けば調教師、デビュー戦が決まっていた。私は園田競馬場で走るらしい。
園田競馬場は昔は地方の中でもそこまで強豪ではなかったらしいが、私の馬主が言うには父と母の父たちが世界を股にかけて活躍しまくったおかげで園田競馬自体の格式も上がったらしい。そのため大きなレースも増え、一部レースはアメリカやドバイから参戦しに来るらしい。
私もそんな父と母父のように活躍出来たら、いいかなぁ?
そんな私のデビュー戦だけど、1着を勝ち取りました。
よーいどんで先頭、そのままゴール。
晴れてたせいでとても暑かったからしんどくなって休もうとしたけど、ゴール直前に迫る足音が凄かったのでそのまま逃げ切りました。速度落とそうとしたら鞭が来たので全力で走ったのも勝因かな?
私思うんだけど、勝つためなら上に乗る人間、要らなくない?
・・・
「お久しぶりです、先生。」
「これは亀田様。お久しぶりです。」
「スノーの様子ですが…」
「今日も元気ですよ。今は向こうで併せをやってます。」
「そうですか。では次戦も近いうちに?」
「はい。年内はC1までの距離820までのレースを考えてます。どうしても古馬と比べると末脚とスタミナに差がありますので。できれば年内でもう1勝を目指いしたいですね。」
「…年内はそれでいいと思います。スタートダッシュだけはいつも良いおかげで4戦2勝、まずまずの出来だと思いますので。それで来年からは距離の方も…」
・・・
『…よお。少しの間、隣に住むことになったリトルボスっていうんだが、お前の名は何という?』
私の馬房に覗く馬がいる。隣のロリジジイだ。…え?脱走してる?
『リトルボス、どこかで聞いたような名ですね。…私はスノーソルスティスだけど、馬房から出て大丈夫?』
『ん?ああ、園田なら大丈夫だろ?…』
『それホント?…で、何の用?』
『特別、用はないけど…せっかくだし話さない?』
流されるまま話をすることに。
園田にいる人間や馬の事、レースの事、特に私が悩んでいることを話した。
『ふーん、年齢のハンデは確かにキツいな。だが、来年は5歳。5歳なら4歳以上のひとくくりの中だから変わらなくなるよ。…さて、俺はもう一走り行ってくるわ。今日は遅いから、おやすみ。』
『え、人間いないけど、あ、行っちゃった。こんな夜中によく走るねぇ。…しかしあのロリジジイ、今までのどの馬よりきれいなフォームしてる。コーナーの曲がり方、坂の走り、荒れている所の走破…あんな感じに走るのね。…なんで二足歩行しているのだろ?…え?あれは逆立ち?凄いバランス…あ、こっちに来た。』
『あれ、まだ起きてたのか?早く寝ないと明日がしんどいぞ。とりあえず、軽く体を動かせたし、俺はそろそろ寝るからな。おやすみ。…あ、そうそう、最後にアドバイス。二足歩行は外でやるように。じゃぁな。』
『え?そんなのやらないよ?…あ、行っちゃった。』




