097 メディーナ
(およそ4,600文字)
話は現在へと戻る──
シャルレドとヴァルディガは、互いに一歩も引かずに対峙していた。
「さあ、オマエとの腐れ縁もここまでにゃ! オマエを潰したら、次はベイリッドの大馬鹿野郎にゃ!」
その時、凍て付くような突風が巻き起こり、シャルレドと、ルデアマー騎士団の若者たちは辺りを見回した。
「な、なんにゃ?」
まだ夜でもないのに暗闇が落ち、自分たちや周囲の背景から色彩が消える。それは闇が落ちたからと言うより、まるで生気をなくし、“色”そのものが失われたかのようだった。
「ようやくかよ。ま、ほぼ予定通りだけどな」
ヴァルディガは空を見上げてニヤリと笑った。
「……何をやったにゃ?」
「あん? 何をやっただって? 何もしてねぇ、俺じゃねぇよ」
「オマエ以外に誰が……」
「シャルレド。優しい俺からの忠告だ」
「忠告にゃと?」
「死にたくなきゃ、ここを動くな。お前でもどうにもならない事態になる」
「何を……言ってるにゃ? ヴァルディガ!」
「さてね。伝えるべきことは伝えた。俺は行くぜ」
「ちょっと待つにゃ! 勝手なことを!」
ヴァルディガは剣を背中にしまうと、踵を返して走り去ってしまう。
「な、なんで? あっちはディバーとは真逆ですよ?」
ヴァルディガを迎え撃つための陣形を組んでいた若い騎士が戸惑ったように尋ねる。
「アアシにも分からないにゃ。だけどイヤな予感が……」
そこでちょうど、人の気配を感じてシャルレドは振り返る。
横の繁みから出てきた黒ずくめの男を見て、シャルレドは思わず剣先を向けてしまう。
「罪与の商人……オクルス。なんでオマエがこんなところに……」
そして、オクルス以外にも、サニードやレアムが神妙な顔をして立っていた。
「なんでコイツらもいるにゃ」
シャルレドは剣先を向けたまま、顎をしゃくる。
オクルスはサニードをチラッと見ると、サニードは不服そうに口をモゴモゴとさせた。
「我々の脱出のため、力をお借りしたいのです」
オクルスはシャルレドを真っ直ぐに見て言うと、シャルレドは呆気にとられた顔をする。
「なんにゃて? 何を言ってるんだ、オマエ?」
「ああ! 違うの! シャルレド!」
サニードは肩をいからせ、ドンと地面を踏みつける。
「ヴァルディガはどこ!?」
オクルスを遮るようにして、サニードは前に出る。
「ヴァルディガは今逃げたにゃ」
「追いかけなきゃ!」
「反対です」
「うるさい!」
オクルスの意見に、サニードは物凄い剣幕で噛み付く。
側にいたレアムは所在なさげに困った顔を浮かべていた。
「全部、ヴァルディガが仕組んでるんだよ! アイツさえ倒せれば、“アレ”は……」
「“アレ”? 話が見えないにゃ。さっきから何を……」
「チッ。来ます」
オクルスが舌打ちして言うと、サニードもレアムも真っ青な顔をする。
「ポンポコ♪ ポンポコチーン♫ 逃げんじゃねーッスよ。シラケんじゃねぇーか」
シャルレドの耳と尻尾の毛が逆立ち、後ろに振り返りつつ飛び退く。
いつの間にか真後ろに、赤髪をポニーテールにした少女が立っていたからだ。
「気配がなかったにゃ……?」
「そりゃそうっしょ。気付かれねぇよう接近したんだからさァ」
なぜか、その少女だけ色彩が鮮やかなのを見て、シャルレドはさらに警戒を強めた。
「シャルレド! 気をつけて! それ悪魔だよ!」
「しかも強い! ハンパじゃないぞ、そいつ!」
サニードが叫び、レアムは半ばで叩き折られた剣を構えた。
この様子から、彼女と一戦交えたのだということを察し、シャルレドはサーベルを構え直す。
「テメーらには用ねえっスよ。用あんのはソイツっス」
リヴェカは人差し指でチョイチョイと、オクルスを示す。
「ワイらを売り買いした調子乗ったクソ人間に、しっかりケジメをつけとけってのが、イゼリア姉ェからの指示っス。後の連中は逃げても追い掛けないっスよ」
「……なら、オクルスを差し出せばいいってだけの話にゃ」
「は!? 本気で言ってるのかよ! シャルレド!」
「いいだろ? なんか理由は知らにゃいが、仲違いしてるみたいだし」
「それは関係ないよ!」
サニードは怒るのに、シャルレドは肩を竦める。
「どうせ嘘だろ! この男を殺したら、後で俺たちも始末する気だ!」
折れた剣を証拠とばかりに、レアムは突き出す。
「そりゃ話も聞かずに斬り掛かってくりゃ、自分を守るために一発殴るくらいはするさァ」
悪びれた様子もなく、リヴェカは舌を出して笑う。
「信用に足りません。悪魔は平気で嘘をつきます」
「そりゃ、オマエもだ」
オクルスが真面目な顔をして言うのに、シャルレドは鼻を鳴らした。
「私は“本当のことを話さないことがある”だけです」
「それを嘘って言うにゃ」
珍しくも、会話の途中でオクルスは少し考えるように視線を彷徨わせる。
「……この辺りに強力な封印を仕掛けられました。解除されない限りは逃げられない。だからこそ、向こうは余裕でそんなことを言っているのです」
シャルレドは色を失った周囲を見やり、「封印……もっともらしい話にゃ」と小さく呟く。
「必死っスね、商人。そりゃ、自分だけでワイと戦わなきゃいけねぇーかもしれねぇーからな。ほらほら、もっと上手いこと交渉しなって」
リヴェカは薄ら笑いを浮かべ、シャルレドは目を細めた。オクルスは無表情のまま、そんなふたりを見比べる。
「……シャルレド・シャムム。こちらからの提案です」
「あ?」
「貴女の脚を治します。見返りに、共闘して頂きたい」
「は? なに言ってんだオマエ。高位神官でも治せなかったモンを……」
シャルレドはそこまで言って、チルアナが自分の病が治った話をしていたことを思い出す。
「……チルアナに何かしたのはオマエか?」
「そうです」
もはや誤魔化す理由もないと、オクルスは頷く。
シャルレドは自分の義足を見やり、それからチッと舌打ちする。
「もう1つ条件追加にゃ。それを呑むなら、共闘もやぶさかじゃにゃい」
「……なんでしょう?」
「アアシらを裏切るな。それと、サニードを何としても守れ。ついでに、ヴァルディガを殺すのを手伝えにゃ」
オクルスは目を細め、サニードは目を瞬く。
「……1つではない。3つですね」
「ケツの穴の小さいことを言うにゃ。どうする? 承諾しないなら、オマエをここで囮にしてアアシらは逃げるにゃ」
シャルレドがそう言うのに、オクルスは左手の指をピクリと動かした。
「……致し方ありませんね。背に腹は代えられません」
オクルスが頷くのを見て、シャルレドは「約束を守らなきゃ、その首を叩き落とすにゃ」と付け加える。
「あー、話まとまったぁッスか? 長いから眠くなっちゃったぜ〜」
リヴェカはわざとらしくイビキをかいて頭をコックン、コックンと揺らしていた。
「……で、どうするんで? ん? なんのマネっスか?」
オクルスは片手を伸ばすと、すっと手刀を切る真似をする。それだけで彼の腕の影が伸び、新たな人影が分け出るように現れた。
リヴェカだけでなく、その場にいる全員の目が釘付けとなる。
その人影がムクリと浮き上がると、長い髪を振りつつ、徐々に輪郭を明らかにしていく。
それは背の高い美しい成人女性の姿となり、物静かに柔らかな微笑をたたえていた。
ロングストレートの髪はピンクよりの赤に近く、貞淑さを思わせる白いロングドレスが戦場にはミスマッチに思われた。
「……ごきげんよう。皆々様」
女性は会釈する。静かでいて、よく通る声であった。
なぜか彼女は片目を閉じており、開いた方の瞳は虹彩を欠いた虚ろなものだ。
「え、誰だ?」「どこから出て来たにゃ?」
レアムやシャルレド、騎士たちが驚いている中、サニードだけは「あ!」と声を上げた。
「も、もしかして、その色……メディーナ?」
「ウフフ。お久しぶりです。サニード・エヴァン」
「わー! ウソウソ!! ホントに!?」
サニードはこんな状況にあって飛び上がって喜び、メディーナの手を取って振る。
「馴れ合いをするために“姿”を与えたわけではない」
オクルスがメディーナを睨むと、彼女は微笑みを崩さないまま頷く。
「ちょっと! オクルス! そんな言い方!」
「いえ、オクルス様が正しいです。やるべきことを始めましょう」
メディーナはそう言うと、シャルレドの方に近づく。
「オクルス様。本当によろしいので?」
「構わん。治せ」
オクルスはリヴェカから目を離さずに言う。
「それでは、シャルレド・シャムム。貴女を治療させて頂きます」
「は? いや、アアシはドラゴンの呪いで魔法が効かないんだが……」
「ドラゴンの呪い?」
メディーナは一瞬だけ不思議そうにして、それからクスクスと笑い出す。
「ご安心下さい。私の能力は“魔法ではありません”から」
そう言うと、メディーナはシャルレドの右脚と義足の接合部に触れる。
「なるだけ急げ。その間、私が時間を稼ぐ」
「かしこまりました」
レアムがすかさず「俺も戦う!」と声を上げたが、オクルスは「シャルレド以外は足手まといです」と無碍に切り捨てた。
「でも、オクルス独りじゃ……」
「大丈夫ですよ。サニード・エヴァン」
心配そうな顔をするサニードに、メディーナはニコリと笑う。
「でも、オクルスは戦闘タイプじゃないって前に言ってたし……」
「オクルス様が戦闘タイプでないのは事実ですが、それは戦えないという意味ではありませんよ」
「だけど、敵は上位悪魔なんだよ?」
「……罪与の商人は、こういった危機を何度も乗り越えていますから」
絶対的な信頼を寄せるメディーナに、サニードは何とも言えない顔をした。
「それではシャルレド・シャムム。荒療治となりますので、多少の痛みはご容赦下さいませ」
「え? ギニャアアアッ!!」
メディーナはシャルレドの脚を掴むと、義足との境目に指をめり込ませた。
「離せッ! 離せにゃッ!!」
「お静かに。治療中です」
シャルレドは暴れるが、メディーナは笑顔のまま、さらに指を喰い込ませる。あまりの激痛に、シャルレドは剣を落として逃げようとするが、そうはさせまいとメディーナは上から彼女を押さえつけた。
「ギャアアアアアッ!!」
この世のものとは思えない絶叫を上げるシャルレドに、サニードだけでなく、レアムも騎士たちも気後れしたような表情になった。
「ったく、こっちムシして話を勝手に進めんなよな。なんか楽しそうなことやってるしー。マジでムカつくッスねぇ〜」
「お待たせ致しました。私がお相手しましょう」
「結局そうなんなら、待って損したッス。何しようとムダだぜ。通用しねぇっての」
「そうですか。品数には定評があるのですがね。吟味して頂くとしましょう」
オクルスはそう言うと、両手を大きく開いて歩き出した──。




