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021 ベイリッド・ルデアマー

(およそ4,500文字)

 オクルスはなぜか屋敷の中庭へと連れて来られた。


 緑に包まれた庭園の中、案内人に「ここから先はひとりで、石畳に沿って進むように」と言われ、それに従って歩いて行く。


 中庭には小川まであり、小さな黄色い鳥が噴水の上で水浴びを楽しんでいた。

 昼下がりということも相まって、俗世から隔絶されたような長閑で牧歌的な雰囲気に満ちていたが、オクルスはそんな感傷に浸ることもなく先を急ぐ。


 そして中央付近まで来たところで、色とりどりの薔薇で囲まれた見事なガーデンアーチがあり、そこに人の気配があった。


「ウィベィナローズだよ。南方デマラグラン産でね。寒さに弱く、湿気も苦手だ」


 オクルスの方を見ることもなく、脚立に乗った男は作業を続けながらそう言った。

 剪定鋏で余分な枝葉を落とし、花の向きをひとつひとつ優しく調整する。


「雨期の長いこの地域で育てるには、なかなか難しいものさ。だがね、こうやって丁寧に面倒さえみてやれば、こうも見事に咲く。外側の花弁が強くハネているのがなんとも力強いだろう? 私の一番好きな花なんだ」


 脚立から降り、鋏を丸テーブルに置くと、軍手を脱いで振り返った。


 真っ直ぐな黒髪、額についた3本傷、鷹のように鋭い目つき、そして短く揃えた髭。長身痩躯だが、白シャツの上からでも鍛え上げられた筋肉で全身が覆われていることが分かる。

 そんな歴戦の猛者を思わせる容貌と、いま着ている薄汚れた前掛けがなんともミスマッチだった。


「はじめまして。私がベイリッド・ルデアマーだ。罪与の商人オクルス」


 ベイリッドから握手を求められたので、オクルスはそれに応える。


「お招きに預かり光栄です。ベイリッド陛下」


「陛下? フハハ。止めてくれ。どうせ部下共が勝手を言っているだけだろう。まだ違うしな。真に受けんでくれ。呼び捨てでも構わんよ。敬称が必要なら“閣下”とでも……」


「かしこまりました。ベイリッド閣下」


 ベイリッドは肩を竦めると、「かけたまえ」と丸テーブルに座るように促す。

 オクルスが座ると、彼は当たり前のように紅茶の準備を始めた。


「悪かったね。本来ならば私が真っ先に会うべきだったな。散々遠回りさせてしまって申し訳ない。……ところで、ローズティーは大丈夫かね?」


「大丈夫です。……閣下に複雑な事情があることは承知しております」


「その大丈夫は、ローズティーの方かな? 遠回りさせてしまった事かな? いや、冗談だ。両方だな」


 ティーカップを差し出しながら、ベイリッドも向かい側の席につく。

 やさしいフルーティーな薫りが辺りに漂い、ベイリッドは「うーん」とそれを愉しむが、オクルスにはそれが何を意味しているか分からなかった。


「……私のことは聞いたかい? 市井での噂は散々だったんじゃないかね?」


 ベイリッドの目にふとイタズラめいたものが浮かぶ。


「剣を振るしか能のない馬鹿な次男坊が、親の死に目に家督を継ごうとペルシェに帰って来た……それが酒ではなく、紅茶を嗜むのは意外だったかい?」


「噂というものは得てしてそういうものです。事実とは乖離があります」


「確かに。君ももっと恐ろしい人物だと思っていたが、意外と話してみると普通だ。世の中とはそんなものだな」

 

 オクルスはベイリッドを見やり、その無防備に見える自然体からすらも、尋常ならざる強さを感じ取っていた。


(強い……。あのヴァルディガより遥か上だ。“竜殺し”というのは本当だな)


 ベイリッドには護衛もおらず、剣を帯びてすらいなかった。そんな状態でも、仮にオクルスがここで暴れても制圧できるという自信があるように見えた。


「……それで、ヴァルディガは無理難題を吹っ掛けてきたかい?」


「いえ、特には……」


「嘘は言わなくてもいい。分かっているさ。金額の交渉して来たんじゃないかね? あの男は人を試す悪い癖がある」


「……支払いを、前金5億に後金5億と」


 オクルスがそう言うと、ベイリッドは吹き出す。


「いや、悪い悪い。ヴァルディガらしいと思ってね。このままだと、後金の方の支払いは上手く逃げられかねんよ、君」


「……それは困りますね」


「しかし、下級悪魔(レッサーデーモン)に10億とは……君もなかなか吹っ掛けるものだねぇ」


「……」


 余計な発言はすまいと、オクルスは答えない。その沈黙の意味を別のものと捉えたベイリッドは再び笑う。


「いいだろう。その10億は私が責任を持って出そう」


「戦争準備に金が掛かると言っていましたが……」


「ヴァルディガがそんなことを言ったのかい? ……私は戦争する気などないよ。これはそれを回避するためのものだからね」


「示威ですか。貴方の力を見せつける?」


「……やりたくはないのだがね。兄は頑固な人なんだ」


 今まで柔らかかったベイリッドの表情が固く曇る。


「シャルレドも君に迷惑をかけたそうだね。それについても謝罪しよう」


「彼女も貴方を恨んでいる様子でしたが……」


「それはそうだろう。私のせいで冒険者を続けられなくなったわけだからね」


 ベイリッドはカップの中の波紋を見やりながら続ける。


「私はレンジャーを辞めて領主になろうとしている。彼女からすれば、私が道楽の腰掛けにやっていたと思われても仕方ない。命を賭けてレンジャーをやっていた者に、それは許せんはずだ」


「事実は違うと?」


「そうだな。だが、話しても信じてはもらえん。花が咲き誇って自らを体現するように、私も結果を出して認めて貰うしかないと思っている」


 ベイリッドは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「……シャルレドの話はこの辺にしておこう。これは我々の問題だからね。巻き込んでしまった君には申し訳ないが」


「いえ、私に思うところはありません」


「そうか。それはありがとう。……そして、今日、君を呼んだのは他でもない」


 ベイリッドは深く息を吸うと、意を決したかのように続けた。


「私と専属契約を結ばないかね?」


「専属契約?」


「聞いたところ、君は魔物だけでなく武器や防具、魔法道具も扱うそうじゃないか」


「仰る通りです」


「このサルダンは小国と呼ばれるだけあって小さい。国土こそ東方ガットランドの中では2番目に大きいが、主国ライラードに比べれば経済力はその半分以下だ。軍隊の数で言えば、エルフの里を頭数に入れたとしても5分の1にも満たない」


 ベイリッドはパンと手の平で拳で叩く。


「……私がここに戻ってきたわけはね、命がそう長くないと覚った父コディアックが、レンジャーだった私に手紙を寄越したからなんだ」


「その話は初めて聞きました」


 ベイリッドは「だろうね」と頷く。


「その手紙の中には、父が多額の賄賂を支払って、ライラードの大臣に便宜を図って貰っていたということも記されていてね」


 苦悩に顔を歪ませるベイリッドは、自身を慰めるかのように顔を何度も撫でる。


「……元々、家督は兄に譲られるはずだった。しかし、兄はライラードの靴底を舐める気はないらしい」


「だから、父君はベイリッド閣下に手紙を?」


「今際の際にだよ。話し合う時間は幾らでもあったというのに……そもそも、なんのために私が父と兄に遠慮してレンジャーになったのか、父が知らないわけが……これ以上は止めよう。故人を悪く言っても始まらないしな」


 ベイリッドは深く嘆息して首を横に振る。


「兄はこのサルダン国に愛着はないのだ。自身の謀略によって、ライラードをも操れると過信している。いつかやがて、この国の民が火と血を見ることは想像するに難くない」


「……なるほど。それを止めるのが、ベイリッド閣下が跡目を狙う理由ですか」


「……不本意だよ。私は戦争する気はない。育った地に無用な血を流させたくはないだけさ。当然だろう」


(なんとも綺麗事ばかりだ。理想主義者……だな)


 オクルスは無表情のまま、ベイリッドという人となりを評価していた。

 

「そして、どうすればよいかと考えた方法が、力を見せつけるというチンピラのようなやり方だ」


 ベイリッドは苦しげに拳を握り締める。


「……そのためには悪魔でも魔物でも利用できるものは利用する。私の悪名が地の果てにまで轟いても構わん。兄ハイドランドが、そしてライラードが、無益な戦いを選択しないのであればな」


 ベイリッドは自分が抑止力となろうとしているのだと、オクルスは気づく。


「私も部下も力だけは十二分にある。しかし、どんなに強かったとしても、所詮は元レンジャーの中……少人数規模の話だ」


(抑止が機能しない可能性……そこも考えてはいるのか。単なる夢想家ではないが、統治者には向かない)


「戦争を本業とする彼らが本気になった時、集団の力にはとても敵わない。そこでだ。君が力を貸してくれるとありがたい」


「せっかくのお申し出ですが……」


 戦争に巻き込まれるのは旨味がないと、オクルスは即断する。


「いや、なにもすぐに返事をくれと言っているわけじゃないさ」


 断ろうとしたオクルスの言葉に被せる形でベイリッドが言う。


「この町にはしばらく滞在するつもりかね?」


「ええ。悪魔族をお売りする手前、それがお客様にとって安全に運用されているかどうかまでは見極める責任がありますので……」


「なるほど。君は真摯な商売人だな。よし。であれば、君にペルシェ内で自由に商売する権利を商工会を通して与えよう。どうかね?」


「……いいのですか?」


「まさか表の顔で、市民に魔物を売るわけではないだろう? 違うかね?」


「それはそうですね」


「私は善人ではない。兄を蹴落とし、領主となる覚悟も……つまり、清濁併せ呑む器量はあると、君には知ってもらいたいのだよ」


(1人でも多くの仲間を得たい……からか。それにしても、交渉が上手いとは思えないな)


 ヴァルディガが懸念していたのはこの部分だったのだろうと、オクルスは思う。


「その中で私が……いや、サルダン国がどの方向に向かうか見守っていて欲しい。そこで君の考えが変わる可能性もあるだろう」


(これは“交渉”ではない。“嘆願”か……)


 オクルスは途端に興味を失う。情に訴えられたところで、それに応える気はさらさらなかった。


「……ご期待には添えないと思いますが」


「そうかね? 私は人から誤解されやすい人間だが、レンジャー時代は人たらしだった事もあるのだよ」


 再びベイリッドが手を差し出してくるのに、オクルスは応える。

 ベイリッドは何かが伝わったという顔をしていたが、実のところオクルスにはまったく意味もないことだった。


「……厳しい環境でも、きちんと手入れさえすればこの薔薇園のように美しく咲き誇るものさ。私は国も同じはずだと考えているんだよ」


 ベイリッドはそうしみじみと言ったが、オクルスの心に一切響くことはなかったのであった──。

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