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029 ご機嫌取り

(およそ5,000文字)

 商業ギルドの裏は、巨大な荷置場となっており、組まれた木製ラックの上に木箱や樽などが置かれていた。


「あー、馬がいるよ! ね! オクルス!」


 裏門側にあった馬小屋を指差し、サニードは「近くで見たい!」と騒ぐ。


「馬など珍しいものでもないでしょう。道を歩けばどこにでもいます」


 オクルスはサクリフィシオたちが(美味しそうじゃない)と不平不満を抱いたのを心の中で叱責する。


「ウチ、町に来てあんま外に出てないからちゃんと見たことないの! 触りたい!」


「後にして下さい」


「うー!」


「ホホホ。お嬢様は好奇心旺盛ですな」


 アブダルはどこからか洋梨に似た果物を持ってきて、サニードに手渡す。


「貰っていいの?」


「どうぞ。熟れすぎて商品にならない物ですので。ちょうど食べ頃ですよ」


「わー、ありがとう!」


 サニードは馬の事を忘れてご満悦となる。オクルスはそれを見て、あしらい方が上手いものだと感心した。


「…私にも同じ年頃の娘がおりましてね。10歳になるんですが、それくらいの子供にはね、甘い物とカワイイものが効くんですよ」


 アブダルはオクルスの耳元で囁やき、ウインクして見せる。


「ここで貿易品の荷捌きをしています。一部、貸倉庫としても使っているんですよ」


 聞いてもいないのに、アブダルは1日にどれくらいの荷物が入って来るとか、ここには馬が何頭いるだの、月に1度の荷運び競争という運び屋たちの行事があるだのという話をする。


「運輸手段は主に馬車ですか?」


「そうですね。木材などはヴァロン大河を利用して運搬したり、雨季には舟を利用することもありますが、結局のところ町までは馬車に頼らざるをえないので…トータルコスト的には陸路の方が安上がりです」


「雨季にも流通量は安定していますか?」


「もしや、ギルド隊商をご利用されるおつもりですかな?」


「いえ、単なる興味本位です」


 アブダルは片眉をピクリと動かす。


「雨季には湿地帯が冠水する場所がありますので、馬や車輪の足を取られますからな。使えるルートがだいぶ狭まります。そういった意味で流通は滞るとは言えますね。しかし、それはサルダン地方に限らず、どのガッドランドの町々でも同じ事が…」


 オクルスは「もう結構」と片手を上げて遮ると、さしものアブダルも少し不満そうな顔を浮かべた。


「なにもギルドの手腕を疑っているわけではありません。雨季に邪魔されて物流が滞る。しかし、自然現象が相手では仕方がない」


「は、はぁ…? それをご存知だったとすれば、今のご質問の意図はどこに?」


「それを解決する術があると言ったらどうしますか?」


「あっまーい!」


 果物に齧り付いたサニードが大きな声を上げてのに、オクルスもアブダルもそちらを見やる。


「えーと…解決する術、ですか?」


 アブダルは気まずそうに頬を掻いた。


「そうですね。この辺りならよいでしょう」


 荷物が一切置かれていない、ややひらけた場所を見てオクルスが言う。


「オクルス様? なにを…」


「まあ、しばしお待ち下さい」


 オクルスはコートのポケットから、銀色をした四角い薬入れのような物を取り出す。そして上部分を横にカチッと捻った。


「お、おお?」


 オクルスの爪先に紫色の魔法陣が生じ、捻りの角度によって大きさが多少変化する。

 ひらけた場所の目一杯のところまで陣を大きくしてから、箱の上部を深く押し込んだ。


 魔法陣は白く輝きを増し、突如としてズタ袋を荒縄で縛った荷物が大量に現れ、なにもなかった空間に小山を作る。


 アブダルとサニードは、目を丸くし、口を半開きにするというまったく同じような顔をして、その光景に見入ってしまった。


「こ、これは魔法ですか…?」


「ええ。【マジカル・ボックス】と呼ばれる魔法空間にアイテムを収納する高等魔法のひとつです」


「魔法までお使いになられるとは…」


「いいえ。私は魔法を使えません」


 アブダルは「へ?」と間抜けな顔をした。


「これは【マジカル・ボックス】にほぼ近い魔法を使うための道具『ポーター』と呼ばれるものです。魔法が使えずとも使用できます」


 オクルスはアブダルに、銀色の小箱…ポーターを手渡す。


「積載量はおおよそ馬車1台分。荷物は個体であれば封印…収納可能ですが、対象は無生物だけです。液体のものは瓶や缶に密閉すれば問題ありません。封印と開封の操作は少々コツが必要ですが、慣れてしまえば子供にも扱えるでしょう」


「あ。これを使ったんだ…」


 サニードは家にあった大量の資材を、オクルスがどうやって持ってきたのかを知る。


「こ、こんなマジックアイテムは見たことも聞いたことも…」


「そうですね。今のところ試作段階ですから流通していませんし、製造方法も秘匿しています」


「レジェンダリーではない? ま、まさか! おこれをお作りになったんですか!?」


「作ったのは私ではありませんが。…どうぞ、よろしければ差し上げます」


 アブダルの目が落ちんばかりに真ん丸くなり、二重アゴが伸びてシワが消えたんではないかというぐらいに垂れ下がる。


「な、なぜ私に…このような…」


「貴方なら活用できると思いましたから。これがあれば荷運びに、ソロのレンジャーに依頼するという手段もとれますね。雨季にも流通量が落ちることもない」


「…それで先程、冒険者ギルドとの提携の話を聞かれたんですか?」


 オクルスはそれには答えずに続ける。


「収納先の魔法空間の中は、時間的な流れが存在していないようで、副次効果的に品質の経年劣化が避けられます…」


 アブダルはなにかに気づいてハッとした。


「ペルシェ産のイロ豆は、雨季にも品質がよいものが大量に届く…そんな噂が近々聞けるとよいですね」


「ち、ちなみにポーターはまだ数が…」


「ええ」


「……お望みは?」


 アブダルは真剣な顔つきになる。


「流通路の確保です。また各ギルド間を通して、地域差のある様々な魔物の核を仕入れられれば幸い。ガッドランドでは、このペルシェが拠点とできればよいですね」


 白い歯を見せるオクルスに、アブダルはコクリと唾を飲み込む。


「……あなたは一体?」


「シヒヒ。…失礼。まだ“正式”には名乗っておりませんでしたね。私は関わるすべての方に富と財を与える者、僭越ながら“財与の商人”と呼ばれております」




□■□ 




 商業ギルドからの帰り道、オクルスは来た時と同じスピードで帰途に向かおうとしたが、俯いているサニードはなかなか入口から動こうとしなかった。


「…帰るつもりがないのなら置いて行きますよ」 


「なんかさっきのイヤだった!」


 オクルスがそう言うと、サニードは不満気な顔を上げてそう言った。


「イヤだったとは? なにがですか?」


「なにがって上手くは言えないけど、スッゴーク、イヤな気分になったの!」


「意味がわかりませんね」


「……アブダルさんにウソ言った?」


「ウソは言っていません。真実を隠しただけです」


「それをウソと言うんでしょ!」 


 オクルスは顔には出さなかったが、辟易とした感情を覚える。


「……オクルスは“悪いヤツ”なの?」


「“悪い”? …さて、魔物である私にそれを問いますか」


 オクルスは周囲に人がいないのを確認してそう言う。


「……いいから答えてよ」


「人間に害を与える事があるか? そういう意味で聞いたのだとしたら、私は“悪”でしょう。しかしながら、善悪というものはその時々の主観によって異なるものです」


「どういうこと?」


「私は私の理念に基づいて行動しています。そこに善悪などそもそも関係がありません」


「ウチは…」


「私のやる事に納得がいかないのでしたら、金を受け取って消えればよろしい。今でもそれは有効ですよ」


 それを聞いてサニードは傷ついた顔をして、自分の胸を抑える。


「……ウチが邪魔だと思う?」


「そうですね。どう見ても私にとっては利益にならない」 

 

 寸分の迷いもなくオクルスは答える。


「……なら、さっさと殺せばいいじゃんかッ」


 オクルスは眼を細めた。


「そうですね。そうしたいのは山々なのですが、私が貴女を殺そうとするとメディーナが命懸けで反抗するでしょう」


「え?」


「確かに、貴女とメディーナを同時に処分する方が早い。しかし、メディーナのような回復系能力を持つ個体は非常に希少です。従って、これは貴女を殺すメリットと釣り合わない…」


「……うっう…」


「?」


 オクルスはわずかに驚いた顔をする。それはサニードが大粒の涙をこぼして泣いたからだ。 


「なぜ泣くのです? 私はまだ貴女に危害を加えてはいない…」


「加えたよ! ここが! 胸がスゴイ苦しいッ!!」


 サニードは胸を抑えたまま、人目をはばからず大声を張り上げた。


「なんだよ! なんでそんなこと平気で言えるんだよ!!」


 周囲の視線を感じ、オクルスは警戒を強める。


(ここで私の正体を明かすのか…? 確かに効果的だ。これを阻止しなければ、商業ギルドとの交渉が無意味に…)


 オクルスはサニードを殺すかどうか悩むが、メディーナが(違う。やめて)と訴える。


「大丈夫かい? そんなにベソかいてなにがあったんだい?」


 夕飯の買い出しをしていたと思わしき中年女性が、見かねたようにサニードに声をかける。


「親子ゲンカかい? なにも、こんなに泣くまでやらんでもいいじゃないかね」


 女性は一瞬だけオクルスを非難がましい目で見やって言った。


「親子?」


 オクルスは眉を寄せる。


「ヒック…ヒック…親子じゃない…」


「親子じゃない? なら、まさか誘拐…?」


 女性の顔に恐怖の色が浮かぶ。


「…それも違う。ウチは弟子入りしたつもりだったけど、オクルスはそうじゃなかったみたいだから…その前の関係だと、買われた女と買った男の関係?? もうわかんないよ!! ウワァーンッ!!」


「エエーッ!?」 


 サニードのトンデモ発言に、女性は口をパクパクさせる。


「こんな年端もいかない()を手籠めに!?」

 

「…無益(イニュテル)な」


 面倒なことになったと、事態が悪化する一方であることをオクルスは嘆く。


「彼女は私の弟子です」


「そんなこと信じられるかい! この鬼畜が! 衛兵の前に突き出してやるよ!」


 女性は買い物カゴを振り回して唸った。


「彼女は私を困らせようとこんな意味不明なことを並べ立てている次第。ご迷惑をお掛け致しました。まことに申し訳ない」


「え? あ! ちょっと待ちなさい! 話はまだ終わっちゃ…」


 オクルスはサニードの手を掴み、女性が止める前にその場を離脱する。


 角をいくつか曲がり、さっきの女性が追いかけて来ないことを確認してオクルスは立ち止まった。


「…まったく困ったものだ」


 見知らぬ少女のために通報まではしないだろうとオクルスは思う。

 まだスンスンと泣きじゃくっているサニードを見て、オクルスはしばし考える様に俯く。


「……いい。メディーナ。私が対処する」


 オクルスは周囲を見回すと、公園の前で屋台が出ているのを目にする。普段は市場にいるが、さっきの女性のような夕食の買い出しに出た主婦などをターゲットにし、その帰り道にわざわざ店を移動させる者もいたのである。


「サニード。少し待っていて下さい」


「…え?」

 

 オクルスはそう言うと、屋台に向かって行く。そして、小麦を棒状に揚げて砂糖をまぶしたチュロスに似た菓子を数本買って来た。


「……食べますか?」


 オクルスが差し出しながら問うと、サニードは涙を拭いながら頷く。そして、それをまるごとガブリと一気に口に含んだ。


「どうですか?」


「……とっても甘い」


「そうですか」


「……うん」


 涙を流しつつ、お菓子を食べながら、サニードは空いた方の手でオクルスのコートの裾を掴んだ。


「……帰りましょうか」


「……うん」


 オクルスはさっきとは変わり、だいぶ歩くスピードを緩めた上で帰路へと着いたのであった。

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