089 シャルレドVSヴァルディガ
(およそ3,900文字)
「なんとも、いい天気だなぁ」
子供が庭でも散歩しているかのように、ヴァルディガは軽快な足取りで進む。
「よお、久しぶりだなぁ。シャルレドォ〜」
ヴァルディガは、自分の進む先に立ちはだかっているシャルレドに手を振った。
「……オマエ、独りにゃ?」
シャルレドの問い掛けに、ヴァルディガは持っていた血塗れの剣を見せて肩を竦める。
「……屍ばかり増やして、オマエは何がしたいんにゃ」
「戦争に参加するだなんて、みんな死にたがりなんだろ? だから、その願いを叶えてやったのさ」
その物言いに、シャルレドの後ろに立つ青年騎士たちは怒りを露わにしたが、「挑発に乗るにゃ」と短く叱責する。
「まあ、それはそうとよ。俺の後からベイリッド様が来る。逃げるなら今のうちだぜ」
「ベイリッドはこっち側には来ないにゃ」
「あ? なんでそんなことが言える?」
「暴走させた悪魔はこっちが手薄だった。僧兵たちが放ったあのデカい一撃は、もっと向こうの方にゃし」
シャルレドは、ヴァルディガの立っている場所から東寄りを指差す。
「悪魔の暴走が意図的で、ベイリッドの誘導が目的だったとしたら、真っ直ぐにはこっちには来ないにゃ」
ヴァルディガはわざとらしくピューと口笛を吹くと拍手した。
「さっすが、シャルレド。正解だぜ。やっぱりお前はいいなぁ」
「……でも、全部は分からんにゃ。ハイドランドの首が目的なら、こんな回りくどいことやる必要はない」
ヴァルディガはニヤニヤと笑っていた。
「ライラード、エルフの軍……それらも巻き込んで、何をしようとしてるにゃ?」
シャルレドはチラッと、空に滞空している空中城塞エアプレイスを見やる。
「答えると思うか?」
「思わないにゃ。だから、ここで“頭脳”であるオマエを先に潰しに来たにゃ」
「その脚で俺に勝てると思って……」
剣を抜いた青年騎士たちを見て、ヴァルディガは歯を剥き出しにして獰猛に笑う。
「なんだよォ。若造どもを冥土に道連れにするなんて、らしくねぇなぁ! シャルレドォ!!」
ヴァルディガが走り出すのに、シャルレドも杖代わりにしていた剣を引き抜く。
そして、ヴァルディガの黒剣、シャルレドの曲剣が激しくぶつかり合う!
片手で軽く剣を振ってるように見えるが、双方ともに剛剣の使い手であり、巨石を一撃で叩き潰すだけの威力を秘めていた。
それは、とても剣同士がぶつかってるとは思えなかった。プレートアーマーを着た巨漢同士が、高速で衝突したかのような、そんな重い金属音が辺りに響き渡る。
「こ、これがレンジャー同士の戦いかよ……」
「レベルが違いすぎるぞ……」
目では飛び散る火花しか見えず、両者一歩も退かない攻撃の応酬を見て、青年騎士たちは息を呑む。彼らは、この場に自分たちが居て果たしていいものかという疑問を抱いていた。
「さすがだ! 腕前は落ちてねぇな! これならドゥマ単身程度なら圧倒していたろうよ! だがな……」
シャルレドの義足の繋ぎ目から、古傷が開いて血が滴っているのを見て、ヴァルディガはほくそ笑む。
「短期でケリをつけなきゃいけないってのは、文字通りの足枷だなぁッ!」
「前に!」
シャルレドに合わせ、騎士のひとりが突っ込んで来るのに、魔法を使おうとしたヴァルディガは目を細めた。
「なんだ? そいつは……」
騎士はタセットの下から、荒縄に何か小袋を括りつけて幾つも垂らしていた。
よく見ると、シャルレド以外の騎士たち全員が同じようなものを身に付けている。
「魔法! 撃って来いにゃ! オマエは魔法剣士だろが!」
「ああん?」
【フレイム・ボール】を放とうと、左手を上げたヴァルディガがピタリと止まる。
「何を迷ってるにゃ? さっきの台詞、そのまま返してやるにゃ。“らしくないぞ、ヴァルディガ”」
シャルレドは曲剣を水平に挑発する。
「せっかく、“オマエの魔力”に合わせて調合したにゃし」
「調合だと……?」
シャルレドが仄暗い笑みを浮かべるのに、ヴァルディガは真顔になる。
「……はッ。爆弾か。それも俺の魔力に反応して炸裂するタイプか」
騎士たちが「え?」という顔をして、シャルレドを見やる。
「正解。星霜屑と炸薬草を混ぜ合わせ、オマエの魔紋の形代に流しこんだにゃ。魔法をぶっ放したら、次々と誘爆して、ここにいる全員跡形もなく吹っ飛ぶにゃ」
騎士たちは真っ青な顔を浮かべた。
「“雑貨屋ァ”。大盤振る舞いだな。俺1人に、えらく金が掛かってるじゃねぇか……」
「破産寸前にゃ。まあ、オマエを殺すためなら安い方にゃ」
「だがよ、そんな程度で俺が死ぬと思うか?」
「そんなわけないにゃし。だけど、オマエ……理由は知らないけど、“消耗”するわけにいかないんじゃにゃいのか?」
シャルレドにそう言われ、ヴァルディガは呆気に取られた顔をした後、喉の奥底で笑う。
「……よく分かったなぁ」
「魔力を温存して戦おうとしてるのが見え見えにゃ」
「ああ、そうだよ。この後に“メインイベント”が控えてるんでな。体力も魔力も極力使いたくねぇ。お前相手にはしゃあないと思っていたが、そんな雑魚どもにはなぁ……」
憎々しげにヴァルディガは騎士たちを睨む。彼らはこの隙とばかりに、シャルレドの義足側に回復魔法を掛けていたからだ。
「……攻撃魔法を使うまでもねぇ。全員、普通に斬り殺してやるぜ」
ヴァルディガが剣を構え直すと、騎士たちが奇妙な隊列を組んでることに気付く。
「ああ!」とヴァルディガは髪を掻き上げて舌打ちした。
「……ったく。ホント、お前って奴は。とことん相手の嫌がることをしてくんのな」
額に青筋を立て、ヴァルディガは笑う。
騎士たちは3人1組、前に1人が盾を持って、後ろの2人が、その前に立つ男を今にも突き刺すような姿勢で構えていた。
「チッ。殺される前提の陣形かよ」
これはヴァルディガが先に前の男を斬り殺した瞬間、後ろに控えていた2人が左右へと拡がり、次にどちらを攻撃すればいいかという選択肢を増やさせるためだ。
もちろん、ヴァルディガの腕前ならば、それでも3人をほぼ同時に斬り捨てることは難しくない。
(だが、その後ろにはさらにシャルレドが控えてやがる……)
複数の“肉の盾”の後ろ、絶妙な距離でシャルレドが構えている。しかも、彼女の左太腿が大きく盛り上がっている。全力の踏み込み体勢だ。
純粋な剣速でいえば、シャルレドの方が明らかに速い。3人を斬り殺した後、ヴァルディガの首を叩き落とされるのは間違いなかった。
「どうした? ヴァルディガさん。愛してやまないアアシが目の前にいるにゃし。早く抱き締めに来いよ」
シャルレドはわざとらしく大きな乳房を揺らして見せる。
若い騎士たちは剣先を震わせていた。
「(ここが正念場にゃ。ヴァルディガがしびれを切らせて、勝負を焦った時がチャンスにゃ。ガンバレ、クソガキども。オマエたちは死なにゃい。生きて帰ったら、褒美に乳ぐらいは揉ませてやってもいいにゃ)」
シャルレドはさっきからずっと若者たちに、ヴァルディガには聞こえない声量で話し掛けていた。
彼らを“爆弾”としても、“肉の盾”としても使う気はなかった。
しかし、ヴァルディガは“そう考えるだろう”と、シャルレドは思っていたのだ。
おおよそ共感力というものに欠け、“自分が
やる残虐行為は、他人も平気でやるだろう”……そんな傲慢とも言える歪んだ思考が、ヴァルディガの強さを支えると同時に、彼のもっとも大きな弱点となっていたのだ。
「さあ、オマエとの腐れ縁もここまでにゃ! オマエを潰したら、次はベイリッドの大馬鹿野郎にゃ!」
シャルレドがそう言った後、急に周囲に強い冷気が吹き荒れ、全員が辺りをキョロキョロと見回す。
「な、なんにゃ?」
さっきまで一面の青空だったのが、今では薄墨でも空間に撒いたかのように影を落とす。
それは夕闇が訪れたといった類のものではなく、色素を抜かれでもしたかのように、周りの景色が色褪せて見えていたのだ。
「ようやくかよ。ま、ほぼ予定通りだけどな」
ヴァルディガは首をコキコキと鳴らして言う。
「……何をやったにゃ?」
「あん? 何をやっただって? 何もしてねぇ、俺じゃねぇよ」
「オマエ以外に誰が……」
「シャルレド。優しい俺からの忠告だ」
「忠告にゃと?」
「死にたくなきゃ、ここを動くな。お前でもどうにもならない事態になる」
「何を……言ってるにゃ? ヴァルディガ!」
「さてね。伝えるべきことは伝えた。俺は行くぜ」
「ちょっと待つにゃ! 勝手なことを!」
シャルレドが止めるのも聞かず、ヴァルディガは投げキスをすると、東の方へ向かって走って行ってしまう。
「な、なんで? あっちはディバーとは真逆ですよ?」
「アアシにも分からないにゃ。だけどイヤな予感が……」
その時、シャルレドの横の繁みが揺れた。視線を向けると、そこから出てきたのは──
「罪与の商人……オクルス。なんでオマエがこんなところに……」
オクルスとサニード、レアムが連れ立っているのを見てシャルレドは「なんでコイツらもいるにゃ」とさらに訝しげにする。
「我々の脱出のため、力をお借りしたいのです」
開口一番に言ったオクルスの言葉に、シャルレドはポカンと口を開いたのであった。
この後、しばらくシャルレドとヴァルディガの回想に入ります。




