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057 シャーニカ宮殿

(およそ3,000文字)

 カイマイロの後に続き、シャニーカ宮殿の中を進んで行く。


 南国の果樹園が渡り廊下を両側から挟むように広がり、甘い香りがサニードの鼻腔をくすぐる。


 柱や壁も今までサニードが見てきた装飾と異なり、半透明な玉細工であしらった日除けや、オリエンタル風な魔物の木彫り像、色の違う繊維を左右から互い違いに編み込んだカーペットなど、おおよそペルシェでは見かけない物ばかりだった。


「崖下から風が吹き、雲を南部へと散らし飛ばしてしまうので、この辺りは雨害による影響を殆ど受けませン。だからこそ雨避けもないのでス」


「へー、そうなんだ」


 カイマイロはヒゲを撫で、横目でサニードを見やる。


「果物を見ておられたので、ここで育つのが不思議と思われたのかト…」


「え? あー、いや、そういうわけじゃ」

 

 困ったようにそう言ったサニードのお腹が、クゥーと返事をしたので彼女は頬を赤く染める。


「キキッ! 美味そうに見えたんだろ!」


 欄干をトトトと走って来たキキヤヤが、ツタを登り上に実っていた大振りの赤い果実をもぎりとる。


「ほら!」


「っと…!」


 キキヤヤが果実をサニードに放ると、地面に落としそうになりつつもなんとかキャッチする。


「いいの?」


 なんとも食欲をそそる芳醇な香りに、サニードは思わず喉を鳴らし、かぶりつきそうになる寸前で首をブンブンと横に振った。


「キキヤヤ。姫に断りもなく…」


「あ! 食べちゃダメなら返すよ!」


「カッタいこと言うなよー。オレシアもいるぅ?」


「いえ、私は結構です」


 一番最後尾を歩いていたオレシアは帽子を深く被り直して固辞した。


「そうか! アテは食うよ!」


 キキヤヤがモシャリと果実を頬張るのに、カイマイロはため息をつく。


「あの、返すよ…? お姫様のなんでしょ?」


「いエ、姫はお許しになるでしょウ。それはいいのデス」


「ならどうして…?」


「客人に対する態度としてハ、不適切だと申しているのデス」


 カイマイロがそう苦言を呈するのに、キキヤヤは柱をスーッと滑り降りてきて舌を出した。


「食べろ、食べろ。サニード。こーんなにいっぱいあるんだ。食べきれず腐って落ちるんだからもったいなーい」


 カイマイロが頷くと、サニードは笑顔になって「いただきます!」と頬張る。


「〜〜ンンンッ!! あっまーい!!」


 ピョンピョンと跳ねるサニードに、キキヤヤは満足そうに笑う。


「失礼ながラ、交渉に来られた商人には見えませんナ…。普通のお嬢さんですネ」

 

 カイマイロはハゲ頭をポリッと掻き、サニードとオレシアを見やる。


「あ、あはは! イヤだなぁ!! 商人! 商人だって! ちゃんと立派な商人!」


「それならばよいのですガ…。姫は気難しい方なのデ」


「さっきから“姫”って誰のこと? ルデアマーの偉い人って、歳いったオジサンなんじゃ…イタッ!」


 オレシアに臀部の肉をつねられ、サニードは悲鳴を上げる。


「ハイドランド・ルデアマー氏の代理人の方ですね」


 オレシアがそう答えると、カイマイロとキキヤヤは一瞬だけ顔を見合わせて頷く。


 それからは言葉を特に交わすことなく、黙々と回廊を進む。


 カイマイロたちと少し距離を取り、サニードは小声でオレシアに声をかけた。


「さっきのなに? 痛かったんだけどッ」


「…下級貴族ならともかく、領主自ら商人と会うことはまずありません」


「はあ? だって向こうから来いって言って来たんじゃん」


「私の時も相手はヴァルディガ様だったでしょう? もし、ここに欠如なき魔商本人が来たのなら話は別だったかもしれませんが、こちらも代理人を立てています。向こうからすれば得体の知れない人間。振る舞いには注意して下さい」


 サニードは頬を膨らませる。


「……サニード。貴女は商人としては無名なのですからそれをお忘れなく」




□■□  




 豪華なテラス付きの客室へと案内され、カイマイロとキキヤヤはそのまま部屋には入らずに外で待機する。


 上質なスエード生地の椅子にちょこんと座り、サニードは落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回した。


「えーと、“セフィラネの代わりに来ました”ってまず名乗ってから、向こうの要求を聞いて、できるかできないか判断して、それから金額の交渉。もし、ウチで判断できないなら、持ち帰って考えるって話を…」


 サニードは指を折り、どんな順番で話して行くのかを頭の中で整理する。


「……ねえ、オレシア。なんか困ったことあったらサポートしてくれるんだよねぇ?」


「今回の取引は貴女のものです。私には関係がありませんね」

 

 冷たくそう言われ、サニードはモゴモゴと口を動かす。


「で、でもさ、ウチが失敗したら…」


「セフィラネのことですから、その点も織り込み済みだとは思いますが…価値価格を誤り、損益が出た場合は商売人の負債となるリスクはあります」


「……? どういうこと?」


「貴女が商品を売った金額より、セフィラネから調達する際の経費の方が勝った場合は、サニード自身が損益補填をすることになります」


「それってウチの借金ってこと?」


「支払えれば借金にはなりませんが…。支払えなければそうなりますね」


 サニードは冷や汗をかいてゴクッと息を呑む。


「ウチが変な取引しようとしてたら止めて!」


「……? 最初から取引など臨まねばよかったのでは?」


「……取引はする。しなきゃいけないから」


 なにやら覚悟を決めた様子でサニードはそう呟くが、オレシアはその意味を深く考えることはなかった。


 ガチャリと扉が開き、サニードは思わず身を固くしたが、着ているメイド服とワゴンから給仕が来たのだと知る。


「お茶をお持ちしました」


「あ。どうも、ありがと…ん?」


 テーブルにカップを置いた犬耳の少女を見て、サニードは目を瞬く。


「…チルアナ? チルアナじゃん!」


「え? …サニード?」


 顔を上げた犬耳の少女…チルアナは驚いた顔でマジマジとサニードを見やる。


「なんで、サニードがここに…?」


「それはこっちのセリフだよ! チルアナこそどうしてここに!? それにそのメイド服だって…」


 チルアナは真っ黒なメイド服を着ていた。アジアンテイストな調度品に囲まれている中にあっては少々ミスマッチに感じられた。


「私はここで雇って働かせ…ヒッ!」 


 そこまで言ったチルアナがビクッと身体を震わせたのは、オレシアが射殺しそうな目で睨んでいた事に気付いたからだ。


「……シャルレドがここにいるのですね」


「げ! お、オク…じゃなくて、オレシア!」


「答えなさい。シャルレドは…」


 オレシアが危惧していたのは、ルデアマー本家で自分の正体がバラされてしまうことだった。


「あ、う…」


 蛇に睨まれた蛙よろしく、チルアナの全身は硬直し、微かに震える剥き出しの両太腿から、ツーッと雫が垂れて白いニーソを汚した。


「オレシア! やめて! チルアナはなんも悪いことしてないじゃんか!」


「答えなさい」


 サニードの制止も聞かず、なおも追求しようとしたオレシアだったがハッとしたように顔を上げた。


 チルアナがその場にへたり込むように座ってしまうのに、サニードは「大丈夫?」と駆け寄る。


 そうこうしているうちに、奥扉が開いて何者かが怪訝な顔つきで入って来た。


「騒々しいですわね。大道芸人をお招きした覚えはありませんよ」

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