031 猫女と犬娘の脱出作戦①
※ダークファンタジー的な要素があまりなかったのでその表記を消しました。
(およそ4,000文字)
若干の性的描写や百合表現があります。
時はオクルスたちが蘭芙庭に訪れる3時間ほど前に遡る──
営業時間直前となり、男性スタッフたちが慌ただしく1階フロアを行き来していた。
「集合! 整列!」
リーダーが声を張り上げると、フロントの前に全員が駆け足で集った。
「これから、お客様をお迎えするぞ! 気合を入れろ!」
「「「はい!」」」
リーダーは全員を見やった後、大きく頷く。
「いらっしゃいませー!!!」
手本となる直角のお辞儀を、リーダーがまずして見せる。
「「「いらっしゃいませー!!!」」」
それに倣い、スタッフたちが揃って頭を下げた瞬間、ドガンッ! という音と共に、扉が蹴り開かれた。
腰を曲げたままの姿勢で、スタッフたちは唖然と音のした入口の方を見やる。
「…は?」
この業界に席を置いて長いベテランのリーダーも、この事態に目を丸くしていた。
「おらー! お客様が来てやったにゃぞ!! はよ、案内しろやー!!」
サーベルを杖代わりに歩き、酒瓶を片手に呷りながらシャルレドが入って来る。
「お、お客様…? まだ営業はして…」
一番近くにいた若手が声をかけると、シャルレドの血走った目が彼を捉え、おもむろにその首に腕を回した。
「ブッハーッ!!」
「酒クッサッ!」
「あーん? お客様に対して、その態度はねぇーにゃろぉ?」
「い、いや、あの! 店を間違えてませんかッ!?」
「あ〜〜?」
「ですからぁ! お客様は女性の方…ですよね。ここは男性向けの風俗店で…」
「あー? アアシが、オマエらみたいな玉無し男に見えるのにゃ? このデッケェのは偽乳だってーのか?」
「んぶぅ! や、やめ…て!」
シャルレドは若手の頭を掴み、自分の胸の谷間にとグリグリ押し付ける。
「女が女を買っちゃいけねぇってのかにゃし? ああーん?」
リーダーも含め、他のスタッフたちは目を逸らす。全員の顔に“面倒な客だ”と、そしてあの若手に全部押し付けてしまおうという決意が見て取れた。
「さあ、案内しろにゃぁ〜!!」
□■□
2階の上等客室。
通常は待合室で相手を選び、準備が整い次第に客室に案内されるのだが、支払う金額によっては追加のオプションとして、先に客室にと案内されることもある。当然、上客としての扱いであり、選んだ嬢が来るまで待たされることもない。
シャルレドに至ってはそんな追加料金は払っていないのだが、酔っ払った彼女が“他の客の迷惑になる”ことを考えて臨時でその対応となったのだ。
担当となったひとりの男性スタッフが、女の子への案内から会計までと、最初から最後まで対応することになる。言うまでもなく、今回対応しているのはさっきの気の毒な若手スタッフだ。
「どの娘に致しましょう?」
「うーん」
ベッドの上で胡座をかき、指名表を開きもせずに酒ばかり飲んでいるシャルレドに、スタッフは不審の目を向ける。
「……歳は18歳前後。髪色は薄茶。長い髪を後ろで束ねている。背丈はアアシの肩辺り。胸は…チッ、アアシと同じくらいはあったな。少し頼りなさ気だが、保護欲をそそるような顔をしているにゃ」
「ああ、そういう娘なら…」
「んでもって、コボルト」
「コボルト…? あ、あいにく当店にはコボルトは…」
「いるにゃろ? 厄介者になって、雑用係のが…」
「え?」
「繰り返させるにゃし。居るのは知っている。隠し立てするもんじゃない」
「上と相談をさせて…ヒッ!」
シャルレドは音もなくサーベルを抜き、男の首筋にと当てがう。
「アアシは気が短けぇんだ。片脚を失っちゃいるが、元の腕前はヴァルディガとドッコイドッコイってところかにゃ」
ヴァルディガの名前を出されたことで、男は青いを通り越して真っ白な顔になる。
「トロスカルに言ってみろ。地の果てまで追って、オマエだけは確実に殺す…必ず何があっても殺す」
「あ…う…」
「いいか。手脚を潰し、腹を刺して抜き出した腸を首に掛け、タマを切り取って口に入れた上で、散々に苦しめた後で殺す」
シャルレドの真顔と低い声だけで、男には充分に効果があった。
「なにをすればいいかわかったか?」
「あ、あぃ…。は、はひぃ。ち、チルアナを連れて来ます…」
ヨロヨロと男は部屋を出て行く。
シャルレドは「はー」と息を吐く。
「……なーにやってんだァ。アアシは」
□■□
しばらく待っていると、ガチャリとドアノブが開いてチルアナが入って来る。
「よお。元気そうでなによりにゃ」
「しゃ、シャルレドさん!」
最初、不安そうな顔を浮かべていたチルアナだったが、シャルレドの顔を見るなり駆け寄った。
「ご無事で! よ、よかった! 私、私は…」
「あー、いや、あの時、なにもしてやれなくて悪かったにゃ」
「いいえ、いいえ! 私なんかのために、あんな命懸けで…」
泣きじゃくるチルアナの頭を、シャルレドは優しく撫でる。
「…しかし、どうしてこのような娼館にまでお越しになられたので?」
「どうしてって、そりゃオマエの無事を確認したく…」
シャルレドは唇を噛みしめる。
「シャルレドさん?」
「……いや、少し昔のことを思い出してね」
自分の義足を撫で、シャルレドは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「で、なんで来たかといえば、そりゃチルアナとお愉しみがしたくてに決まってるにゃし! ニャシシ!」
「え?」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、シャルレドはチルアナの細いアゴに触れる。
「にゃーんて…」
「あ、あの…シャルレドさんがそれをお望みなのでしたら…」
チルアナは顔を真っ赤にして口元に手を当てた。
「へ?」
「病気も治ったようなので…は、初めてですが、なにとぞヨロシクお願いします!!」
深々と頭を下げるチルアナに、シャルレドは面食らう。
「じょ、ジョークにゃ!」
「え?」
「チルアナの緊張を緩めよーとしての軽いジョーク!」
「……そ、そうなんですか」
心なしか残念そうにするチルアナを見て、シャルレドは(その気があったのか?)と疑いを抱く。
「でも、いま病気が治ったと言った…かにゃ?」
「え? ええ。実はあれ以来、症状がすっかりと消えて。悩まされていた痛みもなく…」
「そんなことが?」
そこまで言って、シャルレドはその日に出会った男が不思議なことを言っていたなと思い出す。
「……あのペテン野郎。なにをした? いったい何者なんにゃ?」
「あの怖い人のことですか?」
チルアナの肩がカタカタと震えだした。
「なにか不思議なアイテムを扱う商人で…それで私を治した、と」
「なんにゃと?」
シャルレドはしばらく考え込む。
「……アアシは長年冒険者をやって、いまは雑貨屋もやっているにゃ。当然、薬にもそれなりに詳しい。けれど、疾病を一瞬で治すものなんて見たこともないにゃ」
「なら、私はどうやって…」
「…ただ、万病を治す霊薬なんて御伽話を抜けばね」
シャルレドは不服そうに付けそう加える。
「エリクサー…だったんでしょうか?」
「言ったろ。御伽噺の世界の話にゃ。仮に本当に存在していたら、王族でも大枚を惜しげもなく出して欲しがる代物にゃし」
「……そんなものを、私なんかに使うわけがないですよね」
「いや、チルアナに価値がないと言ってるわけにゃない。…あのペテン師、確かオクルスとか言ったか? まるでアアシらをゴミみたいに見る目…とても、特別な薬を使ってまで、誰かを助ける様な善人には見えなかったって話にゃ」
善人には見えないという部分に、チルアナは同意して頷く。
「まあ、オクルスの話は後でいい。いまはチルアナにゃ」
「え?」
「……アアシは見ての通り走れない。ベイリッドやヴァルディガが出てきたらそこで詰みにゃ」
シャルレドはサーベルの柄を強く握り締める。
「ペルシェに来たのは最初は復讐のためだった。…だけど、それが果たせないことを知って、アアシは早々に諦めたんだ」
「シャルレドさん…」
「復讐の機会を狙うだなんて言って、自分を誤魔化して、アイツらのお情けに縋ってきた情けねぇー女にゃ」
チルアナの目をしっかり見やり、シャルレドの目が真剣なものになる。
「……それでもアアシを信じてくれると言うのなら、オマエを…」
「私を連れて行って!」
シャルレドの腰に、チルアナは抱きつく。
「チルアナ…」
「私、私もシャルレドさんとたぶん同じです…。賊に故郷を蹂躙され、奴隷商に売り払われ、物のように扱われ…ずっと憎くて、憎くて、復讐したいと思ってもなにもできなくて。偽りでも、裏があってもいい…それも愛情なんだと自分を騙して今まで生きてきました…」
あの市場の老店主のことを言っているのだと、シャルレドは理解する。
「シャルレドさんだけです。私なんかのために危険を冒して下さったのは。だから、信じます。私も無力なままでいたくない! 私もシャルレドさんみたいに強くなりたい!」
小さな拳を握り締めるチルアナに、シャルレドはフッと笑って再びその頭を撫でる。
「いい娘だ。アアシが男なら間違いなく惚れてたにゃし」
「……女でも惚れてくれていいです」
「え? な、なんか時々、危ういにゃ…オマエ」
口を尖らせているチルアナに、シャルレドはたじろぐ。
「…しかし、どうやって脱出を? 窓には格子、1階は沢山の男共が居ますよ」
チルアナのその台詞で、シャルレドは彼女がずっと脱出の機会を探っていたのだろうと気づく。
「……チルアナ。恥ずかしいことは平気かにゃ?」
空になった酒瓶を見て、シャルレドはニヤリと笑った。




