043 対立関係
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日もすっかり落ちた詰所の前では、男たちが押し問答している姿があった。
「だから、この町の防衛に関してはルデアマー兵団を通すのが筋って言ってるんだろうが!!」
年若い血気盛んな若い衛兵が怒鳴る。
「この件は別だ。我々、レンジャーが市民から受けた要請で動いているからな」
年季の入ったレンジャーが首を横に振った。
「協力してやるってんだよ! なぜそれがわからねぇんだ、この石頭!」
「無用だ。魔物の討伐については、我々の専門分野だ」
「俺たちの力がいらねぇってんのか!?」
「そう言っている」
「この野郎!!」
今にも胸倉をつかみそうな若い衛兵に、沈着冷静なレンジャー。
町の防衛を担う責任ある衛兵は落ち着いて物事に当たるべきなのに、報酬優先の自由業の代名詞とも言えるレンジャーによって諭されるという、まるでその立場が逆転したような有様だった。
「なにをこんなところでギャーギャー言い合ってやがる」
「ヴァルディガ隊長! ドゥマ副長!」
ふたりの登場に、衛兵たちはホッとした顔を浮かべた。
「ようやく、少しはまともに話ができるヤツが来たか…」
「マックス・ハルバーさんよ。ギルドの稼ぎ頭のお前さんまでが出張る事態かい」
マックスと呼ばれたレンジャーは、30代前半の金髪を後ろに撫でつけた、筋骨隆々とした歴戦の猛者を思わせる風貌をしていた。
「手が必要なんじゃねえか?」
ヴァルディガがそう言うと、若い衛兵は「さっきからそう言ってたんです!」と大きく頷いて肯定する。
「問題ない。よくある、いつもの魔物討伐のひとつだ」
「へえ?」
「ヴァルディガ。お前らペルシェ兵団はいつも通り、町の哨戒でもやっていてくれ。なにかあればこちらから頼む」
「おいおい。それにしちゃ、ちと規模が大きくねぇか? チームアップにしたって、ギルド総出って感じじゃねぇか?」
ヴァルディガの言う通り、ギルド側の人数は多い。幾つかのチームが多数集まっていた。
「マックスさんよ、即席の連携なんて上手くいかないぜぇ」
ヴァルディガが口元を笑わせるのとは対象的に、マックスの口角がグッと下がる。
「知ってるぜ。出てきたのは、マンティコアなんだろ? しかも普通では考えられない動きをしている。突然変異個体って可能性も考えられるってな感じか?」
「…チッ。腐っても、元レンジャーか」
尋常じゃない恨みを込めた目で睨まれるが、ヴァルディガはフンと肩を竦めて流した。
「リュカオンの群れもいるんだろ? 少しばっかき荷が重くはねぇかい? 俺たちも討伐を手伝ってやるよ。安心しろ。お前らの報酬をかすめようってセコいことは考えてねぇよ」
ヴァルディガがそう言うと、マックス以外のレンジャーたちの敵意が若干薄れた。彼らの中に、今回ギルドから提示された高額報酬を自分たちだけで独占したいという強い欲求があったのだ。
「貴様らのような遊びでレンジャーをやっていた者と我々は違う! 我々にもプライドがある! いくらドラゴンスレイヤーだろうが、そんな者の力は借りんでも足りる!」
マックスがそう断言するのに、レンジャーたちはハッとして、次々と「そ、そうだよな」と頷く。
「遊びだとぉ…! どっちがだ! 黙って聞いてりゃ調子に乗り…」
ドゥマたちが額に青筋を立てるのに、ヴァルディガは「落ち着け」とそれを止める。
「お前らに依頼した市民ってのは、元町長ダラブロだよな?」
「なに?」
「どうせ、ベイリッド様に対する当てつけだろ?」
「……憶測で物を言うのはやめろ」
「ダラブロと、冒険者ギルドマスターのドミニク・ストンが懇意にしてたのは知っている。正直に言えよ、ネタは割れてんだよ」
さらに続けようとしたヴァルディガを止めるように、マックスは片手を上げる。
「……ベイリッド・ルデアマーがペルシェの町の長だとは…いや、サルダンの盟主になることも、誰も望んでいないし、認めてもいない」
マックスは唇を強く噛む。
「故に、貴様らルデアマーの息のかかったゴロツキの手を借りることはありえんッ」
「テメェ!」
「いちいちイキリたつな、ドゥマ」
「だ、だけどよ、アニキ…」
ヴァルディガは仕切り直しとばかりに手を叩くと、マックスたちは眉を寄せた。
「マックスさんよぉ! 今の話を聞いたら、なおさらだぜ!」
「なおさら?」
「今回の件は、なんとしても参加させてもらわねぇとな!」
ヴァルディガがニイッと歯を剥いて獰猛に笑った。
「ベイリッド様と、ダラブロの狸ジジイのどっちが本物の“町長”として上か、決める絶好の機会じゃねぇか!!」
「貴様…」
「どうせなら、どっちが先に討伐するか勝負しよーぜ。そういうの嫌いじゃねぇだろ? “現役”レンジャーさんよぉ」
ヴァルディガは、マックスと鼻先同士が付くぐらいにまで近づいて睨み合う。
「…それとも、まさかブランクある俺に遅れを取るのが怖くて、乗っかれねぇってこたぁねぇよな?」
ドゥマや衛兵たちが吹き出してニヤニヤと笑うのに、レンジャー側はさらに剣呑な雰囲気となる。
「……後悔することになるぞ」
「よーし、決まりだな!」
□■□
ヴァルディガとドゥマたち兵団は森の中へと分け入って行く。
「魔物の位置も把握してるはずですし、ヤツらからしたら町の周辺は庭みてぇなもんで、地の利…どれを取ってもマックスの野郎どもの方が有利っスよ」
ドゥマは不満そうに言う。
「確かにそうだな」
「なら、アニキ! こんなところでモタモタしてるわけにゃあいかんでしょ!」
切り株の上に腰掛けて、一向に動く気配を見せないヴァルディガに、ドゥマはやきもきしていた。
「気の短ぇヤツだな、ドゥマ」
「でも!」
「“なら”、“でも”…次は“だって”か?」
「あ…」
いつの間にか立ち上がっていたヴァルディガに見下され、ドゥマは気まずそうに視線を彷徨わせる。
「尻にでも火がついてんのか?」
「え、あ…」
むんずと臀部を捕まれ、ドゥマは思わず身を捩るが、ヴァルディガはそれを許さない。
「このとても鍛えられてるとは言えねぇ、柔らかな尻してるから、さっきから落ち着きなくソワソワとしてんじゃねぇのか?」
「ぐっ、あ…そ、そんなことは…」
尻をグニグニと強く揉みしだかれ、ドゥマは手下たちの前で醜態を晒すのに恥ずかしそうにする。
部下たちは一瞬呆気にとられた顔をしたが、気まずそうに見なかったフリを決め込んだ。
「時にゃ、“機”ってのは待つ必要がある。その見極めができねぇかろお前は駄目なんだ」
ドゥマの尻を吊り上げる様にして持ち上げ、ヴァルディガは自身の下半身を押し付けて凄む。
強く主張をする股間を当てられ、ドゥマは顔を恐怖に引きつらせ思わず喉を鳴らす。
「あ、う…、わ、わかった。わかったよ…。だから、離して…」
ヴァルディガが離すと、ドゥマはその場で尻餅をついた。
「…で、でも、マックスが先にマンティコアを見つけちまったらどうすんスか?」
「また“でも”、か。懲りねぇ馬鹿なヤツだな。いいんだよ。先に見つけさせて…」
騒音が聞こえてくるのに、ヴァルディガはニヤリと笑う。
「道案内、まったくご苦労さんだぜ」




