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013 シャムム雑貨店にて

(およそ3,000文字)

 オクルスは、ペルシェの町の様々な商店に顔を出していた。


 仕入れられた情報といえば、ここ最近は武器や防具の需要が増え、まるで戦争準備をしてるかの様だということだ。


 それにベイリッド・ルデアマーの名前は度々に上がる。決していい噂はなく、“元レンジャーの遊び人”、“ルデアマーの放蕩息子”、“サルダンの恥”…といった散々な評価であった。


 大通りから外れた路地に、申し訳なさそう程度の看板があるのが見えた。ほとんどインクが消えかけていて、辛うじて雑貨屋だというのがわかる。

 オクルスはしばらく辺りを見て、人の出入りが殆どないことを確認してから店の中へと立ち入った。


 店内は埃っぽく、中は所狭しと物が散乱しており、これが果たして売り物なのかと思える程で、割れた皿までもが一括りに荒縄でまとめられ床に放置されていた。触れて壊しでもしないように、オクルスは足元に気をつけて奥へと進む。


「…あ? 客? いらっしゃいにゃー」


 なんともやる気のない声が奥から聞こえた。

 目を向けると、猫人(キャッティ)の女がカウンターの上にアゴを乗せてアクビしている。黒と黄の斑の尻尾が、ユラユラの猫耳の間をユラユラと揺れていた。


「……レンジャーには見えにゃいけど、なにかお探しかにゃ?」


「ええ。食材と調味料を少々…」


 オクルスは目ざとく、棚に並んだ香辛料の種類が多いことに気付いてそう言った。


「料理人?」


「まあ、そんなところです」


「イロ豆だったらないにゃ」


「そうでしょうね。それは市場で買えます」


 女は少しだけ笑って頷く。


「この国のヤツらはバカ舌ばっかにゃ。なにかと言うとイロ豆を炒ればいいと思ってるね。

 調味料はその右の棚。食い物は乾物と干し肉しかにゃいけど…あ、パンなら朝仕入れたのがちょっとあるにゃよ。売れなきゃ晩飯にしようと思ってたやつにゃけど、それでいいなら」


「いただきましょう。チーズとミルク…あと、赤ワインも1本お願いします」


 女はコクコクと頷くと、ダルそうに動き始め、紙袋に商品を詰め込んでいく。


「…品揃えがいいですね。これはモフ塩ですか。南方デマラグラン、セレムト山にある岩塩坑でしか採れない。まさかここで目にするとは」


 塩壺を取り、オクルスは大袈裟に驚いてみせる。


「よく知ってるにゃ。他にもニレラの実やパルム香もあるよん」


「なるほど。もしやと思って入って正解です。こういったかくれた所に“本物”の店があったりする」


 オクルスの褒め言葉に、気をよくしたのか女はニンマリと笑う。


「もしかして、中央から来た人かにゃ?」


「ええ。セルヴァンからです」


「そりゃ長旅でご苦労さんにゃ。けど、よりによって小国サルダンの端なんかに? 首都のディバーならともかく、若い…若いにょな? 若いヤツらが来る様なところにゃないにゃ」


「失礼ですが、そういう貴女もだいぶお若く見えますが…」


 キャッティの年齢は見た目では判別しづらいが、オクルスは毛並みの色や瞳孔の大きさなどでそう判断した。


「もしかして、ニャンパ?」


「……ニャンパ?」


 聞き慣れない単語に、オクルスは訝しげにする。


「そら、こんなうら若き乙女がこんな廃屋みたいな店構えてたら、ちょっかいかけたくなるのもわかるにゃよ。お兄さん」


 シャルレドは豊満な胸の谷間を強調して見せた。


「そういうものですか?」


「照れなくてもいいにゃ。シャルレド。姓は店の名前と同じシャムム。よろしく」


「私はオクルスです。こちらこそ」


「了解。んで、若さを持て余しているはずのシャルレド・シャムムが、大人しく店番なんかしてる理由がこれにゃ」


 シャルレドは靴を脱ぎ、カウンターにドシンと右脚を置いた。それは足首から先が無くなっており、脛から膝にかけて、電紋のような痛ましい傷痕が延びていた。


「元発掘系レンジャーで、大陸中を旅して回ってたもんにゃ。それがちょっとの失敗でこのザマにゃよ」


「…それは存じ上げなかったとは言え、お気を悪くさせて申し訳ございません」


「なんも悪いことはにゃいにゃ。料理人って嘘をついたのはどうかと思うけれども」


「ふむ。上手く誤魔化せたと思ったのですが…」


 シャルレドは顎をしゃくって、調味料の棚を指す。


「モフ塩を知ってる料理人なら、その隣にある胡椒の方に目が行くにゃし」


「胡椒…」


 オクルスは灰色の粉のようなものが詰まった小瓶を見やる。


「トウセ胡椒。商会が独占してるから、一般ルートではまず手に入らない。『言い値で払うから全部くれ』…って言わにゃいヤツは、まあ、まず料理に興味がないにゃ」


「それは勉強不足でした。…実は私も商売人でして」


「あー、やっぱり。商売敵だったにゃね」


 オクルスは自分が失敗したのを心の中で舌打つ。


「…商売と言いましても、シャムム氏のような希少な雑貨などを扱っているわけではなく…」


「あー、わかってるにゃ。アンタ、ヤベェーニオイがプンプンしてる。どう見ても堅気じゃない。闇商人なんにゃ?」


 オクルスは目を細め、部下たちをけしかけるべきか逡巡する。


「でも、そういう危険なヤツはキライじゃない! 大歓迎にゃよ!」


「……」


「もしかして、アアシを殺そうとか思った?」


 カウンターの下から、鬱金色のサーベルを出し、シャルレドはペロッと舌を出す。


「欲しいのは情報にゃろ? どうせ必要もないパンとチーズとミルク、ワインに支払うつもりだった代金と…追加のお気持ちプラスで、アアシから情報を買うってのはどうにゃ?」


「そちらに旨味があるようには思えないのですが…」


「退屈なんよ。この町はね。だから、こっちも久しぶりに面白そうな人が来て少しだけワクワクしているにゃ」


 オクルスは頷き、懐から大金貨を取ってカウンターに置く。


「金払いがいいヤツは、キライじゃないを通り越してダイスキにゃ」

 

 シャルレドはウインクして、投げキスまで披露する。


「んで、なにが聞きたいの?」


「ルデアマー家のことを」


「まさか、ベイリッドの回し者?」


「いいえ、単なる取引相手です」


 しばらくオクルスの顔を見て、ややあってシャルレドは「なるほどね」と言う。


「アイツはヒューマンの中でも、アアシが知る限りじゃ最低最悪のクズにゃ」


「そう聞き及んでます」


「ルデアマー家の次男坊。サルダン領の領主、父であるコディアックが死にそうなのを察して、このペルシェに戻ってきたにゃ」


「元レンジャー…とか」


 オクルスが、シャルレドの脚を見やって言うと、彼女のヒゲがピクッと動いた。


「アアシみたいに訳ありで引退したんじゃにゃい…。ベイリッドにとっちゃ、レンジャー業も道楽かなんかに過ぎないにゃ」


「……放蕩息子というわけですか。しかし、家督を継ぐのは普通は長男。ベイリッド氏がどうやっても普通の手段で“陛下”となるとは思えないのですが」


「コディアックの子は3人居たにゃ。末っ子は頓死。長男ハイドランドは穏当なタイプでコディアックの跡目に相応しいけれども、子供の頃から病弱で、今もディバーの本邸でほぼ寝たきりにゃ」

 

「それはそれは…」


「これだけなら、単なる指導者に恵まれない不幸な小国の話で終わるにゃ。問題は末っ子の死や、ハイドランドの病にベイリッドが関わってるんじゃないかって黒い噂がある点にゃ」


「本当なのですか?」


「さてね…。ただ、ベイリッドが戻ってから、ガラの悪い連中が増えたにゃ。レンジャー崩れのね」


 オクルスは、ヴァルディガの事を思い出す。


「悪いことは言わにゃい。そのベイリッドとの取引がなんだかも知らないが、さっさと止めてセルヴァンに戻った方が賢明だよ」


「心に留めて置きます」


「オマエ、わかってねーにゃろ?」


 シャルレドは少し考える素振を見せた後、靴を履き始める。


「……よし。ちょっとデートしよーぜ」


「……?」

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