138 巨棺
(およそ4,800文字)
巨人型ネグレイン、飛竜型ネグレインの集団によって、蘭芙庭の周囲は囲まれてしまっていた。
「な、なんで、この店に集まってんだよ」
開いた天井部分から外の景色が見え、そこから他の店が攻撃された形跡がないと気づいてサニードは怪しむ。
戦える人間がいるかを辺りを見るが、1階部分には女の子たちや怪我人ばかりである。
2階では男連中が投擲などで応戦していたが、後方にずり落ちる形で倒壊してしまったせいで、生き残った者たちが這々の体で脱出していた。
「外にいた人たちは……バリケードごと潰したのかよ」
倒れて呻いているレンジャーや見張りを買って出た男たちが引っくり返って倒れているのを見て、サニードは奥歯をキリッと鳴らす。
「……なんだ? なんで、さっきから襲ってこないの?」
サニードは誰よりも前に出て構えているが、巨人たちは2階を持ち上げ落としただけで、その場に佇んでいるだけだった。
周りに小型の獣型ネグレインもいるが、唸り声を上げているだけで、建物の中に入ろうとする気配はない。
「じっくり痛めつけてやろうってこと? 趣味悪いじゃんか」
そんな軽口を叩くが、機械のようにしか動かないネグレインが返答するはずもなかった。
「そっちが戦う気ないなら……って、え?」
今のうちに人々を逃がそうとしたが、さっきまで動かなかった巨人たちが、急に道を開くように横へとずれる。
そして、巨人たちが動いたことで、町を侵食するように、道や壁に枝や根が溢れて拡がっていることに気づいた。
「何をする気だよ?」
様子を見ていると、奥の通りから巨大な物が運ばれているのが見えた。巨人たちが横二列となり、その肩に何かを担いでいるのだ。
「棺桶……か。ありゃ……」
上層階に隠れていたはずなのに、いつの間にかちゃっかりと1階に来ていて難を逃れた蘭芙庭のオーナー、クズリ・バッドソンがそんなことを呟いた。
「でも、あのサイズは……」
巨人たちは玄関の前で立ち止まり、“巨棺”を立ち上げる。それは3階建ての建造物並みの高さがあり、サニードたちの上に深い影を落とす。
「これを運んで来るために?」
サニードは憎々しげに聳え立つ棺を見やる。
「そうか。この中にいるのは……」
留め具らしき、左右一対となった蔦が下から順に弾けていく。
「ずっと、手下たちを使って……」
すべての留め具が外れると、棺の前面が崩れだす。
「ヴァルディガッ!」
役目は果たしたと言わんばかりに粉々になった木々の奥から、赤く光る目が現れる。
「アーッハッハッハッ!!! サニード・エヴァンッッッ!!!」
中からズルリと、ヴァルディガの上半身が現れ、百足のようになった長い下半身が続けて現れる。
「ヴァルディガ? えっ? えっ?」
クズリは異形となった怪物に、見知った顔がついているのを見て動揺する。
「サニード! いやぁ! 探したぜぇ!」
身を乗り出して、ヴァルディガはサニードを指差す。
「探した? ウチを?」
「ああ! わざわざ“本命”の前に、“野暮用”を片付けにな! お前を追い掛けて来たんだぜ!」
「は? なんでウチを探す必要があるんだよ!」
サニードを見下ろし、ヴァルディガは口を開いてゲラゲラと笑う。
その口腔内も枝や根の侵食が進んでおり、もはやどこからどこまでが人間の身体なのかすらもわからない。
「俺が寝ている間によ、コイツらが教えてくれたんだよ」
ヴァルディガは両手を広げ、獣、巨人、翼竜となったネグレインたちを示す。
「お前の存在が、一番厄介で危険だってなぁ!」
サニードは理解できないとばかりに首を横に振った。
「ウチは強いわけでもないのに……」
シャルレドやウェイローを警戒するなら分かるが、サニードを危険視する理由が思い当たらなかった。
「ん? さっき“ウチを探しに来た”って言ったよな? なら、ペルシェの町に来たのは……でも、どうやってウチの居場所を?」
「鈍感なヤツだぜ。首の後ろだ」
「え?」
ヴァルディガに言われ、サニードは自分の首に触れる。チクッとした痛みがあり、その部分を掴むと、そこには割れた木の破片のようなものが刺さっていた。
「コイツら……あー、ネグレインって言ったか? まあ、名前はどうでもいいんだがよ。コイツらは互いの居場所がわかるんだと。そんな“小さな欠片”でもよぉ」
「こんなもの……いつの間にッ」
サニードの手の内で、木の破片がモゾモゾと動き出したので、地面に叩きつけて足で踏み潰す。
「だが、ほんの数時間、“居場所”が特定できなくなった時は少し焦ったぜ。……どこへ遊びに行ってたんだい?」
「お前なんかに言うもんかッ!」
「そうかい。まあいいさ、こうして無事に“ペルシェ”に帰って来てくれたんだからな!」
そう言われ、サニードは目を大きく開く。
「待てよ。それって、ウチがここに戻って来なければ、ペルシェは……」
ヴァルディガは残虐な笑みを浮かべる。
「そうさ、サニード。テメェがここに来なかったら、俺は侵攻してねぇよ」
「ウチ……? ウチのせいで……」
背中に刺さる視線から強い敵意を感じる。
「あの娘が来なければ……?」
「店が壊されたのは、サニードのせい?」
「どういうこと? あのバケモノと知り合いか?」
ヒソヒソ声が、サニードの背中に掛けられる。
「あーあ、ヒデェよな! 何も罪のないペルシェの人々をよぉ! こんな不幸な目に遭わせて! とんでもない性悪なハーフエルフだぜ!」
「ヴァルディガ! 勝手なことを! お前はすべてを破壊するつもりのくせに!!」
その質問には答えず、ヴァルディガはサニードの後ろにいる連中に目を向ける。
「おおい。クズリィ? 何をコソコソ隠れてやがる〜?」
「ヒィッ!」
絨毯を引っペ返し、背中から被って隠れていたクズリは悲鳴を上げて飛び出てくる。
「ゔぁ、ヴァルディガ様。こ、これはこれは……ちょっと見ない間に、お姿が……なんというか、勇ましくなられたと言うか」
クズリは得意の愛想笑いと揉み手をしてペコペコと頭を下げる。
「聞きたいんだが、サニード・エヴァンがこの店にいるのはなんでだぁ? 復職したってことか?」
「へ?」
クズリは驚いた顔でサニードを見やり、ヴァルディガに何か企みがあるのだと悟ったサニードは険しい顔を浮かべた。
「聞いていてわかっただろう? 俺が用事があるのはサニードだけだ。だが、もしこの店と関係があるってんなら……」
「いやいや! 滅相もないことでございます! こ、こんな娘、うちとはまーったく関係も何もございません!」
クズリが汗びっしょりで言うのに、何人かの男性スタッフが「そうだ!」と頷いた。
「だってよ、サニード。どうするぅ? 俺としてはここは馴染みの店だ。大暴れしたくはねぇんだよなぁ」
サニードはギリッと奥歯を噛みしめる。
「で、出ていけ!」
「この疫病神!」
誰かが小石を掴んで、サニードの方に投げる。グリンがそれに反応して揺れた。
クズリがつんのめるように、サニードの目の前に来て跪く。
「な? な? サニード、わかるだろ? お前が行けば……丸く収まるんだ。みんな、助かるんだよ」
涙で顔をグショグショにし、哀願するクズリは失禁してズボンを濡らしていた。
「そうやって……何人も。こいつに女の子を差し出していたのかよ」
「そんな話じゃない。そもそも、お前はもう店の人間でもないだろ。なんで、なんで今さらになって戻って来たんだ」
「ヴァルディガは約束なんて守らないよ」
「関係ない。そんなことは私には関係ないんだ」
サニードには、目の前の小男が見た目以上に小さく見える。
「……ウチが抵抗しないで捕まれば、この人たちに危害を加えないと絶対に約束する?」
「もちろん、約束するぜ」
ヴァルディガは大仰な動作で手を胸に当てる。
「俺も……消耗はしたくないんでね」
なぜかわずかに左上を見て、ヴァルディガは答えた。
「……わかった」
サニードはそう言うと、腰の短剣を抜いて放り捨てる。
「ダメッ!!」
ヴァルディガの方に歩き出そうとしたサニードの前に、マシェリーが飛び出す。
「なんだ?」
「ちょ! なにしてんだよ!?」
「サニード。あなたを行かせないわ」
マシェリーは震える手で、サニードの肩を押し止める。
「ほ、本人が行く気になったのに! な、な、なにをしてくれとるんだ!!」
怒るクズリと男連中を、マシェリーはキッと睨みつける。
「みんな! メンターの金言を忘れたの!?」
マシェリーの声に、怯えていた女の子たちが顔を上げる。
「『女は、困っている人の悩みをみんなで解決する!』」
マシェリーがそう言うと、女の子たちは驚いた顔を浮かべた。
「『女は、どんな困難にも決して負けない』!」
女の子のひとりが拳を上げて言う。
「『女は、協力し合ってこの町で生きていく』!」
別の女の子がそう言うと、全員が頷き合う。
「……なんだこりゃ」
呆れるヴァルディガの前に、女の子たちが集結する。
涙は流していた、腰は引けていた、震えてもいた。だが、誰一人逃げ出すことはなく、まるでサニードを守るように円陣を組む。
そして、全員が拳を上げて叫ぶ。
「「「女は強いッ! 女は凄いッ!」」」
ヴァルディガは眉を寄せ、クズリや男たちは真っ青な顔で唖然とする。
「「「女は強いッ! 女は凄いッ!」」」
「「「女は強いッ! 女は凄いッ!」」」
「「「女は強いッ! 女は凄いッ!」」」
呆気に取られているサニードに、マシェリーは微笑む。
「大丈夫。サニード。私たちは仲間だもん。辛いことだって、悲しいことだってたくさんある。けど、後悔はしたくない。仲間に責任を押し付けて済ませるなんて、もうそんな恥ずかしい生き方だけはしたくないの」
「マシェリー」
サニードはグスッと涙ぐむ。
「あー、盛り上がっているところ悪りぃが……女は所詮、男の“力”には敵わねぇ。奪われ、嬲られ、侮られ、男の慰みものにしかなんねぇよ。そいつを今から身を持って証明してやるよ」
ヴァルディガは残虐な笑みを浮かべるとネグレインたちに指示を出そうとして──
「アーシがそれを許すとでもお思いかいッ!!!」
頭上から声がして、女たちの前にズドンッ! と、まるで巨大な岩でも落ちたかのような衝撃が走る。
誰もが突然のことに驚き固まっている中、片膝と拳を地面に突いている巨躯がゆっくりと立ち上がる。
紫にボリュームある髪が靡き、もはや逞しいを越えた山のように盛り上がった二の腕と大胸筋。割れた腹筋は金剛石のようで、剥き出しの脚は厳重武装した重装歩兵より頑強そうだった。
巨人たちの方が何倍も上背があったが、それよりも圧倒的存在感があるせいで、誰の目にも“彼女”の方がより大きく見えた。
粗削りの火山岩のような顔面骨格、割れた顎、分厚い唇、太い上がり眉、長過ぎるマツゲ……一度見たら、絶対忘れることのできない顔が、ヴァルディガを睨む。
「女たち! よく吼えた!! 感動した!! 後はアーシに任せな!! アーシが、アータらに指一本触れさせないよッ!!」
「トロスカル・ローションッ!」
ヴァルディガは引きつった笑みを浮かべる。
「何がどうなってこうなってそうなってるのか知らないけど、ヴァルディガの小僧! お仕置きの時間よ!! 覚悟なさんかーいッ!!」




