表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/109

012 “名器”サニード

(およそ4,000文字)

「ちょっとちょっと!」


 部屋を出てそのまま1階へと向かおうとすると、扉の横に立って待っていたサニードが慌てておってくる。


「あんたの方が脚が長いんだからさ、そうやってスタスタ行かないで!」


「失礼しました」


 オクルスが急に立ち止まったもので、サニードはその背中にしたたかに鼻を打ち付ける。


「イッター! スライムなのに石みたいにカッター!」


「その件は内密にすると…」


「わーってるわーってる。こんな軽口、誰も気にしないよ」


 低い鼻を擦り、サニードは周囲を見回して言う。


「それより、腕くらい組まなきゃ変に思われるよ」


「腕を組む?」


「そう。こうやって」


 サニードはオクルスの横に立って腕を絡ませて来た。


「……これになんの意味があるのですか?」


「いや、ウチとアンタは一晩を共にしたわけだよ? 実際にはなにもなかったけど…まあ、周りはそう思っているわけ。ん? やることやったら冷たくなる男もいるって話もあったっけ? まあ、オクルスはそんなクソ野郎じゃないでしょ? “ザイヨの商人”って設定はさ」

 

 オクルスは無表情のまま、サニードを見やる。


「あー、なんていうか、こうしないとウチの価値が下がるの。評判が悪くなるってヤツ」


「なるほど。いま理解できました。プロモーションですね」


「プロモーション?」


「顧客に魔物の能力や力の一端を実演して見せてから売ることあります」


 魔物と一緒にされたことで、サニードは不服そうな顔をする。


「なんか違うけ気がするけど…まあそんな感じ。だから、うわっ!」


 オクルスがいきなり腕を上げたので、サニードは慌てて離そうとしたが、そのまま両脇の下に腕を通されて持ち上げられる。

 いくら体格差があるとはいえ、かなり不自然な体勢なのにもかかわらず、オクルスは重さというものをまるで感じてないようだった。


「こちらの方が貴女に歩幅を合わせるよりも楽です」


「楽とかそういうんじゃ…」


「さあ、行きましょうか」


「いやいや、ちょっとこれおかしいから!」


 オクルスの腕にぶら下がっている姿は、洗濯物か干物にでもなった気分だった。

 サニードは少し考えた後、ぶら下がる体勢を変え、腕に全身で抱き着くようにする。

 オクルスはチラッと視線をやり、彼女の掴まり易いように腕の位置を少し調整した。


「…まるで巨大蠕虫(ジャイアントワーム)にでもなった気分だよ」


「天敵ですね」


「スライムにとって? そうなの?」


「ええ。私たちは捕食対象です。彼らの出す消化液からの脱出は困難です」


「そ、それはイヤだなぁ」


 まるで他人事のようにオクルスは淡々と説明する。サニードは自分が消化されるのをイメージして不快そうにした。


「……貴女を褒める時には、どのように言えばよいですか?」


「え?」


「“最高だった”とは言うつもりでしたが、それだけでは信憑性が薄いのでは?」


「ああ。まーそうだね。でも改めて聞かれると…どういうんだ? うーん」


 店で働いている同僚が、雇い主や客に褒められているシーンを必死に思い出す。


「えーと、“あの娘に癒やされたぁ”とか、“スゲーよい娘だったぁ”…とか、じゃない?」

 

 雇い主が褒めているところはあまりなかったので、店を出ていく客がそんなことを口走っていたのだとサニードは説明する。


「あとは、そうだな。“陶器みたいな白く滑らかな肌だ”…ってのも聞いたことあるかな」


 芸術家気取りの客が、嬢の気を惹くために小難しい例えや美辞麗句を並べ立てていたことを思い出す。


「陶器? 骨董品は扱ったことがないのですが…」


「いや、そういうんじゃなく…あれ? でもいいのか。オクルスがいつも商品を自慢する…するよね? そういう風にしてくれたらいいと思う」


「なるほど」


 褒められた経験のないサニードには、それ以上のことは思いつかなかった。“最高”という評価だけでも御の字に思えた。


「あ! 階段! ゆっくり! 落とさないで!」


 1階へ続く階段を目にしたサニードは、小さく悲鳴を上げる。


「ご安心を。私はそのような失敗はしませんので」


「うん?」


 サニードはまるでオクルスの腕に磁石で貼り付いたかの様な感覚を覚える。よく見やると、触れている部分がゼリー化して、サニードに吸い付くようにしているのだった。


「もしかして、その服も…」


「ええ。私の一部です。この様にして、私()方からも貴女を掴んでいるのです。落とすことなどありえない」


「そっか。だから、抱きついていてもキツくなかったんだ…。スライムって便利」


「サニード」


「わかってるって。もう言わないよ」


 少しも危なくなることなく、サニードを腕につけたまま安定して階段を降りて行く。



「コイツは…随分と変わったプレイだな…」


 先に食堂に来ていたヴァルディガは、オクルスとぶら下がっているサニードを見て呆気にとられていた。


「昨夜は楽しめたみたいじゃないか」


 そう言うヴァルディガも、気怠そうにした美女2人をはべらかせ、皿に盛られた朝食のフルーツを口に入れたり、気まぐれに女の尻を撫でたりしていた。当人の精力はまだまだ余裕がありそうだった。


 彼の部下も同じ様に別のテーブルで、女と共に朝食を摂っている。


「まあ、座れよ。これからは友人なんだ。遠慮はいらねえ」


 ヴァルディガが向かいの席を顎で差したので、オクルスは頷いて座る。


 サニードはなぜかわざとらしく髪を掻き上げ、名残り惜しそうにオクルスの腕から離れ、上目遣いをしつつ、テーブルの上にあったサクランボを意味あり気にパクッと咥えた。


(なにしてんだ、コイツは?)


 ヴァルディガはわずかに眉をひそめたが、サニードの視線が女たちに向けられているのだと知り、ライバルに対する当て付けなのだと気づく。


(ガキかよ……いや、ガキか。こんなチンチクリンのどこがいいんだか、俺にはサッパリだ)


 サニードに挑発され、それに乗って睨み返している女たちにヴァルディガはうんざりする。

 そして、「もういい。行け」と、さっきまでの睦まじさが嘘だったかのように、ぞんざいに追い払った。


「おい。お前もさっさと…」


 空気を読まずにフルーツを口に放り込んでいるサニードも追い払おうとしたが、オクルスがジッとサニードの行動を見ているのに気づき、ヴァルディガは天を仰ぐ。


(ご執心かよ。ま、こっちには都合がいいけどよ。こいつならクズリからは買い叩けそうだしな)


 色気より食い気のサニードを見やり、ヴァルディガは頭の中で買値を決める。


「…で、満足してもらえたかい?」


「それはもちろん。最高でしたとも」


「最高ねぇ…そんな良さそうには見えねえんだけどなぁ」


 からかい半分に、ヴァルディガはサニードを見やった。


「とんでもないことです!」


 オクルスが前のめりになるのに、ヴァルディガはギョッとする。


「彼女はサトマリア産の上質な珪石にて造られた流麗な磁器が如く! 打てば凛と響き、身も心も魅了される最高級品ですとも!!」 


(本当に骨董品の紹介のままじゃん…)


 突然、饒舌に語りだすオクルスに皆がびっくりするが、サニードだけはそれが単なる定型文かなにかに過ぎないとわかっていた。


「最高級品ねぇ…」


 ヴァルディガはやや胡散臭そうにサニードを見やる。


「ええ。誰もが気に入る“名器”ですとも!!」


「うえッ!?」


 両手を開いて大声を出すオクルスに、サニードはサクランボの種を呑み込み、目を丸くして驚く。


「マジか…そんなにかよ…」


 ヴァルディガはゴクリと喉を鳴らし、マジマジとサニードを見やった。

 気づいたら、店中の男たちが固唾を呑む様にサニードを食い入る様にして見ている。


「へ、へへ…(なんてことしてくれたんだよ!)」


 サニードは冷や汗をかきつつ、愛想笑いを振りまく。


「シヒヒッ!!」


「げっ!」「うっ!」


 最悪のタイミングでオクルスが笑った。それを見た誰もが、昨夜の出来事を思い出して邪悪な笑い声を上げたのだと信じて疑わない。

 

「あ、あんた…真正のロリコンだったんだな…」


「……失礼」


 オクルスが真顔となったので、それを肯定と受け取ったヴァルディガは頭を掻いて頷く。


「まあ、好みは人それぞれだ。…それよりそろそろ仕事の話の続きをしようぜ」


「ええ。そうですね」


 ヴァルディガが視線で「行け」と言ってるのだと、さすがのサニードも理解した。


「あ…」


「こっちの仕事は終わり。帰るよ、サニード」


 仲間の女性のひとりが声をかけてくれる。約束した時間は朝まで。それが終われば赤の他人…それがこの仕事の常だ。


「オクルス…さん、その…ありがと」

 

 サニードは小さな声で、オクルスだけにそう伝えようとしたのだが、彼はサニードを見る事もなかった。


「オクルス?」


「ねえ、はやくしなよ」


 女性に腕を掴まれ、無理に席から外される。


(ウチは雇われただけ…。もう関係は終わり。でも、色々話したじゃん。最後に挨拶くらい返してくれたっていいのに…)


 サニードはモヤモヤした気持ちを胸に抱いたまま、宿を後にしたのだった。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ