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009 エヴァン郷の忌み子②

(およそ3,500文字)

 夜の帳が下りて、草木ですら眠りについたであろう頃合い、郷や周囲の集落の若者が一同に介していた。


 厳かで静謐な儀式ではあったが、それは退屈な暮らしを続けている彼らにとっては滅多にないイベントであり、ましてや彼らには危険だからと禁じられている夜の森に立ち入れるという好奇心や、わずかな間とはいえ大人たちからの監視から開放されるという期待感などから、俄かに浮足立ちソワソワと落ち着かない様を見せていた。


 サニードが他から少し離れたところで、儀式が早く始まらないか手持ち無沙汰に待っていると、ドタドタとやかましい音を立てて走って来る者の姿があった。


「ハァハァ! ゴメンなさぁい! 遅れてゴメンなさぁい!」


 本人なりの全速力(決して早いとは言えないが)でやって来て、サニードの前で平謝りする。

 その大きく上下に弾む胸を見て、サニードは少しだけ女としてなにか負けた様な気分を味わう。


「ウェンティ。大丈夫だよ。まだ始まっていないし」


「うっかり寝ちゃって、ついさっき起きたのぉ!」

 

「まあ、そうだろうと思ってたしね」


「ホントにゴメンね! サニード!」


「もういいってばさ」


 ウェンティは息を整えると、ようやく顔を上げた。ディープグリーンをした綺麗な髪に、強い寝癖がついてしまっている。


「あー、でもなんか緊張するね。わたし、だんだんドキドキしてきちゃった」


「緊張だって? さっきまで寝てたって言ってたのに?」


 サニードはからかうように笑う。


「だって、いつもこの時間には寝てるんだもの」


 ウェンティは頬を膨らませた。こんなわざとらしい仕草も、他から反感を貰う原因のひとつであると本人は自覚すらなかった。


「いやぁ、“凸凹コンビ”はどこにいても目立つからすぐわかるよな」


「あ?」


 サニードとウェンティの前に、嫌味ったらしい笑みを浮かべた男と、不機嫌そうな顔をした女が近づく。


「こ、こんばんは。レナドにエセス…」


 ウェンティは気弱な笑みを浮かべつつ、サニードの袖を取って隠れる様にしたが、彼女の方が頭ふたつ分は大きく、まるで意味がなかったために滑稽に見えた。


「エヴァンの恥晒しが、よくもまあ神聖な儀式に平然と参加できるわね」


 エセスはその美貌の眉間に深いシワを寄せて吐き捨てるように言う。


「なんだと? ウチらに参加する様に言ったのは…」


「まあまあ、エセス。この森に住む者なら例外なくってのが掟だろう」


 言い返そうとしたサニードを遮り、レナドはエセスを宥めるように言った。


「まあね。でも、アンタさぁ…」


「ヒッ」


 エセスに睨まれ、ウェンティは大きな身体を縮こまらせる。


「いつまでもそうやってビクビクしてるんじゃないよ。イラつくわ」


「ご、ゴメンねぇ…」


「あんたのペアじゃないんだから関係ないだろ」


 サニードはムッとして言う。


「関係あるわよ。他の集落のヤツらも来てるんだから、みっともないところは見せたくないの。アンタみたいな“穢れ”とかもね」


 エセスは翡翠色の瞳に憎しみを宿し、サニードを冷ややかに見やる。


「ファウド様も酔狂よ。アンタなんかを育てなければ…」


「ウチの悪口は別にいい。けど、じいちゃんの悪口は言うな」


 サニードの銀白の瞳に怒りの火が灯る。


「おいおい。上役様の事を言うのはさすがにマズいでしょ、エセス」


「フン!」


 そっぽを向いてしまったエセスに、レナドはやれやれと肩をすくめた。


「悪かった…とは言わねぇよ。オレもエセスと同じ意見だしな。まあ、かといって長老様たちを否定する気もないがね」


「どっちでもいい。ウチらに話しかけるな」


「そんなこと言っていいのか? せっかく忠告してやろうと思ったのによ」


「忠告だぁ?」


「そうさ。…オマエら武器はどうした?」


 サニードとウェンティは顔を見合わせる。


「気付かないかよ? おめでてえな。ほら、他の連中みてみろよ。武装してるだろうが」


 言う通り、皆が弓や剣を持っている。レナドも長剣を腰に下げていた。


「剣が必要だなんて聞いてないし…」


「森の奥に入るんだぞ? それも深夜のだ。装備を整えるのなんて常識だろうが。狼どころか、幻狼(ファントムウルフ)妖樹(トレント)だって出てくる。死霊(ワイト)に襲われたってことも昔にはあったらしいぜ」


 気弱なウェンティだけでなく、サニードまでも顔を曇らせるのに、レナドは気をよくして口の端をニヤリとさせた。


「ウチらは…」


「あー、そうだったなァ。弱えーんだったなァ! ハハッ!」


 明らかに見下して顔で、ここぞとばかりにレナドは声を張り上げたので、周囲からクスクスとした笑い声が漏れた。


 サニードは唇を噛み、ウェンティは俯く。

 実際、サニードは剣や弓どころか魔法の才すらなかったのだ。ウェンティこそ簡単な治癒魔法は使えるが、彼女も戦う才能は皆無と言っていい。


「…今からでも遅くはないさ。恥かくだけじゃ済まない。命が惜しきゃさっさと辞退しな」


 エセスが冷たく言い放つ。


「……なにを騒いでいる」


 低い声が響き、レナドとエセスはバツが悪そうにした。


 木の影からいつの間にかやって来た老年のエルフたちが音もなく顔を出す。


 大人になったエルフは、年齢による変化はほとんどないものの、長い経験を得て者の眼光は鋭くなり、物腰が落ち着いたものとなるので、それだけで年寄りのエルフかどうかがだいたい判別できる。


「じいちゃん…」「ファウド様…」 

 

 サニードとレナドは気まずそうに見やってくるが、ファウドと呼ばれる眉間に深いシワの寄った背の高いエルフは特に表情を変えることもなかった。


「この儀式に辞退などない。何度も繰り返したように、14歳から18歳の間の者は強制的に参加しなければならん。儀式を経て、森に認められてから一人前の成人として扱われるのだ」


「戦えないヤツらもすか?」


 サニードたちを指差し、茶化すようにレナドが尋ねる。


「…予め魔物はあらかた掃討しておる。遭遇する可能性は低い。それでも不安な者には“魔除の鈴”を渡す。申し出よ」


 ファウドはそう言って、サニードに鈴を渡す。レナドとエセスはいかにも興醒めといった、不服そうな顔を浮かべた。


「祭器を渡す。組で1つだけだ。くれぐれも道中で割らぬ様にな」


 サニードたちに配られたのは、布に包まれている以外、特に変わったところもない石でできた小振りの平皿であった。


「これを祭壇に供えればクリアか。楽そうだな」


「そうやって油断して道に迷うアホもいるのよ。アンタなんかに任せられないわ。私が持つから貸しな」


 エセスは、ひったくる様にレナドから皿を取る。


「1枚、1枚に特殊な魔法印が施されている。従って、どの組がどの祭器を持っているかこちらは把握している。こすい手段を用いようとしても無駄だからな」

 

 ファウドとは別の老エルフが言った。


 これは仲間内で祭器をやり取りし、ひとりが何枚も運搬するといった不正を防止ためのものだった。

 レナドがチロッと舌を出したのは、そういったことを考えていたからである。


「また組同士で連帯するのも原則として禁じる。出発地点と時間は小皿を巻いてある布の裏に示されている通りだ。当然、他の組には教えてはならん」


 サニードが布の端をめくって見ると、簡易な案内図と時間が書かれていた。


「なんか子供の頃にやった宝探しゲームみたいだね」


 ウェンティも布をのぞきこみ、クスクスと思い出し笑いをする。


「あー、そだね」


 大人たちが宝と称した玩具を森の中に隠し、それを子供たちが探し当てるというものがあったが、これは遊びというより訓練だった。森で生きていくための方法を、遊びを通して学ばさせるためのものだ。


「サニード」


「ん? じいちゃん?」


 何か言いたげにしているファウドに、サニードは感ずるものがあって少し戸惑う。


「あ、あのさ、ウチは…」


「……いや、いい」


 ファウドはチラッと他の老エルフを見やり、それからもう一度、サニードの顔を見やった。

 それはほんの短い時間であったが、サニードにはなぜかとても長く見つめられていた様な感じがした。


「……“気をつけて”、な」


 そっけなく短い台詞だったが、そこに意味深なものが含まれているのにサニードは気づく。


「じいちゃん、あ、あのさ! ウチは…」


「さあ! 時間だ!! それぞれ移動を開始しろ!!」


 呼び掛けは号令に掻き消され、ファウドは聞こえなかったかのように踵を返して行ってしまう。


(これで最後なのに…)


 サニードは唇を噛み、名残り惜しそうにファウドの背を見送ったのであった……。

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