『67』のセドとミラン
100話になりました。
この物語を読んでくださり、本当にありがとうございます。
『不知火』のマリウスの元にその知らせが届いたのは、秋も半ばの頃だった。
『王都には戻りません。王籍離脱の書類が整いましたので、このまま『67』でお世話になります』
「あー、そんな気がしてたんだよなー」
他国のギルドでこの伝言を受け取ったマリウスが、残念そうに呟く。
セドリック王子殿下の魔物討伐訓練を『67』に依頼した時、殿下はいつになく積極的に「ロック殿のパーティで学ばせてほしい!」と声を上げた。
出自のせいで穏やかで控え目に育った殿下は、あまり自己主張をしない。ただ、ここぞという時は形振り構わず食い下がる。
あの時の殿下は、まさにそれだった。
そして今回のミランからの伝言だ。
殿下は伏魔殿のような王宮の中で、あまり良くない自分の手札を眺め、知恵を絞って、その時可能な最善の手で切り抜けてこられた方だ。
その方が、王都で名を轟かせている『不知火』での訓練を早々に蹴って、独立するまで『67』でロックを師事する事を選んだ。殿下自身がそれが最善だと判断したと言う事だ。
本音を言うと非常に悔しい。悔しいが、マリウスは安堵もしていた。
おそらく殿下は、数少ない自分の未来の中から、消去法で冒険者を選んだ。
その殿下が、信頼できる仲間を得て、本気で冒険者として生きる事を望み、そのために邁進している。
『不知火』がマリンナまで殿下を護衛した時、マリウスがいらないと断っても、殿下は護衛料を規定通りに支払った。あの金銭にシビアなミランも殿下を止めなかった。
だから、道中は拠点に招待し、できるだけ殿下に金銭的な負担がないように配慮した。
その時の縁で今も『不知火』の拠点に滞在されているが、この様子ではそう長くは居て下さらないだろう。
殿下が、たとえ断られても対価を支払うのは、必ず成し遂げて欲しい事を口約束にしないための処世術だ。
だから途中で投げ出されたら困ると判断した事への支払いに関しては、ミランも口を挟まない。
そういう意味では、少なくともミランは、かなり早い段階からロックを信じていた事になる。
殿下は最初、ロックに訓練の謝礼を支払うと言っていた。それが今は、対価を払う事無くロックを信じ、遠慮なく頼っている。
警戒心が強く、殿下の事を何より優先するミランまでが、決して裏切らない者としてロックに信頼を寄せている。
ロックとナナが彼らを支え、ユーリとコウとジルが寄り添う、マリンナの『67』だから出来た事だ。
どう頑張っても、王都で活動する『不知火』では、今以上に殿下にとって幸せな環境は用意できない。
信頼できる者が少ない王宮で育った殿下が、心から信頼できる者たちと出会い、初めて誰も疑わなくて良い居場所を得た。
セドリックとして数少ない選択肢から選んだ道を慎重に歩くのではなく、セドとして心から望む道を一直線に突き進んでいる。
マリウスは、悔しい思いを抱きつつも、うれしそうに笑みを浮かべるのだった。
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住み慣れたマリンナの『不知火』の拠点で、セドとミランは肩を落としてため息をつく。
「やはり、ここは出ないとダメだろうな」
「良くしてもらったのに不義理をしましたからね」
「『不知火』の拠点の住みやすさに慣れてしまったから、これからどこに移っても不便に感じてしまうな」
「贅沢に慣れてしまいましたからね」
2人は顔を見合わせて、もう一度ため息をつく。
「気が重いが、転居先を探そう」
セドとミランは、冒険者向けの物件紹介を頼むために、トボトボとギルドに向かう。
気乗りしないまま並んだギルドの受付で、『不知火』のマリウスからの伝言を受け取った。
『了解いたしました。マリンナでのご活躍をお祈りしております。御身の安全のために拠点はそのままお使いください』
「「!!」」
2人は、伝言を何度も読み直して顔を見合わせる。
「マリウス殿は神様か・・・」
「きっと神様ですよ。王都には足を向けて眠れませんね」
「だが、そこまで甘えてしまっていいのだろうか」
「マリウス殿がいいと言ってくれているのですから甘えましょう。こうして文書に残ってますし、後からダメとは言わないでしょう」
「ミラン、お前またそんな事を・・・」
「マリウス殿の気が変わらぬうちに、私からお礼の伝言をしておきます」
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『ご配慮ありがとうございます。拠点はこのまま有難く使わせていただきます。不知火の皆様のご活躍をお祈りいたします』
「よかった。拠点はそのまま使っていただけるようだ」
ミランからの伝言を受け取ったマリウスは、ホッと胸をなでおろす。
「ほう、殿下らしくないな。てっきり、”そこまで甘えるわけにはまいりません”と書いてあると思っていた」
「リッカルド、殿下はロックのおかげで、随分と甘え上手になられたようだぞ」
「そりゃ良かった!王宮のパーティでも、常に揚げ足を取られないように周囲を警戒していた殿下がねぇ。感慨深いなー」
「チャック、きっとナナさんのおかげよ!はぁ、私もナナさんに会いたい」
「俺も俺も!そうだ、王都に帰る前にマリンナに寄ろうぜ!」
「ロリーナ、ニール、帰国するまであと半年以上も残ってるぞ。しっかりしろ」
「はぁい」「へいへい」
「もうミランが王籍離脱の手続きも済ませたようだぞ。次に会う時は、殿下ではなくマリンナのパーティ『67』のセドだ」
「なら、もう自由なんですね。よかった」
ロリーナがそう呟くと、皆がやさしく笑って頷いた。
もう、セドの周りには「セドリック王子」と蔑むように呼ぶ者はいない。『67』のセドとしてマリンナで伸び伸び暮らしてる。
『不知火』のメンバーは、何よりそれが嬉しかった。
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「ロック、ナナ、折り入って話しがあります」
セドとミランが真剣な顔で、話し合いを申し出た。
静かに話し合えるようにとロックとナナの部屋に行き、4人で向かい合って座る。
ミランが神妙な顔で切り出した。
「ロック、ナナ、セドの王籍離脱の手続きがすみました」
「えっ?もう?早くない?」
「そうなのか?1年様子を見るんじゃなかったのか?」
セドとミランが席を立ち、勢いよく頭を下げる。
「ロック、私達をこのまま『67』で鍛えて欲しい。1年じゃ学び切れない」
「お願いします。私達は王都には戻りません。このまま『67』で修行をさせて下さい」
「『不知火』は了承してるのか?」
「『不知火』の拠点は使えなくなるでしょう?住む場所は大丈夫なの?」
「マリウス殿に伝えて了解との返事を頂いています。拠点もそのまま使わせてもらえます」
「フフッ、根回し済みかよ。ナナ、だから言っただろう?」
「アハハハ、本当だね、ロックの言う通りだった!」
セドとミランが、楽し気に笑うロックとナナを見て、ぽかーんとしている。
「わかった、気が済むまで居るといい。これ以上ないくらい鍛えてやる」
「セド、氷魔法、絶対習得してもらうよ!」
「ありがとうっ!」「ありがとうございます!」
2人は、もう一度深く頭を下げた。
セドとミランは、絶対にロックとナナは受け止めてくれるという”確信”があった。
それでも彼らにとって、自分たちの未来に関わる重要な事を、何の対価も支払わずに”確信”だけでロックとナナに頼る事は、とても勇気がいる事だった。
「はいはい、2人とも顔を上げて!もー、ダメって言うわけないじゃない」
ナナがそう言って頭を上げさせると、彼らはホッとしたような顔で涙を流していた。
ドアの隙間から心配して覗いていたユーリとジルとコウが、セドとミランに走り寄る。
「やったー!」「よかったー!」「良かったよー!」
いつの間にか入って来たモモとトラが、テーブルの上から5人をそっと見守る。
「よかったね(小声)」「みんなうれしそう(小声)」
「良かった(小声)」「良かったな(小声)」ナナとロックも小声で答える。
セドとミランは、しがみつく3人に揉みくちゃにされながら、晴れやかな顔で笑っていた。
これからも、ナナとロックとユーリとジルとコウとセドとミラン、それからモモとトラを、よろしくお願いします。




