135 ペルシェ襲撃
(およそ5,400文字)
〈この話の登場人物〉
◯マックス…ペルシェ冒険者ギルドの実力者。『043 対立関係』で登場した人物。
元市長ダラブロ・メットメーは、最近とても機嫌がよかった。
「やあや、元気でやってるかね」
すれ違ったレンジャーの肩を叩いて、握手を交わす。
ベイリッドの私兵団がうろついている時は散歩することもままならず、肩身の狭い思いをしてきたのだ。
「君はどうだ? 町の護衛などは初めてかね? そうかそうか。困ったことがあったら言いたまえよ」
こうして、駐屯地などを視察という名目で回るのも随分と久しぶりのことであった。
「いい風だ。実に素晴らしい眺めだな。町が一望できる」
見張り台の上に立つと、残り少ない髪が風に靡く。
「聞いてくれ! この町を守る者たちよ!」
ダラブロは口ひげを引っ張ると、下に集まっているレンジャーたちに向かって拳を突き出す。
「この町はゴロツキたちに支配されてきた! しかし、ついにあの傲慢なベイリッド・ルデアマーが倒されたのだ!」
レンジャーたちの視線が集まるのに、ダラブロは高揚としたものを覚える。
「ハイドランド様も倒れられたという不確定な情報もあるにはあるが、なにも心配しなくていい。この町は私が命に代えても守ることを約束しよう!」
大げさな身振りで演説を続ける。本来、自分がいるべき場所はここなのだと改めて実感を得る。
「君たちにも力という形でこの町を守ることに協力してほしい! もちろん、相応の報酬は約束しよう!」
このレンジャーたちは、冒険者ギルドマスターことドミニク・ストンと話し、ヴァルディガ無き後に町の護衛となるよう根回ししていたのだ。
「ベイリッドが来る以前の、正しいペルシェを今一度取り戻すために……なんだ?」
自分を見ていたはずのレンジャーたちが慌ただしく動き出すのに、ダラブロは首を傾げる。
「おい。私が話しているのにどういうことだ?」
「ダラブロさん! 大変です!」
血相を変えたレンジャーが側にやって来て、望遠鏡を手渡す。
「これは?」
「町の外を見てください!」
怪訝そうにしながらも、ダラブロは望遠鏡を目に当てて指さされる方を見やる。
「な、なんなんだ! あれは!」
□■□
サニードは双子が作った渦を通り、ペルシェの町へと戻ってくる。
しかし、それは自宅ではなく、ペルシェから少し離れた森の中であった。
「なんで位置がズレたのかなぁ? やっぱセージ本人じゃないからかな? なんか、あの子たちもいなくなっちゃったし……」
一緒に渦を抜けたはずなのに、フェイフェンもシャイシャルも忽然と姿を消してしまっていた。
「まさか、あの島に取り残され……ああ、もう! 魔法わかんない! ウェイロー!」
サニードは、仲間と合流するためにペルシェへ向かってひた走る。
そして途中で、何やら騒がしい音が響き、煙が上がっていることに気づく。
「なに? これ、どうしたんだよ!?」
町の入口に向かうと、人々が何かから逃げ惑い、大混乱になっていた。
「シャルレド! ウェイロー! ドゥマは!?」
仲間の安否を心配して大きな声を上げるが、叫び声と騒音に掻き消される。
「何に襲われているの? 魔物? もしかして、セフィラネを襲ったヤツと同じ?」
そして、建物の影から出てくる大きな姿を見て、サニードは固まる。
「ネグレイン!」
それは樹木の獣だった。何匹ものネグレインが人々を追いかけ回し、町を破壊しているのだ。
「そうだよ……。ウチはバカか。普通に考えれば、こっちはヴァルディガに決まっているじゃんか」
しかし、ヴァルディガ本人の姿は見えない。町の中を我が物で疾走しているのはネグレインたちだけだ。
「クソッ! オクルスへの手掛かりを手に入れたってのに! こんな時に! はやく、みんなのところへ……ッ!」
自宅の方へ戻ろうとしたサニードの前に、ネグレインの1体が立ちはだかる。
「このクソ忙しい時に邪魔するなよッ!」
やぶれかぶれの気持ちで、ネグレインを正面から突破しようとしたサニードだったが、鋭い爪が振り下ろされる直前、横から体格のよい男が飛び出して来て戦鎚で殴り払い、ネグレインは横向きに吹っ飛んで建物の壁に当たった。
「え?」
「大丈夫か!?」
「あんたは……」
「俺はマックス・ハルバーだ。レンジャーだが、今はこの町の警備隊長も兼任している。怖がらなくていい」
マックスは長い金髪を後ろに撫でつけながら言う。サニードは警戒して構えていたが、マックスはそれを恐怖で動揺してのことだと思ったようだった。
「えーと……」
「民間人だろう? みな、風俗街の方に避難しているぞ。君も早く行くといい」
「いや、そうじゃなくて、相手はまだ生きてるよ!」
サニードが言うと、ネグレインはまるで無傷とばかりに起き上がり、マックスは「なに!?」と構え直す。
「おのれッ! さっきは一撃で倒せたというのに!」
マックスがそう言うのに、サニードは眉を寄せる。
「あんた、ネグレインを倒したの?」
「“ネグレイン”? この魔物の名前か? なぜ君がそんなことを……」
「そんなことはどうでもいいの! 倒したのは、あれと同じサイズ?」
「いや、もう少しサイズは小さかったと思うが……そんなことは覚えていない!」
ネグレインの攻撃を躱しつつ、マックスは大きく舌打ちしてから答えた。
「……ゲランド高地にいたのより一回りは小さい。なら、きっと生まれたばかりなんだ」
「なに? 何を言って……クッ!」
力で押し負け、マックスは数歩よろめく。
「普通に戦っても勝てない! 生物じゃないんだ! 炎の魔法使える人を中心に戦った方がいいよ!」
サニードが言うのに、マックスは「ううむ」と言いながらも頷く。
「君は? エルフなら何か攻撃魔法を……」
「ウチは魔法使えないの! だから、レンジャーの仲間呼んで! もしくはウチの仲間に魔法使える人がいる!」
「わ、わかった! とりあえず、コイツは俺が引き受ける! 君は行け!」
サニードは頷くと、「気をつけて!」と言って風俗街の方に向かって走って行く。
他にもネグレインはいて、1匹に対してレンジャーたちが十数人がかりで対処しているようだったが、どこも苦戦しているように見えた。
「指揮しているのはヴァルディガのはずだけど……いったい、どこに?」
戦っている人たちにさっきと同じアドバイスをすべきだと頭の片隅では思っていたが、ネグレインを倒しても解決しないことを知っているサニードは、先に仲間と合流すべきだと判断した。
民間人が集まっているという風俗街に向かったわけは、シャルレドたちも人が集まっているところに来ている可能性が高いと思ったからだ。
「あー、もう! シャルレドたちどこでなにしてんだよォ!!」
「アータ! サニード!?」
「えぇ?」
呼ばれて振り返り、サニードは目を丸くする。
「あ! トロスカル!?」
「呼び捨てにするんじゃないわよ! メンター・トロスカルとお呼び!」
全身が筋肉の塊で出来たゴリラの風貌によく似た存在が、サニードに向かって手招きをしている。
いつの間にかサニードは蘭芙庭の前を通り掛かっており、そこでは男スタッフだけでなく、嬢たちも一緒になって、外に机や椅子でバリケードを拵えていた。
「ゴメン! ウチ、急いでるから!」
「なぁに、この非常時にバカなこと言ってんだい!」
逃げようとしたサニードの首根っこを、まるで猫でも捕まえるみたいにして、トロスカルは軽々と持ち上げる。
「あー! もう離してよ!」
「どんだけこっちが心配したと思ってんだい!」
「え?」
サニードが驚いていると、トロスカルはギュッと彼女の体を包み込むように抱きしめる。
「ちょ、ちょっと、苦しいよ……」
「黙んな。少しこのままで居させな」
口をモゴモゴさせつつ、サニードはしばらく抱きしめてられたままにする。
しばらくして、満足したのかサニードをゆっくりと地面に下ろした。
「……さ、アータもこっち来な」
「え? でも……」
トロスカルは、離すまいとサニードを手を強く握りしめて蘭芙庭の方へ歩き出す。
(振り払わなきゃ……そんなのわかってるのに……)
「サニード?」「うそ。あの子」「ねえ、みんなサニードだよ!」「サニードが帰ってきたわ!」
女たちが騒いで、サニードの前へと集まって来る。
「みんな、ウチのこと覚えてて……」
「当たり前だよ。アータほど、いい意味でも悪い意味でも目立つ娘はいないからね」
トロスカルは長いまつ毛でバチッとウィンクした。
「それはそうとボロボロじゃないかい」
「いや、これは色々とあって」
「あのオクルスって闇商人のせいだね。アンタ、今もこんな危険な町に放置して。あの男から逃げて来たんだろう?」
「いや、違うって……」
「安心しな。ここで守ってあげるわ。この店は出戻りの娘も多いから……」
「違うんだって!」
サニードが大声を出すのに、トロスカルは片眉を上げる。
「ウチは、オクルスを探さなきゃいけないの! だから、守って貰う必要なんかない!」
「何を寝ぼけたことを言ってんだい? こんな傷だらけで……」
トロスカルは、大きな手でサニードの頬を撫でる。
確かにサニードは、ゲランド高地での戦いで全身は擦り傷や痣だらけだった。メディーナに治して貰った後も傷つき、神官に治療してもらう暇もなく、ペルシェまで戻ってきたのだ。
「女の顔は命だよ。サニード」
「ウチなんか……」
トロスカルは屈むと、サニードに顔を近づける。
「お黙り! 自分でそんな言い方をするんもんじゃないよ!」
「え、ええ?」
「自分を大事にしないヤツは、アーシが力づくで整形するわよ!」
サニードは両頬を押さえつけられ、「ギュェッ!」とタコ唇のブサイクな表情になる。
「だから! 違うんだって!」
トロスカルの手を振り払い、サニードは拳を上下に振るう。
「ウチは、オクルスに会うの!! 会うったら会うの!! 何が何でも会うのッ!!!」
「アータ……」
トロスカルは少し驚いた顔を浮かべたが、町の入口の方で喧騒が聞こえてハッと顔を上げる。
「た、た、大変だ!! 敵の増援だ!! それも大軍だ!!」
男が走ってきてそう叫ぶ。
「増援だって? レンジャーは何してんだい?」
「みんなやられちまった! 冒険者ギルドに待機していたヤツらも駆り出されたけど、それも時間の問題だ! あの物量差は覆せねぇよ!」
切羽詰まった口調で捲し立てるので、周囲に不安と恐怖があっという間に伝播していく。
「に、逃げなきゃ……」
「どこにだよ。ここは町の中心だぞ」
「そうだよ。町中が囲まれてるって話だろ」
「もうイヤ! なんだっていうの!」
「ああ、神様。なんで私たちがこんな目に……」
「狼狽えるんじゃないよ!」
トロスカルがドンッと足を踏み鳴らすと、全員が動きを止めて目を向ける。
「アーシらの町はアーシらで守るよ! さらに守りを固めな!」
トロスカルの檄に先に動き出したのは女たちだった。いま行ってる作業のスピードが上がる。恐怖に泣いていた女たちも歯を食いしばって働く。
「さあ! いま何もやってない連中は、怪我人を蘭芙庭に運び入れな! あと女子供は怪我人の次に優先だよ! もうレンジャーも民間人も関係ない! 全員連れて来るんだ!」
護衛の名目でここにいたレンジャーの男がコソコソと立ち去ろうとしたのに、トロスカルの目がギラリと光る。
「オイ。女が働いてる時に、なにやってんだ……」
「ひ、ヒィィ!」
「男連中がくっだらない跡継ぎ戦争やって、その残った男連中が町を守るって大義名分を掲げて、アーシらから金ふんだくり取って、その金で酒を飲んで、女を抱いたりと、さんざん好き勝手やった挙句、この町を捨てて逃げるってのかい!?」
トロスカルに凄まれ、そのレンジャーは怯えて縮こまる。
「こんな時ぐらい、女の盾となって、子供の身代わりとなって命を張らんかい! 男は死んでよし!! 逃げるようなヤツは、魔物に殺される前にアーシがブチ殺すよ!!」
トロスカルの全身から放たれる“圧”によって、そのレンジャーだけじゃなく、その場にいた男たちは真っ青な顔でコクコクと頷く。
「さあ、わかったらさっさと動け! 動かない野郎はアーシがケツに精力剤ブッ込むよ!!」
その台詞を皮切りに、男たちは慌てて動き出す。
「トロスカル……」
「サニード。悪いけど、今はアータのワガママを聞いてらんないわ。話はこれが終わってからにしましょ」
「え?」
トロスカルは、サニードをヒョイと小脇に抱える。
「は、離して!」
「さあ、襲撃に備えるよ!!」
「トロスカルってば!! ウチは行かなきゃいけないんだってば!」
サニードの抗議も虚しく、トロスカルは敵襲に備えるための陣頭指揮を執り始めたのだった──




