161 生贄の対価
(およそ4,400文字)
「は?」
そのまま行こうとしたヴァルディガは、周囲が“闇”に包まれているのに驚き立ち止まる。
「夜? いや、日が落ちるにしては早すぎる……な、なんだ?」
向かって右前方からは薄ら寒い湿気を帯びた風、
左前方からは喉を焼くような乾燥した風が吹き、その気温差で強い突風が吹き荒れる。
「何か……来る?」
左前方から氷霜を纏ったミレミレ、右前方から煮え立つマグマの肌をもつキュブロスが現れる。
「な、なんだテメェらッ!! どっから現れやがった!!」
尋常ではない強さを感じ取り、ヴァルディガは歯を剥き出しに4本剣を構えた。
「まあ、待て」
キュブロスは片手を上げて制する。
「そうそう〜。もう1柱来るからねーん」
ミレミレは、乱れた髪を片手で整えながら言った。
「もう1柱?」
ヴァルディガがそう口にした瞬間、周囲を錆びた鎖が覆った。そして、辺りの“闇”がさらに濃くなる。
そして“闇”の奥から、ジャララという鎖音が響き、キュブロスとミレミレの間から、メンフクロウのような顔がヌッと現れる。
「ヒゥッ!」
ヴァルディガは息を呑んで、その場に尻餅をつく。
「は、話が違う! テメェ! テメェは出てこれないはずだろうが!!」
彼は瞬時に、“それ”はかつてイゼリアたち上位悪魔を連れてきた存在なのだと理解した。
「……嗚呼。下界は実に騒騒しい。案ずるな、争う気は毛頭ない」
メンフクロウの顔……腐朽鎖魔侯シャクルモーグがそう言う。
「なに?」
「己たちは貴様に用があって来たのではない」
「なんだと? なら……」
「アンタの後ろの男に、ミレたちは会いに来たのよ」
「ああ?」
ヴァルディガが振り向こうとしたが、その前に周囲がグルリと横向きに反転し、倒れているオクルスとサニードが、なぜかシャクルモーグたちの目の前に位置となった。
「は!? いま、何をした?」
シャクルモーグは表情こそなかったが、キュブロスとミレミレは「そんなこともわからなかったのか?」と残念ものを見るかのような視線をヴァルディガに向ける。
「……此の男と、余……我々、悪魔はある“契約”を交わしておる」
「契約だぁ?」
「左様。『罪与の商人オクルスが死に瀕した際、預かっていた魔力の返還をもって契約を終了とする』というな」
そう言うと、3匹の頭上に魔力の巨大な塊が現れる。黒とも紫ともつかぬ蠢くエネルギーの塊であった。
「魔力の返還? なんなんだそりゃ……?」
「我々こと“超越位悪魔”と交渉するにあたり、この男が差し出した条件が2つ……」
「魔物の強化薬エキストラクトが完成した暁に、定期的な供給を己たちに行う」
キュブロスが腕を組んで答える。
「そしてぇー、その保証にぃー、現界でオクルスが得た魔力の7割をミレたちに貸与するー」
ミレミレは小指の爪を齧りながら微笑む。
「魔力の7割?」
「うんー。それも数百年分だねーん」
ヴァルディガは口を開き驚く。
「なんでだ? テメェら、なんでこんなスライムに肩入れしやがっている?」
「此の男の理念に感化されたというところだな」
シャクルモーグはグルリと顔を逆さにして笑う。
「理念だ? 何が理念だ……バケモノが……」
「魔力の返還は、我らに義務として科せられたものではない」
「このオクルスを生かすが有益か、はたまた無益か。取引を通じ、己たちの“信頼”が勝ち取れるかどうか」
「そーそー。返すかどうかはミレたち次第。この仔には、とーっても不利な契約だよーん」
「おい。なら、テメェらが現れたってことは……」
「左様。斯くして、我々は返還に応じる事にした」
シャクルモーグは、オクルスを指さす。
「……はて、オクルスは此れを何と呼んでいたか」
「己に聞くな。野郎の言葉遊びは小賢しくて覚えておらん」
シャクルモーグに問われ、キュブロスは不満そうに言う。
「はいはーい! ミレ覚えてる! “投資”だよ!」
ミレミレが手を挙げて言うのに、シャクルモーグと「嗚呼」と頷く。
「と、投資だぁ? ふざけんな! 悪魔に投資していたってのか!? 銀行じゃねぇんだぞ!」
ヴァルディガが憤慨するのを、3匹は不思議そうに見やる。
「我々、悪魔が重んじる契約だ。投資が何かは詳しくは知らぬ。然し、此の男が語る……ぷれ……」
「プレゼンテーション」
ミレミレが言うのに、シャクルモーグは「然り」と指を1つ立てる。
「其によれば、此の男は、悪魔も、他の魔族も、いや魔物すべてすら……世界そのものを独自の機構として組み込もうとしておるのだ」
キュブロスは「酔狂な話だ」と鼻を鳴らし、ミレミレは「夢があるってステキよねーん」と手を合わせる。
「神々ですら成し得なかった至高の安寧世界。我々までを巻き込み、魔の力のみで実現しようとしている……斯様なこと、幾星霜の月日の中で誰も試みた者などおらんッ」
シャクルモーグは、小馬鹿にしたようにビュイイイと甲高く嗤う。
「生まれ立ての“雛”よ。貴卿にその覚悟があるか? 我々、大悪魔まで共犯者とし、“罪”を“与”えるような男だぞ」
シャクルモーグはそう言うと、魔力の塊を放り、キュブロスとミレミレも同じようにする。
「……此れで対等だ。“力”が正しいならば示せ。貴卿が勝てば、再び相まみえよう。“魔王”」
シャクルモーグはそう言って“闇”と共に掻き消え、キュブロスは火柱となり、ミレミレは氷の花弁と散って消えた。
「なんなんだよ……。意味わかんねぇよ。おい。ふざけんなよ。これで復活とかあり得ねぇだろ」
オクルスの割れた“核”に3つの魔力が集まる。そして砕けた“核”が元に戻った。
「ふざけてんじゃねぇ! つまんねぇ!! そういうのはシラケんだよ!! つまんねぇんだよ!! ボケがァッッ!!!」
魔力の塊からオクルスは無数のサクリフィシオを生み出し、ヴァルディガは4本の魔剣で次々と斬り裂く!
「無駄だ! 無駄だ! こんな雑魚どもが無限に這い出てこようとよぉッッッ!」
大した脅威でないと、ヴァルディガが落ち着きを取り戻し始めたが、その斬り裂いたサクリフィシオが意味深に全方位に散っていることに気付く。
「クッ! これは囮か!」
サクリフィシオ遺骸が赤く輝くのを見て、それが何かしらかの攻撃手段なのだと悟る。
「魔法攻撃か?! そうだ!! 魔剣アンチマジックならテメェの魔力ごと!!!」
「……あいにくと、私の使う技は魔法ではありません」
オクルスの“核”が黒い焔となったように燃える!
──【生贄の対価】──
サクリフィシオたちは次々と爆発し、それはヴァルディガの全身を何度も全方向から破壊する!!!
「こ、こんなものでェェェッ!!!」
ひとつのひとつの爆発の規模は小さくとも、数百年分の魔力を使った爆破は決して止むことなく、その装甲を1枚1枚剥がすようにして壊していく!
残ったサクリフィシオたちは、その爆破からサニードを庇うように覆い、そして地面の中に吸い込まれるよう消えた。
「に、逃げるなぁ……! クソがァ!!」
ようやくのことで爆発が終わり、全身をヒビ割れさせたヴァルディガが4本の剣を地面に突き刺し、両膝をついていた。
「…………ハ、ハ。ど、どうだ……生き残ったぜ……」
ヴァルディガは白銀の色をした体液を滴らせながら嘲笑う。
「オクルス! 絶対に見つけ出して殺……ンガゲッ?!」
顔を上げたヴァルディガは醜く顔を歪ませる。
「か、身体が熱……が、ギ、ンガイギィギィッ!!」
顔中から体液を流し、ヴァルディガの意思に反して4本の腕が顔面を掴む。
「や、やめ……ロォボボボォッ!!!」
ヴァルディガは自身の手で金属のようになっていた“顔の表皮”を割るように無理やりに剥いでいく。
そして、ヴァルディガの黄金色に変わった骸骨面が露わになった。
「……なんと脆い“外殻”だ」
ヴァルディガのものではない嗄れた声が響き、4本の腕が拳で自身のヒビ割れた外装を思いっきり殴りつける。
全身を覆っていた黒銀の金属板や、背中の機構が砕けて崩れ落ち、中から一回り小さい、昆虫の外骨格を思わせる黄金色の鎧兜が姿を現す。
そして、腹部の中心で回っていたディガジュが外れて落ち、地面で駒のようにしばらく回ったかと思うと、サソリのような形態になる。
その際に顔に被っていたリュックサックの布切れは消え、そこには彼と同じような不気味な骸骨面が露わになっていた。
「大義であった。ディガジュよ」
黄金の骸骨が、眼窩に浮かぶ赤い光を揺らして言う。
「ゴ復活、オメデトウゴザイマス。“剣魔帝デモスソード”様」
ヴァルディガの中から現れた4本腕の巨体を持つ黄金の骸骨に、ディガジュは恭しく頭を下げた。
「解除に手間取ったようだな」
「ハッ。エルフドモガ閣下ノ御力ヲ使イ、ツマラヌ封印式ヲ施シテオリマシタノデ……」
「最後の辺りの記憶はある。ワシの魔力が弱体化しておるのはそういうわけか」
デモスソードは軽く手を振って丸い異空間を生み出し、4本の魔剣をその中に放り込んだ。
「ソノヨウナ弱キ“器”シカ用意デキズ申シワケゴザイマセン……」
「構わぬ。魔法剣士であれば、ワシの身体としては申し分ない」
自身の黄金の骸骨面に触れ、そして黄金の骨の手脚を見てデモスソードは頷いた。
「……しかし、この“殻”を破った者は」
「……確か、罪与の商人トイウ魔物デス。必要デアレバ、後ヲ追イ……」
「必要ない」
デモスソードがそう言い、ディガジュは黙る。
「……縁があれば、また会うこともあるだろう」
オクルスたちが消えた方向を見やり、デモスソードはそう言う。
そして、ディガジュは何処からか用意した真っ赤なマントを彼の肩に掛けた。
「行くぞ」
「コノ国ハ、コノママ放置デヨロシイノデ?」
「それよりも、真っ先に潰すべき国があろう」
「アア、閣下ノ御身ヲ奪ッタ、剣士ノ生マレ故郷……」
ディガジュがそこまで言ったところで、デモスソードに睨まれて気まずそうにする。
「……あれを陥とすのは、ワシの力が完全に戻ってからでも遅くはない」
空中城塞エアプレイスを見やって、デモスソードは「ヌハハハッ!」と笑い声を上げる。
そして、デモスソード、ディガジュは黄金色の球体に化けたかと思うと、物凄い勢いで上空へと飛び立ったのであった──




