022 ドラゴンスレイヤー
(およそ5,000文字)
「おいおい。本当に正午ピッタリにかよ」
使用人は壁時計を見やり、壁時計が音を響かせてるのを見て少し呆れた顔を浮かべた。
「それが指定された時間でしたので」
オクルスは悪びれもせずにそう答える。
「それより少し早く来るのが礼儀ってもんだぜ。まあ、遅れなかったから別にいいが。入んな」
扉を開き、オクルスを招く。
「初日は邪険にして悪かったな」
「初日? ああ…」
この屋敷に来て、初っ端に追い返したのがこの男だったと、オクルスは今になって思い出す。
「知ってるだろ? 陛下は色々と恨まれててさ。簡単に会えねぇようになってる。あんたはかなり特別、好待遇だぜ」
聞いてもないのに、奥へと案内する間、使用人はベラベラとそんな話をした。
「不穏な話はいくつか聞きましたが、命を狙われているほどなので?」
「もしかして知らなかったのか? 前町長ダラブロ・メットメーさ。元々からこの町はベイリッド様のもんだってのを忘れて、代行に過ぎなかった男が分相応の逆恨みしてやがんだ」
「いきなり地位を追われたらそうなるのも無理からぬことでは?」
「ベイリッド様が戻るのは元々の予定だ。それにちゃんとその後に相応のポストも用意していた。それを蹴りやがったんだ。欲深いんだよ」
「それで命を狙うように?」
「ああ。爆弾とか何回か送られてきてな。町中を捜索したんだが、あの野郎はどこへ隠れてんだか見つかりゃしねぇ。見つけ出したら半殺しじゃすまねぇな」
使用人は拳を叩いて笑う。
「さ、ここでしばらく待っててくんな。すぐにお呼びがかかるからよ」
使用人に案内されたのは、大きな部屋の一室であった。待合室らしく、大きな白い大理石のテーブルと椅子がある。
使用人はオクルスを押し込むように部屋に入れると、「じゃあな」と入口へと戻って行った。
壁側から強い視線を感じる。しかし、何事もないような素振りでオクルスが座ると、それが気に食わなかったのか鋭い舌打ちが聞こえた。
「……よう。昨日は世話になったな」
低く威嚇するように、壁に寄り掛かったドゥマが言った。
「特に世話をした覚えもありませんが」
「ざけんなよ! 皮肉に決まってんだろが! これだけの事をしておいて忘れてたとは言わせねぇぞ!」
自分の頭に巻かれた包帯を指差し、ドゥマは苛立ちを露わにする。
「続きをやりたいのなら構いませんが?」
「は…? いや、オメェは客人だろ?」
思いもしなかった台詞に、ドゥマは少したじろぐ。
「高そうなカーペットですね」
オクルスは、ドゥマの足元を見やって言う。
「なんの話だ!? それがどうした!?」
「いえ、貴方を殺す時に汚してはまずいと思いまして」
「ッッ!!!」
事もなげにそんなことを言うオクルスに、ドゥマは戦慄する。
「オイラを殺したら、オメェはタダじゃ済まないぞ!」
「そうですか。しかし、昨日のやり取りをみて思ったのですが、貴方の価値はベイリッド氏にとってそれほど高くはなさそうです」
「なんだと!!」
オクルスはゆっくりと立ち上がった。
「私の知り合いも奴隷商がいます。貴方より強く、貴方より賢く、貴方より忠誠心が高い戦奴を探すこともそう難しくはないでしょう」
ドゥマは柄に手を掛ける。そして抜くかどうか迷った瞬間、オクルスは一気に間合いを詰めて目の前にと移動してくる。
(しまった! 壁に追い詰められ…)
「“客人を挑発する様な者”、その代わりを用意することで謝罪としましょう」
「な…オガッ!!」
オクルスはドゥマの開いた口に、指をおもむろに突っ込む。
「ンモゴオッ!!」
ドゥマは涙目にパニックを起こして暴れるが、オクルスはそのまま壁に押し付けるようにして逃さない。
革手袋の臭いが口腔内から鼻を突き、舌を押さえられた上、喉の奥に触れられたせいで嘔吐反射が起きているのに、咳き込んだり、吐くこともできない事にひどい苦痛を覚える。
「貴方の商売は“脅し”に成功しなければ成り立たない。“オイラを殺したら”…という台詞は、私に勝てないと自白している様なものです」
白目を剥いてビクビクと震えているドゥマの意識は遠退きかけていて、そんな話を聞くどころではなかった。
「ハッハハハッ! まったく、アンタの言う通りだぜ!」
ヴァルディガが笑いながら入室して来る。
「悪かったな。離してやってくれや。俺の忠告を無視したんだから別に殺してもいいが、アンタにとっちゃこんなザコは殺す価値もねぇだろ?」
オクルスはそれに同意して、口に入れた手を抜く。
「ゲェッボッ! オゲエエッ! ブォエェェッ!!」
ドゥマは激しく嘔吐して、強く咳き込みつつ倒れる。
「ったく、きったねぇな。さっさと失せろ。じゃねえと、俺がテメェの首を叩き落とすぞ」
咳き込みながら何度も頷き、ドゥマはつんのめる様にして扉から出て行った。
「悪く思わないでくれ。市場で恥かかされたと思っての行動だ。舐められたら終わりの家業なんでね」
「特に何も思いませんが…。あまり良いやり方ではありませんね」
「部下の教育には必要なことさ」
ヴァルディガはそう言いつつ席につく。
「ベイリッド様に会う前に、少し俺と話でもしようぜ」
高価な調度品であっても、ヴァルディガにとっては安宿のテーブルと同じらしく、組んだ脚をテーブルの上に放り出す。
オクルスはハンケチで手を拭うと、ヴァルディガの向かいに座った。
「いくつか説明して置きたい注意と、お願いがある」
「なんでしょうか?」
「今回の契約で悪魔50体…これをグレーターデーモンにしてくれと頼んだのは俺の独断だ」
オクルスはピクリと眉を動かす。
「ベイリッド様は、悪魔族を用意するとしか思っていない」
「……私はベイリッド陛下と取引をしています。貴方が正当な代理人と聞いたから応じたのです」
「ああ。そうだ。今回、なぜ知性のある人型の魔物という条件を出したか…その理由は“示威”にある」
「示威?」
「ベイリッド様が、首都ディバーにあるルデアマー家の本邸にいる兄と跡目争いをしているのは聞いてるよな?」
「ええ。サルダン領主コディアック氏が死去されて揉めておられるという事は…」
「そうだ。それで近々、首都ディバーとこのペルシェの街で大きな戦いが起こる可能性が高い」
兄弟喧嘩で戦争となるかもしれないという話は聞いていたので、オクルスは頷く。
「兵力差はディバーの方が上だ。冒険者ギルドはペルシェの方がレベルが高いが、奴らはギルド規定で政治的な内乱には干渉しない。そうでないと、各町のギルド間のレンジャー同士で争う事になるからな」
「ペルシェ側が不利であることは理解しました。それと示威とは何の関係が?」
ヴァルディガはニヤリと笑う。
「そこで悪魔だ。人間に化けさせた悪魔を、ディバーの軍勢側に紛れ込ませる」
「自陣の戦力に組み込む…ではなく?」
「そうだ。それでそのことが白日の下に晒されたらどうなると思う? ディバー側は勝利のために、魔物まで動員したという批判を浴びることになるだろう」
「……魔物の存在を確認すれば、冒険者ギルドも対処に動くと?」
「ああ。単なる内乱ってだけじゃ済まなくなるからな。上手くやれれば、ディバーのギルドもこちら側に引き込めるだろう」
オクルスは顎に手をやり、しばらく考え込む。
「……それに使うにしても、グレーターデーモン50体は過剰すぎる戦力だと思いますが。敵側の危険性を広く伝播させる効果は充分でしょうが、いささか過ぎた代物かと」
「そう思うよな? だが、示威ってのはそういう意味じゃねぇよ」
「? 違うのですか?」
「ベイリッド様は竜殺しだ」
オクルスの目が細められる。
「レンジャーランクはブラックランク。昔の区分で言えば、最上位の“マスター”ってヤツだ。今じゃシルバー、ゴールド、プラチナってランクもなくなっちまったがな」
冒険者にはランクがあり、ホワイト、イエロー、グリーン、ブルー、レッドの順に、その色合いでレンジャー個人の能力が評価されている。
ブラックというのは、大支部のギルド長の推薦、かつ全ギルドの承認があって…それこそ勇者とか英雄などと言われる類のランクであった。
「レベルは70台。恐らくこの世界に5人はいない英雄クラス」
「……赤竜よりも上ですね」
「ああ。そしてベイリッド様は、古代竜をも倒している」
オクルスは目をさらに細める。
「……もしそうだとしたら、もっと知られている名でもおかしくはないですが」
「そりゃそうさ。セルヴァン本支部が隠匿してるからな。俺たち元チームメンバーか、それこそ各支部長しか知らねぇ事だぜ。
世間に知られてるのは、せいぜい“ルデアマー家の次男が、ドラゴンスレイヤーと呼ばれるレンジャーだった”って話だけさ」
「…“超越者の調停管理”ですか」
「よく知ってるな」
「魔物を扱っている以上、レンジャーと敵対する事もよくありますので。必然と詳しくなります」
「なるほどな。管理とは口じゃ言っちゃいるが、魔王もいない平和な世界で、勇者や英雄っていう超越者の強大な戦力を持て余しているわけだ。
ま、話が脱線しちまったな。それで、レベル70のドラゴンスレイヤーと、グレーターデーモン50体ならどっちが勝つと思う?」
「……それは難しい質問ですね」
「そうだろうな」
「魔法に対する対抗策があるのであれば……いや、ドラゴンスレイヤーの方が勝つ公算が高いかと」
アンシェント・ドラゴンが上級魔法を使うことを思い出し、オクルスは考え直してそう答えた。
「そうだ。最低でも30か40レベルが必要ったのは、そういうわけでだ。ドラゴンスレイヤーの力を見せつけるには弱すぎて物足りない」
「……つまり、ベイリッド陛下の力を誇示するためにグレーターデーモンを生贄にすると?」
「買った商品をそんな風に扱われるのは不服かい?」
「いえ、それは問題ありません。しかし、グレーターデーモンの知性は高い。制約の腕輪による制限下にあるとはいえ、死ねという命令には従わせられません」
「別にいい。全力で戦ってくれればな。かく言う、俺もドラゴンスレイヤーだ。まあ、ドラゴンっていうのは誇張で、実際には翼竜だけどな。なんなら、俺とベイリッド様を殺したら自由にしてやるって条件でも出してやるさ。それでやる気が出るだろ?」
そう言うからには、相当なまでの自信があるのだとオクルスは思う。
「……この話を私にしてよかったのですか?」
「あん? ああ。構わん。ここまで聞いて、俺たちと敵対しようと思う馬鹿なら話は最初からなしだ。他の魔物商人を当たるよ」
自分との取引を選んだのは、悪魔を即座に調達できる能力を評価してのことなのだとオクルスは理解する。
「……それで、ここからはお願いについてだ」
さっきまで饒舌に話していたヴァルディガが急に言い淀む。
「ぶっちゃけて言うと金の話だ。今回の交渉は俺に全権が与えられてはいるが、予算を少しオーバーしちまっててね。よかれと思ってしたことだが、グレーターデーモン50体なんて買ったと知れたらベイリッド様に大目玉を喰らうってわけさ」
「……グレーターデーモンの話はするな、と?」
「そう。それで頼む。聞かれても、“強い悪魔を用意する”とかなんとか言って上手く誤魔化してくれないか?」
「……ふむ」
「あと、金なんだが……とりあえず、前金で半分の5億Eを払うってのはどうだ? 残りは後で必ず払う!」
「そういったことはやっていないのですが…」
「俺には、昨日の貸しがあるだろ? な!」
「それは話は別では? 魔物を用意した時点で代金の方は頂かないと…」
「わーってる! 約束を違えたことは謝る! だけどよ、戦争ってのは色々と金がかかるんだ! この通りだ! ベイリッド様が無事にサルダン王になれりゃ、ちっとは色つけて払えるからよ!」
(白々しい芝居だ…。“この嘘”になんの意味がある? なにが目的だ?)
オクルスは、ヴァルディガの心意を測りかねてばらく黙る。
「それに、なにも見返りがないってわけじゃない!」
「…どういう意味ですか?」
「アンタにとって、最高の贈り物を用意したんだぜ」
オクルスは訝しそうにした。
「おい。入って来な」
ヴァルディガがそう言うと、扉が開いてひとりのハーフエルフが入ってくる。
「貴女は…」
「や、やぁ…。ちょっとぶり…?」
そう言って気恥ずかしそうに笑ったのは、サニード・エヴァンその人だった。
 




