014 市場での取立
(およそ3,000文字)
シャルレドの後を付いて、オクルスは市場の方へと向かった。
彼女はサーベルを杖代わりにして、義足である右足をやや引きずるようにして歩く。
「走れないキャッティなんて笑えるにゃろ?」
「いえ、そんなことはありませんが…」
「お姫様抱っこで運んでくれてもいいにゃよ。見た目よりは軽いにゃ」
「お望みとあれば」
「へ? あーあ。冗談の通じない男にゃね。そんなシチュに憧れるのは10代までにゃ。20代半ばでそれやったらただのイタイ女にゃし」
シャルレドを後ろから抱き上げようとしていたオクルスは首を傾げる。
「…店は放って置いてもよかったので?」
「どうせ誰も来ないし。常連はアアシが居なきゃ、注文書をポストに突っ込んで行くから気にしなくてもいいにゃん」
それで商売が成り立つのかとオクルスは少し疑問を抱いたが、当人はまったく気にしていなさそうだった。
「それでこれからどこへ行くと?」
「まあ、ついてくればわかるにゃ。夜の方が見つけやすいんにゃけど、どうせ昼もどっかでやってるよん」
シャルレドは、振り返ってオクルスを見やる。
「さっきからキョロキョロと。なんか見られてマズイことでもあるにゃし?」
「いいえ。ただ、私の存在を疎ましく思っている人もいるかも知れませんから」
「は? 変なヤツにゃ」
オクルスは、人混みに入ってもレンジャーや衛兵が声をかけて来ないことに安堵する。
サニードがもし話をしていたとしたら、今頃には手が回っていてもおかしくなかったからだ。
(信用はしてなかったが、約束は守ったということか…)
仮に話したとしても、商売女の言う突拍子もない事を信じる可能性は低い。オクルスとしてはこんなことで自分の動きが制約されるとも思ってはいなかったが、それでも面倒事が避けられるに越したことはない。
「あ。ちょうどやってるにゃ」
シャルレドが指差す方向を見やると、市場の一角でなにやら揉め事が起きている様だった。
「オラッ! 払うもん払えってんだろうがッ!」
「ああ、お止めください!」
「止めてじゃねぇーんだよ!」
「もう少しだけ! もう少しだけ待って下さいよ!」
「その台詞は聞き飽きたんだよ! クソジジイ!」
数人の男がタープテントの前で群がっており、手前にあった木箱を蹴り倒す。商品の瓶詰めが辺りに散らばり転がった。
「あれは?」
「わかんだろ。ベイリッドのとこの若い衆さ。ああやって、ありきたりのやり方で場所代の取立をしてるにゃ」
周囲の人々が不快そうにしながらも、「またか」といった諦念している事から、これはそう珍しいことでもないのだということがわかる。
「いいか、ジーサン。ここでテメェが商売できんのは、ルデアマーさんが商会に働きかけてくれてるからなんだよ。それは当たり前すぎて、理解してねぇってこたぁねぇよな?」
リーダー格と思わしきヒューマンの男が、転がった瓶を必死で抑えてる犬人の老店主に顔を近づけて言う。
「も、もちろんです…。“謝礼”をしなければならないことは重々承知しています」
「そうかい。そりゃ、殊勝なことだな。その気持ちはとーっても大事だぜ」
「し、しかし、いまはその用意がないと…」
「俺たちが巡回するようになって、盗難も大きく減ったよな。利益が出てねぇハズがねぇんだがなぁ。こんな臭い魚の瓶詰めでもよぉ!」
「グゥッ!」
瓶を掴んだ老人の手を、男は革靴で踏みつける。
「やめて! おじいちゃんに乱暴しないで!」
店主の孫と思わしき娘が駆け寄ろうとするが、男たちに羽交い締めにされていた。
「……兄貴。ここ、マジで金ねぇですぜ」
カウンターの裏を物色していた男のひとりが、殆ど小銭しか入ってないザルを見せて言う。
「探し物が下手クソだなぁ」
男は金髪を掻き上げ、鋭い鋸歯を見せて笑う。
「その釣り銭置きがあった下の箱にはなにがある? 見てみろよ」
店主と娘の顔色がサーッと青くなる。
「あー、売り物の瓶しかねぇですよ」
「アホが。その中の1本、どれでもいい。寄越しな」
「あれ? なんか重いぞ…」
「いいから、はやくしやがれ」
手下が言われた通り、適当に選んだ瓶を放るとリーダーは器用に片手でキャッチしてみせた。
「そりゃ重いよな。この瓶ひとつで幾らだい?」
瓶を手の平で弄ぶように投げて受け取るを繰り返す。明らかにズッシリとした重量感があるのが見て取れた。
「中身は…」
「ま、待って下され!」
瓶を開けようとするのを店主が止めるが、リーダーはそんなことお構いなしに蓋を開けて、中から銀貨を取り出す。
「お願いです! それを持ってかれたら、私らは生活ができなくなります!」
「そんなこと、オイラたちの知ったことじゃないねぇ。…回収しろ」
無情にもそう言い放つと、手下たちは金の入った瓶を探して店中を乱暴に引っ掻き回す。
「ううッ…」「ヒドイ…」
店主と娘は為す術なく、静かに泣くしかなかった。
「……しかし、これで終わりじゃねぇぞ」
「え…?」
「ジイサン。オイラは悲しいぜ。金を隠して上手く騙そうだなんて、こんな舐めた真似したヤツには示しをつけなきゃいけねぇと思うんだ」
男は大袈裟に悲しむ素振りを見せたが、目は少しも笑っていない。
「そんな…。金は全部持って行かれたし、品物も売れる状態じゃなくなってしまったのです。明日もわからん私たちに、これ以上なにを…」
「ああ。さっきから“私”が“私”が…自分の心配ばかりだなぁ。“ジゴージトク”って言葉を知ってるか?」
男は「ん? ジーゴジトク?」と一瞬だけ変な顔をしたが、「それはどーでもいい」と手をひらひらさせる。
「見てみろ、他の店を。確かに“謝礼”は大変かもしれねぇ。だけどよ、それでも皆は納めるべきものを納め、今日も労働に勤しんでるんだぜ? それなのにジーサンは恥ずかしいとも思わねぇのかい?」
リーダーはチラッと娘を見やる。
「……ふーん、齢は17くらいか? なら、“働ける”な」
「ま、待ってくれ!」
リーダーは、店主の方も見ずにその横顔を叩く。娘や周囲から悲鳴が上がった。
「連れてくぞ」
「い、イヤ! 離して! おじいちゃん!!」
「……どうだい? オクルス。これがこの町の日常にゃし」
シャルレドは笑ってこそいたが、その目の奥に怒りを宿し、サーベルを握っている手に力が入っていることにオクルスは気づく。
「ベイリッドの野郎がどんなにクソ野郎かこれでオマエにも…」
「あのコボルトが支払うべきものを支払わなかったんですから当然の報いでは?」
「あ? なんだって?」
シャルレドが殺気立つ。毛が逆立ち、瞳孔が丸く大きくなるのは、獣人族の特徴である。
「…支払うべきもの? わかってんのか? 法的根拠もねぇもんを払えってイチャモンつけられてんにゃぞ?」
「法的かどうかは知りませんが、それがこの市場の“ルール”なのでしょう? それに従わなかったから、“暴力”を用いる。自然の成り行きに見えますが、これのなにが問題で?」
シャルレドは怒りを通り越し、呆気にとられた顔を浮かべ、それから小馬鹿にしてように笑って見せた。
「……なーる。アアシの人を見る目も悪くにゃったもんよ。そうか。そういや、闇取引の商人にゃ。そんな野郎に情もへったくれもあるはずねぇもんにゃし」
オクルスには、なぜシャルレドがこれほどまでにコボルトのことで激昂しているのか理解できなかった。
「……我々には関係のないこと。感情に任せての行動は賢明ではないでしょう」
「そうかい? オマエを連れて来たのは、どっちにしろ悪どい取引を潰せると思ったからにゃ!」
シャルレドの肩を押さえて制止させようとしたオクルスだったが、一足早く、彼女は左脚だけで飛ぶように行ってしまう。
「……なんとも無価値な」
空を掴んだ自身の手を見やり、オクルスは辟易した気分でそう呟いたのであった。
 




