136 場数
(およそ5,000文字)
──時間は少し遡る。
「ヴァルディガの前に、オクルスとも一戦交えるかもしれないにゃ」
シャルレドは、シャムム雑貨店に戻ってきていた。サニードを待つ間、使えそうな道具を見繕うためだ。
「毒とか……あの野郎に効くのかぁ?」
シャルレドが棚から薬瓶を取り出すのを見て、入口にいたドゥマは小馬鹿にしたような顔をする。
「邪魔をするにゃら帰れ。アアシに付き合えなんて言ってないぞ」
シャルレドが冷たい目を向けると、ドゥマは肩を竦める。
「聞きたいことがあんだよ」
ドゥマが唇を尖らかせるのに、「なんにゃ?」とシャルレドは苛立ちを隠さずに聞く。
「アニキの……ことだよ」
薬箱を漁っていたシャルレドは、ピタッと動きを止めた。
「ヴァルディガが何にゃ? アアシに何を聞きたい?」
「……アニキは裏でハイドランドと繋がっていたとして、どこまでのことを知ってたのかな」
「あん?」
「いや、オメェは……オイラより、アニキとの付き合い長い……だろうからさ。なんか、わかるかもしれないと思って」
ドゥマはしどろもどろになって言う。
「ハッ。今さらそんなことを聞いてなんに……」
シャルレドはそこまで言い掛けて、真顔になって目を伏せる。
「全部……知ってたんにゃろ」
「全部?」
「ハイドランドの薄汚い野望や、ファウドの狂った思想もにゃ。全部、知っていた上で利用したんにゃ」
「そんなこと……」
ドゥマは唇を噛んで、頭を掻きむしって、それから肩を落とす。
「……ゼリューセから聞いたんだ」
「ゼリューセ? 何を聞いたんにゃ?」
「……その、話は途切れ途切れだし、ハッキリと聞いたわけじゃねぇし、オイラが勝手に……そう思っただけで……」
「いいからハッキリ言えにゃ」
ドゥマは言い辛そうに頷く。
「その、ゼリューセの母親……ミュンヘンが死んだの、ハイドランドが……毒……使った……らしいって」
シャルレドは怪訝そうにし、それから舌打ちする。
「なあ、アニキは、オヤジやミュンヘンと一緒に育ったんだろ! それなのに、そのことを知っていて……平気で……」
「……それがヴァルディガって男にゃ」
シャルレドが低く言うのに、ドゥマは息を呑む。
「ハイドランドもファウドも残酷で冷徹にゃ。目的のためなら手段も選ばないクソ野郎にゃ」
投擲用のナイフを胸ポケットにしまいながらシャルレドは続ける。
「だけど、ヴァルディガはそれに輪をかけて狂ってるにゃ。世界には自分とベイリッドしか存在していないと本気で考えてるにゃ」
ドゥマは拳を握りしめる。
「……本当に殺すしかねぇのか」
「まだ言ってるのかにゃ。オマエの尊敬するオヤジ……ベイリッドを殺したのはヴァルディガにゃ」
「そんなの! そんなの……言われなくてもわかってんだよッ」
シャルレドは「はー」とため息をつく。
「もし少しでも迷うなら、ゼリューセの顔を思い浮かべるにゃ」
「は?」
「サニードでも、アアシでもいい」
シャルレドはそう言って、脚を台に置いてブーツの横にも投げナイフを入れる。
「オメェらの顔を思い浮かべてどうなるってんだよ?」
「女のためなら頑張れるにゃ」
ドゥマは一瞬だけ変な顔をしたが、やがて「ぷっ」と吹き出す。
「……つまんねぇよ」
「オマエの話よりはマシにゃ」
「……ま、参考にさせて貰うぜ」
ドゥマがそう言い、「オイラにも薬草くれ」と店の中を見て回ろうとした時、外から轟音と振動が響く。
「な、なんだぁ? 今のは?」
「外に出るにゃ!」
□■□
広場に人集りが出来ていた。
屋台の中のひとつが潰れ、商品の果実は転がって散らばり、通りの方にまで残骸が飛んでいた。
その側で店主と思わしき人物が頭を抱えてパニック状態で、周りの人に「空から急に落ちてきたんだ!」などと説明していた。
「な、なんだこれ?」
「魔物? ドラゴン?」
屋台の上に転がっていたのは全身に傷を負ったワイバーンだった。仰向けになっており、長い舌を出してすでに絶命しているように見えた。
「どけ! どくにゃ!」
「ジャマだっ! 通せってんだ!」
シャルレドとドゥマが野次馬を掻き分けて前に進み出る。
「おい。これって……」
「間違いないにゃ。エアプレイスの飛竜隊にゃ」
シャルレドは、ワイバーンの足に所属を示す金属製リングがあるのを見て言う。
「竜だけか? 乗り手はどこに?」
ドゥマが疑問を口にするや否や、ワイバーンの下から呻き声がした。
「下敷きになってるにゃ」
「これはどうしたことだ!?」
大声が響くのに、シャルレドとドゥマは「ったく」、「クソッ」と悪態をつく。
「これは魔物か?」
「よお。マックス・ハルバー」
後ろに向かってドゥマが嫌そうに言うと、逞しい体躯をした金髪オールバック……マックスは驚いた顔を浮かべる。
「貴様は……“狂犬ドゥマ”? ディバーでの戦いで死んだんじゃなかったのか?」
「お生憎様、生きてたんだよ。それより金稼ぎレンジャーのオメェがなんでこんなところにいやがる?」
「今は俺が警備隊長としてこの町を守っている」
「ああん? オメェが?」
マックスの後ろにもレンジャーが控えており、ドゥマは胡散臭そうに見やる。
「オイラやアニキの不在をいいことに……」
「そんな話はどうでもいいにゃ。ワイバーンの下のヤツが死ぬ前に助けるにゃ」
「なんだと? 被害者が……って、お前はシャルレド・シャムム! 商業ギルドがお前をずっと探していたぞ!」
「くどいにゃ、デカブツ。少しはその図体を活かすことをするにゃ。手伝え」
シャルレドにそう言われ、マックスは「むぅ」と唸りつつも、他のレンジャーにも呼びかけ、ワイバーンの亡骸を動かす。
「クッ! 見た目より重いな!」
「泣き言を言うにゃ! そっちは頭の方を持つにゃ!」
「“せーの”で動かすぞ!」
「右か!? 左か!?」
「どっちでもいいだろ! そんなの! なら、左だ!」
「バカか! ちょっと浮かべるだけでいいにゃ!」
互いに怒鳴り合いながら、ワイバーンの身体を持ち上げる。
「そのまま持ってろにゃ!」
シャルレドはそう言うと、身を低くしてワイバーンの下に潜り込む。
「グオオオッ! お、重すぎる!! げ、限界だ! まだか!?」
真っ赤な顔をして言うマックスに、シャルレドは「もう少しにゃ」と答える。
「おい! シャルレドッ! さっさとしろ! オイラたちの腕が千切れちまうッ!!」
「ああ! もういいよ!」
シャルレドがそう言うと、手を離してワイバーンをその場に落とす。
落ちきる寸前で、シャルレドは下にいた男のマントを掴んで力ずくで引っ張りだした。
「お、おい。もう死んでるんじゃ……」
「まだ生きてる。脈はあるにゃ。しっかりしろ」
ぐったりした若い戦士の血まみれの頬を、シャルレドは数度叩く。
男はハッと目を開くと、すぐ側にいたシャルレドに掴みかかる。
「来る! 来るぞ!!」
「来る? なにがにゃ?」
「あの“緑の魔物”だ!」
「落ち着いて話せ。それじゃ伝わるもんも伝わらねぇよ」
ドゥマに言われ、戦士は「ああ……ああ」と頷く。
「ここはサルダン小国の町のひとつにゃ。オマエはあのワイバーンと一緒に落ちてきたにゃ」
戦士は再び頷いて、周囲を見回して自分の状況を把握したようだった。
「……俺たちは、あの大河に落ちた“バケモノ”を追っていたんだ」
シャルレドにもドゥマにも、それがヴァルディガだとすぐに気づいたが敢えて黙っていた。
「あの大河の先は大きな滝壺になっていて、その深みに落ちたから、もう二度と這い上がってこれないと思っていた」
戦士は自分の両腕を支えるように掴む。
「だけど、それは間違いだった。楽観的すぎたんだ俺たちは……」
「何があったか言うにゃ。アアシらもあの戦場にいて戦っていたにゃ」
「え? あ、ああ。そうだったのか……なら、わかるだろ。あの“緑の魔物”が次から次へと……河岸から、土から、生え出て来やがったんだッ」
戦士の話を聞いて、シャルレドは「そうか……そういうことかッ」と唇を噛む。
「シャルレド?」
「ヤロウ。河底を抉って、地面の中から逃げ出したにゃ」
「な、なんだと?」
シャルレドとドゥマは難しそうな顔を浮かべる。
「おいおい。何の話をしているんだ? さっぱりだぞ。その男はいったい何者なんだ? それにこれだけの被害が出ているんだ。責任の所在を明らかにするためにも、ちゃんと説明を……」
蚊帳の外といった感じだったマックスが尋ねてくるのに、ドゥマが「ノーテンキ野郎が」と舌打つ。
「説明している暇なんてない! すぐにここに来る!」
戦士は額から噴き出す血も拭わずに叫ぶ。
「なに?」
「どういうことにゃ?」
「俺は警告のために来たんだ! 今は戦士長たちが全力で抑えている! けど、勢いが止まらない! この町の方角を目指して、大挙して押し寄せてくるぞ!!」
その鬼気迫る様子に、シャルレドとドゥマだけでなく、マックスも開いた口が塞がらないといった感じだった。
「……時間はどれくらいにゃ? この町の人間が避難するだけの時間はあるか?」
男は首を横に振る。
「……途中で襲われて、ワイバーンの上でしばらく意識が飛んでいた。その時間を加味するなら、あと1時間……いや、30分くらいかもしれん。正直わからん」
「クソッ。時間がなさすぎだぜ。サニードも帰ってきてねぇのに」
ドゥマが自分の拳を叩くのに、シャルレドは「泣き言を言っていても始まらないにゃ」と冷静に言う。
「敵の襲撃があるって話か!? どんな魔物で、どんな規模だ!? それは俺たちが知る必要の……」
「話している暇も、戦術を組む時間もないにゃ。この町のレンジャーだけじゃなく、戦える者でチームを組んで、少数精鋭編成で個別に戦って敵の数を減らすにゃ」
「待て! 警備の責任は俺にあってだな。勝手な……」
マックスの額に、シャルレドが自ら額を打ち付ける。
「いいから死にたくなきゃアアシの言う通りにしろ! 青二才がッ!!」
「な、なん……」
自分より小柄なシャルレドの言い知れぬ迫力に気圧され、マックスは視線を彷徨わせる。
「素直に言うこと聞いて置いた方がいいぜぇ。ソイツ、“センティネルズ”の副隊長だった女だ。場数がちげぇよ」
「“センティネルズ”……あの、伝説のレンジャーチームだと?」
「ランクはレッドランク……」
ドゥマはニヤニヤ笑いながら言う。
「ブルーにゃ。まあ、それで煽ってきたレッドランクを、何人も半殺しにしたせいで昇格できなかったんにゃけどな」
サーベルに手を掛けているシャルレドに、マックスはゴキュッと喉を鳴らして、「わかった。言う通りにする」と頷く。
「町の外に逃げるのは、敵の機動力と制圧力を考えると無謀にゃ。風俗街の建物は頑丈にゃ。そこに民間人と怪我人を集めて、バリケードを作って籠城するにゃ」
シャルレドは、矢継ぎ早に側にいる人間に指示を出していく。
一通り作戦を説明すると、マックスに「さっさと行けにゃ!」と言って追い立てた。
話を聞いていた戦士が「俺も戦う」と言うのに、「怪我人にゃ。足手まといになる」とシャルレドは、近くにいた屋台の女性に怪我の手当を依頼した。
「オイラたちは?」
「ネグレインと戦った経験があって、上手く立ち回れるのはアアシらだけにゃ。ウェイローと一緒に“受け流す拠点”を作るにゃ」
「“受け流す拠点”?」
「さっきの話が本当なら、手下のネグレインを幾ら倒そうと無駄にゃ。ヤツを……本体を引きずり出して倒す他ないにゃ」
ドゥマは頷くと、覚悟を決めたように腰から小剣を引き抜く。
「……サニード。さっさと戻ってくるにゃ」
眩しい日の光を見ながら、シャルレドはそう呟いたのであった。




