第75限 指導者と指導者
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
桐可学園と大之谷農業高校。
二校間で「防衛力と食料の交換」の約束が文書化されて、数十分が経った。
「……じゃあ、今回の話し合いはここまででいいかな」
僕がそう交渉の幕引きを提案すると、最上くんは「ああ」と言って、背もたれに体重を掛けた。
そして横に立っていた背の低い男子生徒に、顎で校長室の扉を指して、命令する。
「小瀬、会長閣下をお見送りして差し上げろ」
「は、はいィッ」
最上くんの後輩らしき生徒・小瀬は、彼の指示にビシッと背筋を伸ばして返事をする。それから大股で校長室の扉まで向かい、両開きの扉の片方を押し開いた。
「ど、どうぞ! 安芸生徒会長閣下ァ!」
「あ……はは……」
失礼があってはいけないと緊張しているのか、大げさな態度の小瀬に苦笑する。
「それじゃ、これからよろしく」
「ああ、お互いが有用なうちは、利用し合おう」
相変わらずな態度の最上くんにも僕は困った笑いを浮かべた。
するとまた由良さんが手刀でベシッと最上くんの頭を叩き、「こら!」と叱る。その攻撃に少し首を傾け、彼は不機嫌そうに顔を顰めた。
「ほんと。最後まで不愛想でごめんね、安芸くん」
「気にしないで。ちょっと話しただけだけど、最上くんはきっといいリーダーなんだろうと思うよ」
「そんなそんな! 安芸くんに比べたら霞んじゃうよ~」
「……は? 俺のどこがコイツに劣ってるって言……」
「あーあー、とにかく! 安芸くん! 助けてくれてありがとう! 安芸くんたちが来てくれなかったら、私たち、どうなっていたか……」
「……本当に気にしないで。これからは、お互い様なんだし」
そう言って、最後に最上くんと視線を交わす。
すると最上くんは目を伏せてふっと笑った。
「……ああ、お互い様……だからな」
僕は立ち上がって、制服の裾をピッと伸ばし、二人に「それじゃあ」と告げる。
「それじゃ、これで失礼するよ。それと見送りはいいよ。まだ掃討作戦が残ってるから」
「……おう。何かあれば言え」
「ええ! ありがとね! 安芸くん!」
会談の席であった応接用のソファとコーヒーテーブルから離れ、僕は扉の方へ向かう。
すると、校舎周辺と校舎内を警戒していた校外委員たちが部屋から出てきた僕に気付いた。
「お疲れ様です」
「ご苦労様です」
それぞれが掛けてくれる労いの言葉に「うん」とだけ返し、僕は次の指示を出す。
「よし、もう一度班ごとに別れて、この本校舎周辺の安全を確保しよう。班分けは……」
指示を出し始めると、バタン、と背後で扉の閉まる音が聞こえた。
首をめぐらせ、横目で両開きの無機質な扉の、その向こうを見つめる。
その向こうにいるのが、永遠の同盟であることを、いまは祈るばかりだ。
ナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラー曰く、
『条約が有効なのは、私にとって有益な期間のみだ』
である。
◆
安芸が去った校長室で、最上は「はっ」と鼻を鳴らした。
「……気に入らねぇ」
応接用のソファの背もたれに首を預け、あみだくじのような柄の天井を眺めながら、悪態をつく最上。そんな彼に、由良は「はあ」ため息をつく。
「……安芸くんの何がそんなに気に入らないのよ。助けてくれた、これから助け合う……それでいいじゃない」
「俺たちは、対等……じゃねえんだよ」
「……は?」
「……何でもねえよ」
最上は背もたれから背を離し、腕を組んで、折れていない方の足で貧乏ゆすりをした。
トントントントンと踵で床を鳴らしながら、最上は目を伏せて思考を巡らせる。
追い詰められていた自分たち。
食料を求めてやって来た他校の生徒たち。
銃器で武装し、訓練された彼ら。
そして、その指導者たる男の存在。
「……俺たちは、対等じゃない……」
組んでいた腕を体の内側に抱え込み、足と足の間に張られたフローリングを見つめ、最上は誰にも聞こえない声で呟いた。
そして「おい、小瀬」と、後輩を呼ぶ。
「小瀬」
「は、はい!」
「壁の建設だか何だかが始まったら、大之谷の生徒たちに触れを出せ……」
「ふ、ふれ……ですか……?」
小さく開けた口の隙間から空気を取り込み、最上は続ける。
「決して……『決して桐可の連中と問題を起こすな』と全員に伝えろ」
「え、え」
「作業が始まればお前は口内を見回って、喧嘩でも始まりそうだったら止めろ。止められないなら俺を呼べ。俺が解決する」
言い終えて、最上はとなりに座る由良にも視線をやり、「お前もだ」と付け加える。
安芸の文句を言っていた不機嫌さとは違う、真剣なその顔つきに、由良は目を丸くした。
「え、ええ。何かあれば知らせるわ。何か起きたら安芸くんにも……」
「それはだめだ!」
問題があれば安芸にも知らせる。
そう口にした由良の肩を、ガッと最上が掴んだ。
目を見開いて、鼻息の荒い最上に、由良の頬に冷や汗が伝う。
「いいか、大之谷で発生した問題は全て、全部、俺が、解決、する」
言葉を区切り区切り話す最上。
彼に、由良は何気ない言葉を掛けた。
「……アンタ、何をそんなに怖がってるの……?」
「……は?」
思いがけない指摘がでて、最上は変な声を出した。
いや、由良の言葉は、決して的外れではなかった。
「こ、怖がる……?」
自分の胸の中にこびり付いた、粘性の高い不安。
その正体に、最上は気付いたのだ。
由良の肩から手を離し、最上は顔を隠すように俯き、怪我をしている足を摩り始めた。
「……足が痛え」
「……え?」
「保健室から鎮痛剤探して持ってきてくれ」
「な、なによ突然。それに鎮痛剤なんて学校の保健室にあんの?」
「小瀬、お前も由良と行け」
文句を言う二人を、半ば無理やりに校長室から出した最上。
彼は足を摩る手を止め、その手をゆっくりと反対の肩へと伸ばす。反対の手も同様にして、彼は肩を抱いて体を小さくした。
「これは……恐れ……なのか」
安芸との会談を思い出す。
安芸の顔を思い出す。
安芸の語った学園の様子を思い出す。
安芸の従えていた校外委員たちを思い出す。
最上は深く考えるまでもなく、直感した。
「安芸は、やばい。五百生徒の指導者、意思決定機関のトップ、前線の将軍……あいつは、それを演じている。……根っからの性分なんじゃない……。だから質が悪い。あいつは、与えられた役を演じ切れる人間だ……」
頭で考えるだけのつもりが、思考が脳から溢れて、つい口に出ていた。
「……役者は、台本を読むことを躊躇わない……」
だから、何でもやる。
たとえ心では思っていないことでも、それが自身の役割であり、演じるべき役柄であれば、皆が求める偽り仮面をつけて、実行する。
「あいつは……そういうやつだ」
アメリカ合衆国第37代大統領リチャード・ニクソン曰く、
『偉大な指導者とは、必ずしも善良な者とは限らない』
である。
「……俺が、大之谷を……由良を、守らねえと……」
彼もまた、安芸と同様に、リーダーであった。
ただ命令を待つだけでなく、誰かの背中についていけばいいというわけでもない。自らが最初の命令を発するところであり、自らの背に人々は従う。
その発した命令と進んだ道次第では、多くの人からの憎悪と攻撃の対象となる。
最上は頭を抱えたまま、自身の運命に呆れるように口角を上げた。
「こりゃあ、貧乏くじだなぁ。会長さん」
自分の肩に、たくさんの人の命運を背負っている。
その現実に、自身の運命に、最上は体を震わせた。
組織の代表というものは、基本的に貧乏くじだ。
区切りとなります!
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