086 スフィーダ
(およそ3,000文字)
〈この話の登場人物〉
〇レアム…ハイドランドの若き近衛兵。サニードに想いを寄せている。
◯エセス…エヴァン郷のエルフ。サニードの回想、『032 エヴァン郷の忌み子②』で登場した人物。
〇ドゥマ…通称、狂犬ドゥマ。ベイリッドの配下、ヴァルディガの弟分。オクルスに恥をかかされ恨みに思っている。
話は遡り、ベイリッドとイゼリアが邂逅する少し前──
押し寄せる下位悪魔たちを、レアムが先頭に立ち次々と斬り伏せて行く。
「じゃまだ! 強くはないが、数が多い!」
剣を引き抜き、返す刀で首を落とす。
「ゴメン! ウチが足手まといになってる!」
「問題ない! けど、俺より前に出るな! そのスライムはちゃんと抱いておけ!」
サニードとグリンを守りながらのため、その歩みは遅々としていた。
「だけど、この後はどうする? 勢いで出てきちまったけど」
一通り周囲の敵を倒し終わったレアムは、額の汗を拭って尋ねる。
「本陣の方へ行こう! ゼリューセさんやシャルレドと合流する。これ自体、きっと予想してなかったことだよ」
「それはそうだろ。まさか仲間割れするなんて……」
「違う!」
「違うって何がだ!? またか! クッ! そこをどけッ!」
急に脇の木陰から飛び掛かって来た悪魔の頭を、剣の柄頭で叩き潰す。
「ふぅ。今のは少し危なかった。……で、違うって何がだ?」
「ヴァルディガだよ。アイツがこんなミスをするとは思えない」
「思えないって……実際、ベイリッド軍も襲われているじゃないか。こっちからすれば、好機と言えば好機だが」
「こっちを有利にさせるようにして、何か罠を仕掛けるのがアイツのやり方なんだって!」
「なに? それはどんな罠だ?」
「知らないよ! だから、シャルレドに聞きに行こうって言ってんの!」
サニードは手近に転がっていた石や枝を投げて応戦するが、レアムが「余計なことするな」と怒る。
「……なんだ? 急に数が減ったぞ」
さっきから引っきりなしに襲い掛かって来ていたのに、ピタリとそれが止んだのにレアムは怪訝そうにする。
「まさか、オクルスがもう追いついて……」
サニードはキョロキョロと辺りを見回した。オクルスなら、こんな下等悪魔をまとめて倒すことも可能だと思ったのだ。
「クソッ! 来るなら来い! やってやる!」
勝てる自信はなかったが、やぶれかぶれな気持ちでレアムは剣を構える。
そして、周囲の木々がザワザワと動く。
一瞬、それは風がそよいでるだけかと思いきや、サニードはピクッと長い耳を動かした。
「エルフだ」
「え?」
「エルフが森を移動する音だよ!」
「おい! 待てよ! だから、俺より先に行くなって!」
走り出したサニードは、森の中で上空を見やる。
木が不規則に揺れ、自然の音に紛れて矢が飛び、揺れている木の延長線上にいる悪魔に当たる。それも1本だけでなく、複数の箇所から同時に放たれたものだった。
「やっぱり。エルフの狩りの仕方だ」
魔眼の力を意識して、サニードは上の方を見やる。
「……こんなところに同族か?」
背景に同化していた1体が、こちらに視線を向けた気配があった。
そして上から飛び降りて来て着地する。サニードとレアムは思わず身構えた。
そして迷彩の魔法が切れると……
「ウソ……だろ。エセス?」
「まさかサニード……か」
背の高い、鼻頭から頬にかけて大きな古傷のある女エルフは、サニードを見やると不機嫌そうに目を細めた。
「なぜ貴様がこんなところにいる?」
「それはこっちのセリフだよ! エセスがいるってことは……他のみんなも?」
エセスはフンと鼻を鳴らす。
「今回の作戦には、我らエヴァンの戦士が全員参加している」
「全員参加? なんでエヴァン郷が……」
「エヴァン郷の未来を勝ち取るためだ。その為に、ファウド様が指揮を執っておられる」
「じいちゃん……が?」
サニードが複雑そうな顔をするのに、エセスは苛立ったように舌打つ。
「郷を棄てて、逃げたヤツには関係のない話さ」
「なんだと! ウチは逃げたわけじゃないッ!」
サニードとエセスは睨み合う。
「フン。今となってはどうでもいい。我らも、もう“子供”ではない」
エセスはそう言うと、彼女の後ろから大きな影が動く。
「お、おい! なんだよ! これ!」
レアムは上から圧迫されるような気配に、冷や汗をかきながら剣先を向けた。
さっきのエセスのように、森に擬態する魔法が掛かっていたのでハッキリとは見えなかったが、それでも人間の背丈の数倍はあると分かる。
「“ネグレイン”……まで。郷の外に!?」
サニードは真っ青な顔をして後退る。木の根に躓き、倒れそうになったところを、レアムが慌てて後ろから支えた。
「これで分かったろう。もはや後には退けぬ戦いなのだ。ハーフエルフ……半端者はとっとと去れ」
エセスは冷たくそう言うと、自身に【同化擬態】と魔法を掛け直す。
「待って。ウェンティは? ウェンティはどうしたのさ!?」
エセスはそのまま行ってしまおうとして、ふと立ち止まる。
「……私は知らんな。聞くのなら、ファウド様に聞け」
エセスは自分が来た方を指差す。そして、半透明な大きな手が彼女を掴んだと思うと、あっという間に遥か上空へと消えてしまった。
「……おい。さっきの女、仲間なのか?」
「仲間なんかじゃないッ」
サニードは唇を噛んだままそう言う。
「……クソ。本当に何がどうなってるんだよッ」
頭を押さえ、サニードは足を踏み鳴らした。
□■□
森の中を疾走していたオクルスは、エルフの気配とライラード軍の動きに神経を向けていた。
「気配が混じりすぎて、サニードの正確な居場所を特定できない。長く留まるのはやはり得策ではない。
……メディーナ。自由に動くことを許可する」
オクルスが“統制”を解くと、メディーナを含む全スライムたちが、各々の感覚器官を用いて周囲を探り始める。
「ベイリッド氏とヴァルディガ氏……この両者との交戦を何としても避けたい。それを踏まえつつ、サニードを確実に回収……」
オクルスはハッとして頭を引く。さっきまで頭があった所を、1本のナイフが飛んで行った。
「……今、少々忙しいのですが。何かご用でしょうか」
「よおよお、探したぜ。久しぶりだな、“商人さん”よ」
オクルスがナイフが飛んできた方向を見やると、繁みから双剣を手にしたドゥマが姿を現す。
メディーナが“再統制”を進言してくるが、オクルスは「サニードの探知を優先しろ」と短く指示を出した。
「あれからずっと考えてたぜ。オメェのスかしたツラに、剣を何度も突き刺して、グッチャグチャにしてやる日のことをよぉ」
ドゥマは先割れした舌をチロチロと動かしつつ、2本のショートソードを水平に突き出し、左右から逃げ道を塞ぐように挟み込む構えを取る。
「……そんな風に恨まれる覚えもありませんが」
「は? どこまでも人をおちょくってんじゃねぇぞ!」
「おちょくっているのはそちらでしょう。依頼主の関係者だから捨て置きましたが、私の邪魔をするなら本当に殺しますよ」
オクルスが殺気を放つのに、ドゥマは一瞬だけビクリと肩を震わせるが、すぐに引きつった笑みを浮かべる。
「そうこなっきゃ面白くねぇよ!」
「これだから、戦士というのは始末に負えない……相手との実力差を、“挑戦”と捉える傾向にある」
オクルスは、ドゥマを“双眼”だけでジロリと捉える。
「いいでしょう。取引外ではありますが、特別にお相手致しましょう」




