第73限 会談
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大之谷農業高校のグラウンドを、装甲車が土煙を上げながら走っている。……そしてその横を、白馬が、並走していた。
「……てっきり自衛隊が来たんだと思ったんだけど、あなたたちはちがうみたいね?」
白馬の少女・由良が、馬上から装甲車の後部座席に座る山城に問う。
ちなみに装甲車には由良の仲間の三人も乗っていて、元々乗っていた山城班の面々は、訓練として装甲車の後ろを走らされている。
「あぁ、我らは桐可学園の者だ」
「へぇ、桐可学園の……」
まさか同じ歳頃の高校生たちが銃や装甲車で武装して、自分たちの元へやって来て助けてくれるとは思わなかった由良。
「じゃあ山城くんがリーダーなの?」
「……いや、ちがう」
山城は腕を組んで、自身らの指導者の名を口にする。
「……安芸、というのが我らのリーダーだ。アキは、500人の生徒を率いる生徒会長をしている」
「ご、五百人?!」
しっかり前を向いて馬を操っていた由良が、驚きで横の山城の方を向いてしまう。500人を生かしていることに驚き、加え500人の面倒をみているなど、彼女には考えられなかった。
「……まぁ、アキについては会って話した方がいいだろう」
「あ、そ、そう……」
合流した二人とその仲間たちは、安芸と最上の元へ急いだ。
◆
「……まぁ掛けてくれ。茶は出ないが」
「ありがとう」
最上くんに勧められ、僕はソファに腰掛ける。
そして僕が座ったのを確認すると、コーヒーテーブルを挟んだ向かい側のソファに最上くんも腰掛けた。
今は大之谷との話し合いのために、校長室へきている。
メンツは、学園の代表者の僕と護衛代わりの三入、大之谷からは最上くんと、小瀬という背の小さな男子生徒だ。
「……安芸……さんだったかな?」
「安芸でいいよ」
「そうか。よろしくな、安芸」
「う、うん」
彼は背もたれに体重を預け、両手を背もたれへ広げた。よろしくな、とは言ったが、どうも仲良くしたいようには見えない。
「……最上くんが大之谷の生徒会長なの?」
「いや俺はそんなもんじゃないよ。ってかウチの生徒会長にはもう会ったんじゃないか?」
「え?」
後ろに立つ三入と顔を合わせる。
大之谷の生徒会長とお話しした記憶はないが……
「……ほら、太った眼鏡のやつだよ。下にいなかったか?」
太った……眼鏡の……生徒……。
「「あ」」
僕と三入の声が重なった。
三入が一階二階の掃討作戦時に殺したフラッドに、似た個体がいたのだ。
「……そいつは、結構乱暴なやつか?」
三入が冗談のように聞くと、最上くんは真面目な顔をして、「いや」と答える。
「いや、大人しいやつだったな」
「……ならよかった。俺が会った太った眼鏡は、顔を合わせるなり襲いかかって来るようなやつだ」
「あ〜、でもたしか人に噛み付く性癖があったかもしれねえな」
「…………すまねぇ、あんたらの会長殴り殺しちまった」
そんな不謹慎な挨拶をしてから、最上くんがふぅと息を鼻から吐く。
「……さて、安芸。さっそく本題なんだがな」
最上くんは言いながら少し顎を上げて、僕を見下ろすように目を向けてくる。
「あんたらは、ボランティアか?」
「……え」
予想していなかった問に、ついピクッと反応してしまう。
僕ら《校外委員会》が営利を目的としないNPOかどうか聞いているのだろう。
だが、メリットのない賭けに命はベットできない。
「……ちがうよ。僕らはボランティア団体じゃない」
「…………そりゃあ残念だ。じゃあNPOか?」
「それもちがう」
「……ふ〜ん」
こんな最上くんの態度に、僕の後ろに立っていた三入が口を挟んだ。
「……おいおい最上さんよ。ずっと思ってたんだが、アンタ態度悪いぜ?」
「お前こそ、いかにも素行不良な顔つきだな」
「あ? アンタよぉ、助けてくれた相手に対してずいぶんデケェ口きくなぁ? まずは『ありがとうございます三入さま』だろうが」
「……誰も頼んでないお節介を焼いておいて、感謝を求めるとは図々しいやつだ」
「なんだと?」
出会って間もないのにどうしてこう仲悪くできるのか。バチバチと火花を散らし始めた二人を、僕と小瀬で引き剥がす。
だが三入の口が閉じない。
「……アンタよく言われないか? 『嫌な奴』ってよ」
「お前こそ。『クソ野郎』って呼ばれてないか?」
「……ほらな、嫌な奴だ」
「なんだよ、クソ野郎」
二人を僕と小瀬で押さえていたが、二人は僕らの制止を振り払って、互いに顔を突きつけ合った。
「怪我をしてて助かったな! 俺は怪我人とは喧嘩しねえ主義なんだ」
「命拾いしたのはお前だ。怪我さえなければお前は今ごろ床を舐めてるところだ」
「口の減らねぇ野郎だなぁ!」
「そっくりそのまま返してやるよ」
いよいよ収拾がつかなくなるか、と思われたその時、勢いよく校長室の扉が開け放たれた。
……女の子の声と一緒に。
「こら! そこまで!」
現れたのは、つなぎを着た金髪の活発そうな女子生徒。
その場にいた全員の注意が強制的に彼女の方へ持っていかれ、騒がしかった部屋が静かになった。
「……ゆ、由良?」
由良、と最上くんに名前を呼ばれた彼女はズカズカと校長室へ入ってくると、ヒートアップしていた三入と最上くんの間に入り、まず最上くんを、次に三入を睨み付ける。
「もうやめなさい、最上。それに……」
「……三入だ。よろしく」
「三入くんも」
けっ、と言って三入はやっと最上から離れた。最上も鼻を鳴らして顔を逸らす。
距離をとった二人に、僕も浮かせていた腰をソファへ戻す。
「……あなたが桐可の生徒会長の、安芸くんね?」
金髪ポニーテールの少女・由良が僕のつま先から頭の先までを眺めながら確認してきた。初対面のはずだが。
「あぁ、でもなんで僕を……?」
「山城くんから聞いたわ」
「山城……? じゃあ君が食糧確保班の」
「えぇ、由良よ。よろしくね、安芸くん。それと私たちを助けてくれてありがとう」
「い、いや。いいんだ」
伸ばされた彼女の手を握り返す。
最上くんとはずいぶん対称的な明るくて社交的な性格だ。
「最上、あなた失礼なことしたんじゃないでしょうね?」
「……失礼? ちがう。俺は……」
「口答えするな!」
「いてっ」
由良は聞いておきながら最上の頭をポカッと殴り、彼の横に腰を落とした。
どうやら仲良しのようだが。
「……ごめんね、ウチの最上が。こいつ柔道とか空手とかやってて、しかも図体がデカいもんだから調子に乗っちゃってて」
「こちらこそ、三入がすまなかった。喧嘩っぱやいやつなんだ。申し訳ない」
由良が最上の頭を掴んでぐいっと無理やり謝罪させたので、僕も三入の無礼を謝罪しておく。
「……五百人の指導者にしては、物腰が柔らかいのね。もっと冷酷無慈悲な独裁者みたいな男を予想してたわ」
「え? それ僕?」
なんて酷い想像だ。優しい良い人を目指して頑張っているのに。
「じゃあさ、安芸くん。まずあなたたちについて教えてくれる?」
「……僕たちについて?」
「えぇ。こんな世の中で、一体あなたたちがどうやって生きているのか。それが知りたい」
「……分かった。少し長くなるけど、いいね?」
首肯した由良。
僕は両膝に両肘をついて少し前のめりになり、僕たちの……学園のこれまでと現在について伝える。
先生たちが化け物になったこと。
その化け物を何とか掃討できたこと。
校外委員会を設立したこと。
長期的な生存計画の初手として、武器の収集へ向かったこと。
風紀委員会に治安維持を任せたこと。
中学生たちを保護したこと。
校外出動で物資の調達を行っていること。
通貨を作り、生徒たちに労働を推奨したこと。
「……と、まぁこんなことを《生徒会》で実施して、何とか学園でまとまってるんだ」
長話を終え、背中を背もたれに戻す。
反応は両者異なった。
由良は口をポッカリと開けて「……すごい」と感想を述べ、最上の方は手で口元を隠しながら、相変わらず僕を睨んでいる。
「……軍隊と警察があって、お金を作ってるなんて……そんなのまるで国だわ」
「別に国を目指してるワケじゃないよ。だけど、みんなを守り、統制し、長く生き残るために、必要なことをしてきただけさ」
事実そうだ。何か、目指す究極のものがあったわけではない。
化け物に食い殺されるから、化け物を殺す必要があった。
リーダーが必要みたいだったから、たまたま生徒会長だった僕が指示を出し始めた。
探索や物資の収集を実施するには、武器が必要だから自衛隊の基地へ向かった。
悪いことをする生徒がいたら大変だから、それを取り締まるための部門として風紀委員会を置いた。
「……詰まるところ、アンタが王様で、生徒会が政府ってワケか?」
最上くんが僕を指差してくる。その物言いは何か、侮蔑を孕んでいるような気がする。
僕はそれに首を振る。
「たしかに、言われてみれば学園は国家のような形態を取り始めているし、生徒会が政府っていうのも間違いじゃなさそうだ。……だけど、僕は王様じゃない」
左腕に取り付けた、赤い下地に金の刺繍がされた腕章に触れる。
「……僕は、みんなに信任されただけの、ただの生徒会長さ」
「はっ。王様じゃなくて、総理大臣か大統領みたいなもんか」
「そうなるね」
言った通り、僕は王様じゃない。
王様のように、理由もなく偉いわけじゃない。
僕は、学園のみんなが僕を信任する間のみ、リーダーとして指示を出せるのだ。もし僕が失策すれば、みんなは僕を信任しなくなり、やがて僕は生徒会長の椅子から下りる。
「……次の選挙で、僕は落選するかもしれないよ?」
僕がそう言うと、最上くんが初めて口角を上げた。
「そりゃ、人気取りしないとな」
「そうだね。だからここに来た、といってもいいかもしれない」
これまでの仕返しとばかり、今度はこちらが挑発的に言った。
それに最上くんの眉が一瞬上がる。
「……いよいよ、本題ってわけだな?」
「……あぁ。人助けが趣味で、ここにいるわけじゃないよ」
ここまではほんのご挨拶。勝負はここからだ。
僕はこの大之谷農業高校を、我らが学園の食糧生産拠点として確立しなければならない。
最上くんも僕との対決を察してか、体を前のめりにした。
「……ご要件を伺いましょう。桐可学園の生徒会長閣下」
彼の今の表情を、不敵な笑み、というのだろう。
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